ただ振り返らずに

歩いていく


時々疲れて立ち止まる
それでも

振り返らずに 振り返らずに


振り返った先に何もないのが恐いから

見ることもできない
瞼を閉じる勇気もない

ただないと思い込んでいるので
真実か虚構かなんてことでなく


振り返れない
振り向かない






君を置いていく僕 置かれていく僕









「何悩んでんだ」

「え?そんなことないよ」

「嘘付け」


空は高かった。
それはもう憎らしいくらいに。
青く澄んで、どこまでも溶けていけそうだった。そんな青。
広く、風の吹きすさぶ屋上で向かい合って二人。
他にだれもいない。
立ち尽くす、お互いの胸に去り際の証である花一輪だけ。
手には同じ色、同じ形の筒を持って。
それだけで。

「眉間に皺よってたぞ、不細工一割増」

「南ってさ、優しいけど…時々そういうとこキツクない?」

「お前相手に柔らかくいったって逃げるだろ」

「ひどー…」

手を広げてわざとらしく大げさに。
ショックを受けたフリをする。フリである。
南の言葉もそれだけとれば辛らつとさえ取れるけれども、其の表情には普段どおりの困ったような薄い笑いが浮かんでいるので。
見詰め合ってみたり。そう視線が重なる。

「目と目で通じ合う?」

耐えられないのはいつだって自分の方。
南は逃げない。南の視線はいつだって正直でまっすぐだ。見られないのはやましい部分が自分の中にあるから。
わかっている。

「何溜め込んでんだよ」

「べつに?いつも通りだって」

卒業、おめでとう?
笑ってそう言えば、南は息を一つ吐いた。
あきれたのかどうなのか、それでもいいと思っている。
もうきっとこうして気安く顔を合わせる事は出来なくなるのだから。

「千石…」

「なに?」

名を呼ばれて、笑ってみせる。
笑う事は苦ではない。笑う事で全てがうまく行くと思うから、笑うのは好きだ。
笑えば何もかもが流れていく気がするから。
南は青い空と白い雲、灰色のコンクリートを背にして。

「楽しんでこいよ」

「…っ」

苦笑でない。先ほどまでの眉を寄せた顔でもない。
それは柔らかく。
これ以上ないぐらいに柔らかく。
ただ包み込むように微笑まれて、心臓が搾られた。



山吹高には上がらない。
千石が独断で決めた事だった。
テニスの強い他県の学校から推薦の話が持ち上がっていた。
一人でそっと見学に行って、そして呑まれた。

<<ここでテニスしたい>>

もっともっと強くなれる。
もっともっとわくわくできる。
欲求はその日から、体と心を押しつぶしてきかなくなった。
本能というのか。
そういったものが強く引かれる場所だった。
そして理性が叫んだ。
『みんなを裏切るのか』と。

中学の三年間をともにした仲間。テニス部のみんな。
裏切りではない。もう一人の自分が呟く。
それでもこれは裏切りだ。もう一人の自分が嘆く。
でも行きたい。
全てを振り切ってでも、なにもかも投げ捨てでも。


結局自分は、欲求にしたがった。
そんな自分を誰も責めはしなかった。
南もただ「そうか」と笑っただけだった。あの時は。

責めつづけたのは自分自身。



「俺…」

言葉が出ない。ああほら、やっぱりここでも笑うしかない。
口端が上がって、そうして。

「うん?」

「俺、もっともっと強くなるからね!」

決意だった。
南の笑みが濃くなる。

「ああ、俺も高校で全国目指すぜ」

「高校でも地味ーsの名前広めちゃう?」

「それは止めろっ!」

「あははっ、ぴったりなのに!」

「お前のそのせいで、二年半通してそれだったんだぞ!」

「いーじゃーん」


いいじゃん、ずっとそうやって。
それで、俺の事。
俺の事。

覚えていてよ。

「向こうからもメールとかするからね〜」

「とりあえず授業中はやめろよ」

「あれが楽しいんじゃん?」

「先生にどやされる身にもなれ」

「マナーモードを忘れた人が悪いのではー?」

「電源切ってやる」

「お代官様、横暴!地味に!」

「地味は余計だ!」


こうして話すのも今日限りというわけではけしてないんだけれど。
切り捨てたという罪悪感(と呼んではきっと彼らに失礼)に痛む胸はいまだそのまま。
それでも。
こうしてなにもかも、お見通しなのか天然なのか。
話すだけで軽くなる。
消えはしないけれど。消えてはいけないのだけれど。


「南居なくて、俺はどこからマイナスイオンを受け取ればいいんだろうなぁー」

「俺はトルマリンかっつーの!」

「色も近いしねぇ」

「笑うとじゃねえぞそこ」

南もつっこむところ間違ってるんだけど。
その胸にある花を見るたびに、小さな棘はチクチクするよ。
でもいいんだ。

「文通なんてのも、古風でよくはありませんか南くん」

「お前の字、汚いから却下」



僕らの道は分かれていく。
もともと一つではなかったから、当然だろうけれど。
それが寂しいと思ってしまう。悪いと思ってしまう。
思う自分に責められる。
でもいいよ。
君が赦すと笑ってくれたから。
笑っていてくれたから、頑張れる。







僕は強くなってくるよ

いつかまた きみにあうために








それまでは振り返らない

でもそれは けして哀しいことじゃない




僕の遠い隣を いつでも歩いていてください












 
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千石は、高校になったら山吹にいかずにテニスの強い外部の学校に推薦で行ってしまってもいいなあと。
そんなことを前から考えています。自分のテニスを見つめ直した千石なら、行きたいと望むかなと。
南はただ背中を押してあげるだけ。
押しの強いのはいつだって千石。でも、根っこが弱いのもまた千石なのです。