EP9-Valentain2002
黒いラッピングのチョコレート
昼時を、かなり過ぎた時間のせいか将校用の食堂に人影は、まばらだった。
「なぁ・・・お前って好きな食いもんって先に食べる方?それとも後の楽しみに
とっとく方?」
骨付きチキンを豪快に歯で引きちぎりながら、シードは向かいに座っている
クルガンに問いかけた。
クルガンが答えを言う前にシードは、頬を動かしながら言葉を続ける。
「俺は、先ず食べる方だな。・・・後にとっといてその間に、取られたりしたら、
すげえ悔しいもん。」
目の前で口の周りを脂で光らせた男にクルガンは、呆れて答える。
「俺は、別にお前のチキンを盗るつもりは、ないが。」
「あ、そーゆー意味じゃないけどさ。」
「いいから、食べながら話すな。」
背筋をピンとのばし、優雅な手つきでフォークとナイフを動かすクルガンとは
対照的に、シードは野生味溢れる食事作法を遂行していく。
「で、どっちなんだよ?」
もうそれは見事に筋のひとつも残っていないチキンのすっきりした骨のみを、
カランと皿に落としながらシードは再びクルガンに問いかけた。
「俺は・・・。」
「わかった!」
問いかけておいて答えようとすると、大声で遮られクルガンは一瞬ムッとなる。
袖で口を拭い、脂で光った指をサーコートの腰のあたりで拭きながらシードは
「お前は、一番食べたいもんは、あとにとっとくタイプだな?」
当たってるだろ、と言わんばかりの笑顔で言い切った。
「何を根拠にそう決めつけるのだ?」
「お前の皿見てわかった。」
食後のコーヒーを、飲みながらシードは、やたら嬉しそうだ。
シードの方が先に食事を終え、クルガンの食べ終えるのを待っている状態で。
クルガンの食事が遅いという訳ではない。
寧ろ早い方ではあるのだが、この赤毛の同僚は、いつもあっという間に大量
の食事を終えてしまう。
「常々、言おうと思っているのだが・・・。」
「何だよ?」
「よく噛め。」
シンプルに一言、言うと最後の一口の卵料理を口に運ぶ。
クルガンにとって卵料理は、確かに好きなメニューのひとつだった。
このやんちゃな同僚にそれを言った覚えはなかった筈だが。
「噛んでるよっ!あのな!! ガキじゃねえんだから、人に指図すんなっ。」
予想通りの反応に、クルガンも食後のコーヒーを味わいながらシードを一瞥
する。
「ついでに、もうひとつ。指図ではなく個人的な感想を一言。お前のそのサー
コートは誂えの一張羅だろう。ナフキン代わりに口や指を拭うのはどうかと思
うが?」
「感想も結構。軍服なんざ汚れてなんぼだ。俺はキメる時は、ちゃーんとキメ
てんだからな。この服は労働の服だから別に汚してもいいんだ。メリハリが大
事なんだぜ?」
そのキメている時と云うのは、あの騎士の称号授与式で着た正装の事だろうか。
式後、動きにくいだの暑いだの大騒ぎしながら、ものの1分で脱いでいたような。
シードの言うメリハリというのを拝んだことがないようだ、とクルガンは思いなが
らも、その思いを胸のうちにしまう。
「お前のファッション哲学を聞いてる暇は、なくてな。今日ばかりは仕事を早く
切り上げたい。」
このところ、書面上の仕事が立て込んでいるので、本当なら深夜までかかって
も納得いくところまで処理してから帰りたかった。
だが今日は、年に何回かあるプライベートで忙殺される日のひとつ。
それがクルガンにとって煩わしいこと、この上ない日になるのだが、世間では、
誕生日やバレンタインデーと言った日は、祝ったり楽しく過したり、ときめいた
り・・・と何やら喜ばしい日とされているらしい。
誕生日は、人それぞれだが今日のバレンタインデーとやらは、クリスマス同様、
皆いっせいに等しくおとずれる。
