Episode5 攻防

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「こんばんは。」
緊張しつつも、クルガンの私邸を訪れたシードは、使用人の案内で応接室に 通された。
そこには私服で寛いでいるクルガンと、もうひとり見知らぬ男性が座って いた。
「シード、よく来てくれたな。」
クルガンは、にこやかにシードを招きいれる。
―――あ、あの牧場の時のクルガンに戻っている。
軍で見せるあの冷たい感じとは違うクルガンに、内心ほっとしたシードだった。
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「紹介しよう。こちらは、俺の従兄弟で交易商を営んでいるバーンだ。」
バーンと紹介された男は、クルガンより幾つか年上だろうか。
従兄弟というだけあって、上品で整った顔立ちが、どことなくクルガンと似ているような 気がする。
だがクルガンのような軍人然としたきつい印象はなく、いかにも 商人らしい人当たりのよい笑顔を浮かべ、握手を求めてきた。
「はじめまして、シードくん。バーンと言います。」
「はじめまして、シードです。クルガンとは軍で…。」
「ああ、お話は伺っていますよ。大変な剣豪とか。」
クルガンが自分の事を第三者に、しかも剣豪と言ってくれているなんて。
シードには意外な反面、クルガンが自分の実力を評価してくれた気がして どこか誇らしい気持ちになっていた。
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「では食前酒でも楽しもうか。」
クルガンの一言で、三人は場所を応接室からバーカウンターのある リビングへと移動した。
それを合図に、使用人達が次々と酒や肴を運んでくる。
上等の酒と美味い料理に、シードの緊張も解け、自然と口が軽くなる。
「なぁクルガン、お前って時と場所で態度、変わりすぎねぇ?」
「けじめをつけるのが当然では? お前が変わらなさ過ぎるように思うが?」
「ちぇっ…お前みたいなの二重人格って言うんだよ!どれがホントのお前なんだよ? っとに、わかりにくい奴。」
「人格は変わってはいないのだが…。」
「目つきも違うっ!」
「ほぅ…俺の事をよく観察してくれているのだな。」
「ちがっ…そういうんじゃ…。」
見た感じ、全く性格が違う印象を受ける二人。
けれど妙に馬が合っているような雰囲気を感じ取ったバーンは、
「二人は、仲が良いのですね。良き僚友といった感じでしょうか。」
と、微笑みながら言葉を挟んだ。
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「違う!」
クルガンとシードはふたり同時に即答し、互いに目を合わす。
バーンは失笑しながら
「ほら…息が合っているようではないですか。」
「バーンさん、こいつと俺はまだそんな間柄じゃないですよ。」
むきになって答えるシードのうっかり発言にクルガンは鋭く突っ込みを入れる。
「まだ、か。」
「いや、それは、そうなりたいとかじゃなく…そんな深い意味はなく…。」
「何だ、俺と深い仲になりたいのか、シード。」
あきらかにシードの反応を楽しもうとするクルガンの口調。
シードは、からかわれているとわかっていながらも軽く受け流す事が、 どうしてもできない。
「ばっ馬鹿野郎!誰がお前なんかと!!」
「すぐそうやってムキになるところが可愛いぞ、シード。」
「かっかっかっ可愛いだとーーっ!バカにすんなっ。この…」
「クルガン…あまりシードくんをからかうな。真っ赤になって、可哀相に。」
バーンの諌めに、クルガンは肩をすくめると
「これでシードは軍の幹部将校なのだから、聞いてあきれるだろう、バーン。」
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和やかな雰囲気の中、ディナーも終わりシードは、ずっと疑問に思って いた事を、クルガンに聞いてみることにした。
「ところでクルガン、今日のこれが借りを返す事になるのか?どういう事なんだ?」
「…………。」
その質問には、すぐに答えず、クルガンはバーンに目配せをした。
クルガンの目配せにバーンは軽くうなづくと、いそいそと席を立って別室へ行ってしまった。
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「ん? 何? バーンさん何処行ったんだ?。」
今の自分の質問が、急に場の空気を変えてしまったような気がして、シードは 不安になる。
クルガンとふたりきりだ。
意識し出すと、どうにも間が持たずシードは居心地の悪い思いを抱えながらも、 もう一度、クルガンに問う。
「なあ…借りを返すってのは…。」
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―――何だろう…この雰囲気は…
それはクルガンの自分を見つめる瞳の真剣さが醸し出しているのだろうか。
「シード…使用人の目もあるここでは言えない。俺の寝室まで一緒に来てくれ。」
「え?」
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クルガンズベッドルーム1名様ご案内

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01.11.30.






