いつも憧れていたの

ガラス越しに映るそれに



もしかしたら


自分を変えてくれるかもしれないと

思ったから





赤いリボン






「うちの店に何か用かな?」

突然、背後から声をかけられてぎょっとする。
時刻はまだ朝の10時をまわったばかり。
日曜日という国民的休日ではあったが、この近辺に隣接する店舗はどれも11時開店ということもあって、まだ周囲に人の姿はまばらであった。
ぼんやりとある一角にある店のショーウィンドウに釘付けになっていた少女は、慌てて後ろへ振り返った。
そこに立っていたのは長身の男性。
黒い髪に赤い瞳が珍しい、やや日本人離れしたその顔立ち。
少女は彼の顔を知っていた。

「あ、ROOTS26の…」

「ああ、店長だよ。一応ね」

ここ最近マニアの間で有名になりつつある、特殊なデザインをメインとした服飾店ROOTS26。
そこの店主は自分でデザイナーも兼ねているという。
少女の目の前に立っている彼こそが、店主その人。名前を確かセムといった。

「先ほどから気になってはいたんだが、随分前からここにたっていないか?
それとも、誰かとの待ち合わせかな?」

「え?」

「あ、失礼。店の奥からでもチラチラ見えてしまって、少々気になってね」

それとも邪魔だったかな。
そんな風に声をかけてくる、彼。
彼になら、言ってもいいんじゃないだろうか…
少女はそう決心し、今まで心に溜めていた事を口に出した。

「あの。
あの、あそこに飾ってある服がほしいんです」

そうして指差した先。
ショーウィンドウの中に飾られていたのは、黒を基調とした大人びたデザインのもの。
確かにそれはセムにとって自信作であった。だからこそ、表に看板となるように飾ったのだが…

「んー…欲しいといってもらえるのは嬉しいけど。
君にはあれよりも赤いリボンなんかの方が似合うんじゃないのかい?」

口調はいたって真摯なものだったが。
何より少女には、その内容のほうが痛かった。

「なによそれっ!馬鹿にしてるの?子供だっていいたいの?
お金だって…お金だってちゃんと持ってるんだから!」

かっとなり、公道であるというのにそれも忘れ、つい怒鳴ってしまう。
子ども扱いされた気がして、酷くいやな気持ちになった。
しかし、怒鳴る少女を前にしても、彼は何か含んだような(それとも困ったような?)笑顔を浮かべるだけで。

「それは、誰が稼いだお金なのかな?
見たところ、まだ中学生のようだけど」

「何よっ!この店は客に難癖つけるのが商売なの!?」

イライラはどんどん増えていくばかりで。
でも、目の前の彼の態度は変わらない。

「難癖…まぁ、私の店だから客はえり好みする。正直に言えばね。
何より、私の服は似合うと思う人間にしか売らないことにしているんだ」

「それって…暗に私にはあれは似合わないっていうの!?」

フルフルと、少女の肩が怒りか悔しさか判別しにくい感情で揺れている。
どうしたものかと彼は一瞬だけ逡巡したが。

「あり大抵にいえば、そういうことに…」

口は正直にものを言い。


「ッ…はんかくせっ!!!」

彼の言葉が終わらぬうちに、少女は叫び、ついでに彼の腕を叩き(どうやら本当は頬を叩きたかったらしいが、身長が足りなかった)。
怒りで顔を真っ赤にしたまま、駅の方向へと走り去ってしまった。
その後姿、風に柔らかく少女のスカートがひらめいていた。

「ふ、む…」

残された彼は、何事かを思い顎に手をあてて。

「あっれー!セム、何やってんのさ」

少女が去っていったのとは反対の方向から、赤い髪の青年が駆けて来て気安く声をかける。
ポン、と肩を叩いて笑いかけられて。

「ジャックか。
ああ、今少々気性の激しい猫がな…」

「ふーん」

『猫』という言葉にジャックと呼ばれた青年は頭をひねる。

「ま、それはいいとして。
お前こそなんだ、こんな朝っぱらから。俺は忙しいんだぞ。
『顔が見たかっただけv』なんてふざけた事を抜かした日には…」

ブツブツといい始めるセムを前に、ジャックは『えー…それだって立派な理由…』などと言いかけるが。
次いでギロリと睨まれて口をつぐむ。

「じゃなくてさ、こないだ頼んどいたアレ…」

「ああ、アレか。もう8割は出来ているが…」

仕事の話とわかれば、セムも邪険にはせず。
腕時計を見てきびすを返し店内へと戻っていく背中を、追いかけていくジャックの姿があった。




*******




ムカツク!ムカツク!ムカツク!

