Episode6 5minutes






Episode4 覚醒


クルガンと出会った時から、俺は心のどこかで予感していたのだろうか
+1 +2
+3 +4



act.1.



深夜近くになると、むしろ客の数が増えてくる、ルルノイエ城下では数少ないスノビッシュなバー。
クルガンは、時おりこの場所でひとり静かに飲む事が好きだったが、その夜は珍しく連れがいた。
赤毛のスラリとした男が、テーブルを挟んだ向かい側の席に座っている。
この店に誰かを連れてきた事など、今までなかったクルガンは、テーブル席の景色が、新鮮でもあった。
いつもは、カウンターでお気に入りのジンをゆっくりと楽しむ。
だが今夜は、違う。

向いの席にリラックスして酒を選んでいる赤毛の男は、クルガンの同僚のひとり。
ただし、単なる同僚という関係では、ない。
肉体の戯れの相手として、幾夜その時を重ねただろうか。

彼のカジュアルな服装は、多少店の雰囲気から浮いてないこともない。
このような気取った場所は、嫌がるかとも危ぶんだクルガンだったが、それは杞憂に終わり…
ほのかに香るアルコールの香り、煙草の煙と共にゆらめく、談笑のざわめき。
クールな中にも、どこか和やかなその店の雰囲気を楽しんでいる様子だった。

「うーん、どれも美味そうで迷うな。」
赤毛の男が、少し眉を寄せリストに目を落とす。
その表情がクルガンには、ついベッドでよく見せる‘あの表情’と重なる。
--そんな顔は、俺の身体の下でだけ見せろ。
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近頃、すぐにこんな独占欲が首をもたげる。
だが一方でクルガンには、この男を独占したいなどとという感情がひどく、滑稽に思える。
当たり前だ。
所詮、大人の遊び。
快楽の相手に同性を選ぶ、そんな異端な味わいがお互い刺激的で面白く、始まった関係。

独占したいなどと・・・そこまで執着することもあるまい・・・。
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「よし!やっぱ、これにしよう!!取り敢えずはなっ!」
そんなクルガンの心情など知る由もなく、赤毛の男は大きな声で店の者を呼ぶ。
その声に、何事かと近くにいた数人の客が振り返る。
が、振り返ったとたん、目を見開いたまま動けなくなってしまった客がいた。
妙齢の美しい女性だった。
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その声の主の・・・鮮やかな赤。
このあたりでは珍しい髪の色。
そして、この華やかな色彩に合わせて顔も造られたのか、と疑うような・・・
同じ色が切れ長の表情豊かな瞳の中にもある。
引き締まった唇。精悍な線を描く顎・・・と、ほんの一瞥などで鑑賞が終わる類の男ではなかった。
気分よくエスコートしていたのに、突然立ち止まった彼女を、いぶかし気に連れの男性が声をかける。
その声に、女性客は先生に悪戯を咎められた生徒のような気分を、思い出させたが。
それでもあと一目だけ、と。
赤毛の美貌の男性に連れられてきた幸運な女は、どんな人なのか知りたかった。
探るように伺うと、それは男性で。
彼女は、思わず溜息と共に安堵感に包まれる。
相手が女性で、自分より美貌が劣るようなら許せなかった。
男性ならそんな気持ちにならなくて済む。
しかもその相手の男性も、ちらりと見た限りでは、雄の匂いを見事に洗練された雰囲気に仕立てている魅力的な人。
グレー?いえあれは、銀色の髪。今度はクルガンの鑑賞会が始まりそうになり、慌てて彼女は自重する。
赤と銀の対比の美しさに、お似合いなのだわと、気付く事で彼女は、視線をやっと自分の連れの男性に戻す事ができた。
軽い失望を覚えながら・・・。
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「すみませーーん!!」
よくとおる大きな声で、赤毛の男に呼ばれ、店の者がクルガンたちのテーブルに、近づいてきた。
「俺は、この地ビール!お前は、えっと…タンカレイだろ?頼むな。」
ハイランドで人気の地ビールと、クルガンの好むジンの一種をオーダーし 終えると、赤毛の男は店内を改めて見回した。
「ふーん…さすがはクルガンだな。洒落たとこ知ってるじゃん。」
魅力的な外見、気さくな雰囲気。
ここにいる誰もが、この男の戦場での様子を、想像できないであろう。
先ず、軍人に見えない。
豹変するのだ。あの戦場という場所でだけ。
息もつかせぬ凄まじい剣技。
そして卓越した魔法の才能に加え、人柄か人望も篤く軍人としては、ほぼ完璧な豪傑。
だが普段の彼は、その才をにおわせる雰囲気を微塵も感じさせない。
それから自分に抱かれている時の姿態・・・。
どの顔も、目の前にいる男のもの。
この男のいくつもの顔を一番知っているのは、もしかすると自分ではないだろうか。
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・・・またか。知っていたらどうだというのだ。どうでもいい事だ。
クルガンは、己の想いを心の中で失笑する。
その顔の造作を、身体の線を、豊かな表情を味わうだけの相手。
それで、いいではないか・・・と。楽しめればいい。
深入りするなど、クルガンの忌み嫌う関係でしかなかった。
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クルガンが煙草に火をつけ顔を上げると、目の前の男の不満そうな視線とぶつかった。
「なぁクルガン、人の話し聞いてんのかよ?さっきから黙って・・・」
「シード、普通オーダーは連れてきた方がするものだ。・・・まぁいい。それより先程から声が大きいぞ。もう少し静かに話せ。他の客の迷惑になる。」
シードと呼ばれたその赤毛の男は、クルガンの命令口調が勘にさわったのか、わざとらしいくらい小さな声で
「わるかったなっ」と顔を寄せてきた。
その唇が完全に結ばれる直前、クルガンは、つい人差し指で触れる。
「わっ!!何すんだよっ!」
予想しなかったクルガンの行動に、大袈裟に仰け反るシードであった。
過剰な反応が、クルガンを喜ばせることを、シードは知っているのだろうか。