城内にさえ浮かれたような、気ぜわしい雰囲気があったのもこのせいだ。
「なるほどぉ・・・知将どのは大層モテるからな。今日は大変お忙しいって訳で
すか。」
シードが、席を立ちかけたクルガンをからかう。
シードのからかいに、眉ひとつ動かす訳でもなく、お前もそうだろうと一言、残し
クルガンはシードを置いて食堂を出た。
「あとでお前んとこに・・・・・・何個もらったか見に行くからな!」
幼い叫びを背中で聞き流し、自分の執務室へと戻るクルガンだった。
午前中は、野外に出ていたため、今日初めて自分の執務室へと入ったクルガ
ンだったが、扉を開けるとやはり・・・普段はしない甘い香りがする。
食堂からここまでの間にも、何人からか直接、チョコレートを手渡された。
頬を染め、目も合わせずに渡すのは、まだうら若い女官。
気軽に、笑いながら、それでもどこか恥じらいながら渡されるベテランの女官か
らのもの。
他に執務室に届けられるチョコレートは、自分の部署と関係のある女官や下働
きの女性たちからのものもあった。
だが所詮、贈る方も勤務先で贈るのだから、その思惑も好感を持っている上司
に挨拶かわりと言ったものが殆どで。
中には幾つか本命だという匂いが感じられる類のもののあったが、私邸で受け
取るものに比べれば可愛いものだ。
だからクルガンは、執務室に届けられた沢山のチョコレートのどれも何ら負担に
感じる事はなかった。
やっかいなのは、私邸の方へ届けられているであろう、これまた大量のチョコレ
ートとプレゼントの方だ。
こちらは殆ど本気な上、親の後ろ盾を臆面もなく利用してくる貴族の令嬢たちの
もの。
あるいは、クルガンを極上の情事の相手として手中で楽しみたい身分の高い
貴婦人たち、未亡人たち。
その想いの濃さが反映しているチョコレートや、高価なプレゼントには毎年、
辟易していた。
だが皆、相手が相手だけに、無視する事は絶対にできない。
その為、今日の仕事を早めに切り上げて、自宅で使用人たちと事務的な振り分
け作業に取り掛からねばならなかった。
相手のプレゼントの内容・身分・親密度等々、振り分ける作業が第一段階。
第二段階は、重要度順に振り分けられた最高ランクのリストから返礼作業に
とりかかる。
−−−−いったいバレンタインデーなど考え付いた奴は、どこのどいつだろうか。
毎年、面倒なことこの上ない。
大方、菓子屋の商法だろうがそれに乗せられる方も、いかがなものか。
そんな思考は、すぐに切り替え、午後の執務に早速とりかかるクルガンだった。
あの面倒な男が執務室を訪れる前に、退散したい。
あとで、チョコレートの数を見に来るなどと言っていた、あの赤毛の同僚。
あの男の意図はわかっている。
いい意味で目立つ容姿と気さくな性格で、城内では自分よりも多分、沢山もらっ
ているのだろう。
だからこそ、見に来るのだ。
「くだらん・・・。気楽なもんだ。」
声に出して言ってしまい、思わず、口を手で押さえてしまったが・・・。
将校になったばかりのシードは、クルガンと違ってまだ貴族の社交界ではつなが
りが薄い。
どちらかと言うと、城下の町娘や酒場の女たちに人気があるようだった。
常に気を遣い、時には肉体的な奉仕さえ求められる貴族の女たち相手の自分と
は違う。
気楽なシードに腹が立ったのか、それだけの感情ではなかったような気がして、
クルガンは更に苛立った。
雪で覆われた皇都は、日が落ちるのも早い。
シードが執務室に来る前に、仕事を片づけ退散したかったクルガンだったが、もう
少し、もうここまで、と区切りのいいところを先延ばしに案件を片づけている間に、
外はとっぷりと暮れていた。
−−−−−来ないな・・・。
夜もだいぶ更けてきたが、シードは来ない。
