【衝動】というものは いつも突然訪れるんだなって 
 
 
 
そのときは酷く他人事のように 
 
 
 
思ったりもしたわけで 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
後悔してるって、言ったなら。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うあち…」 
 
口に出してみて、失敗。 
今の状態を再確認してしまった。 
ああ、なんでこんなにあっついんだろう。そうか、俺汗かいてるもんね。 
コート脇のベンチに腰をかけてタオルでごしごし頭とか顔とか、とにかく汗をふき取る。 
ちょっと視線を移したら、まだコートで頑張ってる後輩の姿が見えた。 
 
 
室町くん、頑張るなぁ。 
 
あ、ぼんやり見ていたら、気づかれた。 
結構するどいね。 
 
「千石先輩、もういいんですか?」 
 
一区切りついたみたい。室町くんがかけてくる。 
あらら、汗かいてるのは同じなんだね。でももうタオルを持ってる。うーん、用意がいい。 
 
「俺はもう終了ー。ほら、もう終りの時間だしね」 
 
「…そうですね」 
 
時計をさしてあげると、サングラス越しで見えてるのかな?わからないけど、室町君は納得したみたい。 
それと同時ぐらい。 
 
「今日の練習はここまでだ!」 
 
聞きなれた声がする。 
室町君の視線がそっちに行く。いつもなら俺もすぐにそっちを向くんだけど。 
だって、一分一秒でも見ていたいからさ。 
だけど。 
 
今日はなんだかちゃんと見られない。 
 
 
「南部長、こんなに暑いのに元気ですね」 
 
うん、南の姿。 
室町君わかってないなぁ、南も結構疲れてるんだよあの声だと。 
でもそんな弱み、みせられないじゃない?なんていっても部長だからね。地味だけど。 
 
「そうだね」 
 
ん? 
今の俺の返事ってば、からっぽに聞こえたかな。 
でも、つっこまないでほしいなぁ。なんて思ってたら、室町君には届いたみたい。 
先に行きますね、なんていって歩いていく後姿。 
ベンチには俺一人。 
 
 
ちょっと助かった。 
 
 
 
 
その間にも南の声は、聞こうとしなくても耳に飛び込んで来る。 
大声過ぎるよ南。 
しょうがないか、そうでもしないと聞こえないもんね。あーもう、拡声器買った方がいいんじゃない、部長職って。 
喉、痛めちゃうよ。 
 
俺の思考ってば、いつの間にか随分遠くまで回ってたらしい。 
日当たりがよかったはずのベンチに影がさしたのに気づいた時には、南の顔が少し先にあったんだ。 
 
 
「あ、南ぃ〜」 
 
いつものようににへらっと笑う。 
俺の笑顔ってばすごくやる気なさげに見えるんだよね。 
そんで、南はいつもそれをみて『お前なぁ…』ってあきれるんだよね。でも理不尽に怒ったりしない。 
見てるんだよね、南は俺のこと。知ってる。 
 
だから、いつも通りの呆れ声が返ってくるかと思ったんだけど。 
 
 
 
返事はいつまでたっても返ってこない。 
あれ?と思って南の顔をよく見ようとしたら。 
 
「…もう終りだから、上がれよ。明日は朝練おくれんじゃねーぞ」 
 
 
それだけ? 
 
 
南はろくに俺と顔を合わせようともせずに。 
くるっと後ろを向いて、地味の相棒である東方の方まで行ってしまった。 
なんだいあれ。 
機嫌悪いのかな。 
 
違う。 
東方とは笑ってるし。 
室町にもなんか笑って話してる。 
 
俺にだけ? 
 
ごうやら意識しないうちにじっと見てたらしくて。 
なんか東方が俺のほうを指差して南に言ってる。 
あ、南、コッチ見た。 
 
 
…なんでそんな顔するの? 
 
俺、視力いいからわかるんだよ。 
困ったような、悪いような、腫れ物でも扱うみたいな顔。 
そうしてそれから、無理矢理笑って見せたりとか。 
 
ああ。 
そうか。 
 
 
 
 
 
 
俺が 好き って言っちゃったからかな。 
 
 
 
 
 
 
 
 
それがさあっと頭の中に広がった後は、正直よく覚えてない。 
でもとりあえず着替えとか帰る支度は出来てるあたり、すごいね。 
気づいたら俺は、家と正反対の方向にある児童公園にいたりなんかしたわけで。 
 
 
 
目立つ白い制服と、薄い中身の無いカバンと。 
そうしてブランコに座ってる俺ってば、随分と疲れきった子に見えちゃいやしないでしょうか。 
部活が終わったあとだし、もう公園には人影はない。 
キィ、キィなんて音をたてるブランコ。さびてるのかな。俺が乗っても、壊れないよね? 
 