シードの声に、隣のテーブルに座っていたカップルの視線がこちらに集中する。
クルガンが軽くすみませんと会釈をすると、また何事もなかったかのようにカップルは自分達の会話に戻っていった。
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「静かにしろと言っているそばから、また大声を出す。もう連れて来ないぞ。」
「お前、子供に言うような事、俺に言うなよ。お前のせいだからな。」
「子供のような振る舞いは、俺のせいではない。」
「よく言うぜ。大声を出させるような変なことするなよ、クルガン。」
ならば、大声を出させるような事でなければ、変なことというのをしてもよいと解釈もできる。
クルガンは煙草の火を揉み消しながら、心の中で呟いた。
そう、楽しめればいいのだ。
あの声をこっそり聞かせろシード。このような場所で聞くのがまた一興なのだ。
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ほどなくして、オーダーした酒が運ばれると、ふたりは軽くグラスを合わせた。
間髪入れずに、シードは嬉しそうにビールを口に運ぶ。
シードの喉の動きは、とても健康的で性的な匂いは、全く感じられない。
にも関わらず、クルガンは、この饒舌な肉体から目が離せないでいた。
「ぷはーーーっ! うめぇな! おっと声…声」
シードは口の周りについた泡を舌で器用に拭う。
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無意識なのだろう、その仕種も。
だがこんな場所で俺を刺激するお前が悪いのだ。
楽しませてもらおうか・・・。

クルガンは何食わぬ顔でシードと会話を続けながら、靴から右足を抜いた。



2001.10.17.



