空は青く澄み



流れる雲は雪のように白かった









緑の絨毯は




青年が自分たちを乗り越えて行くのを誘うようにさわさわと揺れていた


















別れの無い街


















「…『ようこそ!別れの無い街へ!!』……だって」

青い空。白い雲。生命力を謳歌する緑の草原。
持てる色の全てを表現しようとする世界。
その中にあって異質な色があった。
黄色いペンキで塗りたくられた大きな壁。そこに目も覚めるような真っ赤なペンキで大胆に書かれた字。
長い年月雨風にさらされたであろうそれ、部分部分で擦れたり消えていたりする字を何の気なしに声に出して読む1人の青年。
長い銀とも青ともつかない髪が頬を撫でる風に揺れる。
それが光の加減で銀にも青にも見えると人が知ったとき、その色を頭上に抱く者はいつも少し笑った。
青年の肩では空に浮かぶ雲よりも白い鳥が、感心なさそうに羽根の手入れをしている。
どんな天気の日であっても、その純白が曇るのを青年は見た事が無い。

「どう思う?トア」

青年の声が向けられる、その先の鳥。
細長いクチバシを丹念に羽の先にさし入れている。
クックッと鳴るクチバシ。それが笑っているように聞えて、青年は眉をひそめた。

「たまには相手してくれたっていいだろ?」

少しけんを含んだ声音。しかしトアと呼ばれた鳥は、ろくに青年のほうをみようともしない。
小さな一対の瞳は、自身の羽にのみ注がれている。
いつものことなのだけれど。
いつも通りの反応ではあるのだけれど。

「ちょっと寂しいだろ…」



呟いた青年の名は『トウ』と言った。
ファミリーネームも洗礼名も何も無い、ただの『トウ』。
彼の自己紹介を聞いた人々は、なぜセカンドネームが無いのか揃って聞く。
中にはまったく気にしないという変わった相手もいたが、基本的にセカンドネームを聞かれることが多いのが事実だ。
そんな時トウはいつもこう返す。
『トウはトウ。ただのトウですよ。別に呼ぶのには困らないと思うけど?』
そう返された相手は大抵、非常にばつの悪い顔をする。
自分のことを詮索好きの人間と思ってしまったのか、はたまたトウのことを小ざかしい口利きをする奴だと思っただろうか。
トウはただ相手の問いに自分なりの答えを伝えているだけなのだが、えてして頭でっかちな生き物は言葉を頭で大きくしてしまう。
雲は雲。石は石であるように、トウはトウでしかないのに。
どうしてそれ以上を求めるのだろうか。



「あんまり気乗りしないんだけど…ココ通らなきゃ…駄目?」

トウは、子供が嫌いな食べ物をメインに出された時のような、なんとも言えない顔で肩に語りかける。
肩にとまって羽づくろいに余念の無いトウが、チラ、と視線を送る。
そして。

ケ―――ン…

空まで吸い込まれて行くような、無色の鳴き声。
甲高く、それでいてうるさいと感じないその声はトア独特の音。
これを聞いた人々は、そろって美しい声と褒め称えた。
しかし万人に美しいと言われる声もトウにとっては痛いお小言に聞えてくる。

「わかったよ…わかったって!ここを通らないと先に行けないってわかったから…」

ふう。
胸のつかえがため息となって口から零れた。
普段は無視を決め込むくせに、大事な所だけは必ず首をつっこむ…いや、クチバシを突っ込むのがトアなのだ。
嫌と言うほどそれを分かっているトウではあったが、理解していてもわかりたくない事はあるものだ。

トウは改めて目の前にそびえる原色の壁を見上げた。
壁自体はさほど高いものではない。中の住人を閉じこめたりするような仕掛けも、その逆に外界からの侵入者を迎え撃つ仕掛けもなさそうだ。
もっとも。

「『ようこそ!』なんて書いてあるぐらいだから、入って欲しいんだろうけど」

それにしたってこの原色の黄色は目に痛すぎる。
もう少し考えようは無かったのだろうか。
人工的な色合いがなんともいえず、空や大地とミスマッチで。
トウはこの看板を作った人間のセンスに眩暈を覚えずにいられなかった。
個人的な意見をあげるならば、トウはこの壁に好印象は持てない。
これがたとえばもう少しクリーム色であったり、たとえ原色の黄色であっても他の色でアクセントがついていれば。
ここまで目に痛くは映らないんじゃないだろうか。

「そんなこと考えても仕方ないんだけどね?」

トウの好みがどうあろうが、この壁をぬりたくった人間がどんなセンスの持ち主であろうが。
とりあえず目下の事としては、トウはこの街を通りぬけなくてはならない。
迂回する、という手は壁の前まで来た時点で諦めた。
ぐるりと壁を見渡せば、容易にそのわけは知れるだろう。
右も左も。真っ直ぐに伸びた黄色の壁。
この街はとてつもなく広いらしい。
それならば、多少の我が侭は押さえて街を抜けてしまった方が早いだろう。
何せトウは自分の2本の足でしか移動の方法を持っていなかったから。
空を舞う翼も無く、足の変わりとなる便利な乗り物など持っていない。
持っている物と言えば、着古した大きめのパーカーと擦り切れる寸前のズボン。それに今草を踏みしめているスニーカー。
あとは髪を結わえている、大小さまざまな石のついた飾り紐だけ。
それでいいとトウは思っている。
太陽と空気と水。それだけがあれば自分とトアは何処までもいけると、トウは本能でそれを知っていたから。

