まだ肌寒い空気。


なのに暦の上ではもう春だという。

暦ってのは間違ってると、思わずにはいられない。


そんな気分の日。







ある晴れた水曜日の午後 3






「ニクスー!いつまで寝てるんですかー!」

突然頭上から声をかけられて、反射的にニクスは布団を頭から被った。
金色の髪がぐしゃぐしゃになって絡み合うのもお構いなし。
『うー…』と呻き声が聞こえて。

それきり。

「…布団干したいんだけど」

「……うるせぇ…」

もごもごとまだ呟き。
それでも先ほどからめげずに声をかけている彼はそれを聞き取り。
そして一つため息をついた。




窓から入り込む日差しは春めいて、かすかに耳に届く雀の声も楽しげ。
けして広いとは言えない部屋。どうかんがえてもしきっぱなしというのが正しい布団。そしてその中に篭城するニクスと。
この部屋の正統(?)な家主である青年・サイレンは、時計が13時をさす頃合になってもまだ布団の前でけん制しあっていた。
というか、一方的にニクスが耳を貸さなかったのだが。

「せっかく今日はいい天気だし。
干した布団は気持ちいいじゃないですかー」

「うぜぇ、さみぃ、出るのがめんどくせぇ」

以前ニクスが『干したては気持ちいい』と機嫌よくしていたのを思い出し、とりあえず話題に上らせてみるがあっさり却下される。
ぐるぐると布団にまるまって、もう絶対に出てこなそうな雰囲気だ。
いっそほおっておいたほうがいいのかもしれないと、サイレンは思い始める。
が、そこで思いとどまった。よく考えれば天気の悪い日が続いて早1ヶ月以上。仕事休日が殆んどすっきりしない天候だったために、今まで放置していたのだ。
さすがに今日にいたり、まずいとおもっての提案だった。
しかし、悪い運というのは連鎖するものらしい。
偶然にも今日はニクスもバイトが休みであったが為…出せる布団も出せず今にいたる。

「ワタシの布団はもう干してありますよ。
夜そっちが冷たくても知らないですよー?」

ちょっと脅かしたつもりであったのだが。

「夜んなったらてめぇの布団よこせ」

「そんな!」

横暴極まりない発言。
しかしそれを平然と実行するのがニクスである事を、サイレンは身に沁みて知っていた。
なにしろもともとこの部屋はサイレンが借りたものである。それが何の拍子かいつ頃からかニクスが入り込むようになり数日、数週間…
ニクスの私物が増えてきて気になって聞いてみたころには、自分のマンションは契約をきったというとんでもない居候になりはてていた。
家主だからもっと大きな顔をしてもいいと知人は言うが、そうできないのがサイレンのサイレンたるゆえんであった。

「…もうお昼ですよ?
せっかくデリバリーでも頼もうかと思ったんだけど、やめようか」

ふぅっと本気で諦めかけて、サイレンがそう呟いた瞬間。
ひゅん!と目の前を風が通り過ぎた。ような錯覚がした。
サイレンが目を瞬かせもう一度布団を見下ろした時にはすでにそこはもぬけの空で。

「もしもし、ピザーラ?注文したいんだけど、ああえっとこの…」

電話の置いてある居間から声。
それはてきぱきと注文すると、サイレンが呆然としているまに切れてしまう。

「え…?」

とりあえず布団をベランダに干して、なんだかわけがわからぬまま声のしたほうへ向かう。
いつのまにかTVがついていて、その前に置いてあるコタツのにもこりとしたふくらみ。

「…ニクス?」

顔だけをコタツ布団から出し、そのそばにリモコンを配置させた状態でニクスがTVを見ていた。
サイレンの声に、少しだけその頭が動く。

「ああ、ピザ注文しといてやったぜ。金払えよ」

「え!!?」

予想はしていたが、ここまで予想通りだといっそ切ない。
サイレンはとりあえず口を開けて驚くしかなかった。

「アホ面してんなよ。ちゃっちゃと飲みもんでもだせよな」

「……はぁ」

ため息の分だけ幸せは逃げるというが、ため息せずにはいられない事態というのも長い人生においてあるに違いない。
今のサイレンの気分はそれであった。
それでもとりあえず寝起きのニクスのために何か飲み物をとってこようときびすを返し、そこで視線が偶然通勤用のカバンに止まって。

「あ、そうだ。忘れてました」

「は、何を」

ニクスが聞くがそれに答えず、サイレンはカバンを開けると何か小さな包みをとりだした。
それをコタツまで持ってきて、サイレンもコタツに座る。

「おい、飲み物」

「ちょっと待って。
コレ、気になるから」

「どうしたんだよ、それ」

サイレンの取り出したものに興味がわいたのだろう、もぐりこんでいたコタツから体を出し、ニクスもそれを覗き込む。
その視線を浴びながら、包みは少しずつ開かれていく。
中から出てきたのは、お弁当箱だった。シンプルな長方形のデザインである。

「…弁当じゃねぇか、どうしたんだよ」

「さぁ、仕事場にいったとき『忘れ物です』って同僚が届けてくれたんですよね」

「忘れた覚えもねぇのにか?」

「届ける相手の予定もないんだけど」

段々話していて気味が悪くなってくる。
TVはいつのまにか番組が変わっていた。

「…寅さん特集だって」

「…毒入り弁当だったりしてな。軽くて下剤とか…」

「……せっかく気分変えようと思ってるのに…」

ずーんとした部屋の空気はかわらない。
もはや手元の弁当箱は未知との遭遇だ。

「…とりあえず、開けてみろよ」

ニクスが恐る恐るそう言うと、サイレンも意を決して蓋を手にした。
そろりそろりと蓋が持ち上げられると、少しずつ中身が正体をあらわす。
二人の目にうつったのは。

「普通だな」

「普通ですね」

なんてことはない、鳥の煮たものときゅうりの浅漬けといんげんの入った普通の弁当だった。
彩りも綺麗だし見た目も美味しそうである。
しかしこの場合『美味しそう』というのはマイナスポイントに傾いてしまっていた。

「…完璧だな…完璧すぎる…」

「いっそ恐ろしい」

あまりにも小奇麗な弁当は、逆に二人の不信感を煽ってしまったようだった。
形容しがたい恐怖がそっと下りてその場の空気を包んだ。
サイレンはそっと蓋を閉じると、丁寧に包みなおす。

「…とりあえず、よけておこうか」

「それはいいけど、食べねぇと呪いがかかるなんてことはねぇだろうな。
呪われるならてめぇだけ呪われろよ」

「それ、酷くないですか?」

TVでは男寅次郎が陽気に笑っている。
サイレンもニクスも笑っていた。張り付いたような固まった笑顔だったが。
まんじりと打つ手なく、その場に縫いとめられてしまった二人。
永遠とも思える時間が過ぎ…しかしそこへ救いの光が差し込んだ。

ぴんぽーん
ぴんぽーん

『ピザーラです、お届けにあがりましたー』

見事なりデリバリー。
何一つ状況をしらないアルバイターの男性は、何故妙に緊張と安堵が入り混じった表情で出迎えられるのだろうと首を傾げ。
結論として『そんなにお腹がすいていたんだな』と内心で頷いたそうだ。









そして問題の弁当箱はといえば。

もちろん箸をつけられることなく、所在なげに鬼門を避けた方角に向けておかれたのだとか。












終り



はじめて書くかもしれません。サイレンとニクス。
前回のセムもそうでしたが、とにかくサイレンの口調が一定しません;;
とりあえず書きたいところだけ書いたので、ちょっとわかりにくいかも…。