Episode5 攻防
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独立自治権を唱える部族を鎮圧したことに対して、ハルモニアから
は何の沙汰もなかった。
部族を代表するカリスマ的な指導者もあっさりと処刑したが、見て見ぬふり・・・というところか。
そんな辺境の些細な争いごとなど、大した事ではないのだろう。
ハルモニアにしてみれば、足元の小さな蚊を叩き落とす役目を自分
たちではなく、ハイランドがやってくれた。
そのくらいの認識なのだ。
クルガンにとっては、当然予想された大国の反応だった。
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休暇の時くらい仕事のことを考えるのは止そう・・・。クルガンは
手元の本に視線を戻す。
クルガンの実家はハイランドで屈指の大貴族といえたが、今は、そ
の家からは独立し、クルガンひとりで別の居を城下に構えていた。
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部屋の窓からは、抜けるような秋の青空が広がっていた。
小一時間、読書に専念すると、クルガンは今日の午後の予定のため、
最低限しか置いていない使用人の一人を呼び付ける。
「一番、大きな馬車の用意を。もう荷は積んであるな?」
畏まりました。とうやうやしくお辞儀をする使用人が退出すると、クルガンは外の景色に目を向けた。
庭の落ち葉が、きまぐれに風に舞う。 秋もだいぶ深まってきた。本格的な冬になる前に済ませたかった、
午後の予定だった。
紅葉の色の鮮やかさが、ふとあの赤毛の事を思い出す。
軍内部では、自分に対して、真っ向から意見する者などそうそうい
なかったクルガンにとって、シードはやっかいな反面、新鮮な存在
だった。
クルガンより年長の上官たちでさえ、この理路整然とした威圧感のある若
い将校に正面きって論破しようなどという者は、いなかった。
「ふ・・・あの男が・・・な。」 クルガンは、その目立つ程、美しい容姿を持った赤毛の男を以前か
ら知っていた。
ただクルガンの方から一方的に知っていただけであったが初めてシ
ードを見た時の、驚きは今でも鮮明に覚えている。
軍人としての関心のそれではなく、明らかな情欲の対象として。
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あんなに無防備でよいものなのだろうか。
あれだけの美しさを持っていながら。
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クルガンの心を捉えて放さなかったのは、その外見もさることながら
シードが呆れ返る程、健康的な思考しか持っていないことだった。
あの美しい野性の獣を手中にし、手なずけたい。
健康的すぎる精神を犯し、粗削りな今の美しさに露悪的な魅力を加えたい。
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クルガンは、そんな身勝手な野望をお首にも出さず、これまでシードと接して
きた。
部隊の改編で所属が近くなり、お互い顔見知りになっても、本当に仕事上のみの
会話しかかわした事がなかった。
己の容姿の美しさを、本人は意識しているにも関わらず、わざとそれ
を侵食するような振る舞い。
それは、同性愛者に対しての嫌悪、も原因のひとつかもしれなかった。
その手の趣向がある男たちから、シードは羨望の的だった。
軍に入る以前、おそらくは士官学校時代からも誘いは多かったのだろう。
所属の違うクルガンでさえ、シードがきっぱりと同性からの誘いを断っている現場を
何度か目撃したことがある。
それが例え上官であろうと、激しく拒絶し、時には暴力をもって絶対に屈服はしなかった。
クルガンにとって内心、穏やかな気持ちで見れたものではなかったが、シードが徹底的に拒否する様が嬉しくもあった。
男ばかりの軍という特殊社会に身を置いている環境も、誘いの回数を
増やす要因になっていた。
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今、シードにまっとうにモーションをかけても、結果は手に取るよう
