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「よしっ、そこだっ!」 ウィーン カッキン 興奮を抑えた声に呼応するように、その眼前で軽やかな音楽を鳴らし稼動している機械。 プラスチックの透明板に区切られた中に吊り下げられている、色とりどりの景品たち。 一般的にプライズものと呼ばれる物。 それらを納めたプラスチック製の箱の中で繰り広げられる小さな戦い(?)。 二枝に先が分かれたアームが、電気の信号にしたがって目標物を掠め取り。 下に引っぱり下ろす。 宙に固定されていたプラスチックの停め具がカチカチと音をたて、少しずつ降りていく。 5ミリ 1センチ … ギリギリまで踏みとどまっていた最後の部分も外れて、目標物はアームの先端に納まった。 これで目標物は重力にそって落下し、あとはそれを手にするだけ。 彼は完璧な勝利を確信し、小さくガッツポーズを作った。 「よっし!」 が。 ウィーン… アームの動きにあわせて、なぜか一緒に動きだしてしまう。 本来なら下の受け取り口に向かってまっさかさまのハズのそれが、そのまま宙ぶらりんとして。 どうみても、落ちてこない位置に。 アームの先端部にひっかかったまま。 「…うっそだろ?」 呆然とした声は、昼下がり人気の少ないゲームセンターにわびしく響いた。 ある晴れた水曜日の午後 うららかな日差しが降り注ぐ、暖かな水曜日の昼過ぎ。 週の真ん中であることもあって、いつもは賑わいを見せる店内も今日はまばらにしか人を見かけない。 やる人間のいない体感ゲームが、くり返しくり返しタイトル画面で効果音を響かせている。 大通りに面した自動ドアから風が入り込んで、鼻先で香った。 「ん〜、やっぱり春はいいなぁ」 くんくん、と鼻をならして微笑む顔。 片手に箒を持ちもう片方にはちりとりをもって、のほほんとそう呟いたのはこのゲームセンターに勤める雇われ店長である青年。 ふわふわと揺れる髪はほぼ全て、後ろへ掻きあげてあり。 瞳はくるくると、子供のようにはしゃいでいた。 あまりにもよい天気のため。 そして、普段になく時間に余裕があったため(暇とも言う)に店の表でも掃いてこようかと、足を伸ばしたところだった。 ちらっと先刻より鳴り響いているゲームの画面に視線を流し。 「あとで1ゲームくらいなら…」 などと、真面目な店員が聞いたら『もっと店長としての自覚を!』と怒られそうな計画をたててみたりする。 実際周囲がなんと言おうとあまり聞いたためしのない店長である。 そのあたりの我の通し方は、彼が師と仰いでいる人物と似通っていると彼らを知る人間は口を揃えていった。 もっとも彼にしてみれば、自分より師のほうが格段に『わがまま』だと主張しているのだが。 あいかわらず店内は閑散として、人は数えるほどしかいない。 まぁゲームセンターにかきいれどきなどあるのかはなはだ怪しく。とりあえず新作ゲーム情報を今度本社に問い合わせてみようかと、そこまで店長らしく彼が考えたところで。 唐突に後ろから肩をつかまれた。 驚いて振り返ると、そこに必死の形相をしたよく知る顔があった。 「し、識…いいところへ!!」 「…はぁ?」 もうここが限界といわんばかりの焦燥。 悲痛な顔と、識を見つけたことによる希望一筋。そんな表情を顔面に貼り付けて識の肩を掴んでいたのは、銀に近い色合いの男にしては長い(長すぎる)髪をくくった青年だった。 目印にもなるポニーテールは今日も健在で、黒いシャツに袖を通し春らしい軽装である。 「士朗、なんだ急に」 士朗はそんな識の質問に答えず、ぐいぐいと識の腕を取り引っ張っていこうとする。 居合いを実家でやっていたという士朗の腕力は細身の外見と似合わずかなり強く、腕が抜けるかと思われて識は顔をしかめた。 