Episode5 攻防

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孤児院を出たクルガンの馬車は、狭い街道を横切ろうとして秋祭り のパレードに出くわしてしまった。
パレードが通過するまで、もうずいぶん長いこと、足止めされてい るような気がする。
クルガンは、溜息と共に何気なく外の景色をみていた。
祭りか…色とりどりの鮮やかな民族衣装、賑やかな音楽。
けれどもクルガンにとって、このパレードは進路の障害物でしかなく、 何の感慨もなかった。
まだ終わらないのか…いい加減、うんざりした気持ちでもう一度、馬車の 窓から外を見ると、どこからか慌ただしく数人の男たちが走っていく。
聞くともなしに聞いていると「牧場の方で」とか「怪我人」だとか、 そういった単語が耳に入った。
やれやれ…祭りときいて浮かれて郊外で騒いでる若者達のことだろ うか。
クルガンが、馬車のクッションに身を沈めかけたその時、 走り回っている男の一人が方々で人を尋ねている様子に気付いた。
「誰か……を知ってる人は、いませんか?」
クルガンの馬車に男が近づくにつれ、内容が明瞭になった。
「怪我して意識不明な、赤毛の兄ちゃん…誰か知って…」
この一言でクルガンは、即座に身を起こす。
このあたりでは、赤毛の人間はとても珍しかった。
心当たりは大いにある。
気がつけばクルガンは馬車から飛び降り、周囲の人間に問うていた。
「怪我人はどちらにいますか? 私は多少、医療の心得があります。 ハイランド軍、第4軍所属の…」 .
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01.11.20.






