Episode5 攻防

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それから半月後。
野戦訓練に出れる程、回復したシードは、軍に復帰後、クルガンの姿を見ておらず気になっていた。
所属も違うし、何事も起こらなければ月に1度の定例幹部会議くらいしか顔を合わす機会がなかった。
わざわざ出向くのは、何となく気恥ずかしかったが、怪我の状態からすると 驚くほど早く軍に復帰できたのも、早い段階で水の紋章をかけてくれた クルガンのお陰だった。
「お礼の挨拶ぐらい、やっぱしとかないとな…。借りを返すってのも何 すりゃいいか聞かないと。」
誰に聞かれている訳でもないのに、シードはそう独り言をつぶやくと、 クルガンの執務室の方へ足を向けた。
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風は、すっかり冬の訪れを告げる冷たいものとなっていた。
吹きさらしの回廊は、歩哨に立っている衛兵が気の毒になる程だ。
その回廊の先で、副官を伴って先を歩くクルガンを発見した。
「おぉーい、クルガンッ!!」
元々よく通る声を更に張り上げ、シードは手を盛大に振ってみせる。
クルガンは、副官と共に振り返り、シードの姿を認めると軽く会釈をした。
にこにこと大股で歩み寄るシードに、クルガンの方から声をかけてきた。
「これはシード殿。もうすっかり傷の具合も良いようで。」
―――戻ってやがる!!
シードは、その他人行儀なクルガンの口調に軽い失望を覚える。
あの牧場で看病してくれたクルガンとは別人の…軍部で見せるクルガンの 取り澄ました顔だった。
「ああ、お蔭様でな。もうすっかり元気になったぜ。世話になったな、 クルガン。」
「それは、何よりです。では、私は急ぎますのでこれで…。」
―――はい、そうですか。
そうシードが大人しく引き下がりそうになるほど、クルガンの応対は、 あっさりとしたものだった。
何だか裏切られたような、それでいて寂しい気持ちになっている自分が、腹立たしい。
クルガンに何を期待していたのか・・・。
「ちょっと待ったぁーーーーっ!!」
借りを返すという肝心の話しをしていないではないか。
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今、まさに回廊を曲がり、視界から半分消えかけたクルガンに、シードは あらん限りの大声で叫んだ。
その声は風に乗って500m先の歩哨まで振り返らせた。
当然、それよりかなり手前のクルガンにも聞こえた筈で。
ところが角の先から踵を返してくれたのは、クルガンの副官だけだった。
先の戦いでシードに、鎮圧した部族は皆殺しではなかったと知らせに来た部下で。
―――こいつ、クルガンの副官だったのか…。.
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「シード様…クルガン様は、今ソロン様に至急の用件で呼ばれておりまして、 本当に時間がないのです。ご用件は手短にお願いします。私が承りますので。」
さすがにあのクルガンに仕えているだけあって、よどみなく毅然と話すその様に 副官としての優秀さが伺えた。
あの場では、少々情けなくも見えた彼ではあったが。
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「わかった。それならもういいよ。」
さすがのシードも、これ以上食い下がる気が失せ、その場は自分の執務へと 戻って行った。
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――やっぱ、ああいう優等生タイプは腹割って付き合えねえな。
それがシードの率直な感想だった。
軍の中で、所属は違えど同年代でめきめきと頭角を現してきたクルガンを、 シードは名前と顔だけは知っていた。
遠目で、あいつが噂のクルガンか・・・と初めてクルガンを見た時、 “堅そうで苦手なタイプ・根性悪そう・・・”と審判を下したシードだった。
それ以来、クルガンの事は忘れていたが、小規模な遠征がある 度に、シードと共に名前が挙がるのがクルガンで。
そうして大抵の場合、クルガンの方が抜擢されてしまうので、シードに とっては武勲のチャンスをクルガンに奪われているような気がしていた。
また別段、クルガンに関して調べるつもりはなくても、その優秀な風評は しょっ中シードの耳に入り、嫌でも興味を持たざるを得なくなってきた。
そんなに優秀な奴なら剣の腕も相当、立つのだろう。
手合わせして、奴の鼻をあかしてやりたい。
そして魔法の実力は、いかばかりか。
兵の統率力等リーダーとしての器は?・・・いつしかシードはクルガンを ライバル視するようになっていた。
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そして先の部族鎮圧は、クルガンの軍人としての実力をこの目で 確かめるいい機会だった。
剣技・魔法・リーダーとしての器etc・・・己の好敵手として申し分のない相手だった。
だがライバル視といっても、彼の軍人としての能力と自分では タイプが違うものだとわかってもきた。
それでも張り合う気持ちが萎えた訳ではなく、常に意識していた存在で。
またクルガンの実力は認めても、性格的に決して相容れない人物だと思っていた。
ところが、あの牧場の一件である。
結構こいつとはうまくやっていけるかも、と考えが変わった。
クルガンと自分の異なったタイプの力を合わせ、生かせれば軍にとっても強力な力になるのでは、とまで思い及ぶまでに。
ひいては、国に貢献できる一番の近道ではないのか、と。
だが、その生かす術がわからない。
クルガンの優秀な頭脳から編み出される策も見事なものだが、軍師として納まるには剣と魔法の力が 惜しい。
実戦を想定すれば、思いつくのは、協力攻撃くらいだ。
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―――あいつ雷鳴持ってるしな。
俺達クラスの人間で剣の腕も立って、上位紋章を持ってんのは、奴の雷鳴と俺の 烈火くらいだな。
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クルガン、シードの剣の腕前は別格として、将校クラスの者で剣技において一流の腕を持つ者は多かった。
だがそれに加え、魔法の能力も一流となるとやはり、自分を除けばクルガンしか いない。
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―――俺の剣と雷鳴の同時攻撃ってのは、どうだ?
俺なら奴の雷鳴を避けつつ、敵に攻撃をしかけられるな。
逆はどうだ? 俺の烈火に奴の剣…。
うーん、烈火はなぁ…単体攻撃の 場合なぁ…コンビネーション考えるとやっぱ俺の剣に奴の雷鳴がいいか。
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そんな事をあれこれ、ひとりで考えるのはシードにとって 楽しい作業だった。
今のクルガンの態度に接するまでは…。
―――あーの、性格! やっぱ苦手だ…。戦闘での協力攻撃なんて考えてた けど、無理かもな…。
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自分の執務室にたどり着いたシードは、暗い気分でそのドアを開けた。