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「寝室?」
「そう。2階になる。バーンももう用意しているだろう。」
さっぱり話が見えないまま、シードはクルガンと一緒に2階へ上がる。
そこには、バーンが何やら細長い包みを抱えて待っていた。
寝室といっても書斎とつながっており、クルガンのプライベートスペースとして 使われている一室で。
クルガンは、ソファに座れとシードに目だけで指し示し、 バーンは持っている包みを中央のテーブルに置き、クルガンの方に向き直った。
「シード、今日お前をここに呼んだのは他でもない。お前が刀剣に強い興味を 持っていると聞いて来てもらったのだ。」
クルガンが、やっと説明をはじめる。
「刀剣…まぁ確かに好きだけど。俺、そんな事お前に言ったっけ?」
―――お前の事なら全て調査済みだ。
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「第4軍内では有名だぞ。」
「何だ、そっか。それで?」
シードは先程から気になっているバーンの包みに視線を戻す。
バーンが傍らでテーブル上の包みを、ゆっくりと丁寧に解くと そこには、重量感のある古い木箱があらわれた。
「おおっ!すげーのが出てきたじゃん。バーンさん、これ?」
木箱の中身を見るまでもなく、シードはそれが年代物の、しかも高価な刀剣 のものと瞬時に、わかった。
確かにシードにとって、刀は自分の分身とも言えるくらいの存在だった。
それ故か刀全般の知識も相当なもので、その辺の下手な鑑定屋より、かなり の目利きでもあった。
刀の木箱を見ただけで目を輝かすシードに、バーンは困ったように頭を掻いた。 そして
「シードくん。この刀剣、ちょっと見てもらえないだろうか。実は少々、曰く付き のもんで街の鑑定屋に見せられる代物じゃないんですよ。」
「はーーん。そういう訳か、借り返すって。要するに目利きすりゃいいんだな? お安いご用だ。」
シードは、能書きよりも、もう早く中身を見たくて仕方がない様子だった。
そんなシードに、席を外すので悪いが…と断りながらクルガンが話しかけてきた。
「すまないが、俺は使用人たちに、頼まなければならない少々面倒な用事が あってな。今のうちに言っておかねば、彼等も今夜は早く休めまい。30分ほどで戻るから、シード。バーンの依頼を頼んだぞ。」
そう言い残して、部屋から出ていった。
シードはもう、クルガンの言葉など上の空で、早く早くと木箱の中身 が気になって仕方がない。
「わかった、わかった、行ってこいクルガン。でバーンさん。開けていい?」
「どうぞ。」
シードは、期待に胸を膨らませながら古い蓋を取ると、それは シードの期待以上の…想像以上の代物だった。
実戦で使用するには、長すぎる程のスラリとした刀身。凝った造りの柄。
鞘にまで、相当凝った彫刻がなされ、その手のこんだ造りに技巧の高さが伺える。
かなりの年代物のはずだが保存状態が素晴らしくよかったのか、今だ輝きを失っていない。
「これは………。」
シードは絶句したきり、息をのんでその刀を見つめた。
「これは、もしや伝説の天群雲剣(あまのむらくものつるぎ)…。」
和刀と呼ばれるこの種類の刀は、遠く東方のものでハイランドで目にする ことは稀だった。
東方の刀鍛冶技術は、素晴らしく抜きんでており他国の追随を許さない。
かの国でさえ幻の…と言われている逸品で、しかも存在すらその真偽が わからないと言われていた天群雲剣だった。
それが素晴らしい保存状態で、今、自分の目の前にある。
シードは、信じられないような気分で凝視していたが、見れば見る程、魂が 吸い取られるようだった。
しばらく、ただただ刀を見つめていたシードは、やっと声を出す事ができた。
