カンチガイ
―――ピーンポーン 春は立ったと言われども、ここ数日の寒さはもはや北極をも上回っているのではないかと思わせるほどである。 だからこの暖かいコタツの中から玄関の薄寒い空気を触れて その上ドアを開き針の刺すような風をこの家へ招きいれに行くというのは 今の彼にとってつらいことこの上なかったわけだが、 とは言っても明らかに蛍光灯の光とテレビの音が人間の存在を示している限り 簡単に居留守を使うわけにもいかない。 しかたなく和実は最後のみかん一粒を口へ放り込むと身体を擦りながら玄関へ向かうことにした。 「(誰だよこんな寒い日に〜〜。レイヤちゃんじゃなかったら絶対殴るっっ)はーい、どちらさまですかーっっ!」 渋々、という文字を音にすればこんな感じになるのだろうか、とでもいうような声で 怒鳴りながら玄関へ続く廊下をドシドシ歩いていく。 しかしその不愉快極まりない気分も、次の瞬間には180度回転していた。 「あのぉ、和実さん、居るデスかぁ?」 この声は。 幼くかわいらしい、彼の愛すべきこの声は。 「れ、レイヤちゃんっっっっ!?!?」 「はいデス〜〜〜v」 髪をほんの少し手櫛で整えて、思わずにやっと緩んでしまった顔を両手でなんとか押し戻す。 レイヤが自分からうちに来てくれたことなんて初めてだ。 少しそわそわしながらドアを開ける。 と、その瞬間、彼の顔をここまで落胆させたのは、決してその凍るような風だけではなかった。 「ロ、ロ……??」 「やっ、和実クンvボクがどーかした?」 この笑顔を何年、何十年、いや何百年何千年何万年恨み続けたことか。 その辺の理由はこのつぶれた眼だけでもないけれど。 本当なら暴言を吐きまくってやりたい和実だったが、玲也の前ではそれもできない。 だからと言ってロキと微笑みあい語り合うなんてできるはずもなく――しかも見ているほうが妙な 誤解を招くような世界なので(笑)――、とりあえず手っ取り早く、無視に決定。 「あ、レイヤちゃん、どーしたの?あがりなよv」 「ハイです〜vv」 「じゃあボクもあげてもらお〜……」 ガツンッッッ。 玲也が東山宅に足を踏み入れるやいなや、和実は微笑を浮かべたままものすごい勢いでドアを閉め、 続いて入ろうとしたロキにドアはクリーンヒットした。 「あ、ゴメンゴメンvボクあんまり眼が良くないから見えなかったんだ〜」 「全っ然ヘイキだよっ。でもキミ、眼が良くないんじゃなくて頭が良くないんじゃない?」 それら二つの微笑をにこにこ見つめる玲也がその裏に気づくわけもなく。 彼等をはたから見る者があればものすごく異様に感じたろうその情景はその後数分間も続いていた。 「で、どしたの?レイヤちゃんv」 暖かなコタツでミカンを食べながら、和実はニコニコしながら玲也の方(だけ)を見て言った。 明らかな無視に、ボクもいるんだけど、などと呟かれたロキの声など敵うはずもなく、 そしてその事実に玲也が気づくこともなく。 「えっと…ですねぇ……、レイヤ、ちょっと相談がある…です……」 少女はそう途切れ途切れに言葉を紡ぎ、チラリチラリと拗ね顔でミカンを食べているロキを見た。 その様子に、和実の直感が働く。 ―――こ、これって……、もしかして………っっ。 気恥ずかしそうな声、挙動不審な視線、そして――コタツのせいだと思っていたが――火照った顔。 その全てをひとつに結ぶ糸は、一本しかない。 ―――ロキへの恋愛相談っっっ??!! 「はぁ………」 深い深いため息が和実のものであるということは言うまでもなく、 玲也はくりくりした瞳で不思議そうに首をかしげていた。 と、そのとき。 ガタン ロキが突然机に突っ伏した。 片手には食べかけのミカン。 「ろ、ロキさま、だいじょうぶデスか??」 びくんとして玲也が心配そうにロキを覗き込む。 和実ははっとしたようになったがすぐにこりと微笑を作り。 「きっとコタツがあったかいから寝ちゃったんだよ」 「そーなんですかぁ」 意識が完全に飛んでしまう直前にロキが見たのは、ニヤリと横目に笑うへイムダルであった。 「それよりさ、相談だよね?一応聞いとくけど、何の相談?」 内容はどうあれ相手は玲也、ヤだなんて断るわけにもいかず、 和実は勇敢にそれへと立ち向かう決意を成す。 もしかするとまた別のことかもしれない。 そう自分に言い聞かせながら。 「…………。レイヤ…、えっと……、好きな人がいるです………」 「そ、そーなんだ…」 ―――完璧ビンゴじゃんっっっっ!!! 心の中で、もう一人の自分が『オーマイガッッッッ』のポーズをしている。 和実は机に肩肘をつき、目をとろーんとさせていた。 せっかく二人だけで喋れるような小細工を仕掛けても、これでは楽しくも何ともない。 「それで…デスね……、その人は、すごく優しくて……」 「ふーん、そっかぁ…」 ―――ハハハー、ヤツは確かに女の子にだけ優しいな。 「片方の目がキラキラしてて……」 「ふーん、そっかぁ…」 ―――目がキラキラかぁ…、そーかぁ…、そーかぁ?あいつは両目だろ?? 「塾にも行ってて……」 「ふーん、そっかぁ…」 ―――塾かぁ…、そーかぁ…。じゅ、塾…??行ってたかぁ?? 少しずつもう一人の和実が『オーマイガッッッッ』から困惑のポーズになってくる。 それでも目はまだとろーんとしており、あまり頭の働く状態ではなかった。 すると。 「和実サン!!!どーしてちゃんとレイヤのお話きいてくれないですかぁ??!!」 さすがの和実もこれには頭が覚める。 何も考えずに気がつくと自分も怒鳴っていた。 「なんでボクが好きな人の好きな人のノロケなんか聞かなきゃなんないんだよ!!!!」 「レイヤ和実さんのお話してるデスよ!!!」 『あ……っ、………えぇ…!?!?』 二人の怒鳴り声にロキが目覚め片目で真っ赤に赤面した少年少女を盗み見ていたことを、 誰一人知ることはない。 fin. ・ ・ ・ ・ ・ ・ オマケ このオハナシの約三十分前、ロキ邸にて。 「レイヤ、和実さんが好きなんですぅ…。どーしたらいいでしょおかぁ…」 「え?ウソ………」 「??ロキさまどーしたですかぁ?」 「(ムカつく、ムカつくけど、レイヤが頼ってきてんのにヤだなんて言えないよ;)ううん、そーだなー、 こーゆーのどー?ゴニョゴニョゴニョゴニョ……」 「わーvロキさまかしこいです〜vv」 「ハハハ……(涙)あ、絶対最後の最後まで『和実』って言っちゃダメだからね」 「わかりました〜vv」