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シードは、空になったジョッキを白いクロスのかかったテーブルに力強くおく。
そのクロスはドレープも豊かで長さも床まであったので、座っているものの下半身を遮るには十分だった。
「なぁクルガン、ジンばっか飲んでないで、これ試してみろよ。美味いぜ。」
ほんのりと赤味を帯びた上機嫌な顔は、屈託がない。
シードは、その店のホールに向かって座っていたので、店全体が見渡せた。
殆どの席は、深夜にも関わらず埋まっており、客層も落ち着いたある種、上品な人々なのが、薄暗い中にも見て取れる。
俺、帯刀すべきではなかったかな…己の服装の場違いなことより、刀の事を気にするシードであった。
剣を他の客から見えないように外し、そのクロスの陰に寄せようと、身を傾けたとたん、股間に電流が走った。
「!!!!!!!」
とっさに息を呑んで、大声を上げる失態は免れた。
股間をうごめく犯人は、目の前の男しかいない。
クルガンの右足は、その指自身が意志を持ったかのように、器用に愛撫をはじめた。
下界で行われている行為など全く感じさせずに、クルガンはジンの香りを楽しむよう、ゆっくりとした仕種でグラスを口に運ぶ。
その態度が、とてつもなく憎らしかった。
畜生…こいつ、俺が根を上げるのを楽しみにやってんな、絶対負けるか!
お前の思い通りにならねぇ!とシードは意地だけで、この勝負受けて立とうとしていた。
シードはクルガンに負けじと、余裕の表情を無理に作りだし、髪をかきあげる。
「クールーガーン…」
「何だ?」
「いやっ…別に」
「なかなか頑張っているな」
予想したよりも、表情を崩すことなく抵抗している様が逆にクルガンに火を付ける。
「な…何のことだ?」
「仕事だ」
自分を窮地に陥れているのは、本当に目の前の男なのか?
当のシードが信じられないような気持ちになる程、クルガンは表向き、微動だにせず、表情も変えずに余裕で煙草をふかしている。
下界で今、自分に触れているのが、いつもの細長い手の指とか包まれる掌だとか、あるいは絡みつくようなあの口や舌とは、違う。
その固い感触は、クルガンとは別の男の手指を想像させ、その男に触れられ、感じている自分を平然と酒を飲みながら鑑賞しているクルガン。
何だか、その方がしっくりくる。
そんな想像をすればするほど、自らを追いつめるというのに、一度浮かんでしまうと、その刺激的な想像は、容易に消えてはくれなかった。
シードは思わずクルガンの顔から目をそらす。
が、かえって一点の感覚が鋭くなるだけだった。
既に下半身には全く力が入らない。
己の意志とはうらはらに、両足はしどけなく広がりクルガンを悦んで受け入れ、為すがまま、されるがまま。
熱を持った自身からゾクゾクと全身に広がる甘い快感。
そして、思い知る。
確かにそんな空想の男など存在しない。
このやり方は、クルガンそのものだゥB
――ああっ…そ、それをされると…ヤバイ…
どこをどうすれば敏感に感じて反応してしまうか、可愛がり方を心得たクルガンの愛撫に、シードは喉まで上がってくる悦びの声を必死に飲み込んだ。
だが、ほんの一瞬、集中力が途切れた。
「はぁっっ……ん」
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思わず手で口を押さえる。体中の血が逆流したようだった。
今の、今の聞こえただろうか。隣の客に?
シードは目だけを動かして周囲を見回すも、覗き込んだクルガンの顔に遮られてしまった。
「もうすぐのようだな」
クルガンが聞き漏らす訳はなく、嬉しそうに目を細めて、つぶやく。
「だからっ…何がっ?」
そう問いかけることがシードには、精一杯の抵抗で。
「この店では週末12時からチャランゴの生演奏が入るのだ。もうすぐその時間だ。」
チャランゴか…それは、時折シードも弾くことがある小さなギターだった。
俺より上手いかな、好きな曲やってくんねーかな…意識を必死で下半身から逸らす。
だが、ここまで追い上げられると最後までいきつきたい男の本能が、どうしても散らついてしまう。
もどかしい。けれどその後はどうする?
下着の始末を思えば、今だけ俺、女だったらいいのに、とどうしようもない考えが浮かんでしまう。
いや、やはりこいつの思うようになるのは、悔しい…。
シードは、心の中であらゆる罵詈雑言をクルガンに浴びせ、拳をきつく握り堪えていた。
この拳の力だけがシードに残された最後の…心もとない理性であった。
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その生演奏の始まる時間に合わせるて来るのだろうか。
店内はますます混んできて、シードと両脇の隣の客との距離が、一層近くなる。
不自然に身体をずらす事もできず、瞳を開くことすら辛くなったのか、閉じた瞼がうっすらと紅く染まる。
合わせて、シードの乱れはじめた息遣いに己の欲情を意識しはじめたクルガンは、この憐れな美しい男をこのまま許してやるつもりなど、さらさらなかった。
シードが瞳を閉じたのをこれ幸いと、クルガンは、視覚で賞味しはじめた。
−−このジンのつまみがシードなのかシードのつまみがジンなのか・・・
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それは、別の生き物のようにゆっくりと蠢く白い喉。
甘い味がして、いつもつい舌で弄ぶ柔らかな耳たぶ。
綺麗な曲線を描く湿り気を帯びた睫毛。
唇からは、今まさに自分の愛撫によって、甘く乱れた息遣いが漏れる。
クルガンの征服欲が、シードの荒い息遣いが零れる度に、膨らんでいく…。
−−俺の方までゥ驍AなゥB
互いの誇張の硬さと角度が増してくる。
演奏が始まるざわめきに紛れ、バスルーム(腸擯jへ連れていこうか、クルガンがそう思った矢先…
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チャランゴ:
フォルクローレ(南米アンデス地方の音楽)に使われる5コース復弦の小型ギター。
もの哀しい調べは郷愁を誘う。
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2001.10.21.
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act.3.



