Episode7 均衡

前編
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紅の髪をなびかせ、凱旋帰還したシードを、クルガンは城門で出迎えた。
「よくやったな。見事なものだ、シード。」
「まぁな!今回は物足りなかったぜ!」
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都市同盟領との国境での小規模な戦いは、シード率いる部隊の圧倒的な 攻撃力の前に、すぐに勝敗がついた。
当初、考えられていた日数よりもかなり短期間で、決着がつきハイラン ド側の被害は殆どない。
戦果の源は何と言ってもシード個人の力が大きかった。
騎馬上で確実に敵を仕留める鋭い剣技。
凄まじい破壊力を誇る烈火の紋章。
歩兵を率いての見事な統率力。
そして戦況に対する判断力。
優れた武将として、ハイランド国内は元より同盟にもその名を轟かせて いた。
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そのシードと双璧の将として名高いクルガンは、鼻高々と凱旋してきた この猛将の弱点に以前から気付いていた。
いや本当なら弱点と言うべきか迷う。
それを補っても余りある力がシードにはあるからだ。
――それを指摘したものかどうか。
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しばしクルガンは考え込んでいた。
あのプライドの高いシードの事だ。
お前はこういったところを改善したほうが良い、と忠告しても素直に大 人しく受け入れるとは思えない。
だからと言って誰かが指摘してやらねば、天狗のままだ。
――やはり言っておく必要がありそうだな…。
意気揚々と帰還した、このタイミングが一番いいかもしれない。
それにちょうど、この時期はサジャで…。
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凱旋帰還したシード隊の出迎えを終え、自室に戻る歩みが普段のクルガン の速度よりいくらかゆったりとしている。
クルガンの心の中では、凛々しく勇ましく戦場を駆け抜けるシードの姿が 浮かんでいた。
――あの強さをもっと安定した強固なものに…。
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これからは今までのような戦ばかりではないだろう。
クルガンは、あらゆる角度から考えて今日、この時に告げておくのが一番 だという結論を出した。
シードが帰還の荷を解き、報告を終えるのを見計らって、彼の私室へと足 を向けた。
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「シード、いるか?」
ノックをしながら問いかけると、中から朗らかな声が返ってきた。
「おぅ!!クルガンだな。入れよ。」
――もう一杯、やっているようだな。
陽気な声の持ち主に溜息をつきつつ、中へ入ると案の定、シードは酒の瓶
を抱え、いたく機嫌がよい表情を向けた。
「なんだ、クルガン。しけたツラしやがって!!今から部隊の皆と城下に 飲みに行くんだ。お前も来るか?」
「いや…俺は遠征した訳ではないし、遠慮しておこう。」
それよりも…と話を続けるクルガンにシードは、話半分に 「遠慮するなよぉ。 別に遠征出てなくたって、お前だって軍略に関わった りしただろ? 固いこと言うなよ。さ、行こうぜ!」
と、クルガンと肩を組み、そのまま表へ連れ立って行こうとする。
「いや。大事な話があるのだ、シード。」
クルガンは、その肩をやんわりと解き、正面を見据えて告げた。
「んんん? 何だよ、こんな時に。明日にしてくれよ。」
「いや、今お前が有頂天になっている時だからこそ言っておきたい 事がある。」
「ふん、何だよ?」
「お前の弱点について。」
「弱点?」