来てもうっとおしいだけだとわかっているのに、心のどこかでノックもなしに訪れる
傍若無人な客人を待っている。
けれど、仕事も一段落ついた。
一緒にこの時間まで執務をこなしてくれた部下たちも自分が帰らないと、帰りづらい
だろう。
−−−−−これ以上、ここにいる理由はない。
クルガンは、溜息をひとつつくと、部下にねぎらいの言葉をかけ、執務室を後にした。
この時間まで、シードが城内に残っているとは考えにくい。
来ると言っておきながら、いい加減なものだ。
あの男を、心のどこかで待っていた自分に腹ただしく、執務の疲れと、これから私邸
でやらなければならない作業を思うと、クルガンは一気に疲労感が増した。
城門を出ると、視界が広がり、夜気に冴え冴えと星が広がっていた。
満月も、高い位置で白い光りを煌煌と放っている。
−−−−−こんな時間に帰る予定では、なかったのだが。
私邸まで近道をしようと、路地に入るなり聞き覚えのある声から呼び止められた。
「よぅ!!クルガンじゃねえか。今、帰りか?」
振り向けば、ほんの先程まで、執務室を訪れるのを待っていたその男。
シードだった。
赤毛の同僚は、酒場の女たち数人を引き連れ、もう完全に出来上がっている様子だ
った。
ひどく機嫌良く覚束ない足取りで、クルガンの方に近寄ってくる。
見れば仕立ても素材も上等な黒のスーツを何と素肌に着ている。
このスーツのジャケットをデザインした仕立て屋が見たら、泣きたくなるだろう、とクル
ガンはとっさに思った。
そしてそれ以前に・・・寒くないのだろうか、 とも。
だが、そのドレストダウンした着こなし(ダウンさせ過ぎだとクルガン自身は思っていた)
がシードらしさを粋に演出し、実によく似合っていた。
この正統派ジャケットの、ほんのちょっとした遊び心があるデザインを見逃さない、感性。
自分には思いもつかないその着こなし方。
−−−−−これが奴の言うメリハリ?
シードがふらふらと近づくにつれ、胸元からのぞく素肌という名の極上の生地からクルガ
ンは目が離せない。
男の肌というのに、それはきめ細かく、隆起した筋肉との対比がクルガンの劣情を刺激
した。
クルガンの目を意識した上で、シードはわざとへらへらと笑いながら
「こんな時間までーお疲れさまぁぁぁ。」
と、歌うように言った。
酒の匂いが鼻をつく。
手には、今シードの後ろで嬌声を上げながら見ている酒場の女たちからもらったのだろう
か。
黒い包み紙と銀紙から頭を出したチョコレートバーが握られていた。
「いる?」
幾分、視点の定まらない視線をよこし、シードはそのチョコバーをクルガンの口元に差し出
した。
酒場の女たちは、自分たちのおしゃべりに興じながらも、相変わらずチラチラと、ふたりの
男たちのやりとりを見ている。
「いらん。」
眉間に皺を寄せながら、シードごと突き返すとシードは数歩よろけながら、チョコレートバー
を齧り出した。
「ちぇっ・・・俺からのチョコは受け取れないのかよぅ、くる、がーん。
じゃあ・・・俺が食べちまぉぉぉ。」
酔っ払いの相手などクルガンは、大嫌いで。
それが例え、官能をくすぐる格好をしているシードであっても。
自分に喝を入れるかのように、珍しく声を荒げる。
「よく噛むんだな、シード。」
言い終えて、すぐさま踵を返すがしつこいのが酔っ払いの常。
シードはクルガンに肩をかけ、自分の方に振り向かせた。
「よーく噛んでるぜえええ、クルガンパパァ・・・あはははは。」
大口あけて笑っている口の周りは、昼間見たチキンの脂と全く同じ形をたどってチョコが円
を描いている。
高笑いするシードに、もうこれ以上つきあってられない、と肩にかけられた手を払い除ける