にわかっている。
あれこれ、攻略を考えるのがまた一興。
やりがいのある獲物を前に、クルガンは、今しばらく無関心を装う
遊戯に興じることにした。
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久しぶりの休暇日は、すっきりと爽やかに晴れわたり、それだけで
シードの気分を明るくさせた。
今日は、例の孤児院へ子供服をたくさん届けに行くのだ。
自分たちが彼等の親を殺した。
それは紛れもない事実で、こんなことが罪滅ぼしになるとは
思っていないけれど…。
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自分が何かできることはないかと考えた末、思いついた事。
実家に協力してもらい近所や知り合いから集めた、お古といえど
まだ十分着ることができる子供服。それに若干の玩具。
あとは母親が作った手作りのお菓子。
これらを孤児院に寄附し、喜んでもらおうと思った。
運ぶのは勿論、自分の手で。
この為に友人から荷車も借りた。
シードは、大量の荷を乗せた荷車を引き、秋の柔らかな日差しの元、
意気揚々と歩き出した。
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季節柄か、この地方の秋祭りのパレードがシードの横をゆっくりと、
通過していく。
ハイランドの民族衣装を着て、賑々しい音楽を奏でながら踊り進む
一団を見ながら、シードはふと幼い頃を思い出す。
両親に連れられて、兄弟と共によくこのパレードを見に行ったっけ。
思わず身体が自然に動いてしまうような陽気なリズム。
その賑やかな雰囲気は、一層シードの心をうきうきさせた。
「そっか。もうこんな季節か。寒くなる前に、いっぱい冬服が集ま
ってよかったな。」
口唇が優しい曲線を描く。
シードは更に、力を入れ荷車を引き出した。
軽やかな歩調に鼻歌も出る。
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しばらく歩くと、急な勾配の坂に差しかかった。
この坂は、別名心臓破りの坂として知られ、坂を登った先に教会
と孤児院があるのだ。
「おしっ! 行くぞーーーーーっ!!」
坂を睨むように見上げると、気合を入れたシードの力強い一歩、
また一歩がぐんぐんと坂を登っていく。
鍛えぬかれた腕の筋肉が盛り上がる。
「くっ……っそおーーーー!!重ぇぇぇーーーっ!」
だが、登っても登っても終わらない坂に流石のシードも、もう
限界か、と思った。
ちらと上を見るとあと、あと少しで登り切れそうだ。
渾身の力を振り絞ってもう一歩、もう一歩と踏み出し何とかたどり着いた。
それから教会の入り口まで、なだらかな坂を登り、肩で息をするシードをどこで見ていたのか
顔見知りの年配のシスターが驚いて駆け寄ってきた。
「まぁまぁまぁまぁ…シード様。さぞ大変だったでしょう。よく
いらっしゃいました。」
シードはシスターに挨拶をしながら、その柔和な笑顔を見ていると
これまでの労苦が報われた気がした。
ふとシスターの後方を見ると、大型の馬車が横付けされている。
「ところでシスター、あの馬車この坂登ってきたんですか。すげぇな…。
一体誰の…」
シスターがシードの質問に答えようと口を開きかけたとき、馬車の
持ち主が玄関に現れた。
「…クルガン様。」
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シードは、会いたくない奴に会ってしまったと唇をかむ。
何だか嫌な予感もする。
「これは…シード殿。こちらに貴方がいらっしゃるとは、意外です
ね。」
シードの姿を見つけたクルガンが、軽く会釈をする。
「その言葉、そのままそっくりオマエに返すよ。何しに来たんだ?」
シードのきつい口調に、少したしなめるような視線を送ったシスタ
ーは、クルガンに代わって答えた。
「シード様、クルガン様は先程の戦で連れて来られた赤ん坊や子供
たちの為に、大量の新品の衣類を持ってこられたのです。その他、
玩具や医薬品まで。それで、このような大きな馬車で来られたん
ですよ。」 .
