cry&cry by.寅さんサマ
草原に一つの赤いものが駆け抜けた。 それが去って行った後には、まるで其処だけの草を刈ったかのような、奇妙な道が出来ていた。 その後を金色の光がのんびりと追っていた。光がふわふわと動く度、道が消え、伸びた草が生えた。 ≪トール、少し落ち着いたら?≫ 茶化すような金の光に、赤い閃光は立ち止まる事無く言い返す。怒鳴りつけるような大声だ。 ≪フレイヤが待っているのだぞ、待たせては失礼だろうが≫ ≪………………≫ 金の光はそれ以上何も言わず、黙って閃光の後を追った。 「遅いわよロキ、トール」 神殿の前で苛々と待っていたのは美しい、何処か気の強そうな女神。長く波を孕んだ金色の髪が指に絡んでは するりと滑る。二つの光は一瞬、更に強く光ってから人の形を形成した。 赤い閃光は、同じ髪と瞳の色をした二十歳代の活気溢れた表情の青年に。 金の光は、女神と同じ髪色をした少し優男風の二十歳前の青年に。 「わりぃわりぃ、こいつがトロトロトロトロ遅くってな――――」 「君には先に行って良いよって言った気がするけど?」 がははははは、と豪快に笑う赤い男に、少し苛ついた表情の優男。どちらの言い分が正しいのか見極めた女神、 フレイヤは顎で二人に指示した。そして。 「兄様も待ってるのよ、さっさと歩く!」 振り返りもせず歩き出すフレイヤにロキとトールは互いを見合った。 中庭に着くと、白い花が辺りを覆い、其処だけが幻想界のように美しかった。 「ほら、此処に座りなさいよ」 その、幻想の中で人を何処か挑戦するかのような笑いで座るところを勧めるフレイヤは、花の聖霊のようで。 トールとロキは思わず見惚れた。 「フレイヤちゃん、今回は誰がこのお菓子を作ったのだ?」 スコーンに紫色のジャムが控えめに乗っているものを手に取りながら、トールよりももう少し年上風な男が問う。 髪型も色も、見た目すら異なっているが、彼がフレイ、フレイヤの兄だった。 「兄様それ、今朝早くにシギュンがヘイムダルに渡した残り。あたしにもって新しく焼いたのはそっちの方」 整った指先が別の皿を指した。うむ、と頷くとフレイは新しいという皿から薄紅色のクリームがついたシュー を取った。 ロキもトールも別々に座り水晶で出来たワイングラスに注がれる血の色の酒を見ていた。 「シギュンが焼いたの?」 「そうよ?あんた知らないの?」 「…………うん」 呆れた溜息をフレイヤが吐くと、ロキは気まずそうに呟いた。 「僕この頃帰って無くて」 「うわ、それお前、男として有るまじき行為だぞ!?」 口一杯に物を蓄えていた為、実際は何を言っているのか聴解不能なのだが、ロキは長年の勘からそう言ったの だろうと推測した。なので片眉を吊り上げる。ごくごくと盛大に酒を飲み干すと、トールは御代わりを注ぎ足 しながら言う。 「シギュンもよくお前なんか選んだよな」 「そりゃさ?僕が神界一、」 「プレイボーイ、かしら?」 黙っていたフレイヤがにっこり笑って耳元で囁いた。いきなりの攻撃に驚くロキ。ガタッと椅子が倒れる。 フレイは何時の間にか消えていた。 「びびびびびび、びっくりしたなぁもう」 心臓の辺りを抑えながら椅子を起こそうとするロキの手をフレイヤは制した。そして、そっと囁いた。 「あんたのこと心配していたわ」 「君には関係無いだろ?」 不機嫌そうに返すロキに、フレイヤはあら?と不思議そうだ。どうやら予想と違った反応だったらしい。 さぁっと花の甘い匂いを撒き散らしながら風が三人の髪を遊ぶ。 「そうね、二人は今日泊まって行きなさい。どうせこの後目ぼしい女でもひっ捕まえる計画でも立ててんでし ょうから」 「そんなわけ、ねぇよ」 反論するトールの声は小さ過ぎて届かなかった。 「あーフレイヤの家はふかふかベッドだから好きだなーv」 久々にゆっくりまともに寝れそーと枕に抱きつきながら嬉しそうに言うロキ。その横でトールは気難しげな顔 でロキを睨んでいた。 「なにトール。ベッドが不服とでも言うのかい?フレイヤにメッタメタにやられるよ」 「ちがぁう!俺が言いたいのはだなぁロキ、お前フレイヤと仲良くし過ぎだ!!」 そのセリフにロキは枕を置き、トールに向かい直した。 