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『ニクスの目って、光が入ると赤く見えるね』 『色素が普通より薄いらしくてな。赤茶だと思うけど…気持ち悪いか?』 それは、太陽が足を速めて斜めに入りこむ時間。 窓の一片から入りこんだ陽射しに目を細めた、そんな時にふいに交わした言葉。 『え?俺はその色好きだよ。だってまるで炎を溶かし込んだみたいだもの』 気持ち悪い…と言われなれていた耳に、柔らかな言葉。 とても真っ直ぐで。 『くさ〜…士朗は詩人だな』 思わず、茶化す。 『そうかな。でも本当に羨ましいんだ。目の色だけじゃなくて、その金茶の髪も。 俺ってほら、中途半端だろ?』 そう摘んで持ち上げられる、黒にも銀にもとれる髪の一房。 目の前でちらつかされたそれは不思議な艶を持っている。 それを見つめるうちに、パサリと。 士朗の長い前髪が瞼に落ちて。 『俺は好きだぜ』 そっと片手でそれをかきあげてやる。 銀糸の奥に隠れていた、碧眼がはっきりと視界に映り。 『曇り空のその先に、青い空が見えるからな』 伝えながら、笑いかけてやる。 と。 『…ニクスの方が、よっぽど詩人だよ』 頬をわずかに染めながら。 それでも心から微笑んでいるであろう、士朗の顔は。 夕陽に映えて、とても綺麗だった。 暖かい。 優しい、時間。 それは。 ほんの数日前のことなのに。 君の空 風が。 風が吹いている。 ごうごうとうるさく。うるさく。 鳴いている。 泣いて いる。 バタバタと風に翻弄される白と黒の幕。 それに囲まれた、そこは屋敷とでも呼ぶべき豪邸だった。 道沿いに続く壁に立てかけられた花は数え切れぬほどで。 その中には、名前だけは聞いたことがあるような企業も含まれている。 延々と続くかと思われた壁は突如現れた門に遮られ、そこには赤々と電灯がつけられて。 「この度は…」 「お悔やみ申し上げます」 事務的に繰り返される言葉のやりとり。 黒い色で全身を染めた人々。 多くは婦人を連れ添った紳士。 ぱらぱらと学生らしき姿も見られた。 どうしたら良いだろうか。 自分も名前を書き、上がるべきだろうか。 考える。 しかし、どう見ても白人種に見える自分が、この豪邸の跡取に何の関係があるというのか。 不審な目で見られるであろうことはわかりきっていた。 『私達は行くけど…ニクスはどうする?』 赤い目で、それでも気丈に話す彼女に痛ましさを感じなかったと言えば嘘になる。 そしてまた、それでなお向かい合おうとする姿に。 羨ましさを通り越して、嫉妬すらした。 『俺は…いい』 気付けば断わっていた。 彼女が二の句をつげようとするまえに、背中を向けた。 続く言葉など。 欲しくなかった。 唯一の機会を自ら拒否したあの時。 何よりも片隅に残って消えない、彼女の声と眼。 そんな、形にならないモノが幾つも心から溢れ出し、留まることなく感情を乱していく。 まだ続く、参列。 人の出入りの多い夕刻。 その中に自分が混ざることは無意味な気がして、足を止め来た道を戻ろうと体を反転させる。 慣れぬ皮の靴底が砂土を踏みしめ、じゃり…と音をたてた。 そこへ。 ぎい。 小さなきしみ音。 それは門の横手、小さな勝手口の軋む音だった。 誰か使用人でも出てきたのだろうかと視線を巡らせて、そこから出てきた人影に眼を見張った。 「やっぱり…来てたのね」 ささやくような、高いとも低いともつかない不思議な音色。 声と呼ぶよりも音色と表現したほうが似合いの、静かな声を持つ。 「リリス…」 あらぶる風に、彼女の黒髪が踊る。 それにすら無関心。 いつも何処か遠くを見ていたような少女の目は。しかし。 今は哀しみを浮かべているようでもあった。 「最後の別れぐらい…してくれないの」 誰に。誰が? 聞けない疑問。 「ついてきて」 リリスは返答は求めなかった。 いや、拒否と言う選択権さえ出されることなく。 今しがた出てきたばかりの小さな木作りの扉を通りぬけて行ってしまう。 少女の背中が、いざなおうとしていた。 その不思議な感覚に突いて行こうと思ったのは、未練がましかったのだろうか。 とにかく、そっとリリスの後をついていく。 日本庭園と呼ぶに相応しい広大な庭を横切り、広く長い廊下を渡り、明かりの漏れる障子戸の前に立つ。 そこまで誰一人として出会わなかったのは不思議だったが、あえて聞くことはしなかった。 気が回らなかったとも言える。 「ここよ…じゃあ」 白く細い手が一度だけ障子を撫で。 彼女は来た時と同様に、そっとどこかへ行こうとしている。 「待てよ…お前はいいのか?」 そう聞いてしまったのは、重く苦しいこの屋敷独特の空気を少しでも消したかったからかもしれない。 問うた答えは、消えそうな悲しい笑みを持って返された。 「お兄様とは別れの言葉を交わし終わってるから」 かまわない。 それだけが伝わる。 咄嗟に言葉がでず、ニクスが立ち尽くしたほんの少しの間にリリスは廊下の奥へと姿を消した。 残された、ただ1人。 