店のドアが音を立て、乱暴に開けられた。
その只ならぬ音に一瞬、店内は静まり返る。
和やかな店の雰囲気を突如、一変させたのは、人相のよくない数人の従者を引き連れた中年男だった。
でっぷりと肥えたその中年男は高価な装飾品で体中を飾り、成金の臭いをぷんぷんさせていた。
ひとつひとつは素晴らしい装飾品なのに、持ち主のセンスのお陰で、どれも台無しになっている。
店内の客中の視線が自分に集まってるのを、嬉しそうに意識しながら、その中年男は、後ろに控えた従者の男たちに何事かささやいた。
それから、店内を無遠慮に見渡しはじめる。
「一番、いい席を早くあけろ。」と店の者に怒鳴りはじめた従者を、形だけ窘め、また物色するような目つきをさまよわせていた。
この様子に、さすがのクルガンも“勝負”を中断したので、シードは発散しきれないものを抱えながらも、この品のない客にこっそり感謝した。
――恩にきるぜ…おっちゃん。
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店の者が、なかなか案内しない事に業を煮やしたのか、従者たちは、勝手にVIP席に座っていた客を追い払う。
VIP席の客たちは、その荒々しい振る舞いに抵抗することなく、こわごわと席を立っていった。
その様子を見て「おお、そこか…」と成金男は、よたよたと歩きはじめた。
そのVIP席は、あろうことかクルガンとシードのテーブルの隣であった。
すぐ傍を横切る成金男に、クルガンとシードは意識的に、視線を逸らしていた。
自分達の立場を考えれば、なるべく関わり合いになるのを避けたい人種。
だが間近でちらりと、かいま見た成金男の装飾品のひとつに、シードの目は釘付けになる。
身につけている多くのきらびやかな装飾品の中では、それは目立たないにも関わらず、軍人の性か、つい武器に目がいってしまった。
シードの目を捉えて離さなかったのは、成金男の脇に帯刀された短剣だった。
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その短剣の作り手の技量の素晴らしさが一目でシードにはわかった。
豪華な宝石がちりばめられているにも関わらず、重厚な雰囲気で、名のある銘が刻まれているのが見て取れる。
鞘から抜いた姿を見たい…シードは息を止めて食い入るように、その短剣を見つめた。
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するとシードの強い視線に気付いて、その成金男は、よたよたと近づいてきた。
近づくにつれ、酒臭い匂いが強く漂ってくる。
「ほーぉ、小僧、この刀の価値がわかるらしいな。気に入った。何だ?傭兵あがりか、そんな刀など携えて…」
シードの脇にある剣を、成金男は馬鹿にした目つきで眺めた。
「お前のその刀とは、えらい違いだろう…異国の傭兵風情のお前など一生持つことはないだろうな、どうだ?拝んでおくか? へへへへ…」
成金男は、シードの髪の色で異国人と思ったようだった。
そうしてシードの鼻先に短剣を差し出すと拝めとばかりに、小さく回しだした。
明らかな挑発。
従者たちも後ろで、にやにやと事の成り行きを見守っていた。
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クルガンは、どうして奴を見て目を合わすような事をしたのか、とシードを責めたい気分だった。
が、シードの興味を引いた短剣を見れば、なるほどと納得せざるを得なかった。
だからと言って、このままシードがこの挑発に長く堪えてくれるとは、とても思えない。

