有り得ない、と思うんだけど。 実際この指に絡みついてくるのは鮮やかな赤い液体で。 実際――そろそろ霞んできちゃったんだけど――ボクの目の前にいるのは微笑む黒髪の美少女で。 あんまり出したくはなかったんだけどな。 ………結論。 『僕ハ、玲也ニ、殺ラレマシタ。』 * last letter * クリスマスイブ。 一緒に過ごしたい相手なんて、もう気の遠くなるほど昔から決まっている。 今まではほとんど毎年叶わなかった夢だから、 ここ最近はそんな聖夜まで邪な気持ちにしか満たされなかったのだけれど。 どうも今年ばかりはなんとか現実の夢が見られそうな雰囲気だ。 カタチは違えど、同一の人物が僕へ好意を寄せてくれているらしいから。 「ロキさま……?クリスマスパーティ、ですよねぇ………?」 そんなことを考えているうちにレイヤは、 これからパーティが行われるなんて想像も付かないような極普通の屋敷へ足を踏み入れていた。 「んー、それがね、ナルカミくんはバイトでサンタさんしてるしまゆらはまゆらパパがぎっくり腰に なっちゃって看病してるみたいだしフレイと和実クンは里のおっかぁが恋しくて帰っちゃったし闇野 クンは琵琶湖へ伊勢エビ捕りに行っちゃったしグウッゼンみんなこれなくなっちゃったんだよね」 「そーなんですかぁ?」 みんなに笑顔で『来ないでねv』と命令……じゃなくてお願いしたなんて言えるはずもなく、 しかし苦しい言い訳もなんとか通じるというのがある意味どこかもの寂しい。 僕は言い訳のひどく多い人生を送ってきたけれど、 これほどまでに単純……改め素直なターゲット……失言、相手というのは初めてだ。 ……ちなみに一番怖かった相手は、チョモランマより気位の高い某女神サマである。 実際本当に悪いことなんてしてなかったのになぁ。彼女に薔薇の花束プレゼントしたくて花屋に行 って、ついつい癖でナンパしてるところを丁度見られちゃうなんて。その後どーなったかなんて、思 い出したくもない。ホント、タイミングって怖いねぇ。 と、そんなことを心の中で誰に聞かせるでもなく演説していたものだから、 「ちょうど良かったです」 レイヤが笑顔で小さくそう言ったけれど、 「何が?」 まぁ特に大したことでもなさそうだと思いこんで、 「何でもないですv」 一瞬の表情の変化も気にせず、 「そ?」 と言ってその場は流してしまった。 「それよりさ、ソファ座りなよ。せっかくだし、シャンパンでも飲もっかv」 ……こんな小さな子を酔わせてどうしようというのか。 そこで僕はやっと気付く。 僕の邪な気持ちは今年、無くなったかのように見せかけて、飛躍的に成長しきっているのだと。 「ハイです〜v」 このかわいらしい少女のことだから、 『シャンパン』とは何なのかということもまるで考えず返事をしたに違いない。 僕はとりあえず、にこっと笑ってシャンパンをとりに立ち上がった。 と、その時。 「あ、ロキさまっv」 トン。 思いもよらない出来事。 一瞬、何が起こっているのかもわからなかった。 瞳を閉じたレイヤの顔がドアップになっていて、唇に柔らかい感触。 少し震えている。 「………っっ??」 その現実をやっとのことで把握した僕は、 大きい驚きの中に含まれるほんの小さな幸せみたいなもののせいで、 その少女を突き放すようなことはまるでできなかった。 ただ目を見開いてあたふたしていると、レイヤは一瞬だけ不安そうな瞳をあげて、そして。 「………っっっっ!?!?!?!」 僕は今度こそ本気で驚く。 そりゃあもう悦びが入り込む隙間なんて全く出来ないほどに。 小さな舌が、この唇を割って入り込んできたのだ。 最近は小学生でもこんなことをするというのか?? そ、そんなことはないと思うのだけど……。 そう頭の中で叫びまくっていると、 レイヤはいつの間にかその可愛らしい唇を僕のそれから放していた。 情けないとは思うけど、ここでちょっと勿体ないと思ったのも確かな事実である。 と、僕の口の中に何かがあることに気が付いた。 自分の舌で触れてみると、何やらカプセルみたいなもの………。 「何…?これ…」 僕は口を指さしてレイヤに尋ねる。 すると少女は何も言わずににっこり微笑んでいて。 それが『飲み込め』ということを暗に意味しているのだろうと理解した僕は、 これまた情けないほど素直に飲み込んだ。 少し言い訳の間を与えてほしい。 だって僕は、レイヤのことをどこの誰よりも『信じ切っている』のだから。 