「僕がフレイヤと仲がいいと問題でもあるわけ?まさかシギュンに迷惑が掛かるとか今更言わないよね? もしかしてトール、君の勝手な私情で僕に命令するわけ?゛フレイヤと仲良くするな゛って」 図星だったのか、言葉に詰まるトールをロキは嘲笑った。 「トールが僕に勝てるとでも思うの?フレイヤは僕と、オマケで君を呼んだだけだよ」 嘲笑の形のままロキは立ち上がった。そして、まるでトールに当てつけるかのように扉のノブに手を添える。 首だけを捻ってトールに言った。 「さて、じゃぁ僕はフレイヤの所に行こうかな」 ぱたん、と扉が閉まった。トールは表情を凍らせて呆然と扉を見つめ続けた。 水晶のグラス。透明色のワイン。それを指で挟んで揺らす男。頬杖をつき、目の前に在る水鏡を楽しそうに覗 いていた。 薄い唇が楽しげに弓張月形に歪められた。 「さて、どうでるかな、トール」 ロキは静かに嘲笑った。フレイヤは目の前の男に問うた。 『誰もが幸せになれる道なんてあると思う?』 男は訊き返した。 『君はどう思うの?』 フレイヤは悩むように首を傾け、暫くしてから答えた。 『あると、思っていたいわ』 男は小さく笑った。 『それって君の願望じゃない?』 フレイヤは更に問うた。テーブルに載ったチェス盤。形勢はフレイヤ側。 『あんたはどうなのよ』 とん、と黒いナイトが動く。男は静かに言った。 『……知りたいならさ、賭けをしない?』 白いクイーンが逃げる。フレイヤは眉を跳ね上げた。 『どんな賭けよ?』 男はチェス盤を見つめたまま口端だけを持ち上げた。 『簡単だよ。負けた方が勝った方の言うことを聞く。それだけ。ね、簡単だろ?』 フレイヤは訝りながらも頷いた。チェスは動かない。 『分かったわ。あたしが勝ったらあんたの答えを訊く。あんたが勝ったら……何するのよ』 男はまた笑った。可笑しそうに。 『秘密に決まっているだろう?フレイヤ』 コト、とまた兵が動く。 『…………あんたの言うコトって怪しすぎるわね』 フレイヤはチェスに手を伸ばした。
フレイヤは頭を垂れたままベッドに腰掛けていた。 頭の中はただ数日前の会話だけが繰り返されていた。 『君はそう願っているだけだよ』 『本当は――――――――――――』 「煩いわ」 ぐるぐると鼓膜よりも中に入ってきて、永遠に繰り返されるたった一つのコトノハは。 「あんたって何でいつもそう残酷なのよ」 波打った否の無い美しい髪が、膝を微かに打った。痛くないが、不快だ。 細く長い指先が滑らかな頬に触れる。爪に塗られた櫻貝色の透明なものが、かりかりと皮膚を抉った。 聞こえてきたやけに賑やかな足音。走って向かってくるあの足音は――――彼の物ではない。 バタン!!と乱暴に扉が開かれる。 何も映さない空色の瞳が赤い、燃えるような、目の覚めるような色に出くわした。 「煩いわねトール。今夜なのよ?静かにしなさい」 「………………ロキは?」 ピクリ。 肩が一瞬反応したが、トールは見ていなかった。きょろきょろと辺りを見渡して、盛大な溜息を吐いた。安堵 の色が強い。フレイヤは妙に脱力した表情でトールに訊いた。 「何があったの」 「…………ロキがフレイヤの元に来ると宣言して行ったから、不安になってな」 「不安って何?」 「う、あ、その、…………」 たじろぐトールをフレイヤは見上げる。睨んでいた。それから観念したようにトールはフレイヤを見た。口を、開き。 何かを言おうと息を吸った、その時。『君にそんな権利あると?』 トールの意思を無理やり押し込んでゆく強引な魔法。膝をついたトールにフレイヤは慌てる。思わずトールの 肩を抱きそうになった手首を、誰かが掴む。フレイヤの金の髪から覗く卑屈な笑みを浮かべた一人の、男。 「なにするのよ、ロキ!!」 にこ、とロキは微笑んだ。無邪気に。背後にある闇を後ろ盾にして。 「フレイヤ、駄目だろ?」 「!!」 がくがくとフレイヤは震えた。眼が恐怖に怯えていた。トールの隣に力無く座り込む。トールは息苦しそうに 呼吸を繰り返す。ロキは笑ったままフレイヤの髪を一房掬い上げる。 「言ったよね、君には。君には旦那が居た。トールにはシフも、子供も居た。そして僕にも」 「訊きたくないって言ったでしょ!?」 「あの時君が訊いてきたんだよ?