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数日後…
定例の幹部会議で久しぶりにシードと顔を会わせたクルガンは、自分で 立てた計画ながら、歯痒くもあった。
顔を見てしまうとだめだ。
それがわかっていたからこそ、軍に復帰した事を聞いても、敢えてシード を避けていた。
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あの牧場の一件以来、クルガンは今までより一層、シードへの想いが 強くなっている事を自覚していた。
シードの手首を掴んだ感触が蘇る。
1日でも早く、その肌の全てに触れたい。

野望を遂げるために着々と伏線は張ってある。
今のところ、怖いくらいに計画通りなのに・・・。
―――もどかしい。早く俺のものになれ、シード!
時間をかけねば成就しない、という理性との戦いに苦しむ。
軍では、つとめてそっけなくしているのに先日のように親し気に近づいて 来られると、つい駒をどんどん進めたくなるのだ。
副官が傍にいてくれて、よかった。
そうでなかったら、自分でもどういう対応をしていたかわからない。
今までの苦労が水の泡になるような先走った真似だけはしない ようにしなくては。
クルガンは、改めてシードを盗み見る。
ぼんやりと窓の外を見ている横顔が今日は、どことなく憂いを帯び ている。
―――会議、聞いてないようだな…。だが相変わらず美しい。
俺に抱かれれば、もっと色香が増し今より一層、魅力的になるだろう。
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己の妄想に耽り、会議を聞いてないのは、クルガンの方であった。 .
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「シード殿、ちょっとよろしいですか?」
会議が終わり、それぞれ将校たちが退室しようと席を立ちだした際、 シードは、ふいにクルガンに声をかけられた。
「何でしょうか、クルガン殿。」
―――そっちがそうなら、こっちもこういう態度で接するからな。
先日のクルガンの態度に、傷ついたシードは己の態度の変化 こそがクルガンを意識している、と白状していることに気付く訳はなく。
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余所余所しいシードの態度にクルガンは内心、ガッツポーズをしていた。
―――先日の俺の態度への当てつけか…。寂しい思いをさせたようだな。
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「先日は急いでいたもので失礼した。ところで貴公が何でも、借りを返して くださるとおっしゃっていた件ですが…。」
「ああ、あれか。…………。あれですか、何か思いつかれましたか?」
「ええ。今晩、お時間取れればでよろしいのですが。」
「今晩? ああ、空いてます。クルガン殿にはお世話になりましたし、何 でも遠慮なくお申し出ください。何をすればよろしいのですか?」
もうクルガンは、笑いをこらえるのに必死だった。
表情だけは変えずにいたものの、ともすれば目に笑いが出てきそうで、 慌てて、ゆっくりと一度瞼を閉じる。
「では、私邸の方に午後7時においでください。」
「は? お前んち? って、何すれば…いいの、でしょうか。」
「会っていただきたい人物がいるのです。」
「………。誰?」
「来ていただければ、わかります。ついでと言っては何ですが 食事もご一緒にいかがでしょうか。ささやかな夕食ですので、正装 ではなく、平服でお越しください。」
「あ、あのさ。それのどこが借りを返すことになる訳?」
クルガンの奇妙な申し出に、すっかり敬語でしゃべる余裕がなくなった シードは、納得できないといった様子でクルガンに尋ねた。
「来ていただければ、わかります。では午後7時に。場所はご存知ですね?」
「あ、ああ…。」
クルガンの私邸は、城からほど近い場所にあり、シードもその前を何度も 通った事があった。
さして大きい屋敷ではなかったが、質素な中にも人目を惹くのは、 その使われてる石材や植え込みの質の良さ、センスの良さからくる 存在感からであろうか。
シードは、見覚えのあるクルガンの私邸を思い出しながら釈然としない思い を抱えていた。
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―――誰に会わせたいんだ? しかも夕食まで。借り返す事になんのかよ、 そんなんで???
もっと難題をふっかけられると思っていたシードは、クルガンの思惑が 皆目、見当がつかなかった。
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01.11.26.
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koh mirimo
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QC:会議は真面目に参加しよう。 .
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