金で話がつけられる相手ではない。
――どうしたものか・・・。
取り敢えず、興味を自分の方に逸らそうと軽く咳払いをする。
その声に、成金男はちら、とクルガンに視線を向けると今度は、今までにもまして、下品な笑いを浮かべた。
「へへへ…何だ、こんな店でこの時間に男と一緒とは。傭兵だけじゃ儲からないのか?
男娼でもやって稼いでるのか? へへへへ…」
シードの顔が歪む。
だがその表情は、ランプの灯りに照らされ、彼の華やかでエキゾチックな美しさを引き出してしまった。
「ほぅ…綺麗な顔してるじゃないか…どれ…。」
燃えるような赤毛。引き締まったしなやかな身体。
成金男は、シードを上から下まで嘗め回すように見ると、クルガンを一瞥し
「なかなかの上物だ。この男がいくら積んだか知らんがな、ワシはもっと出せるぞ…。
一晩、5万ポッチでどうだ? げっへっへっへっへ…」
成金男の笑いに、後ろの従者たちからも弾かれたように更に下品な笑い声が上がった。
5万ポッチという大金に、傍にいた数人の客から、何とも言えない溜息が漏れた。
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性が絡んだ具体的な金額が提示されると、周囲の客からも好奇心を露にした視線がシードに注がれる。
だがシードは、こんな所で騒ぎを起こしたくない一心で、堪えていた。
自分達が、男娼とその客に見えるのか?
いや、それよりも…剣士の自分にとって、分身とも言える剣を馬鹿にした上に、異国の?傭兵だと?
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…シードにとってこの類の言葉は聞きなれていた。
この北国の地では異国の者と思われても仕方のない己の容貌。
が、ハイランド軍に所属している事実は、己の誇り。
国を愛し守っていくという固い信念を貫く身としては、見過ごすことのできない侮辱。
くだけた酒場で、シードは何度、この手の侮辱を受けただろうか。
今のように異国の男娼とか、異国の傭兵などと。
その度に腕力で相手からの侮辱をねじ伏せてきたシードだった。
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シードが、これだけの挑発をしかけても黙ったまま下を向いたので、男娼と言われた羞恥心と肯定と成金男は思った。
5万ポッチ払うと言われて断る奴などいるものか、からかってやるつもりが、思いのほか魅惑的な夜になりそうで、この上物をどう楽しんでやろうかと、舌なめずりした。
「げっへっへっへっへ、支払いは小切手でいいかな、坊や…」
酒臭い息が、シードの顔にかかるほど、成金男は調子に乗って、身体を寄せてきた。
――こんな場所で…、クルガンの行きつけの店で面倒を起こしたくはない。 だが…。我慢できねぇっ!
奥歯がギリ、と鳴るのが自分でもわかった。怒りに震える拳が固く結ばれる。
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2001.10.26.
.ソースで読まれてる方、ごめんなさい!
act.4.



