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L complex



「レイヤちゃんてなんかさー、フシギだよなー?」  そろそろ日差しも強い昼下がりの公園。  子どもが遊ぶには適さない気候らしく、人通りは無い。  光太郎はふいに玲也を振りむき、まじまじと瞳を見つめた。 「……?フシギ、ですかぁ?」  突然の一言に少女は首をかしげ、そんなことを言うなんてそっちの方がフシギだ、と言わんばかりの表情 で見つめ返す。 「んー、前から思ってたんだけど、どっか神秘的ってゆーか?コドモじゃないみたいな?」  視線を宙に向けて、つられたように首をかしげた。 どくん。  瞬間、玲也に謎の鼓動が走り。  それでもそれが何なのかはまるでわかるはずもなく、軽く胸に手を当てて、一時は正面に向き直っていた 首を今度は反対側に傾ける。 「レイヤ、神秘的、ですかぁ…?」  そんな少女の様子に、光太郎はフッと吹き出した。  初夏の風は思ったよりもぬるく、彼らの頬をかすめて消える。  彼が逃すこともなく目に捕らえる、初夏の風と時を同じくして玲也の瞳に一瞬映った鈍い光。  光太郎の中でにやりと何かが笑ったのは、それとほぼ同時であった。  この回転の良さこそが、彼をとある邪神に近づける最大のものだろう。 「そーだなー、レイヤちゃんの中って、他に誰かいるんじゃねーの?」 どくん、どくん。 「…………っ!」 どくん、どくん、どくん。 「なんて、な」  最後の言葉が玲也に届くはずもなく。  瞬間、少女の大きな瞳は石となり、外界を受け付けぬ状態へと化した。  それは光太郎にも裕に理解でき、目をしばしばと瞬かせた。 「じょ、冗談だって、気にすんなよ」  ほんの悪戯心が玲也を淵に追い込んでいることに気づくと、彼は冷や汗をたらし、あわてて手を振る。  しかしその行為が意味を成したかどうかというところでは、全く想像に難くない。 どくん、どくん、どくん、どくん。 「来る、デス」  焦点の無い瞳のままで、少女は呟いた。 どくん、どくん、どくん、どくん、どくん。 「な、何が…?」  焦る光太郎を知ってか知らずか、玲也の表情は良くも悪くも変化がない。 「来る、デス、レイヤ、いなくなっちゃうです……っ」  がたがた震えながら俯く玲也。  瞳は髪に陰り、見えぬそれがより状況の危うさを誇示した。 「待てよ、何がだ?」 「また…………、真っ暗サンがくるですね……」 「ちょっと待てってっ」  ゆっくりと最後に、少女は瞳をあげた。 「………っ」 「オレ、わかんねーんだけど」 「ったくアタマ悪いわね〜、何回も言ってんでしょ」 「だからって突然レイヤちゃんから煙出てきて爆発したかと思ったら金髪美人になってて誰かと思ってきい たら女神だとか答えられて何でかって聞いたらレイヤちゃんの気持ちが高ぶってたからだなんて言われて、 いっぺんに理解できるほうがおかしーっての」  突如現れた見覚えのある金髪美人を目の前に、光太郎は今までの状況を誰に説明するでもなく一気にまく し立て、先ほどからことあるごとにあえて二人の席の近くを通ろうとするウェイトレスがびっくりしたよう に振り返った。  公園で高校生と金髪美人がお喋りというのもどうかと思われ、二人は今喫茶店の中にいる。  それにしたって自称女神の美貌は罪なほどに素晴らしく、それなりに美形であるはずの光太郎さえ周りの 目にはおまけとして映ったのではないだろうか。  いくら美形でも高校生には限界がある。 「あら、ちゃんとわかってんじゃない」  女神はおどけたようにティカップから深紅の唇を離した。  そしてまだ手をつけてないショートケーキを食べるべくフォークに手を伸ばす。 