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ドロップス  歯抜けならぬ葉抜け程度に、萌え尽きた木々の彩る11月の公園。  幹を目で撫でれば春に見た桜色の嵐が思われる。  そういえば、いつか繭良と通ったことがあったようななかったような。  もともと思ったことを全て口に出すタイプではない僕だから、なおさら今はそんなこといえるわけが無い。  隣に居る少女はきっと、僕と違って来年の春を思っているのだろう。  この寒々しい初冬の情景が目に入っているのかいないのか、その微笑みが絶えることはない。  こんな体をしていながら、ふと若さへの羨望が浮かんで消えた。 「レイヤは、ずっと怖かったです」  ふと呟いた少女の声は僕を毎日どきどきさせてくれる主のそれとは違っていて、枯れ葉が踏まれる音のう ちの一つとして頭の中をさらりと流れていく。  返事を必要としているのかどうか考えるより早く、独り言みたいにいくらも言葉が発された。 「レイヤの中の誰かサンが、ロキさまを傷つけるかもしれなかったですから」  脳の間の管を流れ残った雫は少女の声。 「だけど、ロキさまが微笑んでくださるから」  少しずつ溜まっていった水溜り。 「レイヤはきっと、レイヤですね」  最後の雫が落ちる音で、ぼんやりした頭の中が何かしら形を持った意識を縁取った。  雲も無いのに薄ら黒いカーテンが視界に垂れ下がり、先までよりも枯れ葉の音は小さくて、風の冷たさば かりが鮮明だ。  冬が大きくなったような気がする。 「僕こそ、僕じゃない」  日蝕の起こった僕の世界で、影のうち、黒い光に照らされる何か。  過去には確かに居た、邪神の姿。 ―――僕ハ、何処ヘ行ッテシマッタンダロウ。  たとえばあの少女が目の前にいたなら。  あの少女がいたなら、もう少しくらい落ち着けたかもしれない。  聖母みたいな暖かさに包まれたなら。  もう少しくらい誤魔化せたかもしれない。  『僕ハ僕ダ。』  そう自分の中で呟けたのに。 「レイヤの知らない僕がいるんだ。僕は、僕だけじゃない」  心なしか息が上がる。  この子にはひどく失礼ではあるけれど、今欲しいのは僕と同じ大きさの安らぎなんかじゃ足りない。  いつもなら何故かひょっこり現われるあの少女が今日はいない。  あんまり空が重いから、あの上ではあの男が僕を押しつぶそうとしてるんじゃないかと思った。 「『ロキくんはロキくんだよ』」 「…………?!」  はっとして、顔を上げる。  怒ったような、同情してるような、無表情なのに雄弁な、そんな玲也を僕は初めて見た。  小さくておっとりとしたはずの彼女があの女神を思わせたりするところには、毎度毎度尽く驚かされるけ れど。 「ロキさまが欲しいのは、このコトバですか?」  自然までも味方につけた彼女の髪を風が揺らす。  えらくサマになった様子よりも、僕が惨めにすがったのは彼女の瞳だった。  感情を押し殺したその声色は残酷に僕の皮を剥ぎ取る。  耐え切れなくなって、視線を地べたに追いやった。 「そうじゃなくて…………」  僕自身、自分のことがわからない。  一体どうしたいのかも、何を求めているのかも。 「あ…………」  だから、玲也の声が元に戻っていることに気づくのも少し遅れてしまっていた。 「ご、ゴメンナサイですぅ…っ!レイヤ、こんなこと言うツモリなかったです…;;」 「へ……?」  顔を上げると、ものすごく申し訳なさそうに指を伸ばしたまま手を組んで、視線を下へ泳がす少女。 「えっと…その、レイヤ………は、たぶんどんなロキさまでも大好きなんですぅ…。たぶんみなさんそうな んですぅ……」  照れを隠すようにポシェットへ手を伸ばす様子は殊のほか可愛らしい。  ぽかんとしている僕の目の前で、玲也は缶の中からドロップスを取り出して差し出した。  昔懐かしのアレである。 「どぅぞですぅ。おいしいですよvv」  いつもと変わらない笑顔。  とりあえず受け取って、視線の促すままに黄色いドロップスを口に入れると、玲也は満足そうに微笑んで 自分もそれを口に入れた。 「ありがとう」  そう言えば今度は頬に赤みがかかる。  愛らしいことこの上ない。  顔をそらして急ぎ足になる様子を、僕は後ろから眺めていた。  僕が何より恐れていたのは、多分変化だったんだと思う。  変化―――と言っても、僕自身は変わらないでいられる自信ならあるし、僕が変わってしまったとしても それは変化じゃなくて成長の一つであるはずだ。  だけど、周りは変わってしまうかもしれない。  僕が僕でないと分かれば、どこかへ行ってしまうかもしれない。  お前なんか知らない、と消えてしまうかもしれない。  本当に恐ろしいのは、周りの変化だった。  もっと具体的に言えば、神界の僕を知らない人たちだ。  いつか現われるかもしれないもう一つの僕を見て、同じであってくれるのか。  あんまり不確かなことだから、どうにもならないといってしまえばそれまでなのだけど。  それなのに何故か、玲也がそう言ってくれると、本当のような気がしてしまう。  根拠の無い微笑みを、信じずにはいられない。  偽りも誤魔化しもない感覚的な真実の安心に包まれるような。  優しいだけじゃなくて、たくさんの色を持つ彼女。  クルクル表情が変わる様子が、あのドロップスみたいだったとはまだ言わないでおこうと思う。 fin.






†いながき かおり†