なによあれ!

あんな店ってあるの!?




結局。
あのROOTS26の店長に言い込められた翌日。
少女はそのときのイライラを隠しきれず、日常へと戻った。

窮屈な学校。
窮屈な肩書き。

休み時間だというのに、あの時の気持ちがおさまらずについつい歩き方も荒れたものになりがち。
そんな、らしくない少女の様子に。

「どうしたの?ツガルさん。具合でも悪い?」

等と、同級生に声をかけられてしまう。
そんなに自分の態度は目に見えるものだったのかと、ツガルは慌てて脳内のイライラを思考の外に追いやった。

「なんでもないよ?ちょっと昨日勉強しすぎて…寝不足」

「あ、そうなんだ。やっぱり生徒会長は違うねー。
日曜日も勉強してたなんて。
おんなじ眠いでも、毎日寝てばかりいるどっかの誰かとは大違い!」

「そうそう、あの達磨君!また数学の時間に居眠りして、先生に雷おとされてたんだよー」

「そうなんだ」



『生徒会長は違うね』
『誰かとは大違い』

それって、『私たちとは違う』って言われているみたい。
別に同じなのに。
私だって、貴方達と同じで。
普通の…女の子だよ?



そのまま廊下で雑談を始める少女達の中にいることも苦しくて。

「ごめんね、やっぱり頭痛がするみたいだから保健室にいってくる」

そういい残し、彼女達がそれに気づく前にその場を立ち去ってしまった。
逃げているとはわかっていたけれど。
ツガルにはそれを打ち負かすほどの気持ちは、今なかった。

実際に、昨夜は勉強もしていて疲れていたから。




足早に保健室に向かう中。
通りがかった教室の、開けっ放しのドアから。
教室の一番後ろの席で、机につっぷしている彼が見えた。

休み時間だというのに、居眠りしている彼。
怒られても、けしてそれを曲げない彼。


「…気楽!」



なんだか嫌な気持ちだった。






違う自分になりたかった。
『生徒会長』なんて肩書きのない、皆と同じ『普通の女の子』になりたかった。



保健室は、まだ遠い。





*******





あれから一週間。
とにかくイライラして。
次いで悲しくなって。
悔しくなって。
情緒不安定もここまで?というぐらい目茶目茶になったのに。


「やっぱり、来ちゃった…」

やはり時間は10時を少しまわったばかり。
人通りも先週と同じ位。
そして同じショーウィンドウの前で。

やっぱり同じ服を、みつめていたら。

「え?」

ガラス越し、あの店主と目が合ってしまった。


また何か言われるかもしれない!
そう思い、慌ててきびすを返して立ち去ろうとしたのだが、どうやらそれよりも彼の行動の方がどうやら早かったらしく。

カランカラン と店のベルが鳴って。

「あ、君!良かった、待ってたんだ」

怒られるか、皮肉を言われるかと思ったツガルの耳に、信じられない彼の言葉が届いた。

「待って、た?私を?」

「ああ、先週あれから色々イメージが浮かんでね…
まぁここで立ち話もなんだから、ちょっと店によっていかないかい?」

そう言って、なごやかに店の奥を指差す彼。
ツガルの記憶とあまりに違いがありすぎて。
でも少し苦笑を浮かべながら話す彼に、なんだか気を許してもいいような気もして。

「いいよ?」

ちょっと笑って、ツガルは彼に続いて、初めてROOTS26のドアをくぐった。



ドアを一歩抜けると、店内が広がる。
今までウィンドウごしにみていた感覚と違い、随分色々と置いてあるんだなとツガルは思った。
おちつかなくキョロキョロを店内を見ている少女に苦笑して、セムはカウンターの方へと手招きした。

「で、なんですか?」

一瞬、子供のようにものめずらしそうにしていた自分を恥じて、ツガルは少々堅い口調で再び声をかける。
なにしろ、目の前の店主の考えている事がわからないのだから、不安にもなろうというもの。
しかし、彼はそんなことはまったく気にかからないらしく。
むしろウキウキとした様子で、カウンターの奥から一つの箱を取り出してくる。
それは白い紙製の箱で、随分と大きなものだった。
彼の手が、それを開くと。