成金男の手がつ、とシードの顔にのびたその瞬間、拳が躍動した。
狙いすまして突き出した拳の僅かな隙を、何かが横切る。
女性客たちの甲高い悲鳴。グラスの割れる音。
成金男がのけぞって派手に倒れたのは事実だが手応えはまるでなく、何が起こったか一瞬シードは訳がわからなかった。
それがクルガンが殴ったせいだと気付いたのは、男の従者たちが一斉にクルガンに向かって構えてきたからであった。
「行くぞ、シード。」
息ひとつ乱さずに、堂々と立つクルガンは店の者に騒がせて悪かったと一言、謝り店を出ようとした。
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「待ちやがれ、この野郎!このまま帰す訳にはいかねえぞ!」
案の定、従者たちはいつでも攻撃できる体勢で、手に手に武器を持ちながら、クルガンをじりじりと囲んできた。
予想も出来なかった急な展開に、呆然と手出しせずに見ている自分に気がつき、シードは、可笑しくなった。
「ま、あいつなら大丈夫だろ。」
シードが思ったとおり、クルガンの発するだたならぬ威圧感と隙の無さに、従者たちは踏み込むことができずにいた。
「それほど愚かではないようだな。」
従者たちの包囲網のど真ん中を、泰然と進みながらクルガンは呟く。
そしてシードを一瞥すると、顎と視線の動きで店を出る意を伝え、ドアを開けた。
シードが先程の成金男に目をやるとまだ、のびたままだ。
従者たちが成金男に駆けつけるのを目の端で見ながら、シードは、待てよと慌ててクルガンの後を追った。
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つとめて明るく言おうと思った。
事実の裏側にある真実を直視したくなくて。
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シードは、『やっちまったな…』とクルガンに声をかけようとして、息をのむ。
目の前を歩くクルガンはシードの存在を強く拒絶…いやそれ以上に無視といった方が いいような雰囲気で全身を固くガードしていた。
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――何だよ…こっちが笑って済ませてやろうとしてんのに。
――お前、マジで受け止めて混乱してんだろ…クルガン…。
シードは戸惑いつつも、大人しくクルガンの後を歩いていった。
深夜の静まった通りに、二人の砂利を踏む足音だけが響いていく。
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クルガンは、今まで経験したことのない感情の中にいた。
たった今、自分がとった行動が信じられない。
歩く速度が自然と早くなる。
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何度も身体を重ねた。だが、それがどうしたというのだ。
あの饒舌な肉体が自分の理性をも狂わせたとでもいうのか。
美しい快楽の相手。だが、それだけだと思っていた。
なのに、あの成金男に抗い難い怒りを感じ、押さえることができなかった。
侮辱されたのは自分では、ないのに。
自分が侮辱された…いや、それ以上に我慢ならない怒りだったように思う。
考えられない。
自分以外の人間に? 己の取った行動を自分自身で理解できないとは。
あのような場所で民間人相手に暴力を振るうリスク。馬鹿馬鹿しい。
何をやっているんだ、自分は……。
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道は、砂利道から城下町に入り、石畳に変わっていった。
カツカツという足音が規則的に冷たく響く。
険しい様子で黙々と歩くクルガンに、シードは声をかける事なく、ただすぐ後ろを静かに歩いていた。
――俺の代わりに成金男を殴ってくれた、クルガン…
――馬鹿野郎、重いことすんなよな。そんな間柄じゃないだろ俺達…。
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そう、クルガンとはそういう間柄ではないし、そんな…自分のリスクを押してまで、相手の為に何かをするような奴じゃなかった筈だ。
お互い、ただの快楽の相手。
割り切った関係。
そうじゃなかったのか?
侮辱されたのは俺であってあいつではないのに、民間人相手にあんな場所で…。
クルガン、これがどういうことだかわかってるのか。
そして俺は?
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クルガンが「そうだった」と知って自分は今、どういう気持ちなんだろうか。
シードは、クルガンの後を歩きながら自問自答してみる。
嬉しい?・・・いや、そんな気持ちとは違う気がする。
見慣れたクルガンの後ろ姿。
目の前を歩く男の背中を見ながら、もし逆の立場だったら自分はどうしただろうかと考えて、愕然とする。
同じだ。
たぶん、同じ事をしているだろう、自分も…。
軍での立場など自らの保身よりも、やはりクルガンが侮辱されているのを黙って見過ごす事などできそうもない。
――そんな存在になっていたのか?

