援軍申請がハルモニア神聖国より正式に届いたのは、積雪間近の時期で。
ハイランドよりも北に位置するハルモニア神聖国では、既に雪がちらつきは
じめていた。
ハルモニア国内での内紛。
今回の遠征は、言わば直接はこの内紛に関わっていないハイランドが
援軍を出すような形になっていた。
「お前のやり方は、理解できねえ!!」
クルガンの天幕に入るなり、シードは怒鳴り声をあげた。
「では、他にどうしろと? 貴公の意見を伺おうか。」
クルガンは、シードの勢いに動じることなく、無表情のまま聞き返した。
傍に控えていた部下たちは、あまりの剣幕に固唾を飲んで見守る。
以前にも同じような事があったな、と心の中で思いながら…。
クルガンの冷静な問いにシードは答えるべく口を開きかけたが、クルガンが
手を挙げてそれを制す。
「そもそも、シード殿は作戦会議に出席しておられた筈。何故、あの場で
反論せずに、今ごろこちらへ?」
「う…それは……。」
会議が始まるや否や眠りこけていたと、この大勢の部下達の前では、さすが
に言えないシードだった。
そんな事はクルガンは百も承知のはずで…。
―――わかってて訊いてやがる、チクショウめ!誰のせいだと…
「ふむ、会議後に異論が生じたという事にしておこうか。貴公ならどうされる
と?シード殿。 今回の作戦について別な案があれば伺うっておこう。大幅な
変更はもう間に合わないがな。」
「ふん、なんで長期戦を想定するかねえ?短期戦で一気にカタつけようぜ?」
「この気候条件では敵も同じ事を考えています。兵糧や武器防具等の予備
も、それ相応のものしか準備していない。これは調査済みです。だから
その逆を取っての布陣。長期消耗戦に展開できれば、断然こちらが有利。
ハルモニアからの物資輸送経路は確保してあります。」
「お前、何か見落としてねえ?肝心な事を。」
「兵士の士気か。」
「そうだ。只でさえ駆り出された感を持っての遠征だ。今回は皆の戦闘意欲
がどうしても低い。そんな状態で長期戦を想定するだなんて、どうかしてんじゃ
ねのか、クルガン!。」
「………。兵士の士気を高めるのは貴公の十八番では?」
「ふん、変な期待すんな。短時間で決着つけるぜ! お前のやり方には
今回こそ納得できねえからな!」
「短い時間で決着をつけようとすれば、こちらの被害も甚大となります。
他国の内紛によっての遠征に、被害が甚大となれば、帰国後の世論を
どう押さえるつもりで?」
「短い時間で被害は最小限にできるぜ。俺が先陣切ってみせる。ただ、あと
馬をあと10頭用意してくれ。とにかく足が目茶苦茶速くて勝ち気な気性の
馬10頭!!」
「長期戦を想定しての包囲布陣は理解してますね? 確かに先鋒はシード殿の
隊ですが、あまり敵の陣を深く切り込む必要はありません。それから馬の件で
すが。急にそんな事を言われても、それだけの馬を10頭もすぐに集められる
訳がない。」
「いいか、よく聞け。足の速い勝ち気な馬をあと10頭と言ったのには訳がある。
これまでやたら俺達の小隊で訓練してたあれだ。」
シードの鼻が得意げに動く。
「シード様、少数精鋭騎馬隊の事ですか?」
皮肉をこめてクルガンはそう呼んだが、シードは一向気にする風もなく話を続
ける。
「ああ。それそれ! 俺を筆頭にその精鋭10名で先陣を切る。
あとの主力、歩兵の陣形展開の指揮はお前が執るんだろう?
すぐ後に続けよ。そうじゃないと意味ないからな。ま、基本的に後の事はお前
に任せる。かなり短時間で決着つくと思うぜ。」
「…それが馬をあと10頭との要求と、どう繋がるのですかね?」
「ふーん、天下の優秀な頭脳の持ち主クルガン様でもわかんねえの?」
先程の皮肉を、きちんと返しつつシードは唇を上げる。
「………。」
「あのな、騎馬で戦うスタイルは俺もお前も共通だけど、ただひとつ
違うのは、俺は大抵、先鋒で先陣切ってるって事だ。」
珍しく優位に立っている立場が嬉しくて仕様がない様子のシードにクルガン
は、面白そうに目の前のシードを見上げる。
その交わす視線の中に、ほんの僅かだが“知った者同志”の色が滲む。
その僅かな色に気付いたのは、すぐ傍に控えていたクルガンの副官だけだっ
た。
―――???……おふたりの間に何かあったのか。
この手の視線は覚えがある。
けれど違和感が拭えないのは何故だろう。
そして副官は思い当たる。
そう…これは本来、肉体関係を伴った男女間で交わされる種類のもの。
それがどうして、この目の前の上司たちの間で…。
自分の見間違いでは。信じられない。と自分が今見てしまった二人の
絡んだ視線を杞憂であれと祈る。
そんな副官の心情を知る筈もなく、二人の将の掛け合いは続いた。
「だから?」
クルガンは余裕で、シードの次の言葉を待った。
「お前は、気付きにくいかもって思った。ってか気付いてないのかよ?
