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たとえそれが一片の 僅かな希望だとしても 縋るのが 生きるための本能だったのだろう 【それでも生きていく】 「で、ええ情報はとれたんか?」 開口一番、顔をつき合わせた瞬間にYUZの口からぶつけられた言葉。 厳しくなった警備をかいくぐり、求めていたものを得ての帰還。 疲労でへとへとになったケイナと孔雀に、最初に声をかけたのは彼だった。 「…なんでもお見通しやて?」 苦し紛れにケイナが苦笑いで応じれば、YUZはにやりと笑った。 横にはいつ来たのか、識も影のように付き添っている。 もっとも、識は口を挟むつもりはないようだ。 薄暗い地下アジトの通路で、なんとなく嫌な空気が流れた。 しかし、次の瞬間にYUZはその雰囲気を破棄する。 「あんなん派手に出てかれたら、誰でも気づくっちゅうねん。 第一、まだ報酬半分しか払てないやろ。報酬第一のお前にしちゃらしくないからなぁ」 「あ、その推論には恐れ入ったわ」 笑いながら言われて、その言われた事にケイナも笑いを引き出される。 孔雀だけはわからずきょとんとしている。 その顔はあちこち擦り傷だらけではあったが、どれも怪我というほどではなかった。 数日前、孔雀に説得されての再調査だった。 軍の内部情報は以前の場所でしか接触できない。危険をおかしての二度目の挑戦。 案の定、二度目はないとばかりにその防護網は厳しく、相手にするのはケイナでも骨が折れるほどだった。 なんとかモノになる情報を搾取して、ほうほうのていでの帰路だった。 そして帰ってきた矢先に、YUZに見つかったのである。 「あいつのことなんやろ?調べてきたいうんは」 「YUZは本気で察しが良くて、俺涙が出そうだぜ」 「ごまかしはいらん。何がわかったんや」 「ま、色々とね」 ケイナは何処までも誤魔化す。 もっとも、YUZもそのやりとりを楽しんでいるようだと横で見ていた識は思った。 しかし、孔雀だけはそんな小難しい化かしあいのようなことには付き合えなかった。 「ケイナ、早くあの人のところにいこう! それとも俺だけ行ってもいい?」 孔雀にしてみれば、先刻ケイナが掴み上げた情報を『彼』に早く伝えたかったのだろう。 足をバタバタさせ、今にも駆け出しそうな様子。 それをケイナはやんわり止める。 「まぁ落ち着けや。なんのかんのいうてもな、あいつの身柄はもう解放軍に拘束されとるんや。 んなんにこっちが勝手に情報与えたかてなるとな」 「なんかあるのかよ」 ケイナの言う事は、いちいち遠まわしでよくわからない。 そう孔雀の顔にありありと描いてあるのが、この場に居た3人には見えた。 小さなため息はケイナのもの。 「…この前の情報は前金ももろた手前、もうYUZ等のもんや。 それに関係することやしな。アフターケアもしっかりせんと」 「難しいよ」 パチパチパチ 突然の拍手に視線を向けると、YUZが笑顔で手を叩いていた。 「うーん、ええ精神や。ほならこっちに話してみんか? 悪いようにはせぇへんから」 「…信用できそうにないんやけどなぁ」 にやにやと笑うYUZ。 苦笑を浮かべる識。 もう一度ため息のケイナ。 そしてやはり不審そうな視線もあらわな孔雀。 それでも、ケイナは手に抱えていたパソコンを開き、それを彼らに見せるべく歩を進めたのだった。 ********** ぴたっ ぴたっ… 鼓膜を打つ、小さな水滴の音。 ささやかなそれも、時にはささくれ立ち神経を苛立たせる。 原因のわからない頭痛と、諦めに満ちた心と。 自由にならない四肢と。 そんなものが、今のセムを形作っていた。 「…五月蝿い」 呟きは、別に誰に向けられた物でもない。 ただ、水滴がわずらわしかった。 その声に反応した、隣のもの。 「まだ意識あったんだな」 明らかにホッとした声。 