「すげぇ………。」
今だ自分の目の前にあるのが信じられない。
このまま何時間でも、ずっと見つめている事ができるような・・・。
「シードくん?」
天群雲剣を前に固まってしまったシードに、心配そうにバーンが声をかける。
「あ…、すみません、バーンさん。これは…これは本物だと思います。ちょっと手にとっていいですか?」
「どうぞ。本物ですかね?やはり。」
バーンも、シードの高揚が伝わって段々と緊張した面持ちになっていく。
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シードは、バーンが用意した手袋をはめると、恐る恐るその刀を手にとった。
柄が手袋に触れ、ゆっくりと握り締める。
手に馴染んだ感触。心地よい重量感。
神妙な手つきで、鞘から抜けばそこには切先から刀紋・峰まで芸術的としか言いようのないラインを描き、鈍い輝きを放つ刀身が現れた。
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まさしくこれは…古代、東方の英雄が手にしていたであろう天の剣。
幾星霜の時を経ても、鍛え直せばその鋭い切れ味は今にも蘇りそうだった。
シードは長い事、取りつかれた様にいろいろな角度でその刀を鑑賞してたが、やがてあきらめた表情を浮かべて、鞘に納めた。
そして剣を木箱に戻すと手袋をはずし、そこで大きな溜息をついた。
「バーンさん、これどこで入手したんですか? これは…ほぼ間違いなく 本物だぜ。えらいもん見せてくれたな…。」
シードは、額に手をやると刀から視線は外せないまま、どっかと側のソファに 腰を下ろした。
「入手先は、言えないんだシードくん。だが、これが本物とわかってよかった。」
バーンは、しまっていいか?と目で問いながら木箱の蓋を丁寧に閉じる。
「どうすんですか? それ…。」
シードはまだ、木箱から視線を外せない。
あの手にした時の感触、あの姿。本物だけが持つ、その存在感。
シードは、もしもこれが自分のものになるなら全財産はたいてもいいような 気になっていた。
「もう買い手は、大方ついてるんでしょう。偽者を掴ませたって言われない 為に、俺に鑑定させたんだ?」
「まぁ…そんなところかな。何だか悪かったね、シードくん。」
「どうせ、俺には手の届かない金額なんだろな。ちなみに幾らなんですか?」
「……。それは・…、聞かないほうがいいと思う。」
「そっか、そうですね。」
それより、見なかった方が、よかった。
世の中知らない方がいい事もある、とシードは今痛切に感じていた。
それとも億万長者なら…。
何だか悔しくて涙が出そうだった。
我ながら、子供のようで情けない。欲しいものが手に入らなければ、泣い てしまうなど。
けれど、今目にした剣は、一生のうちそう何度も出会えるような代物では なかった。
そう、刀剣も出会い、なのだ。縁というものがある。
それならば、この出会いは、なんという残酷なものだろうか。
価値のわかる自分。
あの刀身の長さをして、実戦で扱える者は限られた剣士だろう。
自分なら扱える。
あの天群雲剣と共に戦場で戦える。
そう実力に裏打ちされた自信が十分にある。
だからと言って自分のものにできるかというと…
買えるだけの財力がない。縁がなかったと言う事か。
泣くにしろ情けなくて笑うにしろ、どうやっても昇華しきれない 感情がシードを覆う。
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01.12.01.
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koh mirimo
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