「さっさと入って、さっさと出ますか」

スニーカーが片方。
大地を離れ、そしてまた少し先へと降りる。
スニーカーの消えた場所では、草が何事も無かったかのように顔を上げた。

草から土。
土から灰色の硬い感触へと。
1歩。また1歩。スニーカーは足取りも軽く進んで行く。

やがて程なくして、原色の黄色もまぶしい壁に到達する。
そこに唯一、灰色で四角く切り取られたような扉を見つけ、トウはためらい無くそれを開けた。
























「……ねえ」


「ねえ、これってどういうことかな?」




トウの呟きが洩れる。
その声は、風に乗って草原を走り、青い空へと吸いこまれて。

トウはドアの手がかりを掴んだまま、その先を騙し絵でも見ているかのような顔で見た。

「あの扉の前での僕の葛藤はなんだったわけ?」

もう誰に言ったら良いのか分からない。
いや、彼の言葉を聞いているのは肩に乗る純白の鳥のみ。
だからトウの言葉はトアに向かって語られたのだと、そう解釈するしかないのだが。

「なんで無いのさ?」

無い。
そう、無かった。
扉はあった。外壁もあった。
しかし。




「どうして街が無いの!?」




トウの目の前には先刻より見なれた草原が広がっていた。
もちろん。
開け放たれたままの扉の向こうにも、まったく同じ草原が広がっている。
つまり。

街そのものが存在していなかった。


ケ――――――ン…

突然。
ただ呆然とするしかないトウの肩から、トアが飛び立った。
しゃら…と細い鎖が揺れて。
トウは慌ててその鎖を手放した。

透き通った青空に濁りの無い白が広がる。
それは、トウの立っている位置よりほんの少し先にある『何か』に音も無く降りた。

「何?それ」

急なトアの行動に驚きながらも、トウは『何か』に近づいた。
それは、トウの胸の高さ程度までの石柱だった。
よくよく見れば、そこには文字が彫られており、石碑だと分かる。
トアはその上で、飛んだ事で乱れてしまった羽を整えはじめた。

「えっと…なんて書いてあるんだろう…」

トウは、銀の鎖を重力の枷から引き上げながら、その文字に目を凝らす。
そこには、こう記されていた。




『別れとは出会いがあるからこそである。
出会いが存在しないならば、別れも無く。別れが存在しないのならば、出会いも無い。
これを私は、この作品をもって証明しよう。

扉を開けた旅人よ。これが真実だ。
                        XXXX.XX 別れの無い街にて WHIM(ウィム)』




一息にそれを読んだトウは、おもわず掌を自分の顔に持っていった。
全身が脱力する。

「……ようするに、どっかの酔狂な人が壁だけ作ったってコト?」

はああ。
本日2度目のため息は盛大に出た。

「別れと出会いは表裏一体。つまり『別れの無い街』は存在できないってコトかな…それにしたって」

トウは扉に入る前と同じように、黄色で塗りたくられた壁を見まわす。
それは扉にはいる前と同じ。
どこまでも左右に広がっている。壁に書かれた文字まで一緒であった。

「よくもまあ…こんなもの作ったよね……」

いったいどれだけの労力と時間を使ったのだろうか。
想像も出来ない。

「でもその色彩センスだけは僕はみとめないぞ」

クックッ…
石碑の上ではトアが相変わらず羽の手入れの真っ最中。
トウも石碑も意識の範疇にないようだ。



「あーあ!今日も良い天気だなあ!」



投げやりに叫んだトウの頭上。























空は青く澄み



流れる雲は雪のように白かった









緑の絨毯は




青年が自分たちを乗り越えて行くのを誘うようにさわさわと揺れていた















end



BACK

前回のオリジナル。トウ&トア。
続きを書いてみました。
この話は私が時々考える当たり前のことをテーマに含んでいる時があります。
含みきれず見苦しい所も多々ありますが。
それでもなにか伝えたい事がある時はトウとトアをそっとどこかへ連れて行きたいです。
そしてすました鳥のトアと、独り言上手のトウの様子を書いて行けたらと思います。

今回はなんだか色々自分の周囲であって、そこから自分なりに考えていた事を書いた…と思っています。
思っているだけです。
修行だ〜。

前回の後書きでも書きましたが、この話は基本の流れが『キノの旅』という既存の小説に似ています。
わざとやっているわけではないのですが、やはり読んでいると似てきてしまうものでしょうか。
それだけ影響されやすいということだとも思いますが。
どうか「ぱくりじゃん」などと思わず読んでいただけたら嬉しいです。
そしてこっそり感想など頂けたら…飛びあがるでしょう。

ポツリ。
キノの旅では喋るモトラドという相手がいたけれど。
トウには言葉を返してくれる相手はいないんだよね…トアはあくまで鳥ですから。
トウが鳥の言語をはたして理解できるのか?むしろいつも同じ鳴き声じゃないのか?
そんなことは彼らに聞いてください。
ただ、独り言の多さには、産みの母として涙をさそうものも無くは無いと思った1月某日。