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「………」  息を吐いた。  ううん、多分、溜め息というよりは声。  カップに満ちるホットミルクは白い湯気を揚げて、少しずつ溶けていってしまってるんじゃないかと思った。  私の声も、白い。  ホットミルクの湯気と同じ。  じゃあ、私自身も少しずつ溶けていってるのかもしれない。…… 「ふぅ………」  別に疲れてるわけでもなんでもない。  目を閉じたら息が出た。  部屋の中だというのにひどい寒さで、僕の生気が白くくもって消える。  コーヒーでも淹れてもらおうかと思ったけれど、そろそろ闇野くんは寝てしまう時間だ。  その為だけに起こすなんて父親としてできない。  ………父親じゃなくても、なんてつっこみは入れないで欲しいんだけど。  あと、スピカにだけは頼みたくない。なんでって……ね?うん、やることが増えるから。  窓の外に星が見える。  外に、出てみようかな……。 ・ ・ ・ ホットミルキーウェイ ・ ・ ・  振り返る、とそこにいたのは愛しい人。  どこまでも自由で、どこまでも聡明な人。  誰が何と言おうと、哀しいくらい優しい人。  目を見つめると、条件反射みたいに見つめ返してくれる。  身に当たる気温は間違いなく冷たいはずなのに、心に触れる空気は暖かくて、ホットミルクのマグカップ を撫でてから地べたに座り込んだ。  賭け事みたいなドキドキを胸に置いて数秒。  思ったとおり横に座ってくれる。  あ……、賭け事?願掛け?ううん、ただの意思表示。……  砂糖が入っているらしいホットミルクは甘く香って、湯気を見上げれば季節外れな天の川が流れた。  ミルキーウェイとはよく言ったものだと思いながら、気付くと視線はスピカの指先。  白くて細くて、指がマグカップを支えているのかマグカップが指を支えているのか。  儚さこそが美しい、だなんて言いたくないけど、強くなってほしい反面守ってやりたいと思うのは、どこ か父親にも似た正常な恋心ってやつだと思う。  いや、父親というより旦那かもしれない。  たとえば今どちらかが闇に溶け消えてしまうのなら迷わずこの身を差し出してしまうだろう。  決してスピカを思ってではなくて。  ただ僕のエゴとして。  どうしたってワガママを言いたくなるのは、やっぱり僕がまだまだ未熟だから。  旦那ってのはそーゆーモノだから。  彼の顔なんて見なくてもわかっている。  空気が私に伝えるのか私が勝手に読み取るのか。  そんなのどっちでもいいけど。  とにかく、私には彼がわかる、それはそれは月並みな意味で。  表面だけかもしれないし、氷山の一角かもしれないけれど。  それが彼だということは間違いなくて、それで構わない。  誰に見えない彼を知っているなら、それは十分なことだ。  謙虚なわけじゃないし、独占欲だってある。  従うだけの関係なら要らない。  ただ彼がわかるなら。  声なんて必要なかった。  あればそれなりに便利だけど、なくてもそれなりにやっていける。  人魚姫はひどく声を渇望しただろうけれど、そんなものが必要な王子の為に私は死ねない。  そんなものが不要な貴方だからこそ、甘んじて全てを受け入れられると思う。  そろそろ冷えてきた。  湯気を透かして見える聖なる川もずいぶんと細くなって、この上着だとあと何分ももたないくらいだ。  立ち上がってスピカを見ると、彼女も僕を見つめてきた。  澄みきっていて、罪悪感さえ漂う。  僕の中で何処に居るのも落ち着かない気持ちは、溜め息に込めて吐き出そうか。 は……  瞬間、冷たい、細い、そして柔らかい指が唇に触れる。  出そうとした気持ちと息とが行き場を失って口内をうろうろした後、また僕の中に戻っていった。  目をぱちくりしてスピカを見ると、首を少し傾けてにこりと笑っている。  その笑顔に優しさと微笑ましさと、少しの愛しさを思った。  大丈夫、僕は溶けたりしないから。  彼女は顔を変えないで、聞こえてさえいないみたいだった。  僕も笑って、それからスピカの頭を二度撫でて、また部屋に戻る。  時計を見れば0時はあの暖かい川の流れに乗ってどこかへ去ってしまったらしい。  なんだかスッキリした気分だ。  今夜はいい夢も見られそうで。  彼女がホットミルクが完全に冷めてしまう前にうちに入ってくれることを祈って目を閉じた。   fin.






†いながき かおり†