陽 炎
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空はあくまでも高く、青く澄んでいる。ここのところ雨が降らない日々が続いているせいで、空気は乾燥して、秋の日差しと相まって、木々の落葉をすすめているようだ。 休日前の夜をクルガンの私邸でのんびりとすごしたクルガンとシードは、昼近くに起きだして、ブランチをどこかの店で。とぶらぶらと街に繰り出した。
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休日ということで、ふたりは私服姿である。 クルガンはカーキ色の綿のパンツに薄い黄色のシャツを着て、軽いウール素材の紺のジャケットを羽織っている。"少し老けて見える"が学生のようないでたちと言ったら彼は怒るだろうか。
シードも、同じようなパンツにこちらはブルーの綿のクルーネックのセーターを着てキャメルのジャケットを羽織っている。
彼のほうは、学生と言っても十分通用するだろう。
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彼らの髪の色で、知っている人なら彼らと気付くだろうが、とても軍人には見えないふたりは、ルルノイエの繁華街のカフェで食事を摂ろうということになり、小高い丘の上のクルガンの家から繁華街への道をゆっくりと歩き出した。 少し行くと、前方に人だかりがしている。その向こうには黒煙が上がっているところを見ると火事と思われた。
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慌ててふたりがその家の前に駆け寄ると、そこに、あたりの人に押さえ込まれながら、泣き叫ぶ女性がいた。
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「離してくださいっ。娘が、子供がまだ中にいるんですっ。」
そう言って自分を止めてくれている人の腕をふりほどこうと必死の形相だ。
あたりの人も助けてやりたいのは山々なのだろうが、ここしばらくの晴天続きで空気が乾燥して火の回りが思いのほか早く、あっという間に屋敷全体が炎に包まれてしまい、誰も家の中に入ろうという気もおきないようだ。
家の前にはけたたましく吠える白い犬がいる。
この家の飼い犬なのだろうか。
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「セーラっっ」
悲痛な女性の声にシードが行動を起こそうと思ったそのとき、
「持っててくれ。お前はここにいろ。」
とクルガンが脱いだジャケットをシードに渡し、あたりの人が消火のために用意しだした水桶のひとつを取り、頭からかぶると燃え盛る屋敷の中に飛び込んでいった。
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あっと言う間の出来事だった。
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「クルガンっ」
シードは渡されたぬくもりの残るジャケットを抱きしめ、彼が走っていった屋敷のほうを見て立ち尽くしていた。 . .
隙間から炎が噴き出すドアを蹴破り、玄関から中に入ると、初めての家なだけにどこを進んでいいものやらと困惑したクルガンの横を、外で吠えていた犬が駆け抜けて行った。開いたドアから一緒に入ってきたのだろう。 その犬はワンワンと吠えながら真っ直ぐに奥の部屋に向かった。
クルガンはこの犬が子供の居場所を知っている。と確信して、犬のあとを追って行った。
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奥に進む間にもチリチリと飛び交う炎がクルガンを襲う。勢いよく噴き出す煙に咽喉が痛む。
ハンカチを取り出し、口に当て、一刻も早く。と思ったとき、奥から微かに泣き声が聞こえた。
咄嗟に外の女性が叫んでいた名前を思い出し、「セーラ」
と声をかけながら進んでいくと4、5歳の女の子と、彼女を守るようにして吠えているさきほどの犬がいた。
泣いているところを見ると、命に別状はなさそうだ。 ほっとしながらも、急がないと家が崩れると判断し、少女を抱きかかえると、
「もう大丈夫だ。こわかったろ。」
と優しく声をかけた。
少女はクルガンの首のあたりに細い腕できゅっと抱きつき、まだ怯えた様子でひきつるように泣
いている。
「しっかりつかまってるんだよ。」
と、そのちいさな背中を叩いて、自分のハンカチを彼女に持たせ口を覆わせると、犬を見遣り、
「ご苦労だったな。行くぞ」
と声をかけるが、今更になって、炎に怖気づいたのか、犬が動かない。
きゅうきゅうと鳴く犬を放ってもおけずに、犬を
ぐいっと小脇に抱えて、クルガンは家の外を目差した。
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一方、クルガンが屋敷に入って行ってから、あたりの人たちも必死に消火活動を開始していた。
しかし、予想以上に
早い火の回りに外の人たちは、もう、子供も、助けに行った男も助からないかもしれない。
と神に祈るような気持ちでいた。
シードも一緒になって消火を続けていたが、煙にだけでなく、クルガンを思う気持ちに眦に涙を浮かべ始めてい
たその時、陽炎がのぼり、崩れ落ちる屋敷を背に、炎の中から歩いてくる長身の男の姿がうっすらと見えた。
「クルガンっ」
シードは慌ててクルガンに駆け寄ると犬を下ろしてやり、少女を彼の腕から預かる。少女はクルガンの大きな手で彼の肩あたりに顔を守られ、煙もさほど吸っていないようだった。
きょとんとして、あたりを眺めていた彼女は母親の姿を
見つけて、やや収まりかけた涙が溢れてきたのだろう。 文字通り火がついたように泣き出した。
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シードはクルガンの全身を心配そうに眺めた。
両腕を塞がれたために彼自身を庇うことができなかったのだろう。
顔にも、そして、火の粉で焦げたシャツの下にも火傷ができている。
少女を抱えていた反対側の肩には、何か、柱でも落ちてきたのだろうか。