視線を送ってやることすら億劫で、セムはそのまま瞼を閉じた。 もとより、開いているかどうかすら怪しかったのだし。 「おい、セム」 ピタピタと頬を軽く叩かれる。 不愉快だと思った気持ちも、浮かぶそばから砂のように崩れて。 ため息も出ない。 「貴様もよほどの暇人だな…」 何も言わずとも、隣に居る彼は…ニクスはそばを離れようとしない。 そして頬に当たる手をどけてほしくて、結局セムは呟きをもらした。 もらすと同時、疑問も浮かぶ。 「何故、そうまでして俺にかまう」 「…珍しく、会話してくれるんだな」 「……止めた」 かえってきた言葉に、かすかな喜びを感じた気がして。 セムはすぐさま訂正の言葉を述べた。 つもりだったが、ニクスには聞こえなかったらしい。 もしくは、聞こえなかったフリをされたのか。 「俺はさ…こんなことになっちまってるけど……ずっとお前の事忘れた事ないんだ。 だから、かな」 「理由になっていない」 曖昧な言葉ほど、わずらわしい物はない。 セムは何故ここまでニクスに聞いてみたいのか、自分自身その理由がわからないまま、ニクスに問い返した。 横の気配は少し困っているようだった。 そして二人を取り巻いている空気にどこか懐かしさを感じて。そう感じる自分にセムは驚く。 ジャリ、といまだ彼の四肢を繋ぎとめる鎖が鳴った。 ニクスはそれを催促の意図と勘違いしたのだろう、言葉を探しながら紡ぎ始める。 「…まぁ、ぶっちゃけるとな… 俺、お前のことが好きらしいんだぜ?」 「………はぁ?」 それは本当に予想もしなかったことで。 セムは思わず間抜けな声を上げて聴き返してしまった。 ありえない。理由が『好き』だなんて不確定のものだなんて。 そんなセムの様子に、ニクスは心外とばかりに鼻をならした。 「そんな反応はねぇだろ? まぁ自覚したのはちょっと前だけどよ。考える時間はかなりあったしな…」 開き直りとしかいいようのない反応。 瞳を開いてみると、心なし照れているような表情があって。 「…くっ…ぷふっ…」 たまらず、声がもれた。 「て、おい。笑う事ねぇだろ?」 くくっと肩を揺らしているセムの様子に、ニクスはらしくなく慌てた。 笑いものになるなど、予想もしていなかったのだろう。 そんなニクスの様子すらおかしくて、セムはまた少し笑う。 そして。 笑って、ふっと表情が落ちた。 「…あー…本当に、こんなふうに笑ったことなんて…久方ぶりだな…」 「いつも部下とか睨んでばっかりだったんじゃねぇの」 負け惜しみのように、ニクスは突っつく。 それを見、そこから四肢を戒めている鎖まで視線を動かして。 「なんで…」 「あん?」 「なんで、俺は笑っているんだろうな…」 次いで浮かんだのは、自虐的な笑みだった。 唇が少しゆがんで、目は再び伏せられる。 「セム…」 気遣うようなニクスの言葉も、今は通り過ぎるだけ。 「リリスはもういないというのに……どうして俺は、笑っていられるんだろう」 「それは、あんたが人間だからや」 返された言葉は入口のほうから降ってきた。 小さな扉はいつ開けられたのか、その周囲には数人が立っている。 声を返したのは、一番前方にいたYUZだった。 「…YUZ。なんだ…?」 ニクスは僅かに低くした声で問う。 その言葉はしには、不機嫌さがありありと感じられた。 YUZはそれをすぐ察し、両手を上げて降参のポーズをとる。 「お邪魔やったんは悪かったわ。 まぁでも、そないに目くじらたてんでもええやろ?いい話もってきたんやで」 「話…?」 その言葉にニクスはいぶかしげに眉根を寄せる。 しかしYUZは手をヒラヒラさせて、言葉を継いだ。 「あーお前やない。話いうんはな、あんたにや。セム中佐」 「…俺は話すことなどない」 セムは頑として目を開こうともせず、顔を横にそむける。 YUZは「嫌われたもんや」と一人ごちながら、ベットのすぐそばまで入ってきた。 「わいは小難しいことは苦手や。