起爆剤なんていうのは日常のどこにでも潜んでいるもので
 
 
それはいつでも爆発可能なのだ
 
 
 
 
 
 
僕らは

 
 
 
 
 
 
 
 
 
ただその場所を知らないだけ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
窓の外に濃厚な秋の気配。
少し前までは残暑厳しく、とても秋とは呼べない天気が続いていたが、ここ最近になりようやく突き刺すような日差しも薄れ涼しい風が吹くようになった。
長い廊下には何人もの生徒の姿。
友人と話していたり、立ち止まっているものもあればせわしなく立ち去るものも。
その中にあって、千石もまた同じクラスの友人達と窓際にもたれかかりながら他愛もない話に興じていた。
話題はいつも違うのだが、今日は昨日やっていたドラマの配役についてああでもないこうでもないと、評論家を気取って盛り上がる真っ最中。
ふと、視線を上げた先に千石は見慣れた顔を見つけた。
 
「…あ」
 
「?どうしたんだ?千石」
 
ふいに言葉の止まった千石に、友人の1人は首を傾げる。
それでも千石は言葉を返せなかった。
視界に飛び込んできたその姿に、息を呑む。
 
「みなみ…」
 
「え?おい!」
 
呟き、寄りかかっていた窓の珊を両手で押すとその反動で千石は走り出す。
一瞬友人と視線があったが、それは片手を顔の前で上げ謝罪の形にしただけで済ませた。
背中越しに『どうしたんだよ』と騒ぐ声を聞きながらも、振り返らずに益々歩みを早くするだけ。
 
 
 
−−−−−どうして、南。
 
 
一瞬前、友人と会話していた千石の目に入ったのは廊下の角を曲がって歩いてくる南の姿。
いつもなら同じクラスの東方とつるんでいることが多い彼が、珍しく1人で。
そしてキョロキョロと何かを探すように視線をせわしなく移動させていて。
パチリと視線が合ったのは、だからだろう。
反射的に苦笑浮かべた瞬間、南は唐突にきびすを返して去っていってしまった。
背中をひるがえす時、南の表情が歪んだように見えたのは気のせいではない。
だから追いかけた。
 
 
南の表情、その理由が知りたくて。
(いや、それはただのこじつけで)
どこへ行くのか気になって。
(会いたくて)
部活を引退してから会う時間が減ったから。
(でも恐くて会えない)
話がしたい。
(君の笑顔が見たい)
 
 
 
 
 
 
 
 
「みなみっ!」
 
 
追いついたのは、屋上の扉前の踊り場だった。
南の手は屋上へと続く扉にかけられている。ギギ、と軋んだ音を立てた。
3階までしかない校舎で、唯一4階とも言える屋上へ続く4つめの階段にはもちろん人影は無い。
少し離れたところからは生徒の笑い声が聞こえてくるが、それも本当にかすか。
 
千石が切らせた息を吐いて少し先で立っている南を見上げると、南は顔をそむけた。
あまりにもわかりやすい、その拒絶する仕草に千石の心が軋む。
それが何故なのかわからなくて、南を振り向かせようと千石が手を伸ばしたとき。
 
「…なんだよ千石」
 
「なんだよって…」
 
南は顔を向けないまま、小さく呟いた。
その声が硬いのに、千石の伸ばしかけた手が止まった。
指先は空を握り締める。
 
「なんだって追いかけてくるわけ?」
 
「追いかけちゃいけないの?」
 
(それならどうして南は逃げたのさ)
そう聞きたいが、声には出ない。だから、南の問いかけに問い返す。
南が息を呑んだ気配が伝わった。
 
「…お前、クラスのダチと話し込んでたじゃねえか」
 
「ああ、あれ。昨日ほら、ドラマやってたじゃん?新しいやつ。
それの配役がさ」
 
「だから、なんでそれで俺を追いかけてくんだよ!」
 
「南?」
 
振り向いて、言葉強く言い放った南の顔は気のせいか泣きそうで。
千石は下ろしかけた手をもう一度伸ばす。
しかし、その手は勢いよく叩き落された。
 
手の甲にじんとした痛みが広がって。
けれどそれよりも、叩かれたということに千石は目を見開く。
見開いて、今度こそ息が止まるかと思った。
 
「っ!」
 
「…どうして、南の方が痛そうなの?」
 
唇を噛み締めて、叩き落した自分の手を胸に抱え込んで。
南は微かに震えていた。それがなにからくるものなのか、わからないけれど。
無理矢理痛みを我慢するような顔。
 
何かしなくては、行動しなくては。
千石の中で、何かが警鐘を鳴らす。
それに従い。
 
一歩、千石は足を踏み出す。
一歩、南は後ろに下がる。
 
「ねえ…」
 
「わけわかんねえよ、もう。…お前はクラスの奴らと…笑ってるし」
 
「え」
 
「っ、畜生!」
 
短く叫ぶと、南は顔を伏せたまま階段を駆け下りて行ってしまった。
すれ違う瞬間に軽く肩がぶつかり体が揺れたが、それだけで。
バタバタという足音とともに。
あっという間に南の姿は見えなくなってしまう。
 
「…なに」
 
あまりにも早すぎる展開に、脳内の処理が追いつかない。
がらんどうになった踊り場に1人残されて。
ぶつかった肩を押さえて千石はズルズルとその場に座り込んでしまった。
 
「それって…嫉妬?」
 
力の入らない足を伸ばして、背を扉に預ける。
視線を落とすと、汚れの目立ち始めた制服の裾と安いビニルの床。
硬い背中の感触に、久しぶりに屋上に出てみようかと一瞬思うがそれもすぐ消える。
目を閉じると、考える前に南の顔が浮かんだ。
痛そうな、それを我慢するような顔。
 
「そういえば、俺も笑ってなかった…?この頃…」
 
−−−−−南の前では。
 
自分のことで手一杯で、南の前で上手く振舞えなかったといえばその通りで。
けれど、南はそんなことを考えてはいないと思っていた。
避けられているとすら思うほどに、この頃二人でいる時の空気は冷えていたから。
 
これはどういうことなんだろう。
 
 
「…脈有り、とか考えちゃうのって……ずるいよな」
 
 
肩に置いていた手を瞼の上に当てて、息を吐く。
耳に休み時間の終了を報せる音が届いたが、動く事は出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「好きだよ、南」
 
(南は俺のこと、どう思ってる?)