零れ落ちる薄明かり。その先にあるのは? 「…行くさ」 ひとりごち、障子戸をそっと開いた。 木と紙で出来た扉を開き、まず眼に止まったのは白。 なによりも多い、部屋の中を占めたそれは純白の菊花だった。 壱百とも千ともわからぬその量。 むせかえる花香。 その中に在って、白では無い色。 銀の髪。 「………士朗…」 言の端から漏れた名前が、今目の前に広がる光景を現実と突きつける。 士朗は数多の白菊に飾られて、眠っているようだった。 胸の辺りで合わせられた手は色を失い、作りもののようで。 ふらふらと、足元は定まらず。 それでも士朗の元へと近寄ることを止めはしない。 やがてさほど遠くない距離は縮められ、士朗の肌に触れられるほどになった。 「…士朗…しろう…?」 呼びかけたら。 もしかしたら奇跡のように目覚めるのではないだろうか。 そんな馬鹿なことを考えたのかもしれない。 幾度となく、呼びかける。 呼びかけ、指でかつては桜色だった唇に触れる。 そこにはかつての面影はなく、血の通わぬ冷たい無機質があるのみだった。 吐息を吹き込めば。 あるいは生気をわけあたえれば(方法などわからないが)。 目を開いてくれるのではないか。 起こるはずの無い奇跡に誘われ、そっと口づける。 冷たい。 氷のような口付けだった。 角度を変えて、何度も、何度もついばむように。 かつてのように。 優しく、激しく。 それでも。 彼は二度と目覚めることも、まして微笑むこともないのだ。 『息子は、小さな命をその身を呈して守り……は、きっと息子に代わって……・私は…』 襖を境にした奥からは、彼の父親の朗朗とした言葉が途切れ途切れに伝わってくる。 哀しみと共に。 士朗は。 車に轢かれそうになった子供を庇い。 あっけなく、逝った。 それは二人で愛し合った、翌日だった。 あまりにも突然だった。 突然過ぎて、涙も出なかった。 現に今、こうして士朗を前にしても涙の一粒すら落ちはしない。 自分はそれほどに情の無い人間だったのだろうか。 それとも士朗がいなくなったことで、人として何処か壊れてしまったのだろうか。 答えは無い。 ただ、寂しい。 ただ、虚ろ。 ぽっかりと胸に空いてしまった穴を埋めることも出来ず。 ニクスはもう一度だけ士朗に口付けを落とし。 「Bye…」 別れを告げた。 後ろは、見ない。 それから、なんとなく日々は過ぎていた。 といっても順調というには程遠いものであった。 仕事は小さなミスが増え、1時間ほど前に最後通達を頂いた。 あれほど熱中していたゲームも、熱が冷めるように興味が失せた。 それに比例するようにゲームセンターへ行く機会も減り、自然と以前の仲間達とは顔を合わせなくなった。 彼女は。 いまだ自分を心配してか、時折メールをよこしてくる。 もっともそれは、彼女が必死に自分を保つ為ではないかと。深読みしてしまうことも多々であった。 それほどに人間関係に疲弊している自分がいた。 ふと息苦しくなって。 それはここのところの湿度の上昇によるものだと思っていたが。 空を見上げた。 あの日以来、空までが士朗の不在を哀しんだのか雨が続き。 もう1週間近く太陽をまともにみていない。 今日は雨こそ降らないものの、朝からどんよりとしており。 高層ビルに囲まれた四角い空は、灰色に曇っていた。 「また、降り出すかな…」 呟かれた言葉。 雨の到来を予見させる灰色の雲。 しかし。 しかし。 世界はあまりにも突然に色を変えた。 ゆっくり。 それはゆっくりであった。 灰色の雲はその身を引き、その後に眩しいばかりの世界が広がっていた。 空の青が。 『曇り空のその先に、青い空が見えるからな』 それは自分のいつか言った言葉。 そして。 『…ニクスの方が、よっぽど詩人だよ』 笑顔。 彼の、笑顔。 溢れた。 「…っ、!」 固い殻を突き破り、万年雪を溶かして流れ落ちる。 心の穴に沁みとおる。 「し、ろう…!……士朗っ!」 慟哭と、人はそれを言うのだろう。 ただ、叫び。 ただ、泣いた。 枯れるほどに、士朗がいなくなってから初めて。 泣いた。 『え?俺はその色好きだよ。だってまるで炎を溶かし込んだみたいだもの』 記憶の中で赤くなり。 照れて。 そして笑った彼は。 もう、何処にもいないのに。 空はあざけるほどに 晴れ渡り始めていた 地上を 見下ろして 了 |
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こ、こんばんわ。 えと。 スイマセン。死にネタ2。 暗いです。ゴメンナサイ。これって裏行き? 目の色とか、一部ポップンSSと被ってる気がしなくもないですが。 まあ、そこは目をつぶってやってください。 しかし久し振りに書いたSSがこれかー…… あー。 リリス、この話の中では士朗の妹ということで。 公式ではどうなのかわからないのですが。 違ってたら、そこはまあ同人誌ってことで(爆) 一応「1人の部屋で二人で〜」と同系式のSSだと思ってやってください。 |