だから直にいうで。 あんたの妹は生きとるかもしれん」 「っ!?」 「おい、それは本当なのか!?」 セムの全身が驚愕に跳ね上がり、隣でそれを聞いていたニクスは驚き目を見開いた。 YUZは軽い笑みをはりつかせたまま、言葉を続ける。 「事前の情報やと死んだ聞いてたんやけどな。 どうも納得いかないいうて調べ直したんや」 「…その情報が本当だという証拠はあるのか…」 かろうじて自由になる首だけを動かして、セムはYUZを見据えた。 赤い瞳が真実を探るように射抜く。 それに対し、YUZはどこまでも平静。 「証拠は、あらへん。ただ、あんたの妹らしき人物がとある場所の防犯カメラに偶然うつっとったそうや。 カメラの日付けは最近…合成やったら手におえんけど」 「そうでない可能性も、あるってことか」 言葉をニクスが足した。 YUZはそれに頷きながら、ひたとセムを見据えた。 「こっからが本題や。 なぁセム、あんたここに入らんか?軍でも高く評価され取ったあんたの力が欲しいんや」 「……単刀直入だな。 しかし、それで俺になんのメリットがあるというんだ。いつ貴様らの寝首をかくかもしれんぞ」 そこへ識が横切り、上着のポケットから鍵束を取り出すとセムを戒めている鎖と手枷に差し込んだ。 キン…と乾いた音が響いて、一つ鍵が外れる。 「これは正等な取引や。 あんたはわいらに力を貸す。そしてわいらはあんたの求めとる妹の情報を渡す」 キン、とまた一つ鍵が外れた。 YUZの背後で、孔雀が何かいいたそうにしていたが、ケイナがそれを抑えそっと廊下に出て行った。 立ち止まって成り行きを見守っているのはニクスだ。 両手の枷が外れると、ようやく体を起こすことが出来る。 セムは久しぶりに体を起こし、ぎしぎしと伝わる手首の痛みを無視してYUZに向き直った。 「…誓えるのか…貴様が言っている事が嘘でないと」 「水に誓って」 そう言葉にしたYUZの目はまっすぐだった。 『水に誓う』それは砂漠が領土のほとんどを占めるこの国で、最上級の誓いの言葉だった。 この国の人間にとって、水はなによりも勝る。 その言葉を引き合いに出してきたことで、セムの表情が変わった。 相変わらず、棘のある雰囲気はそのままだが、のぼりたつほどの殺気がやや薄れている。 そしてポツリと。 「…信じてやる…そこまでいうからには」 「そう言ってくれるとおもっとったで」 キン・キンッと立て続けに、足かせも外される。 ようやく四肢が自由になりセムはベットの柵につかまると、足を降ろして立ち上がった。 と、長く拘束されていたために足が感覚なく、ぐらりと体が傾げる。 倒れそうになったところを、横合いからニクスが腕をのばして捕まえた。 「っと、あぶねぇ。まだ慣れてねえだろ」 「ま、とりあえず話はついたってことで、わいらは一足先にいっとるわ。 くわしいことはまた後やな」 「そうですね」 ヒラヒラと手を振りながら、YUZは背を向けて扉から出て行こうとしている。 その後ろを識も続いた。 「おい」 ニクスが呼びかけるが、二人は振り返らず『あとでな』とだけ残して出て行ってしまった。 再び扉が閉まると、狭い部屋はセムとニクスの二人だけに戻ってしまう。 いまだニクスの手は支えるためにセムの肩に触れたままで、掌からじんわり熱が伝わるようだった。 それは、セムも同じだったらしい。 「…手が熱い」 「ああ、わりぃな。もう大丈夫か」 言われ、ぱっと手を離し顔を覗き込む。 それをセムは五月蝿そうに押しのけた。 「それほどやわには出来ていない」 「まぁ、なんかあれだよな…お互いこの前会った時は戦場で…敵同士でさ」 「俺はリリスを探すためにここにいるだけだ」 とりつくろうしまもない、きっぱりと言い切る言葉。 こちらを見ているのか見ていないのか、それすらわからない表情。 ただ読み取れたのは、何にも負けぬ信念のようなもの。 上等…とニクスは心で呟くと、セムの背中を叩いた。 