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無意識に 無自覚に きっとずっと 想っていたのだろう 【追憶】 ちゅん ちゅん チチチ… 鳥のさえずる音色。 見渡せば周囲は緑に囲まれた空間。 どうして自分はここにいるのだろう…そんな疑問は、浮かんだ瞬間に記憶の隙間から零れ落ちた。 「セムさーん!」 呼ぶ声。 に、振り返り瞬間。視界が安定する。 そして僅かな違和感。見ているもの、見えているもの。全てが…低い。 身体でもかがめていただろうかと思い、視線を下部へと落として。 そこで肩を軽く叩かれた。 衝撃に目を見張り、視線を上げると。そこには笑顔の少年が立っていた。 視線は自分より僅かに下。緑の目は人懐こく、やや羨望の混じる色合いで見つめてくる。 「声をかけたのですが、聞こえませんでしたか?」 「悪い…ちょっと考え事をしていた」 そう、考えていた。 それが何なのか、いったい何を考えていたのかはやはり記憶をさらう様に掻き消えたが。 あまり反応の芳しくない自分に、少年は不思議そうに首をかしげながらも。 「そろそろ次の授業が始まりますよ」 次の時間…遅刻すると不味そうですし。などと耳打ちもされて。 【授業】という単語にどこか懐かしさを感じながら。 そして何故懐かしく思うのかわからないまま、手をひかれて緑の下草を踏みしめる。 「でも以外ですね。セムさんが中庭で昼食を取ってたなんて」 「…そうか?」 「ええ、以外でした。でもその包みを見てると、納得できてしまいます」 包みと言われ、初めて自分が布の包みを持っているのを実感する。 朽葉色のそれの中身はもう自分の胃に全て納められているのだろう。 ほとんど重さを感じないそれのは、母が自分のためにと用意してくれた2枚目のものだった。 本来は明るい色を好むひとであったが、セムのためにと買った赤と黄色のチェック地を、妹が人形の洋服にしてしまったために使用不可となってしまったのだ。 元来色にはあまりこだわりはなかったし、何より人形遊びをする妹があまりにも愛らしくて。 それ以来、セムはこの包みを使っている。 「空が見えるからな」 「空、ですか」 言葉はどうしてか、思考と関係なく滑り落ちてくる。 台本を何度も読み繰り返すうちに、何も考えずともセリフがでてくるように。自然に。 「さぁ早く教室へ戻ろう。次は、不味いんだろう?」 意識せず、僅かに笑みを造る自分を感じながら。 少年のぎこちない返事を傍らに、庭を去る。 遠く、鳥がまた鳴いた。 「ケッ!気にくわねぇんだよ」 廊下。 景色が後方へと流れていく中、足が止まる。 声はすぐ傍から聞こえてきた。 驚き視線を移すと、先刻まで隣に居たはずの少年の瞳の色が違う。 緑と記憶していたはずのそれは、今は暁の朱を宿し。 純朴そうな顔は、皮肉を込めた表情になって。 彼はこんなに日に輝くほどに金髪だったろうか。 「いっつもいっつも取り澄ました顔しやがって、てめぇの面見てるとむかつくぜ」 「なら近寄らなければいいだろう」 いつの間にか周囲は閑散とした風体。 場所も窓のないどこかの室内。 行き交っていたはずの少年達の姿はなく。二人だけ。 「目障りなんだよ! リーダー面して、何様だ?」 「お前は何がいいたいんだ」 教室。 戸外。 朝。 昼。 夜。 時間も場所も。 二人を置いて、流転していく。 めまぐるしく変化する周囲に、めまいさえ覚え。 それでも言葉は止まない。 「大体そうしてスカしてるあたりが…」 「隣にてめえがいるってだけで…」 「同じ飯を食ってるかと思うと…」 「気に食わないんだよ、その…」 「てめぇの…」 ぐる ぐる ぐる ぐるぐるぐる 廻る 回る 言葉も 景色も 時間も そして唯一変わらぬその顔が。 金の髪が。 朱の瞳が。 「お前の事、結構好きだぜ セム 」 ふいに 笑った ただ青空が広がる その場所で 金の髪が風に揺れて 朱い瞳が和らいだ それにつられて 自分も笑っている気がして 降り注ぐ陽光の眩しさに 瞬きをした。 瞬間。 「…お前…セム?」 無数の発砲音と、爆砕音に。 砂塵の中、驚愕した敵兵の顔が重なった。 青空の少年と。 「…ニクスッ!」 闇だった。 他の誰のものでもない。自分自身の声に意識を揺さぶられ。 次いで目を見張り、荒くなりかけた息を抑えたところで。 視界に映ったのは、薄暗い部屋だった。 夢を 見ていた 「あれは…あいつは…ニクス、だったのか」 いまだ瞼の裏に焼きついて離れない。 流転する記憶。 何も知らなかった、幼いあの日。 未来を信じて疑わなかった、過去の日々。 色鮮やかに残る、彼の記憶。 そして、深く塗りつぶされた現在。REAL。 掌に視線を落とすと、無意識に握りこんでいたのか闇夜に白く。 それは、あの頃の自分よりはるかに大きくたくましくなって。 しかし、何もない。 それだけの、空っぽのてのひら。 持っていたはずの見えないなにかは、零れ落ちてしまった。 もう 戻れない。 「何故、俺にこんなものを見せる……」 呟きに還る言葉はなかった。 やがてバタバタと、扉越しの廊下から人の足音が届き。 それはすぐ直前で止まると、人の気配が強くなり。 「中佐!お休みのところ、失礼します!」 扉越しの現実は、まどろむ時間すら与えるのを惜しむらしい。 セムは柔らかい布から身体を起こすと、扉に向かって言葉を発した。 「かまわない、起きている。どうした」 「ハッ! 先刻、湖上警備の隊より伝令があり、昨日(さくじつ)侵入者があったという痕跡が見つかったとのことです。 痕跡はどうやら二重三重にプロテクトがかけられており…」 「侵入を許していたのか」 …ああ、あの日の自分もこんな声を発していたんだろうか。 「そ、それは…敵のハッキング能力が彼らの想像の域を越えており。 痕跡さえ発見した瞬間にクラッシュされたということで…」 「殺せ」 「…は」 「聞こえなかったのか。 無能な者はココには必要ない。その警備隊は隊長を含め全て殺せ」 「し、しかし」 「これは命令だ」 冷たい。 鋭利なナイフのような声が、無情に放たれる。 扉はしばし無言で。 そして次いで、重々しく『了解しました』と残し。 再び気配は遠ざかっていった。 再び沈黙の闇が降りてくる。 しかし、まどろみはもう訪れそうにはなかった。 ベットサイドから上着を取り、崩れない程度に身を整えるとベットを降りて扉に向かった。 触れたノブは冷たかったが気にする心はなかった。 僅かな力でそれは回り、容易く廊下の明かりが漏れてくる。 その中へ身を滑り込ませて、扉を後ろ手に閉じた。 コン コン 「なんだい?」 「ご報告したいことがあり、参りました」 数秒後。 扉は音もなく開き。 「おいで」 闇が手招きをしていた。 end |