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どうすればよかったのだろう… 迷う心は隙さえあれば、幾度でも自身に問う それは答えのない虚ろなもので ああ 後悔ばかりが惜しみなく僕らに降り注ぐ 繋 い だ 幻
「みなみ、好きだよ」 「は?」 会話の隙間にこぼれた言葉は、あまりにそれまでの話の流れとはかけはなれていて。 南は思わず反射的に聴き返していた。 『怪訝』というよりも『不審』という方が似合いのその表情に、ことの発端である言葉を発した千石は、その口元を歪めてつり上げる。 笑み、というには少しいびつだったかもしれない。 部活が終わって、どういうわけか顧問に呼ばれたのは部長と副部長である二人。 必要あるのかないのか、いささかわかりにくい話をもらったあと、帰路につこうと二人が職員室を出て廊下を歩く頃には他に生徒の影はなかった。 校庭に面している窓からは既に日の光は消え、代わりにうっすらとした夜闇が溶けゆこうとしている。 遅くなった、と二人は思ったのかどうなのか。 自然歩調は早くなり、しかし会話は常に同じ調子で流れ続け。 何をきっかけにか話題が途切れ、そうして千石は隣を歩く南に向けて言い放ったのだ。 南は目を瞬かせる。 まったく理解できない、といったその困惑をあらわにした目に映った千石は変わらず笑みをかたどった顔のまま。 繰り返した。 「みなみのことが、キスしたいぐらいに好き」 普段はおどけた、悪く言えば常にふざけている感のある千石。 その表情がいつになく重みのあるものだということに、ようやく南は気づいた。 気づいたのだけれど…。 返す言葉など無い。 口をつぐみ、はては足まで止めてしまった南を数歩追い越し。 白い制服の背を揺らして、ようやく千石も立ち止まった。 目立つオレンジ色の髪が、勢いを抜ききれずにひとつ揺れる。 けれど上履きがキュイと音をたてて床を押し付けた以外、千石に次の動きが無い。 無理矢理訪れた沈黙。 遠くに聞こえる雑音は、おそらくは職員室からのもので。 先生方は何をしているんだろうか等と、この場から逃げた思考に走りそうになる自分自身を南は知る。 ただどうしたらいいのかわからなくて。 「どこのみなみだよ?」 ようやく返せたそれは、何かを否定するような響きで。 千石の背が一つだけ揺れる。 それを目にしてどうしてか、南は指先が冷たくなるのを感じた。 そのまま延々とこの場の淀みは続いていくような気さえしてしまう。その理由もわからないままに。 けれど一瞬後。 唐突に振り向いた千石の顔は、いつものそれだった。 あけっぴろげに笑って、両手を頭の後ろで組んで、歯を見せて。 「あだち充の【タッチ】のミナミチャンだよ」 『可愛いよね、あの子』そう言って離れていた数歩分を、ほんの一歩で戻ってくる。 ただ空気だけが沈黙を肯定して、この場の雰囲気にその明るさは酷く滑稽に浮いた。 「なんだそれ」 「知らないの?今さ、再放送やっててはまっちゃったんだよね〜」 ケラケラと笑う。 南が眉をひそめた分だけ、千石は声を上げて笑い続ける。 空虚な廊下に、その長さに千石の笑い声は伸びていく。それをただ見ているしかできないことに、南は冷たくなった指に爪を立てた。 チクリと鋭い痛みが表面の皮を通り抜けて脳にまでいたるようで。 理由のつけられない不安感に、思考が沈殿してしまいそうになる。 それこそ周りが一瞬見えないほどに落ちかけて。 だから気づかなかった。 「みなみ」 声をかけられて現実に引き戻された時に、どうして千石の顔が判別できないほど近くにあったかなど。 「せ…」 返そうとした言葉は音にならず、代わりに神経まで伝わったのは小さな温もり。 ふわりと甘ったるいものが鼻をついて、唇が震えた。 「なんてね」 時間はどのくらいたっていたのか。 その一言で南が意識を現実に引き戻した時、千石はちょうど一歩後ろにさがって南に笑いかけていた。 「タッチごっこ。南がみなみ役でした! ちょっとおもしろかったでしょ」 「…こんなの、あんのか?俺みたことないし」 まだ現状が理解できなくて。 南は眉をよせたままで、聞き返す。 千石は笑顔のまま、歩き始めた。顔をむけたまま、後ろ向きの歩き方で。 キュ キュ と上靴のゴムがこすれる音が、必要以上に大きく響く。 窓ごしに、表通りのエンジン音が鼓膜を打った。 「おい、千石…」 「さぁて、どっちでしょう」 慌てて追いかける南の足音も、千石のそれに混じって。 はたしてどちらのものなのか。 「早く帰ろう。鍵締められちゃったらかなわないし」 「…ああ」 ふわふわと、つかみ所がないのは以前から。 南はこれ以上繋げる言葉を知らなくて、だから曖昧に頷いた。 その仕草に、千石も頷きを返して。 あとはただ、廊下を歩く影二つ。 妙に空々しい蛍光灯の下、いくつにも別れてその分薄くなって。 遠くで下校を促す先生の声が聞こえた。 門を抜けて、アスファルトのくすんだ臭いのする道を肩を並べて歩く 他愛もない話をしながら それは確かに変わらない時間であって けれどふいに 鼻先が整髪料の匂いを捉えてしまう (それは南が愛用しているもの) 舌先が甘い残り香を伝えてしまう (それは千石が最近買い換えたリップ) それでもそれを言葉にする術(すべ)はなく ああ 後悔ばかりが惜しみなく僕らに降り注ぐ 僕らの心に 降り注いでいる 今も 終 |