生きていくために糧を得ることは




人間 誰でも

やってることだろう?





【つりびと】




煙。
いや、もうもうとしたそれは霧。
広く低く。
浅く高く。
たなびくそれはあたりを白一色の世界にし、ほんの数メートル先すら見えぬ現実。
ちゃぷりちゃぷりと鳴く音は、波がその上に乗せられたものへと当たっては砕ける小さな抗議。
風によるとおもわれる僅かな波に揺れるそれは、小さないかだのようだった。
太い木材を結合させ、ようやく人を乗せることが出来るほどの。
ほんの小さなイカダ。
その上に、確かに動く人影があった。

「あー!もう飽きたッ!」

人影から吐き出された言葉は、霧の中に容易く消えていく。
そこに居たのは霧のせいで色までは判別できなかったが、短めの髪を持つ青年のようだった。
彼は両手を空に伸ばし、そのままの体勢でゴロリと横になる。
反動で、イカダはぐらりと揺れて波を水面に一つ作る。

「おわっ!なにしとんのや、孔雀!」

そこへもう一つ重なる声。
冷えた空気から伝わるその声質は、やはり男性のもので。
横になった青年の隣に、座しているものがいた。
慌てたような。それでいてたしなめるような彼の声に、孔雀と呼ばれた青年はぶぅとふくれたようだった。

「だってよぉーもう俺釣りなんて飽きちまったよ!」

「んなこといっとらんで、さっさとやらんかい!
これが今日の俺らの夕飯やで?」

彼がそうつっつくと、しかし孔雀は起き上がりもせず彼と逆の方へと向いて腕枕を決め込む。
傍らにあった防寒用のブランケットを引きずり出し、早くも寝る体勢が出来つつあった。
ボロボロの廃材にも近いそれを足までかけながら孔雀は拗ねたように言う。

「ならケイナもたまにはやれよ!
あー、毎日毎日来る日も来る日も釣りばかり!いい加減魚料理だって飽きたぜー!」

がばりとブランケットを被るものだから、また一つ波が出来た。
ちゃぽっと小さく生まれる音。

「…お前贅沢やで。今は何も喰えへんもんの方が多くなっとるいうんに…」

嘆息。
そしてブランケットを引っぱる手。半分よこせという言葉の無い意思表示。

「だってー!肉肉にくー!もうずっと食ってないんだぜ!」

子供のようにわめく。しかし、彼は実際は隣の青年より幾ばくか年上のはずだった。
ブランケットを分けてやるものかとばかりに引っぱり返して。
勢い余って、布地は空を舞った。

『あ』

ちゃぷん。
もともとボロだったそれは、たっぷりと水を吸い込みあっというまに使い物にならなくなる。
先ほどまでは平気だと感じていた水面と霧による寒さが、ブルリと身体を震わせた。

「…わり」

「じゃあ大物釣れや」

ばつ悪く、起き上がってキシシと笑う孔雀に。
ケイナはまた一つ嘆息した。

と。

「お…っと……来た!」

ケイナが言うと同時、彼の手元にあったものから僅かな起動音が響く。
キュィー…と唸るそれは、彼の愛機であった。
薄型の長方形の形一方にデジタルな画面がつき、その対面には細かな鍵が並んでいる。
そしてそこから伸びたケーブルは、まっすぐに水面を潜っている。
属に言う『パソコン』というものだった。
それは今、高速で次々に常人には不可解な記号・文字を羅列していく。
ケイナの目は、それを表示されるのと同じ速度で読み取っていった。

「ふん…なるほどなぁ……」

読めば読むほど、彼の表情は嬉々として輝いてくる。
その傍らで、孔雀はまったく興味のないように釣竿を水面へと垂らしていた。
ぴくりとも動かない。



「よぉし!帰るで!」

「え!?」

パソコンがフル稼働してから数分。
突然ケイナはそれを二つにたたむと、水面に接していたケーブルを引きぬいた。
ぱしゃっと小さく水しぶきが上がる。
突然のことに、孔雀は呆然としてケイナの顔を見たが彼は本気のようだった。

「待ってよ!まだ夕飯釣り上げてないんだぜ?」

「こっちは大物を引き当てたで」

「そうじゃなくてさぁ!」

孔雀はとにかく夕飯のことが気になり、なんとかもう少しこの場にとどまれるような言い訳をさがす。
しかしケイナはそんなことはまったく気にならないようで、さっさとイカダの後部に簡易的につけられたエンジンを稼動させる。
ブルッと一瞬振動したあと、驚くほど静かにそれは動き出した。
釣り糸をたらしたまま、イカダは陸を目指して走り始める。

「ケイナぁ!夕飯!」

「今日はたんぱく質はあきらめ。巡視艇がそろそろ来る頃や」

孔雀が慌てて釣り糸を巻き上げながら抗議する。
その声をさえぎるように、ケイナは後方、今は霧で見えぬほうを指差しながら言う。
巡視艇という単語に、孔雀のほおがふくれた。

「もうそんな時間かよ…あー俺のたんぱく質〜」

「密漁ぐらい多めに見てもらいたいもんやけどな、やっこさんミソの方も筋肉で出来とるらしいから」

エンジン音すら立てず、イカダは進んでいく。
波だけが小さく生まれ消えて。


「あーあ……で、今度の情報は高く売れそう?」

「ま、交渉次第やな。とりあえず明日朝一でYUZんとこいくで」

「OK!」



霧の中、なにもかもが曖昧に白く消えた。












ときに奪い ときに求め


そうして糧を得て

人は未来を創って行く













end