アイスココア
「光太郎サン、お久しぶりですぅv」 日曜の午後。 その愛らしい声に目を丸くして振り返ったのは、例に違わず数人の女子高生を連れた遊び人、垣ノ内光太 郎だった。 「レ、レイヤちゃんっ??」 声の主に思い当たる少女を探しきょろきょろした後、おおよそこの場の雰囲気に合わない美少女の姿を目 に捉える。 彼の驚きを誘うのはあくまでも少女自身ではなく、少女プラスこの場というシチュエーション。 昼真っ盛りの時分に人工の光が飛び交い、そして若い興奮の叫びに似た声やらピコピコなどという可愛ら しい表現では明らかに足りない電子音やらがごった返しになって一応流れているはずのBGMすらないものと する場。 別に至福を求めるでもなく、単に時間を埋めるために彼が訪れる場。 「なんでレイヤちゃんがゲーセンにいんの??」 キャッキャと面白がって悲鳴をあげながらシューティングゲームに夢中になっている女子高生たちを放っ て、光太郎は人を掻き分け早足で玲也の方へ近づき声を張って言った。 どうがんばってもエエとこの小さなお嬢さん一人で来るに安全なところだとは言えない。 「一人でこんなとこきたら危ねーぜ?」 玲也の身長にあわせ中腰になると、遠くからではよく見えなかった少女のナイーブな表情を見ることがで きた。 しかし張り上げなければ言葉も聞き取れないようなこの状況で瞳いっぱいに溜まった涙の理由を聞くこと などできない。 「…………」 困ったように光太郎が頬をぽりぽり掻くと、玲也少し俯いて、だらしなく垂れている彼のカッターの裾を 思いつめたようにきゅっと掴んだ。 「まゆらぁ、いい加減帰んない?」 「なに言ってるのよぉ、まだこれだけしか買ってないのにっ」 「はぁ・・」 同じく日曜の午後。 店から店へと次々に飛び回り、着たり買ったりを繰り返すこと3時間。 すでにロキの両手には傍から見れば哀れにさえ思われよう膨大な買い物袋が抱えられている。 いくら闇野も鳴神もいないからと言って、姿幼きロキを連れてくるのもどうだろう。 しかし否応無しに連れてこられてしまったのでそこまで説明することすらかなわなかったこの少年は、見 た目どおり哀れなもの以外の何でもない。 年齢を悩ますほどジジくさい溜め息に、さすがの繭良もロキの疲れにやっと気がづいた。 「ロキくんさっきからすっごい帰りたそうけど、何かあるの?」 何かあるのかと聞かれればそれは特にないと答えるしかないのではあるが、ないのかと聞かれたなら多少 答えの余地は広がる、といった程度の予定。 今まで3時間も連れ回されていた理由はここにある。 口に出してしまうには少々恥ずかしさを感じるほどの小さな期待。 しかしそろそろ恥ずかしさも捨ててしまわねば、自然解散は恃めない。 「日曜だからレイヤが来るかもしれないから……」 「ウソーーーーーーっっっ??!!ダメじゃないっ、ロキくんってばぁ!!!!!」 ロキの言葉を最後まで聞かず、少女は叫び声をあげた。 「で…、でも別に来るって決まってるわけじゃないんだから……」 「そんなの関係ナイっ!それってロキくんがレイヤちゃん会いたいってことでしょ?そーゆーコトは早く言 ってよぅv」 熱血→包容→悦。 ………最後、繭良の頬に映った悦びは、否定しようもないほどに顕わ。 「……いや、そーゆーわけじゃナイけど………」 「約束もしてないのに会いにくるのがわかるなんて、ミステリ〜〜〜イvvv」 否定できないのも確かで、流されるより他ないのは事実であるが、調子が狂うのは昔から好きではない。 そんなロキの心情を尻目に牛乳ビンの底みたいなグルグル眼鏡をかけたまま何処かを見据えていた身体を ロキへよじった。 「よーっし、探しにいこっ!」 くいっと右手の指で眼鏡の端を上げる動作が、ロキの溜め息を大きく誘う。 「でさぁ、どしたの?レイヤちゃん」 場所は移ってカフェテラス。 光太郎が適当に注文したアイスココアのグラスに手を触れることもなく、少女は黙っている。 「んー、まぁ落ち着いてからでいいけどさ」 彼は両手を軽くあげて薄く降参を表現し、コーヒーカップに指をかけた。 ゲームセンターの女子高生達は置いてきぼりに、玲也を連れて15分も歩き向かった喫茶店。 せっかくいい天気なのだから空いていた店内ではなく敢えて満席に近いオープンテラスを選んだ。 降参ポーズを見せたとはいえ、玲也の気持ちがまるでわからないわけではない。 ここへ向かう途中で入ったメールがそれの曖昧な輪郭を象っていた。 『さっきあの女子高生見たぜ。かわいーなー』 『どこで?』 『ショッピングモールで。あと子どももいたけど』 想像は容易についた。 女子高生が繭良であるから子どもは確実に探偵のはずだ、と。 多分玲也はロキ邸から繭良とロキが一緒に出てくるのを目撃したのだろう。 必要らしい情報が手に入ると同時に、親切な友人のメールはブチり、行こうと予定していたファーストフ ードショップを却下して敢えて10分もかかるこのカフェテラスを選んだ。 「すみません…デシタ……」 小さな、本当にすまなそうな声。 玲也は顔をあげようともしない。 「レイヤ、わがままな子ですぅ……」 光太郎はぽかんと玲也を見つめた。 てっきりロキのことを言い出すのだろうと思っていたからである。 