Episode5 攻防

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秋の深まりを告げる赤とんぼたちが草原にちらちらと遊び舞う。
草原の片隅にある小さな池のほとりで、疲労しきったハイランド軍の兵士達は束の間の休息を とっていた。
「まったく…楽勝だと思ってりゃ、何だ?あの敵は。」
「火薬って言うのか? どうやって入手したんだかな。」
「お陰で…なぁ…あんな爆発…犠牲になった仲間の亡骸も拾えやしない。」
「こっぱ微塵だもんな…。ひどいもんだ。」
「ああ…みんな何だ? ナントカ様万歳って意味か?あれは。」
「たぶんな。言葉はわかんねえけど、そんなニュアンスの事叫びながら てめえまで一緒に死んでやがる。理解できねえ。」
「仲間の死んだ奴等の・・・・残された家族の事思うと…。」
兵士の一人が、溜息をつきながら小石を池に投げ込んだ。
ぽちゃり、と波紋が広がる様を、兵士たちは皆、無言で見詰めていた。
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北の大国、ハルモニア神聖国。
その南方に位置する小国ハイランドの同盟国、といえば聞こえは良いが 実際は宗主国といえる存在。
ハルモニアにとってはハイランドなど衛星国のひとつに過ぎない。
ハルモニアから見れば南部辺境の部族紛争など、介入どころか興味さえ示す事はなく、 この紛争はハイランド単独で処理していかなければいけない問題となった。
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その少数部族が独立自治権を主張するまでは、いい。
だが、その主張する領土に、ハイランド北部の一部が含まれていた。
そこはハイランドとしても譲れない一線で。
型通りの話し合いは決裂し、武力行使に展開するまで、そう時間は かからなかった。
少数部族の鎮圧。
軍事力で圧倒的に優位に立つハイランド軍は、たかをくくっていたが、 一度、刃を交えてみて撤退を余儀なくされた。 .
実にやっかいな相手だった。
何しろその部族には、カリスマ的な指導者がおり、部族の皆はその指導 者に狂信的だった。
進んで命を捨ててこそ、名誉ある聖なる功績と称えられた。
例えば、火薬を身体に巻きつけ、自らハイランドの駐屯地に飛び込ん でくる。
カリスマ的指導者を賛美しながらの自爆行為。
そんな自滅的な攻撃方法など、ハイランド側としては、予測しないもの で。
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撤退後、体勢を立て直し、直ちにハイランド軍は、2度目の進軍を決めた。
その進軍を任されたのは、主に若い将校たちだった。
−−若い者に武勲を立てさせるチャンスを与えてみよう。
年長の参謀たちは、実戦部隊としての第3軍に所属する青年将校たちと そして4軍からも選ばれた何名かを、この進軍の将として抜擢した。

ハイランド軍上層部の参謀らの期待に、すぐさま結果を示した若い将校がひとり。
抜きんでた戦果は期待以上のものと言えた。
銀色の髪をした長身の、いかにも軍人といった体のその男は、 部下に抑揚のない声で、しかしピシリと命令した。
「集落に火をつけろ。一人残らず生かすな。」と。
この男は、事前に部族の歴史から思想・生活習慣等全てを丹念に 調べ上げ、それを元に綿密な軍略を立てていた。
そして一分の隙もなく、それを実行し、予想通りの戦果を挙げていく。
その結果、2度目の戦で勝敗の決着は今にも、つこうとしていた。