いつの頃からだろう。
いや…本当は心のどこかでわかっていた。ただ認めるのには大きな戸惑いがあった。
それに敢えて目をつぶって誤魔化している自分にも。
――素直に受け入れられるか、そんな…。奴は男だぞ? そして俺も。
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クルガンと出会った時から、
俺は心のどこかで予感していたのだろうか。 .
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その予感は、こんな形ではあったけれど、はっきりと現れてしまった。
――ケリつけなきゃな。もう誤魔化すのは止めだ。
シードは覚悟を決め、顔を上げるとそこには相変わらず固い拒絶を示すクルガンの背中があった。
「クルガン…。」
「……………。」
――お前は、気付いてしまったくせに、まだ受け入れられないんだろ?
――認めたくないんだろ?
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シードは、意を決して呼びかけたが、クルガンは、何の反応も示さず、黙々と歩き続ける。
「礼は言わないぜ。」
「……………。」
「そういう事なら話は別なんだ」
「……………。」
シードは、クルガンの変わることない態度にひるまず、顔を上げ大きく息を吸い込んだ。顔を見ずになら言える。
クルガンの背中に向かって、シードの口がゆっくりと開かれる。
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「俺、もうお前とは寝ない。」 .
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唐突な告白は、クルガンの歩みを緩めるのに十分だった。
そしてこのシードの言葉で、ようやくクルガンは、全ての謎が解けたような気がした。
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クルガンが歩調を緩めたので、シードはやっとクルガンの真横に並んだ。
互いに顔を見合わすことは、できないまま、更に歩調が緩まる。
「そうか。好きにしろ。」
押し殺したようなクルガンの声は、シードの心を一層、切なくさせた。
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「クルガン…俺さ」
何だ、と思わず立ち止まったクルガンは、やっとシードの顔を見つめる。
そのシードを見つめる瞳は氷のように冷たく、表情がない。
――ガード解けよ、クルガン。俺は…
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クルガンの固い表情に臆することなくシードは、強い視線を返す。
そして一度、ゆっくり瞳を閉じ、再びクルガンを見つめ返した。
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「本気で好きになりそうだ、お前のこと」
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その赤褐色の瞳は、ひどく哀し気だった。
耳に響いていた石畳を踏みしめる音が消え、あたりは急に静寂に包まれた。
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心臓をわしづかみされたような気がした。
呼吸ができない。
シードの瞳を受け止めることが息苦しい。
思わず言い訳の言葉が口をつきそうになる。
言い訳?

そんなものは、とうにないのだ。
――そんな目で俺を見るな、シード。
受け止められない。
だが、あの「失態」が雄弁に語っているではないか。
受け止めたのは、シードなのだ。
先に白状したのは自分ではないか、と。
「本気…か。」
クルガンは、小さな声をやっと絞り出す。
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「俺もだ……、シード。」
クルガンは暗闇にのびる石畳に救いを求めるよう視線をうつした。
だが、その石畳はこれから共に歩むであろう道をはからずも暗示しているかのように、ただ真っ直ぐと、ルルノイエ城に向かってのびているだけだった。

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END
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2001.10.29.
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koh mirimo








読んでくださってありがとうございました。
ご意見・ご感想お待ちしております。
大して得呂はないのに、どうしてUG行きにしたかと言いますと、このラストシーン。
本気で好きになった事に気付いた「から」寝ないんですシードは
(このニュアンスがUGなのです)
クルガンとの本気の重さが解ってる分、手放しで喜んでない。
クルガンは自己犠牲入りの本気恋愛なんて軽蔑してたような男だったから往生際悪いです。
う、ここで解説してたらダメですねゥB
文章を書く難しさを痛感している次第で…力及ばず表現しきれていないとこも多く、稚拙な言いまわし等、反省点は多々有ります。
それでも、何とかここまでこぎつけることができたのは、支えて下さった方々のお陰です。



Special Thanks !
“李 明媚さま”
このSS製作に、多大なる貢献をv貴女の存在なしではこの作品は仕上がる事がなかったと思います。
いっぱいの感謝を込めて、キスと共に(笑)

“MIOさま”
インスピレーションと素材情報・代官笑い使用許可。ありがとうございました。
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