「光太郎サンの彼女サンたち…、おいてきちゃったですぅ………」 語尾がどんどん小さくなり、それと比例して少女自身も小さくなっていくような気がした。 そういえば、確かにそうだ。 この心穏やかな少女に、こんな強引に―――玲也にすれば、の話である―――連れ出されたことはない。 シャツの裾を引っ張るなど、あからさまな誘いなんて今までしたこともないのだろう。 しかしそれはあんな玲也もあんまり可愛らしかったから思わず連れて来てしまったわけで、光太郎にすれ ば別に何でもない、あるいは逆にいい意味で刺激的な出来事だった。 もとよりゲーセンに行く理由といえば、余り余った夏の余暇を適当に潰すためである。 そしてまたそういうことでここまですまなそうに謝る玲也も、先と同じように可愛らしく、思わず 『あと8年大人だったらなぁ』 などと心の中で呟いてしまうのだ。 「レイヤ、寂しくなると何も考えられなくなるデス……、ダメですねぇ…」 じっと黙って聞いている光太郎へ、玲也は語尾に少し笑いを含ませた。 「そんなコト気にすんなよ、オンナノコはわがままなくらいがちょうどいいんだぜv」 少女はやっと顔をあげた。 「それよかオレとしてはおごったココア飲んでくれないほうが傷つくんだけどなぁ」 テーブルにひじをついて、ニヤリと―――ニコリと表現するには微妙に邪悪である―――笑う。 玲也はあわてたようにグラスを両手で掴み、そばにおいてあったストローも使わず一気に半分ぐらいを飲 んだ。 ひんやり甘い、女の子の幸せみたいな味。 涼しげな、氷のコロンという音が耳に響く。 「おいしいですぅvv」 口の端についたココアを拭わずに笑う玲也が、やっぱり可愛らしかった。 「で、なんかまだ悩んでる?」 視線等しい光太郎の目。 少女は一瞬グラスの氷を見つめ、それからまた彼のほうを見る。 「光太郎サンと彼女サンたちが心配ですぅ。行ってあげなくてだいじょうぶデスかぁ?」 真剣なまなざしにがくんと頭を垂れ、光太郎は冷や汗かきつつ笑った。 「まぁレイヤちゃんといるほうが楽しいか……ら…?」 瞬間、光太郎の視線が玲也から外れ、大通りの方へそそがれる。 「どうしたデスかぁ??」 玲也がその視線の先を確かめるべくそちらを向こうとすると、光太郎の手がそれを阻んで強制的にこちら を向かせた。 「ん?ちょっと好みのおねーさんが通っただけv」 彼はまたニヤリとして少女の触れていた頬をプニプニかるくつねる。 そしてまだ使われていないストローをとってココアのグラスにさし、『もらうな』と声をかけてココアを 飲んだ。 「ほんっと、まゆらって何でもいきなりだから疲れるんだよね…………って、あぁぁぁ!!!」 ショッピングモールをやっと出たロキの視線の先には、仲良くお茶している見知った人間の姿。 「ん?どしたの…って、光太郎くんとレイヤちゃんだぁv早く見つかってよかったねぇv」 「ぷ、ぷにぷにって……っっっ」 まゆらはにこっと笑って、そっちへ向かう。 ほっぺたをかるくつねられてにこにこ笑っている玲也が否応無しにロキの目に入り込んでいる。 「なにムスッとしてんのぉ?あ、ロキくんってば光太郎くんにヤキモチ?かわい〜ぃvv」 おもしろそうに『光太郎くんは高校生なんだよ』と付け足すまゆらだが、ロキは心の中で呟いていた。 『神サマまでおとす―――堕とす?―――小学生相手に大人も子どももないと思うんだけど』 イライラしながら歩いていると、そのうちに光太郎は玲也のココアにストローをさしてこれまた仲良く飲 みだす。 玲也の頬に、絶えない笑顔。 なんだかだんだん玲也の方へ行きたくなくなってきたのだが、繭良がうでをしっかり掴んでいるからそれ も叶わず。 だからといって『やっぱ帰ろ』などといった日にはこの百万倍おもしろがって『かわい〜ぃvv』を連発 されることは目に見えているため、敢えてロキは口をつぐんだ。 「光太郎く〜ん、レイヤちゃ〜んっ!!」 言う間に繭良は叫んで二人を呼び、光太郎たちもやっと気がついたようだった。 はぁ、と溜め息をついて、ロキも苦笑いなりにも笑顔を作る。 「おー、まゆらちゃんに探偵じゃん」 「わぁvロキさま、まゆらサン、こんにちわですぅv」 「ぐ、偶然だねぇ…」 何も知らないロキ。 いや、皆何も知らないのである。 「偶然じゃねーかもしんねーぜ?」 またニヤリと笑った光太郎を除いては。 「じゃーさ、後は若い二人に任して、行こっかvまゆらちゃん」 「ふふ〜vそだね、まだ買いたいものあったんだ〜」 高校生二人は想像通り、そんなことを言いながらどこかへ行ってしまった。 「光太郎くんってさぁ、ロキくんがあのオープンカフェに来るってわかってたの?」 流行りのカフェで買ったキャラメルカフェをすすりながら、繭良が光太郎を見上げる。 「似たようなモンだけどさ、正しく言い直すと『まゆらちゃんが』あのオープンカフェに来るってことがわ かってたってこと」 察しの良い人ならわかるかもしれないという程度の軽い告白に繭良はクエスチョンマークを浮かべた。 光太郎はそれに頭を垂れることもなく―――おそらくはそれも想像していた通りなのだろう―――にこっ と笑って携帯電話を取り出した。 「それよかさぁ、番号おしえてくんない?」 おまけ 「レイヤ、さっき何しゃべってたの?」 「ふふ〜vナイショですぅ」 「………;ボクもココアたのもーかなぁ」 fin.