Episode5 攻防

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「誰だったんだ?」 翌日は、昼過ぎまで惰眠を貪っていたふたりだったが、クルガンに 不意の来客があり、シードはしばし、ベッドにひとりで待っていた。 すぐにまた部屋に戻ってきたクルガンに問う。 玄関先の対応だけでいい客だった事に、安心した。 「ああ、バーンだ。今日からまた、旅に出るので顔を出してくれた。」 「え?バーンさん……。」 バーンの名を聞いてシードは少しうろたえたようだったが、クルガンは 構わず話を続けた。 「ああ、ゼクセンのビネ・デル・ゼクセまで行くそうだ。」 「そうか…。あの刀は?」 未練がないとは言えなかった。 少しでも自分のものにできる可能性があったのだから。 シードは、この手に掴んだ天群雲剣の感触を、あの素晴らしい姿を 思い浮かべつつ、それが今の自分から遠く離れてしまった事を 実感する。 断ったのだ。はっきりと。 約束の噴水広場には行かなかったのだから。 「予定通り、ハルモニアの大貴族が買うそうだ。」 「…そうか。」 切れ長の瞳を覆う睫毛が伏せられる。 クルガンはシードの胸のうちを見透かすように、隣に座り抱き寄せた。 「今回は、縁がなかったと思うしかなかろう。お前が目利きした時点で既に 買い主は決まっていたのだから。」 「そうだな…。」 「またバーンにも和刀を見かけたら、と頼んでおいた。」 クルガンの肩に、ぽすんとシードは頭を預ける。緋色の髪がクルガンの 胸にはらはらとかかった。 「ああ…期待しとくよ。それにしても…」 「何だ?」 「何だかなぁ…成り行きとは言え、お前とこんな事しちまうなんてな。」 「あれだけ積極的だったのに、後悔してるなどと言うのではあるまいな?」 「はは…、積極的ねぇ。後悔なんかしてねぇよ。ただ自分でも意外だっただけ。」 バーンの申し出がきっかけで、クルガンと肉体関係を持ってしまった。 最初はバーンを想定しての実験だった筈が、こんなことになろうとは。 だが、結果を悔やむようなシードではなかった。 ―――もののはずみってやつ、俺は結構好きなんだぜ、クルガン。 肌が合うとは、こういう事なのか? とシードはつくづく感じていた。初めて身体を重ねてみて思う。 今まで幾多の女達を抱いてきた。 商売女もいたし、その時は真剣に恋愛していた恋人も。 けれど、こんなに身体がしっくりくる相手はいなかった。 ―――何だか、こいつとヤんの病みつきになりそ…。恋愛感情がない分、 気軽にデキるしな。 そう馴染むのだ、クルガンの肉体はとても自分にフィットしてると思う。 こうして寄りかかってる今まさに、そう思う。 理屈では説明できない不思議な感覚。 ―――だから、こいつとは男なのにセックスしちまうんだろうか、俺。 とても性格的には合うと思えなかった同僚なのに。 一緒にいると妙に落ち着ける。 寄りかかったシードの髪をクルガンは手持ちぶさたついで、と いった感じで、サラサラと鋤きはじめた。 ふ…とシードは笑い声を漏らす。 ―――クルガン…そんな事は女にしてやれよ…。 思いながらもシードは、その場を動こうとはしない。 クルガンも相変わらず、シードの緋色の髪の感触を楽しむ事を止めない。 サラサラと… 「シード、わかっていると思うが、くれぐれも軍内では…。」 「わかってるさ。野暮な事言うな。」 クルガンの肩にかかる心地よい重み。 ゆっくりと規則的に赤い髪の毛を弄ぶ。 サラサラ…サラサラと。 ―――念願、叶ってやっと抱けたと思えば、この自分の余裕のなさは なんだ。この俺が自制心をなくすとはな。俺にとってシードは 恐ろしい存在かもしれん。俺の中のバランスを崩した初めての人間だ。 だがもっと味わいたい、また別の魅力を引き出したいという欲求に抗えない。 しばらく…この状態を楽しむか。 冬の陽射が、柔らかく窓から降りそそぐ中、クルガンとシードはその姿勢 のまま、長いこと黙っていた。 今日は風が強いのか、庭先の針葉樹たちがざわざわと揺れている。 その様を、ふたりは見るともなしに、眺めていた。 ハイランドの積雪の季節は、もう間近だった。 ゼクセンはハイランドより寒いのだろうか。 ふとバーンの事に思いが戻るとシードは先程、玄関先で 会ったというクルガンが、バーンにどんな対応をしたのか気になった。 ―――天群雲剣を条件に俺が愛人になるってバラしちまったら、 えらくバーンさんに対して怒ってたけど、嫌味のひとつでも言ったん だろうか。まぁクルガンの事だ。 俺がクルガンに打ち明けてしまったと気付かれぬよう、素知らぬふり を通してくれているだろう。 梳かれる髪の心地よさに、シードは身体を預けたまま瞳を閉じた。