シードがこの話に食らいついてくるよう、わざとプライドに触る言い方をした。
弱点と。
案の定、弱点などと言われ、とたんにシードの顔から笑顔が消える。
赤褐色の瞳がキラリと光った。
「……俺の弱点だと?へえ…聞かせてもらおうか。今回の戦果を挙げて くるような俺に、どんな弱点があるか。」
シードは顎を突き出し、クルガンを見下ろすような視線を投げる。
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「まぁ…いろいろ…沢山あるがな。」
クルガンは、更にシードを煽る言い方で興味をより引くよう仕向けた。
「なんだと?」
返す声の低さがシードの感情を物語る。
ところがクルガンが続けた言葉は意外にも誉め言葉で…
「お前は、強い。今のところ、負けなしだな。大したものだ。」
「……ああ。」
怒りの矛先をうまく切り返された気がしたが、憮然と相づちを打つシ ードだった。
「多少手応えのある敵でも、最後には必ずお前が勝っている。 そして更に自分の力に対する揺るぎ無い自信を深めていく。」
「当たり前だ!」
「シード、一度負けてこい。いい薬になる。」
「は?負けろだと?じゃあ何だ?お前は俺が負けることを望んでいる のか?」
「勝ち続けているが為に改善を先送りしている。一度負けてみれば嫌で もその弱点と向き合うことになるだろう。これは例えばの話しだ。本当 に負けてもらっては困るぞ。最悪、命を失うことにもなりかねん。」
「ふん、誰が負けるか!」
「まぁ、今までは、な。…だがこの先も同じような形の戦が続くとは思 えない。戦の規模は勿論のこと、敵の…まぁこれは同盟を想定している のだが、敵の上に立つ者が変われば、それこそ兵法・謀略…全て変わっ てくるぞ。お前も今までと同じ戦法では通用しなくなる時がくるのでは ないか?。」
「……。」
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シードはクルガンを睨み続けたまま無言で聞いていた。
元々きつい目つきのシードが睨むと大変な迫力があるのだが、クルガン はシードに睨まれ慣れているのか、全く動じず、言葉を続けた。
「具体的に気になる箇所は…先ず、戦いを純粋に楽しみ過ぎるきらいが あるな。物事を他の角度から見て戦う事も必要だぞ。真っ向から戦っ てくる敵ばかりではないという事を。」
自分に対する辛辣な評価を、よどみなく話すクルガンをシードは睨み続 けたまま、自信たっぷりに答えた。
「戦いを楽しんでどこがいけない?俺はゾクゾクするぜ。手応えのある 強い奴と戦うのは。あれが醍醐味だ。それで勝っているんだから文句は ない筈だ。」
互いの生死をかけ、ギリギリの…力と力が交錯する研ぎ澄まされた瞬間。
これこそシードが感じる最高のエクスタシーだった。
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「正面から正々堂々と戦うだけが戦ではない。そのうち、飛び道具や毒 といった攻撃で殺られるぞ。」
「は…そんなもので、この俺が殺られるもんか。察知できねぇ程、鈍く はないぜ。」
「その言葉、覚えておこう。あとは…」
「まだあるのかよ?!」
「いろいろ沢山あるといっただろう。この機会に言わせてもらうぞ。 お前は何度言っても、すぐに熱くなるところがあるな。それでも戦況 判断の優れている面は認める。情に流されやすいところがある点と共 に、自分の気質を常に意識しておくことだな。部隊の指揮官としては 欠点だが、違った見方をすれば、これはお前の長所なのだから、今更 なおせとは言わない。ただ、意識しておく事だ。」
「じゃあ、何なんだよ? どこが弱点だと言いたいんだ? はっきり言 えよ。全く長い前振りだぜ。」
「本当に自分でわかっていないのか?何ともおめでたい奴だ。」
「何だと!」
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クルガンの好戦的な台詞は意図したものであったが、それがシードの 逆鱗に触れない訳はなく。
シードは、クルガンに掴みかからんばかりの勢いで食ってかかった。
「言ってくれるじゃねえか。そのお前の気付いた俺の弱点って何だよ。 言えよ!」
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シードの剣幕に動じることなく、クルガンは一呼吸おいてから口を開いた。
「知りたいか。」
――気付いているんだろう…シード。それでも俺の口から言わせるのか…。
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「ああ、知りたいね。答えようによっちゃ…」
――いかなクルガンとて容赦はしない。
シードは戦地で敵と対峙しているような殺気をたぎらせクルガンを見据 えた。

クルガンはシードの気迫をそのまま余裕で受け止める。
「どう答えれば気が済むのか知らんがな。俺が一番気になるお前の最大 の弱点は…。」
「………………。」
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命懸けで戦地を駆け抜ける者同志の強い視線がぶつかる。

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koh mirimo