HELL OR HEVEN
――あたし、もう死んじゃうのかしら? 力無くフレイヤは呟く。 視線は遠く、白い天井を遥か超えて宇宙の彼方で、 それは結ばれているようだった。
ベッドに横たわっている、僕の愛しい恋人。 彼女をこんなのに追い込んだのは、赦すまじかこの世界。
――もう聞き飽きちゃったんだけど、そのコトバ。 平静を装ったその台詞は、 それでもいっぱいいっぱいな彼なりの抑制。 その白い頬に触れたくて、その赤い唇を喰らいたくて、 だけれどもそれは決して赦されぬ行為。 あの柔らかな肌が、あの艶やかな紅が、 今なお存在しているかどうかは定かではなく、 最期の絶望を避ける為のどうしようもない禁断。
毎日毎日、それこそ飽きることもなくこの女神の食事に毒をもり続けたメイドたち。 メイドに命令したヘイムダルに命令したオーディン。
――何にも気づかなかったなんて、ね。 呆れたような様子で発されたそれは、 一体誰に向けられたものなのか。 彼女自身への同情、 周りの無神経な者共への軽蔑、 それとも。
本当に気付けなかった僕。 本当は気付いていたはずの君。
――………ホントにキミは、死んじゃうの………? その声の主が本当に邪神ロキの物なのかと、 疑いたくなるほどそれは切なく響く。 何にも執着しなかった彼の、最期の固執。 自分でも気付くほど、唇は震えていた。
近い将来、死に神に全てを捧げてしまう君。 決して見たくない、その躯が冷たくなっていく瞬間なんて。
――病人に聞く台詞なの?それ。 フっと、フレイヤは鼻で嗤った。 ロキの顔は見られない。 きっと、とてつもなく美しい瞳で自分を見ているだろうから。 もし目でもあってしまったなら、 もう反らすことすらできなくなってしまうだろうから。
その時、ふと僕の頭を過ぎった何か。 たとえば、たとえば。
――………カチャ。 ロキはゴソゴソとポケットあたりから何かを取り出した。 黒く光る、美しいくらい残酷な何か。
もしも僕が君の目の前で紅く染まったら。
――………!!!!! 音に嫌な予感を感じ、フレイヤはロキを見た。 そしてその予感は的中、見事に彼女は声もなく叫んだ。 しかし、彼女の瞳がおさめる姿は黒く光る物体でなかった。
君は、嘲笑ってくれるかい?
――………。 ロキの手はゆっくりと動き、 その黒い物体をゆっくりと上昇させる。
その小刻みに揺れる肩で、 その見開かれた瞳で、 その震える唇で、
――………!!! 恐ろしい瞳。 獣の頃を経て、神となり、そしてまた獣へとなり果てた瞳。 何も欲していないようで、しかし何かを狂ったように欲しているような。 遠い焦点、しかし近すぎる焦点。
君は、嘲笑ってくれるかい?
――こーしたら……、こーしたら、おあいこだよね。 薄い唇は不気味に弧を描き、 黒く輝く物体を彼は自身の右足へ向けた。
このぼやけゆく意識を感じて、 この冷めゆく肌に触れて、 この蒼く染まりゆく唇を思い出して、
――ダンッッッ! それは全てが静まり返る音。 あまりに鮮やかな血を形容するに、 もっとも相応しい音。 ガクンと右足を折り、ロキは膝をついた。
君は、嘲笑ってくれるかい?
――なっっっ、何して……!? フレイヤは思い切り眼を見開いた。 そして、己が躯を恨む。 これほどまでに驚愕しても、 起きあがることすらできないなんて。
涙なんて流したりしないで。 哀しんだりなんかしないで。 ただ、僕を見下ろして、 単なる馬鹿だと罵って。
――もっとイタイもんだと思ってたけど、これだけ興奮してるとそうでもないね。 唇は少しも痛みに歪むことなく、 それどころかその行為に快楽さえ求めている。 彼はまた黒い物体をかまえる。
もしも僕が君の目の前で紅く染まったら。
――ダンッッッ!ダンッッッ! 続けざまに二発、 左足と右肩に貫かれた弾丸。 それは細く骨張った指に命令されるがまま、 冷酷にその躯を美しく染め上げる。
君は、
――やめ……やめ……… 声が意味を為す言葉に変換されない。 感情を外へ伝えるなど、 その震える唇に求めるにはひどく難しすぎた。
君は……、
――これで、僕の勝ちだね。 彼の唇は既に色を失いつつあるというのに、 先よりもっとその端を引き上げ、 先よりもっと快楽を求めようとする。 そして。 黒い物体をゆるりゆるりとこめかみへあてがって。
君は…………、
――ダンッッッッッ! それは一際大きく響いて。 その銃は紅い海へ落ちた。 黒い体は鮮やかな液体がまとわりつくのも拒まず、 まるでその様子は血を求める吸血鬼のような。
君は、嘲笑ってくれるかい?
――ハっ、ハハハっっ。アッハハハッッッ。あんた、何、してん、、、の、よ……? フレイヤは、また、嗤った。 しっかりとその最期の姿を瞳へ押し込む。 骸を見下す彼女は、 生気無く嗤い続けた。
瞳も反らさずに、
―― まだ笑ったままなロキの表情。 目を閉じることすら面倒になってしまったのか。 美しい色した海は、 元来整った彼の顔をより美しく仕立て上げる。
君は、嘲笑ってくれるかい?
――アッハッハッハっっっっ。ハっハっ……、は、ぁ。