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顔や手足がズキズキ痛む。
背中の感触からすると、どこかに寝かされているようだ。
シードが、うっすらと目を開けると、木の天井にプロペラ型の換気 扇が回っている。
「気がついたか…」
声のした方に顔を向けると、見慣れたあの男、クルガンがいた。
「こ…ここは、どこだ? 俺どうして…」
「牧場主のご好意で、お前が気付くまで一室借りている。まったく お前という奴は、呆れてものが言えん。」
クルガンは、心底あきれているといった表情で、シードを見下ろした。
「ぼくじょう…ん? 俺…あ!」
シードは、今までの成り行きを全部思い出したようで、バツが悪そう にクルガンを見た。
「お前は自分が軍のしかも幹部ということを、忘れてやしないか? 何という振る舞い。まぁ済んでしまった事は、仕方がない。ただ牧場 主の方には、お前が軍の人間だと言うことは伏せているから、その つもりで。それから、お前の事は私の知り合いだと言って、かわ りに謝罪もしておいた。」
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―――何てこった!!
この男にだけは弱みを握られたり、借りを作ったりという事を避けた かったシードだった。
助けてもらったのは有り難いが、よりにもよってクルガンに、とは。
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「すまない、クルガン。迷惑かけたな。これは、お前が?」
シードは手足に巻かれている包帯を指差し尋ねると、クルガンは肯き
「水の紋章をかなり、かけたぞ。あとはお前自身の治癒力だ。完治ま で、そう大してかからないと思うが…。」
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水の紋章まで使ってくれたのか、あのクルガンが…、この俺に?
シードは、軍で接するクルガンと今、目の前にいるクルガンがあまりに 雰囲気が違うので、妙な違和感を覚える。
軍で見せるあの威圧的で冷徹な姿でも、孤児院で見せた 慇懃無礼で他人と距離をおいた余所余所しい姿とも違う。
まるで親しい友人や兄弟に向けるような穏やかで暖かい視線を向けてくる。
―――こんな目もするんだ、こいつ…。なんだ、クルガンって本当は、 こんな奴だったのか?
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「そうか…。紋章まで・・・。」
「それから牛も弁償しておいたぞ。」
「何だよ?その牛の弁償って…ああああっ!もしやぶつかって…死んじ まったのか? そりゃ悪い事したな。はぁ…1匹?」
「死んではいないが、怪我がひどくてな。もうだめらしい。それから1匹 ではない。2頭だ。」
「あーあー、そうか。何やってんだろ、俺。借りつくっちまったな、クルガン」 「弁償と言っても、立て替えてるだけだ。あとでお前からきちんと払って もらう。」
その言葉とは裏腹に口調は柔らかい。
「はいはい、払います。払います。全部ひっくるめて借りも返すから。」
「俺が、私事で他人の不始末なのに、頭を下げるなど滅多にない事だ。この借りは 大きいという事をわかってるのか、シード。」
それは、多分事実だろう。
この男は自分の不始末でも、頭を下げるなど想像し難いような奴だった。
というより不始末を起こす事自体、想像できない。
少なくとも今までは。
それが、クルガンがやった訳でも関わった訳でもないのに、自分のかわりに謝ってくれたという。
しかも、仕事の評価に響かないよう軍の人間という事は伏せてくれたとも。
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よりにもよって何でクルガンなんかに!
確かに先程までそう思っていた。
けれど、クルガンだからこそ自分は救われたのだと思い知らされる。
これが皇都の救急隊でも呼ばれていたら、先ず軍の人間だとばれ、報告されて しまうのは免れない。
軍に知られれば、よくて謹慎処分は確実だろう。
クルガンの迅速かつ誠意ある対応があったからこそ、この一室も牧場主は貸してくれ たのだろう。
水の紋章にいたっては、そんじょそこらの人間が紋章など宿していないし、仮に宿していたとしても 運良く回復魔法を宿しているとは限らない。
クルガンで良かった。
自分の不始末に、見るからにプライドの高そうなあのクルガンが頭を下げ・・・
魔力を削って治癒の一助をし、完璧な手当てをしてくれた。
そのどれもが、自分の為にやってくれたのだ。
そんなクルガンに、シードは今までの認識を改めざるを得なかった。
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―――どうも、誤解してたみたいだな。俺、クルガンの事…。
シードは、クルガンに世話になった感謝の気持ちを、何かの形で返すつもりだった。
「何だかすっかり世話かけちまって・・・。この借りは返すぜ、クルガン。 何か俺で役に立ちそうな事があったら、何でも言ってくれよ。 …何、言われるかコワイ気もするけどな。」
シードは、包帯が巻かれている左手をさすりながら、思いつくまま自分ができそうな事をクルガンに挙げていく。
「そうだな、軍馬の世話でもいいし、お前んちの芝生刈りとか、ああ将校サロン の席取りでも、いいぜ? 何でも言えよ。」
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クルガンは、そんなシードに軽い目眩を覚える。
この健康的な発想は、どうしたものか。
また、こちらの態度を和らげただけで、こうも素直に出てこられると、自分の方が 戸惑ってしまうくらいだ。
こんなお人好しで、よく軍の将校が務まっているものだ、と。
シードの軍人としての優秀な実力は、クルガンもよく知るところで。
だが一度、戦地を離れるとどうして、この男は…。
戦闘馬鹿で、その分余計にスレてないのだろうな…。
初めてじかに接した「素」のシードの部分にクルガンは、素晴らしい宝石の原石に 触れた思いだった。
―――さてカッティングの技術いかんで、どのようにも化けるな、これは…。
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「シード…、お前借りを返すと言っても…」
クルガンは、その赤褐色の瞳を極めて自然に覗き込む。
銀色の髪が、はらりと額にかかる様がシードを訳もなくドキリとさせた。
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そうしてクルガンはシードが、さすっていた左手の手首をいきなりつかんだ。
「いてっ!!!何すんだよ?」
「ほら、な? その身体では借りを返すのはまだ、無理だろう。」
心もち名残惜しそうにクルガンの手が、ゆっくりと解かれる。
「う…まぁな。じゃゆっくり考えといてくれよ。頭脳労働はお断りだからな。」
「それは、こちらからも願い下げだ。頭脳労働以外ならいいのだな? それなら尚の事、しっかりと身体が治ってからだ。」
「ああ、だいたいの事はできるぜ。雨漏りなんかの水周りの修繕とか…あとは…。」
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あれこれと自分が役に立てそうな事柄を上げていくシードの顔を 見ていると、自然と顔がほころんでしまうクルガンだった。
―――こんな絶好の機会をそんな事に使う訳がないだろう、シード・・・。
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今まで硬いガラスのようなクルガンの瞳しか見た事がなかったシードは、 クルガンが微笑んで自分を見ているだけで、別人のような錯覚に陥る。
その視線は優しく、シードを自然とリラックスさせていた。
シードは、少し照れながら
「クルガン…俺、お前のこと誤解してたかも。 正直言ってここまでしてくれるような奴とは 思ってなかったぜ。ありがとな・・・。」
「ここまで? 当たり前の事ではないのか。」
クルガンが、そう言った次の瞬間、ぐらり…とその身体が揺れた。
シードの寝ているベッドに向かって崩れるように倒れ込んでしまった クルガンに、シードは驚いて右手で支える。
「どうした、クルガン?クルガン!!」
「……………。」
意識は失っていないようで、額に手を当てつつ、クルガンは、ゆっくり と起き上がった。
その空気の動きに伴ってクルガンがいつも愛煙している煙草の匂いが シードの鼻をくすぐる。
お互いの距離の近さを、その匂いで認識してしまったシードは何故か 気恥ずかしい気持ちになりつつ、クルガンを案じる。
「どうしたんだ?一体…。大丈夫か?」
「ああ…。少し疲れているようだ。みっともないところを見られたな。大した事はない。」
「大した事ないって・・・そんな訳ないじゃんか! お前…何でそんな疲れて…。」
シードは、その疲労の原因にハタと気付く。
自分も烈火を宿している身だ。この疲れ方はおそらく紋章の使用によるもの。
自分に施した水の紋章で魔力を使い切った結果だろう。
シードの心にじんわりと暖かいものが押し寄せる。
―――そうまでして・・・。
「水の紋章、もしかして使い切ったのか? ばかやろぅ…俺も見くびられた もんだ。そこまでしなきゃなんねーほど、ひ弱な身体じゃないぜ。」
語尾が震えそうで、慌ててシードは早口でまくしたてる。
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そんなシードに力なく微笑みながらクルガンは 「大丈夫だ。」と一言、小さな声で答えた。
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空は朱に染まり、西日が窓に差し込む。
音もなく回る天井のプロペラ扇が、ゆらりゆらりと時を刻んでいた。

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01.11.22.
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koh mirimo
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クルガン、紋章師からツッコまれる事請け合いのリアクションですね(笑) 「貴方のレベルでそれはないでしょう。」恐るべし下心。この時まだクルガンは4軍所属という設定をご了承ください。 .
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