― その30〜また会う日まで ―
その31今日もペンギンの城を夢見て、建国資金調達に励む。
雨で泥が跳ねたせいか、左足の擦り傷は赤く腫れあがり
膿んでしまった。だが不貞寝していても仕方が無いので
ルアムザへ向かおう。この傷が完治したら今度こそタレスへ
着いて見せるぞ。
久しぶりの都会に浮かれ気分のボクはさっそく商店街へ。
ガレクシンは物価が高い為、装備を整える事ができなかったが
そろそろ夜風が涼しい季節にこのまま裸で野宿していては
風邪を召してしまう。ちょうど絹のローブを安く売っている
店があったので裾をボクの背丈に合わせて切って貰った。
おお、遠くから見るとまさに王族が纏うマントのようだ。
切り取った布の切れでもう一枚ボク用のローブが作れると
思ったけど、敢えて言うまい…
明日は海だ! 打倒ゴブリン!
その32今日もペンギンの城を夢見て、建国資金調達に励む。
ダガーを右手に、つり竿を左に持ちテュパンへ到着。
秋の味覚がボクを待っている…くちばしの端から思わず何かが
垂れそうになるのを押さえつつ、海岸へ向かった。潮の香りを
思う存分堪能する為に浜辺で日光浴を楽しんでいると、頭上で
妖精が退屈だー、と騒ぎだす。ボクだってたまにはゆっくりしたい
のに…だいたいこの妖精はボクが一生懸命戦っている時に、いつも
空高く舞い上がって遠くから見てるだけだ。飛べないボクに対する
イヤミではないだろうか。百歩譲ってそんなつもりは無いとしても
日頃の労をねぎらって魚の一匹くらい採ってくれても良さそうに
思う。それが他者への配慮と言うものだ。
結局テュパンの街近くまで連れ戻され、大鼠と戦うことに…
この妖精にもいつかゴブリンと共にぎゃふんと言わせるぞ!
その33今日もペンギンの城を夢見て、建国資金調達に励む。
明日こそのんびり釣りをするぞと思うだけでボクはどきどきして
しまい、夜になっても眠る気になれない。はやる気持ちを押さえて
ローブに包まり魚との麗しい対面を果たさんと横になってはみる
ものの、今度は寒くて寝つけない。ローブを羽織ったまま枯葉に
潜り込んで暖を取った時、空は既に白み始めていた。
…蒸し暑い…。
はっ。うわ、寝坊した!
曇り空とは言え真昼となれば気温は高い。少し汗ばんだローブから
枯葉を叩き、釣り竿を抱えて目をつけていたポイントに走った…が、
港は釣りビトで一杯。仕方なく空いている所へ腰を下ろしたが、ボクの
慧眼に適わない場所で一体何が釣れるだろう。
案の定手ぶらで港を去る事になったが、断じてボクの腕が悪いわけでは
ないと言っておこう。ペンギンの名誉の為に。
最近ふと思う事がある。ボクは何の為に旅をしているんだろう…
その34今日もペンギンの城を夢見て、建国資金調達に励む。
…。
ボクは今、ペンギンとしてのプライドを打ちのめされ、もはや旅を
続ける気力を失いつつある。休日の骨休みも兼ねて毎日釣りをして
いたのだが、釣れない…一匹も……
グローエスの魚は自分達が狩られる立場にある、と言う事をよく理解
しているらしく、海面を覗きこんでも影すら確認する事はできない。
が、確かに存在はしているようで、ボクの隣で同じようにヒマ潰しを
している冒険者は実に上手く釣っていた。素早く釣り糸を仕掛ける
ニンゲンの手つきを見ていると、ボクのようにぼけーっとただ空を
見つめて待っているだけではダメなようだ。直接潜って採るほうが
早いと言うニンゲンもいるようだが、海底にはまだまだ得体の知れない
ディオーズが獲物を待ち構えていると言うのに、そんなオロカな真似が
このボクにできるだろうか。いや、できない。
魚は無理らしいので海岸でワカメ狩りでもする事にしよう…
その35今日もペンギンの城を夢見て、建国資金調達に励む。
海岸線に沿って歩いていると故郷の海が懐かしくなってくる。
穏やかな空の下、力強くうねる白波。霞みがかかった遠くの島々は
美しい緑に彩られ、小鳥の囀りが今にも聞こえてきそう…