僕はそれを答えただけ」 「煩い、五月蝿いわロキ!!」 「チェスで賭けて。僕が勝って。そうして君から全てを奪った。ねぇトール。フレイヤは綺麗なんかじゃないよ」 薄紅色のシルクで出来たカーテンが揺れる。開く窓。冷たい風。共に入り込んだ雨。濡れる絨毯。 「僕は出血大サービスで答えた」 弓張月に口が開く。フレイヤの脳裏にある少女の言葉が甦った。 ―――――――――ロキは全てを壊す者。ロキは神達の永遠を壊す歯車。不吉の象徴。 その時は聞き流していた。けれど。『はい、僕の勝ち。フレイヤ、いいかい?』 チェスは逆転負けした。悔しそうに歯噛みするフレイヤに男は笑いながら顔を寄せた。 『キスさせてくれない?』 直後、パァン、と部屋に景気のいい音が鳴った。 『ふざけるのもいい加減にしなさいよ!あたしを要求するなんて一千万年早いわ!』 赤くなった頬を抑えながら男は尚も言った。 『キスさせてくれたらさ、ちゃんと答えも言うっていうのはどう?』 その提案にぐらりと天秤が揺れた。フレイヤは考え込んだ。男は楽しそうに見つめてくる。 『分かったわ。仕方無いわね』 仕方無い、と。そう言いながら自分は多分、元から拒む気など無かったのだろう。 足元には終わったチェス盤と倒れた駒達。 窓から入ってくる風は穏やかだった。
ロキが去った後、部屋には二つの骸が倒れていた。 一人は眠るように。一人は見てはならないものを見たように眼をカッと開いたままで。 濡れた絨毯は緋色に染まっていた。 神殿の開かずの間。水晶のグラスを持った男はそのままの姿で事切れていた。『誰もが皆幸せになんかなれるわけ無いよ』 『僕達は全員罪人、罪を負った神だからね』 『それでも幸せを望むとしたらそれは完全な自己満足』 『幸せになれる価値なんか僕等には一つも無いんだ』 『君だってそのブリージングを貰う為に彼を失った。 それは彼よりも自分の欲を優先させた罰。 トールはシフが居ながら君を愛した。 それは純粋さを装ったただの男としてのエゴ。 僕はいい奥さんが居るのにそれでは満足できない。 勝手な言い分だよね。 だから、幸せになれる価値は無い。当然だよ』 骸の男はそう物語っていた。 結末は涙しか無かったのだろうか。 ***************************************************** ハイ。「一万ヒットおめでとう御座います記念贈呈品」。それなのに何故か内容暗いのですが。せめてぱぁっと明るい 話に盛り込むべきだろう。かおりサマが言った「難しい三角関係ロキ→フレイヤ←トール」。しかも何だか話が繋がっ ていません〜(汗)。うう、文才の差なのでしょうか。また幸せものじゃないし。だから私は自分に問う意味でも 「結末は涙しか無かったのだろうか」 と入れました。ある、筈なのですがね。どうも神界は前貪るようにして読んだある「北欧神話」がメインになってしま うので…………三人が笑いながらって言う話にならないみたいです。奥さん二人ともいるし。フレイヤさん旦那居たし。 それがどうも引っかかるようです。私は。それでは、有り難う御座いました☆ ********************************************************************************** 「一万ヒットおめでとう御座います記念贈呈品」ですぅぅぅぅ!!!!! なんだか最高にうれしいんですけどぉ!!!!! 神界ってのがやっぱりやっぱりみぞおちヤられましたvvv しかも、すっごく切なげで・・・・・・。いや、切ないって言葉も何気に合わないような; そうなんですよぅ。北欧神話を読むと、どうしても魔ロキの世界から離れちゃうんですぅ。 いえ、寅さんサマはそういうのじゃないと思うんですけど、かおりの場合『ロキフレ』が なかなか描けなくなってしまいました・・・;; だってなんか、生々しいんですもの。(爆) それでもやっぱり、この小説にはひどく魅力を感じました。 ロキさまが本当に本当にツボなんです。壊れたロキさま。 多分他のキャラには演じられない(?)危うさがあって大好きです。 でわでわ、本当にどうもありがとうございましたぁvvvvv