「ま、とりあえずここに慣れねぇといけねえだろ?案内してやるぜ。 なに、どうせここは荒くれもんや過去に傷を持つやつらの集合体だから、誰もお前の事気にしないだろうよ」 「別に、何も恐れなどないさ」 『あの14年間に比べたら…』 セムの言葉はただ、心に反芻して消えた。それをニクスに伝える必要も、空気に言葉をのせる必要もないと思えた。 それはセムだけのもの。 誰が知る必要もないものだから。 ブーツが足下を蹴って、小さな部屋を後にする。 廊下からのびる光に二人分の影が重なって。 扉が閉じた。 ********** 広い部屋に一人の男。 その部屋の入り口には、控えの者が二人。機銃を持って。 男は壁にある窓のそばにいた。 そこだけが切り取られたように色彩の違う場所で、彼は外をみやる。 地上は風に舞い上げられた砂粒で、褐色に染まっている。 男の手には報告書があった。 その詳細は、しかし誰の目に触れることもなく今。 小さなライターが生み出した小さな炎によって、男の手の内で灰に還ろうとしている。 チリチリッと焼ける音と、鼻をつく匂い。 書が紙片になると、男はそれを手放した。 ひらりひらりと、それは空気を泳いで重力に引き寄せられて落下する。 絨毯に乗るか否やの瞬間、黒いブーツがそれを踏み潰した。 ぎゅり、とねじられて。 「何処まであがけるのか、楽しみだよ……セム」 くつくつと笑う言葉は。 深く深く、何処までも沈み。 誰にも届く事はなかった。 ********** あれから数ヶ月… かわらず天は高く、地上には愚かな人間ばかりが這いまわる。 太陽はそれを見下ろし、何を思うのか。 嘆いているだろうか、それとも嘲笑っているだろうか。 それは誰にもわからないことで。 ただ、今も戦場は砂と埃と硝煙にまみれている。 「おい!ちっとあれはきつそうだぜ!」 「まっすぐに突っ込みすぎだ、貴様は」 「あー、ちぃっとかったるくなってきたで」 「今、軍内部で手ごたえがあったそうですから、あと少しですよ」 「よっし!俺も頑張るぞ!」 「んなことより、そこのケーブルとってくれんか?」 彼らの象徴は、血よりも赤い布。 それは同胞の血を流しても、自由を取り戻すための決意の現われ。 いつかの未来を夢見るのでなく、自分たちの手で全てを創る為に。 今日も 空は冗談のように青く。 雲ひとつなかった。 ここは戦場。 死と生が交錯する世界。 end |
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終わりました。これで終焉です。 彼らの戦いはこれからも続いていきます。 予想も出来ないような困難も待ち受けているのだと思います。 そのすべてを語ることは出来ませんでしたが、こんな形で今回参加させてもらいとてもよかったと思っています。 当初の予定では5話で終わるはずだったこの話。気づけば番外編を入れての9話構成となりました。 文字書きとして、これだけの長さ。そしてこの2ヶ月で書きあがるということ、なかなか正直骨が折れましたがいい経験になりました。 最後まで読んでくださった方々、そして共に祭りを運営したお三方、本当にありがとうございました! ここでちょっと番外話。 当初はこんなにケイナと孔雀の出番はありませんでした;; ところがふたを開けてみれば、師弟より出番が多いじゃありませんか…! あきらかにキャラクターが一人歩きしてしまった結果です。師弟はそのあおりを食らって、思いっきり出番が減ってしまいました。 とくに識はメインキャラクター中一番セリフが少ないと思われます…;; 師弟好きの皆様、申し訳ありません。 (このSSのメインはセムになってしまいましたが;;) なにはともあれ、このつたない文章。読んでいただき本当にありがとうございました。 SSに表されていない場面は皆さんの想像力におまかせいたすということで!(…) |