「痛い、痛いって! おい、ちょっと説明ぐらいしろよ!」 半ば怒鳴られるような形でそういわれ、さすがに士朗も焦りの表情はそのままに、足をとめた。 そして間髪入れずに一言。 「にゃんこがピンチなんだ!」 「…はぁ?」 とりあえず訳がわからなくて、識は顔をしかめたまま聞き返した。 しかし、士朗はそれで説明はしたとばかりに、再び識の腕を引っ張り出す。 「おい!痛いっていってんだろ! だいたいなんだよ、にゃんこって!!」 「にゃんこはにゃんこだ! そしてピンチなんだ!史上空前だ!最悪の事態だ!」 要領を得ない。 まったく何をいっているのか、本人はわかっているのだろうか。 とりあえず識が感じ取れた事は、士朗がなにかとてつもなく焦っていてそれに自分が関係してしまっているのだろうという、ただそれだけだった。 諦めなりゆきに任せることにして手を引かれるままに士朗の後をついていくと、体感ゲームのコーナーを過ぎてプライズもののコーナーに入った。 あちこちにUFOキャッチャーが並び、春休みなのか学生が数人うろうろしている。 その様子に、士朗は焦りを強くしたようだった。 やがて円状に配置された機体を通り過ぎたとき、士朗の歩調が突然止まった。 そしていぶかしげに識が顔を見たときには、その視線は前方に釘付けになっている。 それにつられて識も視線を流すと、一つのプライズものの機体の前に親子連れが微笑ましく立っている。 子供の方は酷く興奮した声で、父親と思われる人(若かったのでもしかしたら兄なのかもしれない)に話し掛けている。 「とれちゃった!ね!やったー!」 「ラッキーだったな」 「猫ちゃん、かわいいね〜」 よく見ると、子供の手には小さな猫のキーホルダーがある。 同じ商品がその機体に陳列されていたことを思い出し、きっとあの父親の成果なのだろうと識は思った。 なごやかにその親子がゲームセンターを出て行くまでを見送って、識はそこではたと気づいた。 士朗が随分と静かだった。 先ほどまで急いでいたのにいったいどういったことなんだろうと思い、親子連れに注がれていた視線を戻すと。 「にゃ…にゃんこぉ〜…」 絶望。 と顔にかいてあるような表情で、士朗がその機体を見ていた。 いっそ掠れて哀れとさえ言える声で『にゃんこ』と弱弱しく呟き、機体にフラフラとへばりつく。 そのままずるずると崩れ落ちた。 そこまでにいたって、識はおおよそようやく理解した。 「…お前、景品ひっかかったんだろ。 そんで、俺を呼びに来てる間にあの親子連れがゲッチュー…とか?」 そっと後ろから声をかけると、グリッと士朗が顔を向けた。 「そうだ!あれは奇蹟だった! 絶対に取れるはずがない場所で、しかし俺の願いは聞き届けられた! アームから後光が差し、そのかいなでもって俺のにゃんこをそっと包み込み!」 「あー、わかったわかった。 ようするに頑張ったらひっかかって、でも落ちなくて、なぜかあの親子連れがやったら落ちちゃったんだな」 皆まで言うな。 むしろうざいとばかりに、識は延々と語りだした士朗を手で制した。 軽くあしらわれて、士朗はむっとする。 「そんな一度かんだら捨てる鼻紙のように軽く言うな!これは俺にとって死活問題! 明日への希望に満ち溢れていた矢先の、信じられない人生の転落。まさにそれはローリングストーン…」 手を上下にばたつかせ、まるで壇上での演説家のようなオーバーリアクションっぷり。 つばが飛んでくるんじゃないかと、識は失礼ながらそっと横へよけた。 そしてその足で、騒ぐ士朗の横をくぐりぬけて例の機体へ寄る。 その横へ手に持ったままだった箒とちりとりを置いて、腰に下げてあった鍵束を手にとる。 「ああ、神はなんて無慈悲な事をするんだ!俺がなにをした! 