真っ黒く煤けたあとが広い範囲に付着して、触るとクルガンが顔を顰めた。
薄い色合いの洋服を着ていたはずなのに、どこもかしこも煤けて、シードが好きな銀の髪も焦げている有様だった。
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「ごほっ。」
クルガンは苦しそうに咳き込んでいる。
覆うことができなかった口や鼻から煙を吸い込んでしまったのか、しばらくは
話すことも難しい。
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シードの腕から自分の手に渡された少女をしっかりと抱きしめ、我に返った少女の母親がふたりを仰ぎ見るようにして、
「ありがとうございました。なんてお礼を言っていいものやら。」
と泣きながら何度も頭を下げている。
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「早く、病院に連れていったほうがいい。」
と咳き込みながらもクルガンが言うと、
「このお礼は必ず。」
と言って、女性は少女を大事そうに抱えて後ろを振り返りつつ走り去っていった。
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母親に会えて安心したのか、涙をこすりながら母親に向き合うように抱かれた少女がクルガンに向かってちいさな手を振るのが見えた。
その少女に応えてクルガンも肩の辺りまで手を上げ小さく手を振ると、傷めた部分にひびいたのか肩を押さえて微かに呻いた。
「お前も病院に行ったほうが、、」
と言いかけたシードに、手をかざし、
「いや、家に帰ろう。」
とクルガンが言うので、消火の続く屋敷を残して、彼らはクルガンの屋敷に帰った。
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屋敷に戻ったふたりは、すぐにクルガンの怪我を確認した。
ついた煤を洗い流すと、火傷自体はそれほど重傷ではないが、肩の打撲がひどいのと、吸った煙で喉がやられたらしく、それが一番つらそうだった。
掠れた声でクルガンが言うには、肩は、やはり家の梁が落下してきて、咄嗟に子供を庇ったときに受けたものだそうで、すでに鮮やかな色の痣が浮き上がっている。 火傷も大したことはないとは言え、相当な数だ。
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「まったく、こんな危ないこと、、、。時々、お前にはホントに驚かされるよ。」
とシードが不機嫌そうに言うと、
「俺が行かなくたって、お前が行ってただろう。お前をこんな目に遭わせたくないからな。」
とクルガンが平気だよ。とでも言いたげな顔つきで言う。
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「だからって、こんなに火傷しやがって。跡が残ったらどうするんだよ。」
シードは、クルガンの体の火傷をひとつひとつ確かめるように見ながらつぶやいた。
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「俺の体なんて、どうってことない。お前につくよりマシだ。」
「馬鹿。俺がいやなの。」
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シードは、どうやって治してやろうかと気が気ではない。
そんな心配げなシードの顔を、少し首を傾げるように覗き込み、口の端に笑みを浮かべてクルガンが囁いた。
「それなら、お前が癒してくれ。」
クルガンはシードの髪を梳くようにして撫でると彼の眦にキスをひとつおとす。
シードの心配そうな顔が少しでも元に戻るように。
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シードはクルガンの暖かい唇に彼が無事でいることを実感したものの、思う以上にダメージを受けているクルガンが自ら水の紋章を使えないのだろう。と考えていた。
しかし、自分もクルガンの留学先のハルモニアで水の紋章を宿し
てもらったものの、すぐにマスターしてしまったクルガンと違い、なかなかコントロールできずにいる。
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「水の紋章が苦手なの知ってるくせに。」
と少し拗ねたように言うと、
「俺が練習台になってやる。」
とクルガンは苦しそうに、けれど、笑顔を見せて応えた。
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シードは、彼の傷を治したい一心で精神を集中させた。
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翌日登城したクルガンの顔や、軍服の下の体には、たったひとつの火傷の跡もなかった。 焦げた部分を切ったせいで、いっそう短くなった銀の髪が昨日の出来事を僅かに物語る程度だ。
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あれからシードが彼の火傷をすべて治した。
しかし、シードは少し残念に思う。 一ヶ所くらい昨日の思い出に跡を残し
ておいてもよかったかな。と。 そして、クルガンの隣を歩きながら、心の中でつぶやいた。
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「俺がもう一度お前に惚れた記念にね。」
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ひふみさんのサイト「甘い銀」の900hitニアピンを踏んだ私v
リク内容は「格好良いクルガンに惚れ直すシード」でした。
こ、これは惚れ直しますわ、シーじゃなくても!
ヒーロークルガンvvv うちの変態鬼畜で三島大先生の粉が
かかったような危なくも情けないクルガンとは大違いです。
これでこそクルガン! ひふみさん、ありがとうございました。
2001.12.12. |