「あっ」

「これをね、君に見せたかったんだ」

そこには赤を基調とした服が入っていた。
やや光沢のあるその布地はROOTS26独特のもので、ツガルにはそれが彼の手製のものだとわかってしまう。

「これ…」

呆然とツガルが魅入っていると、セムはそれをそっと取り出しツガルに手渡した。

「あれから一週間、君の為に作ったんだよ。
もしも嫌でなければ、着てみてもらえるかな?似合うという自信はあるんだが…」

「…うん」

手に触れた生地は少し冷たくて。
でも、なんだか妙にくすぐったい気持ちになってしまって。
ツガルは彼が教えてくれた試着室に入っていった。





*******




「…ど、どうかな」

数分して。
(その時間にはツガルの逡巡する時間もあって)
ツガルが試着室からでてくると、カウンターでなにやら書き物をしていたセムは顔をそちらにむけ。

「…うん、やっぱり似合う」

と、満足そうな顔で呟いた。

赤をメインにつくられたその服は、要所要所で黒がワンポイントとして使われており。
着てみてわかったことだが、背中に大きなリボンが二つついていた。

「赤いリボンも、こうして使うと少し違った印象になるだろう?」

「…うん。
でも、これどうして…」

どうして服なんて作ってくれたんだろう。
ツガルには彼の真意がわからなくて、伺うような視線を送ってしまう。
それに気づいたのか、セムは苦笑して。

「この前は私も少々大人気なかったとおもってね。
……というのは建て前で、実は君に似合うイメージが突然湧いてきたんだよ。
逆にいえば、『君にしか似合わないモノ』かな。
勢い余って作ってみたものの、出来上がってからどうしようかと実は悩んでいたんだ」

来てくれて、助かった。

あっさりとそう言われて。
どうにも落ち着かない。
なんだかとても、気恥ずかしい。

ツガルは視線をさまよわせたあと。

「あ!お金…どうしよう、私今日は持ち合わせが…」

はたと気づき、カバンからサイフを出そうとする。
先週は確かにもっていたのだが、教材などをそろえるために削ってしまっていたのだった。

しかしセムはそんなツガルを手で制して。

「かまわないよ。
これは私からのお詫びと思ってくれてかまわない。
精神的慰謝料かな?」

「そんな!お金はきっちり払います!」

やんわりとめられるが、それでは何かいけないような気がしてツガルは言い返した。
生徒会長となるだけもあり、元来気質は真面目なのだ。

「それなら、何回かに分けて払ってもらおうかな。
実費だけでいいのでね」

「今度で、いいんですか?」

「回数をわけてくれてかまわないよ。君が払えると思った時でかまわない。
そのかわり」

「そのかわり?」

何か条件をつけられるのか…そう思って少しだけツガルが身構えると。


「今度からは楽しそうな顔で来てくれるかな。
お客は笑っていてくれたほうが、私も嬉しいから」

「…!
はい!」


不思議とずっと胸につかえていたものがおちた気がして。
ツガルは思わず笑っていた。
その笑顔に、彼も笑い返してくれて。






その日から、ツガルのお忍びのROOTS26通いが始まったのであった。
そしてほぼ間をおかず、少女は『彼』と出会うことになる。













赤い赤いリボン

大きくて 子供っぽいとおもってたけど




それが


今の 私の




心の翼












セムとツガルのお話です。8th稼動当初よりずっとあたためていたお話でした。
今回消化できて嬉しい。

ツガルの衣装が、今までの女の子DJの服とちょっと趣が違うのでどうなんだろうと考えて。
このあとセムはリボン&スカートブーム到来であったと思われます。
(エリセリもスカートだしね)

年少者には優しい(むしろお兄ちゃんっぽく振舞ってしまう)セムだと、夢を見ております。
きっとリリスがもう少し幼い頃のことを思い出したりとかしてるんだと…
同年代には厳しく、年下には甘い。女には弱い。興味のないものには容赦ない。
そんなセムがちょっと理想…なのかな。

このセムだと、ちょっとロリコ…げふんごふん。なんてことも思いましたが;;
あくまでセムとツガルで。