向日葵












「いつからだったかな、こーゆーの」

 清楚な広い部屋。

 窓からガラスも通さずに射す自然な光が本来白いはずの壁を橙色に染め上げる。

 豪華なシャンデリアが活躍するにはまだ早く、それでも気高く見えるのはこの部屋の主のせいなのだろうか。

「……?何が?」

 窓の向こうを見ている長身の青年の問いに、

この空間の持ち主であるらしい美女はテーブルにクッキーを並べながら首を傾げた。

「フレイヤが僕を部屋にあげてくれるよーになったのv」

 ロキはくるりと振り返ったらしいが、逆光でその顔は見えない。

 しかし彼の歯が意味ありげにニヤリと…、いや、キラリと光ったのを、フレイヤは感じた。

「っ!!何が言いたいのよっっっ!!」

 こんなとき、フレイヤは生来の性質からかふと思ってしまう。

 自分はロキの顔がよく見えないのに、ロキはこの熱のこもったこの顔を見えているなんて、

ずるいと。

「別に?僕ら仲良くなったんだなぁと思って」

 これまた意味ありげな顔で、逆光の影響を受けないエリアへとロキは入ってきた。

 …明らかに、フレイヤの反応を楽しんでいる。

 彼女の頬に陽の光が映った。

「何もないでしょっっっ!!なに言ってんのっっ!バカっっっ!!」

 どうしてこんなに顔が熱いのかわからない。

 照れているわけじゃない。

 あのニヤニヤした顔には何故かイライラして………。

 あぁ、そうか、ただ自分は怒っているだけなんだ。

「あれ?何かしてほしいの?」

 いつもの巫山戯た顔そのままで彼はフレイヤに寄ってくる。

 冗談とはわかっている。

 はっきりわかっている。

 なのに。

 どうしてこんなにも鼓動は高く鳴り響き血は一気に顔へと駆け上がるのだろう。

「そんな冗談ばっかりしてたら本気の時誰も信じなくなるわよっっっ!!!」

 そういえば「おおかみ少年」なんて話が在ったか無かったか。

「あ、そっか〜」

 ロキは以外にもあっさりひいた。……かのように見えた。

 フレイヤがふーっと胸をなで下ろす、その寸前で。

「これが本気だったらいいんでしょ?」

 どうやったらこんな言葉が普通に口をついたりするのだろうか。

 秋風が木の葉を揺らすより自然に、獅子が獲物へ食らい付くより大胆に。

 ロキは火照ったフレイヤの頬に触れた。

「……!いい加減に――」

「なーんてねv大丈夫、フレイヤが厭がってるうちはなんもしないからさ♪僕にもまだちょっとだけ

 ヨユーってのがあるし」

 飄々とした台詞。

 そしてロキは先ほどフレイヤが並べていたクッキーをひょいっと一つつまむ。

「あ、これ、紅茶入り?」

 フレイヤは。

 その場で拳をグッと握りしめていた。

 もしもここが自分の部屋でなかったなら、絶対ルーンで殺ってやるというのに。

 そう心で叫びながら。







「アンタ、いつまで居るツモリ?」

 あくまでも客人であるロキに、痺れを切らせたフレイヤの一言。

 たとえばこの時まだ時計の短針が頂点を通り過ぎていなかったなら或いは、

こんな言葉は存在する必要などなかったであろうに。

「ってゆーかさぁ、こんな夜更けに男女二人で密室に居たら、もっとなんていうか、こー、ねぇ?」

 丁度チェスの78回目にあたる勝利の文字がロキの手に入ったところだった。

 丸いテーブルに肘をつき、上目遣いに某女神サマを見つめる。

 柱時計はついさっき二つ音を鳴らした。

 クッキーにつづきワインやらカマンベールチーズ、ブランデーが出てきたかと思えばチョレート、

とうとうビールにスルメが次々と入れ替わった果てに残されたのは、

洒落たカップに入った紅茶が二つ。

 そしてそれに伸ばされた白い指が、ロキの言葉にピクリと反応した。

 形の良い艶やかな唇から凄まじい罵声が飛び出す三秒前。

「その前にそんな夜更けまで人ん家に居すわってんじゃないわよっっっ!!!だいたいアンタには遠

 慮ってモンがナイわけ??レディの部屋でビールにスルメなんて食ったりする!?!?『帰れ』な

 んて言っちゃ悪いと思ってあたしがどんだけ我慢してたと思ってんのよっっ!!それに他の人なら

 ともかくアンタなんかが相手じゃこの先何百年一緒に居たって何も起こったりしないわっ!!!!」

 ドカンと火山でも噴火したかのような勢いで捲し立て、

フレイヤはハァハァと息を切らせて『やっと言ってやった』というように小さな満足を得ていた。



カタン



 ぽーっと彼女の怒鳴り声を聞いていたロキが、

そんな音をたてて立ち上がり自然と彼女の隣に来る。

 フレイヤはまだ気付いていないが、ロキの目は明らかに変化を遂げていた。

「ねぇ、フレイヤぁ」

「なによ」

「最後に言ったこと、すっごい気になるんだけど」

「は……?」

「『他の人ならともかく』とか言わなかったっけ?」

「……?」

 フレイヤは堪えきれず、眉間に皺を寄せる。

「かなり聞き捨てなんないんだよね」

「何言って………ャっっ」

 次の瞬間、フレイヤの細い腰に腕がまわったかと思うとふわりと身が浮いて。

 ポスン、という効果音と共に彼女はベッドに落ちていた。

「厭がってる間は〜とか言ってたけどさ、こっちもこれでけっこー我慢してたんだよ?」

 顔が、ロキの顔が自分めがけて落ちてくる。

 その時だ。

 すっと華奢な手のひらが、ロキとフレイヤとの間に壁を作った。

「いい加減にして頂戴。このままルーンでドカンっていっちゃってもいいのよ?」

 白い指の間から見える彼女の瞳は、それ以外何の言葉でも言い表せないほどに気高かった。

 フレイヤは確かに、ロキへ対して少なからず何らかの『思い』を持っている。

 しかし、それとこれとは話が別なのだ。

 そう易々と身を汚そうとは思わない。

 誰が見ているというわけでもないが、自分自身がその『思い』を認められる日までは。

「ごめん」

 ロキは彼女の身を起こしながら呟くようにそう言って、自分の髪をくしゃっと掴んだ。

 ベッドに二人、並んで座る。

 数秒とも、数時間ともとれそうな沈黙を破り、フレイヤが口を開いた。

「――アンタは、特別だから」

「……??」

 ロキはわけがわからないという風で彼女を見つめる。

「アンタは特別だから…、何百年経っても絶対何も起こんないわ」

 ゆっくりとロキの瞳を見返して、フレイヤは言った。

「…じゃ、他の人だったら?」

 いつもの、何を考えているかわからないような調子の声。

 フレイヤは前を向き直ってフフっと笑う。

「何百年も一緒に居ないわ」

 そして頭をコトンとロキの肩に預けた。

「だからね、ロキ………、ここに居てよ……?」

 余計なことをごちゃごちゃ言ってこの願ってもない幸せな体勢を壊してしまうのはあまりに惜しく、

ロキは何も言わずにやわらかい髪を撫でていた。





Next