ホントに。先陣を切る馬と、騎馬兵として戦う時の馬って俺ァ使いわけて
んの! 全然、違うんだぜ。知らなかった?」
「知っていました。」
がく…とシードの右肩がずり落ちる。
「何なんだよーーーお前はよ!」
「ハイランド本国から貴公達の隊でいつも先陣突破時に使用している軍馬を
連れてきています。当然、騎馬戦用の軍馬も。まぁこちらは各々の愛馬にさ
れていて、ここまでそれに乗ってきているのだから言うまでもありませんが。」
「へ?突破用も?」
「会議中リストは渡した筈だが。それに当軍の引率してきた軍馬ぐらい
把握しておくものでは。将なら当然の事ですね。その上で尚、馬をあと10頭
と要求しているのかと、私は受け取ったもので。」
「…………。」
その時、斥候からの連絡がクルガンの天幕に届いた。
敵軍、到来である。
一気に天幕の中が活気付く。
今、グウの音も出ずにしかめっ面を露にしていたシードは、その知らせを聞く
や否や、覇気をたぎらせた。
「おいでなすったな。よし…。」
シードの顔つきが変わった。
野性の目。狩る者の目に。
気合を入れて睨むような目つきになるのなら、当然とも言えたが。
シードは、その目で微笑むのだ。
口元から食らった肉の血がしたたってるのでは、と錯覚しそうになるその妖艶
な微笑みに天幕中の兵士達は、ぞっとした。
―――この方が味方で良かった。
「短期戦で決めてやるからな。いいか?」
「布陣さえ崩さなければ、貴公が先鋒を務める事に変わりない。
馬の使い分けもお好きに。こちらとしては最初からそのつもりだったのですから。」
「ふん。」
「無理に短期戦で決めようと思わぬよう。」
「言われなくてもわかってる!!」
「兵士の士気は任せましたから。」
「士気が下がる前に決着はつけるさ。」
天幕を出て行くシードにクルガン自ら席を立ち、先陣の将を見送る。
シードの後を歩きながら、クルガンは実にさり気なく手袋を取ると、右手を自ら
の口元に持っていき、人差し指と中指を唇に当てる。
前を歩くシードが天幕の出入口をめくり、外に出たその瞬間
「シード。」
その名を呼び、振り向かせる。
そうして今まで自分の唇に触れていた2本の指をシードの唇に触れさせた。
天幕を出たその直後で、中にいる兵士たちには見られていない。
そして出入口の番兵たちが、出てきたシードに視線を移す前の、ほんの
一瞬だった。
驚きで見開かれた赤褐色の瞳に静かに告げる。
「昨晩は、殆ど寝せずに悪かった。武運を祈るぞ、シード。」
―――戦の前夜に押えがきかないとは、俺もどうかしている。
さも極秘の作戦事項を伝えているふりをしてシードに耳うちをするクルガンに、
番兵たちは律義に見てみぬふり、聞こえぬふりをしている。
シードは、はっとした様子だったが強かな笑みを返す。
「あのな、出陣前に戦意喪失するような事言うなよ。」
そしてシードもまたクルガンに、そっと耳打ちを返す。
「この戦が終わったら、すぐ抱けよ。戦の直後って気持ちが昂ぶってたまんねぇ
んだ。な?しようぜ。激しいのを一発!」
そう言ってカラカラと笑うとくるりと背を向けた。
自分の天幕へ向かって、走っていくシードに番兵たちが敬礼で
見送る。
クルガンは頬が緩むのを必死で押さえ、将としての威厳を保つ表情へと切り替
える。
―――あれも変われば変わるものだ。俺を知る前とは…
天幕の外までシードを見送り戻ってきた自分の上司の表情に、クルガンの
副官はのけぞりそうになる程、驚愕した。
――――!!!!!!ク、クルガン様。
心の中で絶叫する。
もう長い事、クルガンの下に使えている彼には、その表情の僅かな緩みに、天
幕中でただひとり、気付く事ができた。
一見いつもの仏頂面にも近い無表情だが心持ち鼻の下がのびている…。
こんな緊迫した前線の陣で、あのような表情をするクルガンが信じられなかった。
少なくとも今までは有り得ない。
―――やはり…。
自分の思い違いではなかったのか。あの絡んだ視線は。
クルガンの副官は外に立っている番兵に、ふたりの将がどんな様子だったか
問う気力は残っていなかった。
―――自分の尊敬して止まないクルガン様にそんな趣味があったとは。
いや、この軍隊という特殊社会ではそう珍しい趣向とも言えないけれど。
軍内外の男色家の間で抜群の人気を誇っているシード。
皆どれだけシードの事を虎視耽々と狙っていたか副官ですら知っていた。
―――あの男色に関しては難攻不落のシード様をついに落とされたのか…。
流石はクルガン様。嗚呼…流石って何が?