俺はただ、あのイトオシイにゃんこを一秒たりとも早くこの手にしたかっただけ!そうさ、もしもあの時ひっかからなければ、あれは今ごろ俺の腕の中! そっと壊れぬように抱きしめ、ほおずりし…夜は添い寝だって!!! それが出来なかったのも、もとはといえば識!お前が…」 ようやく話が識登場までいたったあたりで、士朗が近くに寄ってきた識にがぁっと怒鳴りかける。 その手に、ぽんと識が手にしていたものを投げてよこした。 「ほらよ。俺がなんだって?」 それは、茶虎の猫のキーホルダー。 「識…お前が好きだ!!」 「…お前ってさ、本気馬鹿だろ」 猫の姿を目で確認した途端顔が紅潮し、大声でそのまま叫ぶものだから。 とりあえずここで他人のふりをしても無駄なんだろうなぁと、今更ながらに識は思う。 「まじで今はお前が天使に見える! いやさ、妖精?フェアリィ?俺に幸福を与えにおりたもうた…」 「そのオーバーリアクション、どこで覚えてきたんだ…」 「純・日本産だ」 きっぱりと返されて。(しかもふんぞり返りのオプションつきで) 識はさっさと背を向けた。 急に手に感覚が戻って、そういえば表を掃くつもりでいたんだと思い出し。 じゃあそうしようかと、足を表に向けた識のあとを士朗もついてくる。 「…なんだよ、いっとくけど今回だけだぞ。お前あんまり五月蝿いから」 味をしめられてはたまらない、とばかりに釘を刺す。 しかしそんなことは一向に気にならないようで、士朗はにこにこしながら追いついた。 「外行くのか?なら飯おごるぜ! なぁに、にゃんこのお礼だ!遠慮はいらないぜー」 そのままバンバンと背中を叩き、ついで肩を一方的に組み。 店外へと流れていこうとする。 「お、おい!」 自分はこれから掃除をするつもりなのだと、それよりもまず仕事中だと。 どっちから言おうと、一瞬逡巡したときに運良く(運悪く?)従業員の一人が通りがかった。 「あっ、てんちょー。これから昼休憩ですかぁ〜?」 「え?あ、いや」 「識店長はこれから俺とランチタイムなんだ、そう皆にも伝えといてくれよ〜」 識が弁解するより早く、士朗が勝手に伝えてしまう。 しかも、どうしてかこんなときにかぎって聞き分けのいい従業員で、ニコニコ笑顔のまま「わかりました〜」とだけ答えてさっさと言ってしまう。 「…おまえなぁ…士朗…」 「マックでいいだろ? 俺も最近ご無沙汰だったからさ〜何食べるか決めといてくれよ? バリューセットだけな!」 聞く耳もたずというのだろうか。 それともここは『馬の耳に念仏』のほうがふさわしいのではないだろうか? そんなことを諦め半分に識は思いながら、ずるずると士朗に引きずられるようにして春の街へ出て行った。 従業員のロッカー。 識のところには、愛妻が持たせてくれたお弁当がひっそり入っていたのだけれど。 (ま、帰ってきてから喰えばいいか…) 終り |
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士朗と識のお話です。 この二人って公式踏まえたうえで書いたらどうなるのかなと思って、挑戦。 結果、士朗が今までで一番ありえないくらいオバカになりました。 むしろこのSSの士朗は猫(にゃんこ)の鬼(ONI)と化していると思います。きっとそうです。そうに違いない。 プライズもの、引っかかって店員さん呼びに行っている間に取られてたらショックですよねって話。 実際、今日わたしもひっかかったので。(ちゃんと店員さんにとってもらいましたが) 識が店長してるゲーセンは、きっともう少しこじんまりしてるかもしれないなんて思っているのではありますが。 今回はプライズメインということでこんな感じ。 馬鹿台詞、書いていてとても楽しかったです。正直。 またこんなノリで書けるといいなぁ。 |