“予定どおり”噴水広場にシードは現れなかった。 クルガン邸にふらりと立ち寄ったバーンは、あの刀は君の実家に返して おいたと告げる。 何を隠そう天群雲剣の出所はクルガンの実家だった。 「玄関先で失礼するよ、クルガン。今度は長い旅になりそうだ。ゼクセン の方へ買い付けに行こうと思う。」 「そうか。雪が積もる前に出発したほうが良さそうだしな。」 暖かい室内から急に外の冷気に晒された薄着のクルガンは、肩を僅かに 竦ませながら、バーンに答えた。 それにしても…とバーンはその上品な顔を少しだけ歪めながら、声を潜める。 「彼は…シードくんは素晴らしいな。さすがはクルガンだ。目が高い。 まるでルビーの原石のようだ。私がカットして磨きをかけたかった。 男性経験がない、というのがいい。何という手応えのある美しい男だろうか。 くそ、お前との約束がなかったら、な。」 宝石の原石という発想が自分と同じだ、同じ血なのか、とクルガンは内心 可笑しく思いながらバーンの悔しがる顔を見ていた。 「悪いな、バーン。」 「まぁ予定通りの展開になったようで、何よりだな。お前も大した役者だな、 クルガン。」 「ガチガチのノーマルなのだ、シードは。無理矢理抱こうと思えばいくらで もできるが、そんな無粋な真似はしたくなくてな。同性で楽しむ、という事 に抵抗ないようシード自ら暗示をかけるよう仕向けたかったのだ。その暗示 の相手が俺ではな…。バーンあっての計画だった。美しい男を抱きたいとい う気持ちが理解できるだろう? それに俺と似てるというのもこれ以上にない 配役だったかもな。まぁ予定通りの展開というより、いい意味で予想を裏切 られた。路地裏でシードの方から仕掛けてきたのだ。」 「ほぉ…それはそれは。まぁお前が来させないのはわかっていたが、万が一 という事もあって一応、あの寒空の下、30分くらいは噴水広場に立ってい たんだぞ。」 「本当か?バーンもそこまでシードに執心していたとはな。危なかった。 バーンが待ってると知ってたら、あの時シードの手を放したりはしてなかっ たな。」 「うーん。何だか知らんが俺が惜しいことをしたというのはわかる。だがク ルガン、お前が手を出しても尚、刀の為に俺のところへ来ていたらどうする つもりだったんだ?俺としては、少しは期待していたんだがな。」 「まぁそんな事は、先ずないだろう。」 「随分とご自分のテクに自信をお持ちで…」 「ふ…事実、こうなったのだからそうだという事だろう?」 「ああ!もうわかったわかった。うーん、しかし羨ましいな。俺も今度、こ の手を使おう。」 「その時は、俺をダシにすればいい。天群雲剣のような良い餌を用意してな。 今回は世話になった。バーンにはとんだ道化役を…。これは旅の費用の一助 とビネ・デル・ゼクセでお勧めの店の紹介状だ。ここは一見お断りだからな。 そのかわり男のレベルは高いぞ。楽しめる筈だ。金の方は、財のある君には 失礼かもしれないが、ほんの気持ちだ。」 クルガンはそう言うとバーンの懐に素早く封書を滑り込ませた。 「お前も相変わらずだな。遠慮なくもらっておこう。」 「大変な手間と時間をかけるだけの価値は、あるような男で…。」 「早速のろけか。ん?その薄着は…。もしや今、あの赤毛の美人くんがベッ ドで待ってるのでは?」 クルガンはバーンの言葉に目を細めながら答える。 「そう、一糸纏わぬ姿で。」 「くそっ、この色男め! 旅の資金もっとよこせ。」 「ご協力感謝している、バーン。では、旅の無事を祈る。」 笑い合うふたりの男に、北風が吹き付ける。 あまりシードくんを待たせては悪い、もう行くから。と立ち去るバーンに片手 をあげて見送るクルガンだった。 今にも雪が降り出しそうな、ルルノイエの空だった。 本格的な雪の季節が、もうそこまでやって来ていた。

01.12.22.
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koh mirimo
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クルガン一族って・・・。


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