ショックを少しでも和らげたい副官は、現在己の置かれている立場に
頭を切りかえる。
敵が現れたのだ。こんな事を考えている場合ではない、と。
外のざわめきが、出陣が近い事を知らせる。
粉雪が舞いはじめたハルモニアの平原に緋色の一陣が駆け抜ける。
「聖夜を、こんな遠征先で迎えたくなきゃとっとと決めちまおうぜ!。」
緋の猛将は、迎え撃つ敵を次々となぎ倒し、敵陣突破を成す。
まだ頬についた血糊も乾かぬうちに、シードは撤退の指示を出していた
クルガンに向かって馬を飛ばしてきた。
そうして、副官らがいぶかし気に思うまもなく、クルガンを連れ去って彼方の
木立の中へ消えていく。
「クルガン様―――っ!どちらへーっ?」
呆然と見守るクルガンの部隊兵の中から、いち早く我を取り戻した副官が問う。
何となく予想がついたので、敢えて何をしにとは問わずに。
緊急連絡が必要な事態に備えて居場所さえわかればよい。
「丘向こう方面だろう。すぐに戻る。」
馬上から振り向きざまに答える声が、弾んでいるように聞こえたのは気の
せいか。
隣でシードが、すぐに?と怒ったように聞き返しているのも見なかったことに
しておきたい副官だった。
―――何だかシード様えらく…積極的なような。もしかしてクルガン様の
方が抱かれているとか? いや、そんな筈は…。嗚呼っ…考えるな、自分!
またしても、クルガンの引き継ぎとして部隊撤退の指示に頭を無理矢理
切り替えた副官、勝ち戦の帰り道だった。

そして……
ハイランド軍に多大な報奨金がハルモニアから送られてきたのは、聖夜直前
のこと。
あたり一面銀世界に包まれたハイランドは、この知らせに街中が一層、活気
に満ち溢れた。
クルガンとシードも城の一室で、共に祝杯をあげる。
―――Merry,Christmas!―――
「な?短期戦で決着つけて良かっただろ?こうしてルルノイエで聖夜を
迎えられたんだから!」
「ああ、お前のお陰だな。ハイランド軍の被害も最小限だった。大したものだ。」
「へへ…俺の言うとおりだったろ!」
クルガンの好むシャンパンが淡い音を立てて注がれる。
グラスの音が、すずやかに響いた。
「これ、うまいな、クルガン。俺シャンパンってあまり飲んだことなかったな。」
「美味いだろう。値段もそう高くない。それに綺麗な色だ。」
まさにシャンパンゴールドと呼べる品の良い色味。そして…
グラスの向こうに見えるシードの微笑みは、誘いだろうか。
こんな小悪魔的な表情を浮かべるようになったとは…。
―――色気が出てきたな、シード。第一段階は終了といったところか。
だがもっと露悪的にさせたい。汚れた魅力を加えてこそだ。
それには…ノーマルな愛し方だけでは足りないかもしれんな。
クルガンは、己の野望が叶えられたことの喜びを改めて味わっていた。
どこからか聖歌が、聞こえてくる。
聖夜の気分を盛り上げるそれは、歌詞がはっきりとわかるほど、
近くに聞こえていた。城内を回っている聖歌隊であろうか。
自分を見つめるクルガンの視線に情欲の灯が灯ったのを見て取ったシードは、
グラスを煽って席を立つ。
「お前が今、考えてる事当ててみせようか?」
そう言いながらクルガンの膝に向かい合わせに抱きついていく。
「何だ?当ててみろ。」
悪戯っぽく笑うその顔を、そっと両手で挟んだクルガンはキスをひとつ。
「んん……やっぱ言わねーよ。」
―――騙されててやるよ、クルガン…。
クルガンの唇が項から首筋へと降りていくのを、楽しみながら
シードはクルガンのズボンの中へ手を滑らす。
「シード、聖なる夜に背徳的な行為は感心しないな…。」
「お前が言うな!」
「そちらから誘ったのだろう。」
―――今頃やっと気付く俺も俺だな…。あのクルガンの“借り”が豪華夕食付き
の剣の目利きだけで済んだってのが、そもそも腑に落ちなかったんだよな。
バーンさんが、もしグルだったらって考えると、もう笑っちゃうくらい辻褄あうもんな。
俺、待ち合わせの時間しか言ってねえのに、噴水前で待ち伏せしてやがるし!
