instinct
「あらヘイムダル。毎日ご苦労ね」 こんなキレイな微笑、たぶんあと三十年は見られないだろうな、なんて 思わせるようなカオ。 ここ数週間、この周辺でこんなにも美しい光が咲いたのは初めてだ。 なぜかと言われても、それは彼女のご機嫌しだいだからわからない。 ただ、大抵は某邪神――名前を言うのもヤなんだ――と会った後で 急に現れては単純明快にその時々の感情を表現していってくれるものだから、 僕としては笑っているときよりも怒っているときのほうが嬉しいんだけど。 まあ実際、笑顔でここまでやって来ることなんてほとんどないし、 たまに見られるそんな顔を見ると悔しい反面、顔が緩んできたりするのも 現実なわけで。 「今日はご機嫌ですね」 いろんなことを考えてるけど、結局口から出てくる言葉はいつもと同じ。 大した変化なんて別に要らないから、今はただその笑顔を壊さないように。 「なんか気分イイわ〜v空気も気持ちイイし、なんか幸せよね〜」 思いっきり空気を吸い込んで、やわらかいその髪を揺らして、眩しそうに空を見上げて。 そんなシチュエーションが次の僕の行動に期待したから、僕はその期待どおり、 地べたに座り込んだ。 当然というように彼女も隣に座る。 「ね、ちょっと肩かりてもいい?」 僕がしっかり期待に応えたから、 彼女も僕の期待どおりに行動をのせてくれた。 そして、僕が子守唄を歌う間もなく寝息はたっていて。 ―――僕が動かすわけじゃない。 白い肌、金の髪、そして桃色の唇。 全ては――僕の意思で――僕を誘うけれど、彼女がそれを望まないから、 僕は門の番人以上でもそれ以下でもないから。 ―――女神が動かすわけじゃない。 ただ髪を静かに撫でて。 僕にはそこまでしかできやしない。 ―――自然が動かす……? ああ、風が気持ちいい。 四葉のクローバーでも、探してみようか。 ―――運命が動かす……? 今日もまたこの時間だ。 そろそろ彼女が目を開けて去っていってしまう時間だ。 お願いだから起きないで、そう願えば願うほど時は早く経っていくようで すごく怖い。 ―――否、本能が動かす―――。 「……ん…、もぉ日ぃ暮れちゃったんだぁ……」 あ〜ぁ、やっぱり起きちゃった。 寝ぼけた声が、すごくかわいい。 「まだ真昼間ですよ」 唇は幻想を、身体は現実を追い求めて。 肩の軽さに寂しさを感じながら腰を上げた。 「じゃ、またね〜vv」 手を振って、貴方はまた帰っていってしまう。 今あの細い腕を引き戻せないのは、期待に背きたくない僕のせい。 だからこうやって微笑んで、 「おやすみなさい」 また来る夜の孤独に向かっていく僕って、実はかなり勇敢だと思う。 多分きっと、こんなのは最初で最後。 こんなにも恐る恐る生きてるっていうのがものすごく不思議だったりする。 こんなにも恐る恐る愛してるっていうのがものすごく幸せだったりする。 気持ちを押し付けたりなんてできない、できるはずもない。 傷つくのが怖い? なんだかそれとは違う気がする。 多分、僕の今の一番の望みが、きっとこうであることだから。 多分、僕の今の一番の望みは、貴方を見ていたいというだけだから。 fin.