…と、寂しさを紛らわせていたら頭から波をかぶってしまった。嵐が
過ぎ去りつつある今もまだ波は高い。だがこうして時折海水に触れ
る事で初心を取り戻せそうな気がする。打倒ゴブリンの野望に燃え
ていたあの頃に…
再び、高い波がこちらへ向かって来るのが見えた。雨上がりの空を
赤く染めた夕陽は落ち、星が光り始めている。ボクの4倍ほどの背丈
まで聳え立った波は真っ黒な口を開けて覆い被さっ………た、と思い
きや、それは巨大なワカメだった!懐かしさと同時に怒りが込み上げ
ボクはクネクネと蠢くディオーズに思いっきり噛み付いた……
ふう。おなかいっぱい。ちょっと元気が出たような気がする。
その36満足したおなかを抱えてボクは身体を休める場所を探していた。
一体何があるのやら、今日はいつもより出歩いているニンゲンが多い。
街の中央に位置する通りでは両端の出店が芳ばしい香りを漂わせて
いて、惹きつけられたニンゲン達が長蛇の列を成している。そろそろ
辺りは暗くなり始めているのに、騒がしい音楽を奏でる一行が何度も
通りを横切る為、ボクの視界はその都度妨げられ、躓いた。
人込みを抜けて独りになった時、空に次々と花火が上がった。
天を見上げ、目を閉じてみる。闇の中でもまぶたの奥に華開く光彩に
心を奪われ、空を震わす轟音が止むまでの間、時を忘れた。
いつしか風の流れも無くなっていたが、静かに目を開けるまでボクは
気付いていなかった。目の前に、これまで見た事が無い、異質な容姿の
何かが居るのを…
…そして、ボクは、気を失った…
その37…うーん。
ひどく規則正しいさざなみが聞こえていた。誰かがボクの金の冠毛を
引っ張っている。ゆっくり目を開けると、そこはボクが花火に見とれて
立っていた時と同じ場所だった。何故こんな所で仰向けに寝ているのか…
頭に絡みついた小さなカニをそっと引き剥がし、砂の上に放す。
ごろり、とうつ伏せになった途端、急激に痛みを感じて再びくちばしから
突っ伏した。
肩から背中の辺りが熱を持って腫れていた。特に傷がついているようでも
なさそうだが…月明かりで、しかも黒いのであまりよく見えない…
駐馬場の横にある飼い葉小屋にこっそり潜り込み、横になる。昨日のあの
たぷたぷした化け物は何だったのだろう…確かにあそこに居て、互いに目を
見つめ合ったと思う。だけどその後の事は覚えていない…
はっ。そういえば、ゴブリンの王を最近見かけなくなった。
ま、まさか、食べすぎであんな姿に…!?
その38げに恐ろしきは美食王の罠…
先日の忌まわしいゴブリン王の姿は、毎夜繰り広げられるゴブリン
城での豪華絢爛な宴による成れの果て、と言ったところだろうか。
なんと羨ましい…ではなく、ボクは同じ過ちを犯さないよう気を付け
なくては。一日20分は歩かないとぶよぶよになってしまうのだろう。
街の入口に広がっていた水溜りに己の姿を映してみる。つま先から
後頭部にかけての曲線美、涼しげな目元、ニヒルなくちばし…
どこを取っても完璧な容姿に安堵して、ボクは街を後にした。
妖精が、しきりにまだ腫れの引かない左肩の廻りで羽ばたく。
小さな手で触れようとするので、肩をよじったり早足で逃げたり、と
忙しない。正直に言うと、この傷以来身体が熱っぽくて、なんだか
目眩がするのだ。だけどそんな弱気な姿を心配そうに覗きこむ妖精に
見せるわけにはいかない…
ボクは背筋を伸ばし、真っ直ぐに前を見据えて歩き続けた。
その39謎のゴブリン王との対決から約1週間。ゴロゴロと草葉の床で過ごす
日々を経て、肩の痛みはだいぶ沈静化した。触ると多少蚯蚓腫れの
ような状態になっているのだが、見た目には忌まわしい戦闘の痕跡を
残していない。相変わらず妖精は訝しげな視線をボクに投げかけて
くるが、何を言うわけでも無く…ボクの何倍もの巨体の相手をいとも
簡単に倒した事を聞き、ようやくボクの強さを理解したのだろうか。
あの戦いからボクは考え続けていた。『虹色の夜』以降、この世界に