もし、尾けられてたんなら、いくら何でもわかる。あんな複雑な細い路地、近道して
尾けられてる気配がわかんねえくらいなら軍の将校張ってないぜ。
気付いた当初は、猛烈に怒ったシードだった。
よくも・・・よくも騙してくれたと。
―――あんな素晴らしい刀をダシにしやがって!!!
ボコボコにしてやんねぇと気が済まねぇっ!
だが握った拳の力を、ふと弱める。
―――けど、そうまでして俺を抱きたかったんだよな、クルガンは。
湧き上がる優越感と共に、クルガンとの情事がいかに今のシードにとって刺激的
な甘美な味わいがあるか。
そう思うと、怒りをすんなり胸のうちに納めてしまったシードだった。
―――いつから狙われてたか知らねぇけど、まともに口説きゃ俺が絶対落ちない
のわかってっからな。優秀な頭脳、こんな事に使いやがって。そんなに俺に惚れて
たか、クルガン。お前のその俺への惚れっぷりに免じて許してやるよ。
「何を考えている、シード?」
クルガンが唇を這わせながら、上着を脱がしかける。
「いや…お前って結構、可愛いとこあんだなって…。」
「何だと? 何を根拠にそのような事を…。」
「生まれて初めて言われただろ? 可愛いなんてな! 」
「シード…。ベッドへ行くぞ。そんな減らず口をきけないようにさせてやる。
この荷車牛男が。」
「う・・・・、そっ、そんな昔の事言うなっ!」
赤くなって怒るシードに、今度は深く口付ける。
舌を絡めた長い…長いキス。シャンパンの香りがする。
「クルガン…いいのか、背徳的行為だぞ。」
笑い合って頬が触れる。
―――気付いてないふりしててやる、クルガン。
メリークリスマス…
互いの耳元に囁いたのは、ふたり同時に。
聖歌の清らかな調べは、もう耳に届かない。
甘い吐息と衣擦れの音が部屋に満ちる。
たたかいおわりて みさかえうけたもう
主を褒めたたえよ ハレルヤ
いのちのきみこそ おわりのあだなる
死に勝ちましけれ ハレルヤ
――17世紀ラテン語聖歌(讃美歌247番たたかいおわりて より)
−END−
01.12.25.
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koh mirimo
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【あとがき】
お、終わったァァァァァァ・・・。(バタッ)
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました。
もう突っ込みどころ満載の内容ですが、いかがでしたでしょうか?
一言でも一行でもご感想いただけると励みとなります。
どうぞ、よろしくお願いします。
*BBS*
*mail*
クルガンが、大人で秘めたる漢らしさをそこはかとなく漂わせる格好
いい男、ての理想なんですが、ご覧のとおりかけ離れております。
ごめんなさい、知将スキーの乙女さま。
シードに愛、偏ってしまって(汗)
それでは、みなさま 素敵なクリスマスを(もう終わりかけですヨ、
ギリギリUPで)
【次回予告】
尚、このラストシーンとリンクしたクリスマスSSをUP予定ですが、この時点で
既に全然、間に合ってないのでどうしたものかと迷い中。うううう・・・
しかもまたUGだし、暗いし情けないしエロも、ちょろっとだけどアブノーマル
だし・・・ヤなSSだナ(笑)