カバンを砂地に放り出して。 
あ、ちょっと勢い良すぎたかも。 
 
段々とぼんやりしてた意識が浮上してくるのがわかった。 
うんうん、部室では新渡戸達と少し話したよね。南とも話した。バイバイぐらいは。 
でも今の俺を、南は苦手にしてるんだよね。それでも部長だから声をかけてくれるんでしょ。 
 
 
俺のこと、キライになったんじゃないっていうのはすごくわかる。歩み寄ってくれてるって言うのかな? 
だって南、人の事本気でキライになったり出来ない人種だから。 
 
 
「いうつもりなんて、なかったんだけどなぁ」 
 
大きな溜息が出てしまった。 
溜息はラッキーが逃げるから、しないことにしてるのになぁ。 
本当。なんだかこの頃はラッキーのかけらもないよ。 
 
 
 
 
 
 
思い返されるのは長い廊下。 
なんでそんなことになったのかな、俺にもそのときのことはあんまり正確には覚えてない。 
ただ、南の横顔が。 
南の空気が、なんだかとてもたまらなくなって。 
 
 
『みなみ、好きだよ』 
 
 
気づけば俺の口は勝手に奥底に隠してたことをさらけ出してしまった。 
あのときの南の驚きようったらなかった。 
ぽかんと口を開けて、そのあとは酷くいぶかしむような…うん信じられないって顔。信じたくないって顔かな。 
してたから、なのになんで俺、念を押しちゃったのかな。 
 
 
『みなみのことが、キスしたいぐらいに好き』 
 
 
言ってしまった言葉は取り消せないよね。 
南が絶句したのを見て、ようやく俺の中のよくわからない昂揚感みたいなものは息を潜めてくれたわけで。 
時すでに遅し、ですよ。千石君。 
 
 
俺もなんて言ったら良いのかわかんなくて。 
だって自分の言葉に自分で内心驚いてたぐらいですからね? 
自然、嫌な沈黙になってしまったわけで。 
それに耐え切れずに、ちょっと離れてみたりもしたわけで。 
どうしても後ろで立ち止まった南を振り返れずにいたら。 
 
ふってきた南の一言。 
 
 
『どこのみなみだよ?』 
 
 
どこもなにも。 
ないんだけど。 
 
 
でもその瞬間、パッと南の気持ちが飛び込んだ気がした。 
 
 
南は、俺と友達でいたいんだ。 
 
それに気づいた時、俺の背中は揺れてしまった。別にいい返事をもらいたいなんて思ってたわけじゃ、けしてないんだけど。 
気づかれてしまったかもしれない。 
でもそれについて悟らせたいなんて、思いもしなくて。 
 
ふいに、この前見たアニメの映画を思い出した。 
 
 
 
咄嗟にアニメに例えたのは、自分で自分を褒めてやりたい気分です。 
案の定、南は怪訝そうに見てたけど。 
南、あんまり詳しくなさそうだしさ。貫き通してしまいましょう。 
 
 
なのに、あんな表情。 
反則だよ。 
 
辛そうに。 
自分で言ったくせに、冗談にしたいって思ったのは南だろう? 
なのにさ。 
 
 
 
 
 
 
泣きそうな顔、するなんて。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
衝動的なキスの一つぐらいは、許して欲しい。 
 
男の子ですから。 
 
 
 
 
 
南の唇は、リップを普段使ってないからちょっとカサカサしてた。 
でも、鼻に届く整髪料の匂いが南だなって感じて。 
 
安心した。 
 
でも南は目を白黒させてる。 
当たり前か、同性とキスしちゃったんだもんね。もしかしたら、はじめてなのかな。 
南の顔がいよいよ、まさかまさかなんて不安に崩れていくものだから。 
 
 
『なんてね』 
 
 
明るく言えたと思うよ。 
本当は冗談なんかじゃないんだけど。 
もっともっと、南の事を知りたいとか思ったんだけど。 
 
 
 
 
 
俺は南にそんな顔をさせたい訳じゃないんだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あの日は上手くいったと、思ったんだけど…」 
 
 
存外に南はさとかったらしい。 
考えてみればそれもそうだ。感情の機微に疎い人間が、こんな在籍している俺が言うのもなんだけど個性で満ち溢れた統一感の無い部員をまとめるなんて。 
難しいことに違いないから。 
南は声を張り上げたり、時には怒ったり、おおむね眉間に皺をよせたりはしていたけれど。 
それでも上手く部長としてやっていたんだから。 
 
 
「ばれちゃってるよね」 
 
 
いつから好きだったのかなんて、そんなことは自分でもわからない。 
気になったのははじめてみたときから。 
だから声も自分からかけた。会話だって積極的に混ざったし、相手をしてほしくて随分馬鹿もやった気がする。 
そんなことを言ったら、お前は根っから問題が起こるのを楽しんでるだけだろ!って南が怒るな。 
あれ、南は今俺を苦手にしてるからそれどころじゃないか。 
 
考えたってわからないことだらけで。心は理由をつけられないことばかりで。 
だって今でも女の子は好きで。 
いくら可愛くたって、男の子とは深い関係になりたいとは思わないし正直気持ち悪い。 
 
なのに南だけ。 
南だけ。 
 
 
 
 
 
 
「もう、俺だめかも。南好きすぎて、おかしくなる」 
 
 
 
 
 
 
見上げたら、空はもう後一歩で完全に夜に落ちるところだった。 
なんだかふいに涙が出そうになって。 
【上を向いて歩こう】が勝手にBGMになってしまった。 
 
 
 
「…独りぼっちの、夜…かぁ」 
 
 
 
中途半端に覚えているフレーズをなんとなし口づさんでしまったりして。 
ああ、俺ってば今最高にセンチメンタル。 
ブランコをずっとこいでたら、あの月まで飛んでいけないかな。 
 
そう思って、もうあとは考えずに一心にブランコをこいでしまった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ねえ南。 
 
信じられないかもしれないけど、俺ってば南に本気なんだよ。 
 
 
 
 
笑えるよね。 
 
 
 
 
・・・笑えないか。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
だけど掛け値なしにほんとに。 
 
南の事が好きなんだよ。 
 
 
でも。 
 
こんなふうに意識してほしかったわけじゃあないんだ。 
 
距離を作りたいんじゃないんだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
後悔してるって、言ったなら。 
 
 
 
 
 
戻れるのかな、南? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  終