「とにかく、レイヤが中に入っちゃったのはあんたのせいってことよ」  先端を口に含みつつまるで『お隣の奥さん最近テニスクラブに通ってるんですってよ』とでも言う程度の 軽さで付け足し、ついでにおいし〜ぃと呟いた。 「フレイヤちゃんって前から変わってると思ってたけどさぁ」  飲む気にもなれないコーヒーを、光太郎は無意味にかきまわしている。 「え?あたしの名前覚えてたの?」 「あぁ、オレ美人の名前は忘れないから」  少し得意げにそう答えた少年に、フレイヤはにこっと笑っていい心がけだわ、と感想を述べた。 「じゃあレイヤちゃんはどこいんの?」  唇は上へつりあがっているが、どこか目が笑っていないようにも見える。  フレイヤは一瞬目を丸くして、それからにやり浮かんだ笑み。 「こんな美人が目の前にいるのになんでレイヤがそんなに気になんのかしら?」  紅茶にもケーキにも目を向けず、この日初めて彼女は光太郎の目をじっと見つめた。  責めたてるようにも、また挑戦するようにもとれる視線。  抽象的な意図をとった彼は、またにやりと笑う。 「へーぇ、遊んで欲しい?」  頬杖をついて上目遣いに相手を見下す様子がどこかしら誰かに似ている、フレイヤはそんな満足感にも似 た感情で目をそらし、白い指を赤い唇に添えた。  そんな仕草に老若男女問わず誰もが釘付けであったのは言うまでもない。 「……そうねぇ…」  そして今ここで戦火が上がりまくっていることに気づいていたのはずっと二人を観察していたウェイトレ スのみ。  彼女の恐怖がいったいどれほどだったのかというところは想像にお任せしよう。  数十秒あった沈黙の後、赤い唇は楽しそうに弧を描いた。 「あんたがロリコンじゃないんだったら遊んであげてもいいわよ」  すると一瞬、光太郎の表情が消え、しかしすぐにまた微笑むと、頬杖をやめて椅子から立ち上がる。 「ごめんねフレイヤちゃん、今日はオレ、ロリコンの日」  パリンと音を立てて割れたティカップの破片を、ウェイトレスは焦って集めていた。 「じゃ、どっか人通りの少ないとこ行こっか」  伝票は取らずにテーブルから去ろうとする光太郎の背中に、フレイヤの小さな悪戯心が密やかに芽生える。 「別にそんなとこ行かなくたっていいじゃないv」  ……。  言葉の意味を漸く理解し終えた光太郎の表情が、強張った。 「な、待てって、それ、マズイだろ…っ」 「ふふ、じゃあ後、よろしくねvv」 「だから待てってばあっっっ」  光太郎がテーブルに走り寄ったときには、もう後戻りできぬところにあった。 「はれ〜?レイヤ、眠ってたデスかぁ?」  目を擦り擦り首をかしげる少女の可愛らしさに、光太郎は明後日どころか明々後日くらいの方向を見上げ てため息をついた。  あの後フレイヤから煙がたちあがり爆発音がしたかと思えば彼女の姿はそこに無く代わりに現れたのはふ わふわな黒髪の美少女で店内にいた人に何が起こったのかとじろじろ見られて両手をひらひらさせながら 『手品です』とばかりに引きつった微笑みを顔に貼り付けおつりももらわず玲也を抱えて逃げるように喫茶 店から逃げてきたわけで、ここはもといた公園のベンチである。 ―――また…………、真っ暗サンがくるですね……  とはいえこれも、全ては自分が蒔いてしまった種であろうから責めるわけにもいかず、光太郎はとりあえ ずにこっと笑って玲也の頭を撫でた。 「ゴメン、もうだいじょぶだからな」 「??」  多分、この少女は何も覚えていないのだろう。  そして、また覚えの無い傷を重ねたのだろう。  しかしその愛らしい表情に変化は無く、光太郎は柄にも無くこの少女の傷がいつしか彼女自身を喰らって しまうことのないよう祈るのみである。 「小学生は範囲外だったんだけどな〜」  呟く一言に玲也はまた疑問符を頭上に浮かべたが、またふと微笑んで小さく言った。 「ありがとうございましたデス…」







†いながき かおり†