べくクルガンは、手を上げた。
瞬間、ハタとその手を掴まれ今までと打って変わったシードの動作。
クルガンも素早く反応し、身構える。
「何のつもりだ?」
クルガンの詰問口調にシードの顔からすっと笑顔が消え、上目遣いでクルガンを睨み付け
てきた。
睨んでいても、どこか焦点があってないのは酔いが回っているからであろう。
「酔っ払いの相手など御免だ。」
クルガンはシードを睨み返しながら、掴まれた手を放そうと腕に力を込める。
だが、シードも酔っているとは思えない力で、それを許さなかった。
「だって・・・素面じゃお前にチョコ、渡せねーんだもん、俺。」
唇を突き出して拗ねて言う様は、媚態のように見えなくもない。
怒ったような目つきは、邪険にしている自分に対して向けられたように見えたが、
その実、素面ではチョコを渡す意気地がなかったシード自身への怒りにも見えた。
「俺に?」
酔いながら冗談めかしていうその言葉の陰に隠れた本気を、見逃すクルガンでは
なかった。
−−−−−お前の意思表示、受けて立とうシード。
そんな風に思ってしまったのは、気がつけばシードに振り回されている事への腹
いせなのか、シードの媚態に刺激されたのか・・・クルガン自身にもわからずに。
黒いジャケットの胸元から覗くシードの素肌。
喉仏から鎖骨へ・・・、平らですべらかな胸へと視線で辿る。
浅黒い肌は上質なカカオを連想させた。
「美味しいお楽しみは後にとっておく方なのでな。」
クルガンは、首を少し傾けてニヤリと笑った。
「今夜のところは、これが前菜だ。」
そう言って、シードの唇の周りのチョコを口付けしながら舐めとった。
突然のクルガンの振る舞いに、呆然となったシードと大喜びではやし立てる
酒場の女たちを尻目に、クルガンは、足早に立ち去って行った。
−−−−−菓子屋の商法も悪くない、か。
満月が雪道を照らす中、舌に残るチョコの甘さを、もう一度味わいながらクルガン
は家路を急いだ。
それは、私邸に届けられているであろう、どんな最高級のチョコレートよりも極上
の味で。
先程まで全身を覆っていた疲労感が、全く感じられなくなっている事には気付か
ずに、クルガンは石畳に積もった雪を踏みしめるのだった。
02.02.14.
photo and written by Koh mirimo.
Hit number 「ときめくキス」のクルシーSSのリクエストを下さった***様へ献上
かーーーーっ! あたしもギャラリーに加わってはやし立てたいんですけど!
素肌にジャケットは、何となくグレイス・ジョーンズのイメージで(何でやねん)
キリリク「ときめくキス」と、ちょっとニュアンス違う・・・かも。
苦しい言い訳としましては自分でモーションかけといて、ちゅーされてビックリ
ときめきシードさんって事で(汗)コメディですわね、この話・・・。
ネタも無茶苦茶ベタで、ごめんなさい!!
ミンメイさんはクルガンスキーなんで、いつものうちのクルガンみたいに
変態で情けなく頭はいいけどヲトメとならないよう精一杯気を付けましたが。
大丈夫だったでしょうか(不安)
余計な一言
あの・・・実は私ふくらはぎ、より深い雪って経験したことないんです。
九州育ちなもんで・・・。だからクリスマスとか今回のバレンタインとか
の、雪の描写ってわからーーん(泣)そう、スキーも行った事ないし。
寒い国に行った事もないし。ふくらはぎ積雪も、1回だけ。
あんときゃ子供と一緒に珍しくて写真撮りまくったっけ。
(何年か前の関東地方積雪にて)
BBS1
mail何よりの励みデス。一行でもご感想プリーズv
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