安息の地は無く、不穏な気配に満ちた森や、山や、街にさえも、恐慌を
きたしたニンゲンやケモノ達であふれている。
グローエスに生きるボクが今、やるべき事は何なのか。
お金を貯めて建国し、同族を守る事だけがボクにできる事なのか。
得体の知れない恐怖に慄かされ一心不乱に隊列を組み歩く仲間の姿を
見るにつけ、この強迫観念から逃れることは出来ない気がするのだった。
その40変な夢を見た。
ボクは孤独だった。そこは緑無く、ましてや海も無い。
何も無い世界。
だけど、独りではなかった。その存在に目を向けると確かに
誰かがいた。でも、ボクはここから外に出たかった。
薄暗く、身体に重たく圧し掛かる空気と沈黙に耐えられなかった。
『此処に居ればいい』
傍らの存在が言った。
『どこにも居場所など無い』
ゆっくりと、それはこちらを向こうとしていた。
見たくなかった。その存在が何者か、知りたくなかった。
…それなのに、目を逸らせなかった。
…深い、紅い瞳、小さな顔、痩せ細った指…そして、藍緑の肌。
『ずっと此処にいるゴブ。念願のお城だゴブ』
ボクは、四翼鳥のような甲高い雄叫びを上げて跳ね起きた。
恐る恐る周囲を見回したが、側に居たのは妖精だけ…
安堵し、不覚な己を呪う。左肩は再び腫れ、微熱を発していた。
長旅で体調を崩しているのかもしれないなぁ…
また会う日まで
[前編]久しぶりに冒険者の賑わう街に入ったボクは、奇妙な『現出』が
発生する街の話を聞いて、身体を震わせていた。
肩に、突き刺さるような感触。まただ。一体この痛みはボクに
何を告げようとしているのか?
商店街は冒険者で溢れ返っていた。屈強な戦士、人込みに顔を
しかめる魔導師、売上を数える商人。狭い路地に寝そべるペットの
ケモノ達は、瞳をキラキラさせて飼い主を待っている。
皆、何を思っているんだろう。何を望んでいるんだろう。
ボクが望んだペンギンの城を、同じように願ってくれる者はどれ
ぐらいいるだろう。
ボクは、己の望みを叶える為に旅を続けて来た。それが叶えば
そこでボクの旅は終わりだと思っていた。それでもいいとは思う、
だけど、気付いてしまったのだ。
ボクはこの世界の事を何も知らない、と言う事に。
また会う日まで
[中編]ふう。少し知恵熱が出てきたようだ。木陰を探して休むとしよう。
街外れの緑麗しい芝生を独り歩いていた時、どこからか奇妙な音が
聞こえてきた。こ、これが噂の『現出』なのか!?
恐怖と好奇心に震える足で、少しずつ音の元凶へと近づく…
「もえーん。もえもえーん」
…ク、クマだ……
よく見ると、このクマとは海辺の街辺りで会った事がある。
何故独りでこんな所にいるのだろう。
「もえ」
目が合ってしまった。ああ、つぶらで無表情な瞳に吸い込まれて
踏まれそう…。ディオーズとは別の意味で怖くなり、ボクは背を
向けて立ち去る事にした…が…
「もえ、もえ、もえ」
つ、付いて来る…どこまでも!
あまりにも突然過ぎる出会いだけども、どうやら旅の仲間を得た
ようだ。ボクの旅に、今、転機が訪れているような気がする。
また会う日まで
[後編]歩きながら「もえ、もえ」と騒がしいこのふかふかな仲間が
一体何を考えてボクと一緒にいるのかは知らない。
道を阻む魔物を片付けた後、喜々として踏んでいる姿は
少なくとも旅を楽しんでいるようには見える…
そう思うと、何故かボクは嬉しい。
ボクが望む世界と、クマが望む世界は多分違う。街行く人や
ディオーズでさえ、それぞれが想う世界の形があるだろう。
だけど、どれも本当は同じ形。一つの大きな器の、同じ刻、
同じ空間を共有してる。ただ、一部分を見ているだけ。
ボクは器の中身も、裏側も知らない。
人知れず泣き叫ぶ存在があったとしても、ボクには聞こえない。
声が届く場所へ辿りついた時、そこには何があるだろう?
このまま、ボクはクマと一緒に歩き続けようと思う。
この長い足で踏みしめる道がどこまで続くのか、確かめる為に。
― その30〜また会う日まで ―