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「お前のやり方は、理解できねえ!!」
先の戦いで、銀色の髪をした長身の男、クルガンの戦法を聞いた赤毛の 将校は、天幕に入るなり、怒鳴り声をあげた。
「では、他にどうしろと? 貴公の意見を伺おうか。」
クルガンは、その赤毛の将校、シードの勢いに動じることなく、無表情 のまま聞き返した。
傍に控えていた部下たちは、あまりの剣幕に、息を呑んで硬直している。
「何でも、集落全員皆殺しにしたそうじゃねえか。ハイランド軍人の名を 貶めるような真似しやがって! どうして民間人まで殺さなきゃならない? 部族の兵士たちは、殆ど投降したんだぞ。お前さんの見事な戦略の前に、 先行き見えたんだろう。そんな奴等をどうして・・・。」
「貴公なら、どうされると伺っている。」
「俺なら先ず、女・子供は殺さない。それに投降した奴等もな。きちんと 捕虜として扱ってやるぜ。勿論、集落を焼き落とすような真似はしねえ。」
クルガンは、シードの意見を聞くと、軽い溜息をはいた。
それが、また莫迦にされたようでシードの勘にさわった。
「紳士なことだ、シード殿。」
「何だと!!」
シードの手が、その帯刀している剣にかかる。
クルガンの後ろに控えている部下たちは、その殺気の凄まじさに思わず後ずさりする。
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「あの部族の事を、よくよく理解した上での発言なんでしょうな。」
シードの殺気なぞ、まるで感じていないかのようにクルガンは、静かに答える。
「どういう意味だ?」
「本当に素直に投降していると思ったのですか?あの部族の兵士たちが軍服を脱ぎ、 武装を解いて、かなりの数、集落の民に紛れていたのに、お気づきで? それは戦時法では、禁止されていることです。 トラン共和国・都市同盟・ファレナの女王国・ゼクセン連邦・そしてハル モニア神聖国、当然、我がハイランド。 殆どの国では認められていることではない。いわば国際戦時法に反した行為 なのです。 あの部族は、国際戦時法など、知るはずもないし、知ったとしてもそれを 遵守するような民族性ではないのです。 何故それが戦時法に反した行為か、もうおわかりだと思いますが?
軍服を脱ぎ、表向きだけ武装を解いて民間人に紛れ、あわよくば反撃の機会を狙う このような戦法は、もろに民間人と、その生活の場が戦いに巻き込まれ、被害が甚大に なるからです。そんなゲリラ的な戦いをされては、今以上の犠牲を出す事は目に見えています。 また、このまま女・子供・老人と言えど、野放しにしておけばハイランド本国に 潜入してくるのは、間違いといえます。何故なら、あの部族は、女・子供・老人も 諜報活動員として、訓練を受けていました。言わば、一族総戦闘員なのですよ。 また軍服を脱いで紛れている兵をかくまった罪もあります。」
クルガンは、よどみなく説明を続ける。
シードは刀にかけた手の持っていき場に困り出した。
「このような状態でも、貴公は先程の戦法を行使するつもりだったのですか?」
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クルガンは硬いガラス質を思わせる蒼灰色の瞳を、まっすぐシードに向けた。
戦時法の事は知っていても、部族に関しては理解不足でした、などと素直に告げる事はシードのプライドが許さない。
唇を噛みしめ、クルガンを睨みつけるしかなかった。
将として冷静な目で考えれば、クルガンの戦法は、当然だと理解もできた。
だが、やはり人間として、やりきれない何かが残る。
「そういう事なら、仕方なかったとでも言えるのか? 何も・・・赤ん坊まで 殺すことはあるまい。」
そう捨てぜりふを吐くと、大きな足音をたて、天幕から去っていくシードだった。
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シードが退出したことで、やっとクルガンの部下たちは、緊張を解くことができた。
クルガンの天幕中に安堵の溜息があちこちから漏れる。
と、そんな空気の中、つかつかと一人の兵士がクルガンの傍へ歩み寄る。
10分で戻りますので、と場を離れる許可を求めに来たのだ。
「余計なことは言うな。」
クルガンは、そう釘をさしつつも、許可をおろす。
たぶん、この方は自分が何をしに天幕から出て行こうとしているかお見通しなのだろう。
そう部下の兵士は思ったが、何より早くシードのところに行かねばならない焦燥感に煽られていた。
自分の尊敬する、上司クルガン様が、誤解されたままではかなわない、と。
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「シード様!シード様!!」
かなり先を、大股で歩くシードは、すぐにクルガンの部下の目に捉えられる。
その目立つ容姿で、探すのは簡単だった。
大声で、自分を呼びとめるのは誰かとシードが振り返れば、 それは先程まで天幕の中にいたクルガンの部下のひとりで。
思いつめた表情で、必死に走ってくる様は、どこか滑稽であった。
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「何だよ? 文句でもあんのか?」
好戦的なシードの問いかけに、あがった息のためすぐには、何も言えないクルガンの部下だった。
「情けねえな、あんだけ走ったくらいで。もっと鍛えろ。」
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・す、すみません。シード様、お伝え・・・はぁ、はぁ、したいことがあって、はぁ・・・参りました。」
「何だ、言ってみろ」
「あ、あの・・・はぁ、クルガン様は、あの部族の赤ん坊たちは殺してませんです。はぁ・・・それだけお伝えに・・・。」
「どういう意味だ? 皆殺しにしたんだろ?」
「確かに、そうですが。集落中を焼き尽くす前に、乳幼児だけ隔離されました。根絶やしにする気はない、とおっしゃって・・・。」
「・・・・・。そうか、そんで、そのチビたちはどうしたんだ?」
「クルガン様の命令で、ルルノイエ教会に併設されてる孤児院へ、今、護衛をつけて送っているところです。」
「わかった。よく知らせてくれた。」
シードは、先程の勢いからすると意外なほど落ち着いた声で、クルガンの部下をねぎらった。
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余計な・・・差し出た真似だったろうか。
クルガンの部下は、自分のとった行動が正しかったかどうか自信がなくなってきた。
もっと過剰な反応を返されると思っていた。
そのあまりにも、静かに報告を受けるシードに不気味ささえ感じ、自問自答を繰り返しながらクルガンの部下は、天幕へと戻って行った。
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面白くない。
全く嫌味な野郎だ。
感情的に怒鳴り込んだ自分が、道化のようだ。
とは言っても、確かに皆殺しではなく、乳幼児だけは助かっていたという 事実は、後味の悪い今回の戦の救いにはなったけれど・・・。

シードは、先程よりも一層、歩調を早め大股でぐんぐん歩きながら、眉間に皺を寄せる。
いくら戦果をあげ、武勲をたてたとしても情のない奴に、ついてくる部下は、いない。
そう思って歩いていた矢先の、クルガンの部下からの報告。
最後の砦を崩された気分だった。
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その完璧なまでの戦略・実行力。
そしてクルガン個人の剣技や魔法の実力。
どれをとっても、シードには面白くない材料でしかなかった。
階級上では、1つ上、年齢では3つ上になるが、軍人としての実力で、自分が劣るとは思えない。
剣や魔法の個人の能力では、こちらが上だという自信もある。
ただ、自分になくて奴には、ある非常に優れた点。
明晰な頭脳・豊富な知識そして如何なる時でも冷静さを失わない。
そして今回のように決して冷徹なだけとは言えない、細かいところに届く心配り。
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・・・ふん、負けるものか。超えてやる。
それなら、他の分野で奴に長じればよいだけだ。
シードは、はたと立ち止まり、クルガンのいる天幕を睨み付ける。
シードの中で、クルガンに対する競争心がふつふつと沸き上がっていた。
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01.11.18.






koh mirimo









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