……嫌な予感は当たってしまった。
シードがしかめっ面で聞いているとクルガンが荷車の方に近づいて
きた。そしてシードの荷の中身がわかったのだろう。
お前もそうきたか、と呟きクルガンにしては珍しく微笑んでいる。
その微笑みをシードからすぐさまシスターに向けると深々と一礼し
「シスター、また何かお困りの際は、お声をかけてください。それでは…。」
と言って馬車に消えた。
「クルガン様、いつも本当にありがとうございます。貴方に神様の
御加護がありますように。」
シスターは、十字を切ってクルガンを見送った。
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シードは、もう自分が何をしにきたか、何を持ってきたかシスター
に言うのは、恥ずかしくなってきた。
だが孤児達の役に立つならと協力してくれた、家族や近所の人たち
の善意を無駄にしたくない、自分もそのひとりだ。
シードが逡巡していると、シスターは柔和な笑顔でシードに追い討
ちをかけた。
「シード様、クルガン様は、薬などの消耗品が、ちょうどなくなっ
てしまうこの時期を見計らっておいでになられて私は驚きました。
皇都からの助成分だけでは、どうしても足りなくなってしまって。
お知らせした訳ではないのに、気にかけていただいてたのですね。
また物資だけではなく、城下を調べて、現在母乳の良く出る女性
達を手配してくださったんです。交替で、ここの赤ん坊に母乳を
与えてくださるようにしてくださって。また、その女性達に奉仕
料をと、これも自費で負担してくださいまして。もう本当に、
助かっています。」
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シスターの言葉は、シードの予想を遥かに超えた内容だった。
―――そこまで、やってこそなんだよな。俺は甘かった。
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もう何を言われても驚かず、何もここでは思うまい。
シードはそう決心すると、シスターに力なく声をかけた。
「……シスター、俺も子供達に服、持ってきたんですけど新品じゃ
あないんです。でも綺麗に洗ってますから、よければ使ってくださ
い。今から運び入れますんで。」
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手際よく荷を建物に運び入れていると、建物の向こう側から子供達
の歓声が聞こえる。
天気が良いので、広い裏庭で遊んでいるのだろう。
今、この現場を子供達に見に来られなくて良かった。
子供は無邪気で遠慮がないので、クルガンの荷とシードの荷を比べて、見た
まま、感じたままを素直に口にすることだろう。
そう思うとますます気分が沈んでしまったシードだった。
持ってきた荷物を全て運び入れるのに、さほど時間はかからなかった。
「じゃ、帰ります。それでは。」
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シスターへの挨拶もそこそこに、シードは肩を落として、踵を返す。
その様子にシスターは、シードの用件を察する事が出来ずに、クル
ガンの寄進内容をシードに言ってしまった事を、後悔した。
「シード様、普段着が一番必要ですのよ。ありがとうございます。
貴方に神様の御加護がありますように。」
と心を込めて、十字を切る。
己の罪を悔い改める祈りをしなくては、そう自分に言い聞かせたシ
スターは、心配そうにシードの後ろ姿を見送った。
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シードは、とぼとぼと坂の方に下りていった。
全くクルガンが絡むとどうして、こうも己も未熟さが浮き彫りになっ
てしまうのだろうか。
集めたのは、中古の衣類と少しの玩具と菓子だけの自分。
それに引き換えクルガンは…。
新品の、しかも荷車どころかあんな大型の馬車1台分の衣類をはじ
め、母乳の手配までするきめの細かい配慮。
「あああああああああっ!!くそっ!面白くねぇーーーーーっ!!」
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大声で叫んだその勢いで、かっと目を開き眼下の坂を睨む。
そうして足元を見てうなづくと、ひらりと荷車に乗った。
「俺がガキだったら、絶対これやってるよな! いいんだ、どうせ
俺は気の回らないガキだからなーっ!」
幸いというか不幸にもというか、坂の先は見通しもよく、交差する
道もない。
誰も見ている人間がいないか、障害物がないか確認すると、シード
は勢いよく蹴りだした。
ガタガタという振動と共に、シードを乗せた荷車は、坂を転げ落ち
ていく。
あっという間に加速がつき、景色が凄い早さで後ろに流れていった。
馬の早駆けとは違った、自分でコントロールできないスリルとスピ
ードにシードの表情は、見る見る晴れていく。
今までのクサクサした気分も吹っ飛んだ。
「きゃっほーーーーっ!!」
奇声を発しながら童心に返って楽しむシードだったが、それは20
代も後半に足を踏み入れた軍人がする行いではなかった。
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天国から地獄。
この場合は、まさにそれだった。
シードの笑顔が、とたんにひきつる。
前方に何かわらわらと黒い行列が横切るのが見えたからだ。
「な、何だぁぁぁ? どけーーーどけどけーーーぶつかるぞー!!」
だが、言葉が通じる相手ではなかった。
シードの乗った荷車の音に驚いて散らばってよけだしたのは、この
近くに放牧されていた牛たちの群れ。
牛たちも自分達の方に凄いスピードで向かってくる正体不明の生き
物に驚き、低い泣き声を発しながら、あちこちに逃げて行く。
だがあまりに突然の出来事だったせいか、四方に散らばって逃げ惑い
牛同志がぶつかり合ってパニックになっている。
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「どけーーーーーーーーっ!!あーーーっ!!」
シードが失神する前に最後に見たのは、画面一杯に広がる黒と白の
斑模様だった。
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01.11.20.
koh mirimo
シーちゃん・・・・・・(汗)
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