そして数秒後。 「レイヤ、もう我慢できないデス」 どうも様子がおかしい。 ここまできてやっと気付いた僕は、素晴らしく鈍感だったのだとやっとのことで気が付いた。 レイヤの笑顔にただならぬモノを感じ、心なしか頭痛がする。 「………っっ?!」 のどの奥が血の味で、気分も悪くなってきた。 刻一刻と、僕が完全に理解もできていないというのに世の時計達は普通に時を刻んでいる。 「ロキさまがどう思っているのかはっきりは分からないです、ケド…」 今まで何度もレイヤの微笑みは見てきた。 しかし、こんなことは初めてだ。 少女の、この一少女の笑顔が、恐ろしく見える。 「ゴホッッ、ゴホッッッ」 噎せ返るような咳に無意識で手のひらを口に当てると、 信じたくはないけれど驚くこともできないという妙な気持ちになった。 べっとりとしたそれは。 「血………。……」 予想はできていたから驚かない。 けれどその先を思えば信じたくない。 そして、それと共に思い出してしまった事実。 レイヤへの本当の気持ち。 「レイヤは、ロキさまが欲しいデス。レイヤだけのロキさま…」 それだけ言って、少女は部屋から去っていった。 あの、恐ろしく美しい笑顔を最後まで絶やすことなく。 まあそういうわけで、僕は今こんな状況にある。 死ぬ直前って時には思い出が走馬燈のように駆けめぐるなんて言うけれど、 実際僕はそれどころか、これからのことしか頭になかった。 本当に死んでしまうまでに、僕がすべきことは。 『つくえのみぎのひきだし てがみ』 それはそれは有り得ないくらい…、ガタガタに曲がった文字だけど、 今の僕にすればもう、ゴッホの自画像にだって、負けないくらいの価値があると、 赤とも黒ともつかない、それを見て思う。 彼は耳を削いだけれど、僕は命を賭したん…、だから。 普通アレを体内に入れて、こんなに時間が経って…、意識が在る方がおかしい。 僕って実は根性あるんだな、なんて…、感心してみたりする。 ちなみに、僕が思い出した『レイヤへの本当の気持ち』と…いうのは、その手紙に関係していた。 さっき僕は、言い訳に「レイヤのことをどこの誰よりも信じ切っている」…なんて、 ほざいたけれど、…それも、本当はすごく、あやふやだったんだ。 本当の意味で信じ切るというのは…、相手も自分を信じ切ってのこと。 レイヤは明らかにどこか不安な視線を僕に向けていた…から、僕はその手紙を書いた。 「信じ切る」なんて…、易々と使ってしまうものではない。 実際はそうじゃ、…なくて、「解りきっていると思いこんでいた」……だけなんだから。 これから…レイヤは、どう…、するん、だろう。 多分、勇気を振り…絞りここへ……戻ってきて、この血文字を、読み……… 『ごめん』 ―――あの美しすぎた笑顔が、瞼の裏にまでこびりついていた。 「…ロキ……さま………」 本当なら言うはずだった一言を、玲也は言えなかった。 『後でレイヤも逝くデスから』 直前になって、言えなくなったのだ。 そんな無責任なことは言えない。 自分で自分の命を絶てると豪語してしまうほど、玲也は強くなかった。 もしかすると怖くなって何もできなくなるかもしれない。 現にロキをこの手にかける時だって、震えてしまった。 彼の隣で死を受けると決めてカプセルを手に掴んだくせに震えて口へ入れることもできず ただ涙を流して無様に床へ崩れるくらいなら、最期の最期まで角膜に焼き付き離れないくら いの自分を印象づけてどこかへ行ってしまう方がいい。 決して、彼の死に際を隣で見ているようなことはできなかったから。 決して、彼の死に顔の隣で笑っているようなことはできなかったから。 でも、戻らなければならないことも確かだった。 すでに死んでいるロキの隣でなら、泣くこともきっと許されるだろう。 そんなわけで、今玲也は手のひらを爪の痕が残るほど強く握ってここへ帰ってきた。 「……ロキ………さま……」 思ったほど怖くはない。 目も乾いていて涙が出る気もせず、ただ顔の中で唇だけが操り人形のように動いていた。 そしてふと、床に描かれた文字を見つける。 「『つくえのみぎのひきだし てがみ』…?」 玲也は首を少し傾げてから、その文字が『机の右の引き出しの中に手紙がある』という メッセージであることに気づいた。 なんというか、多分本能的に、玲也はそれが自分に宛てられたモノだと悟る。 今頃サンタも終えて家路をぶらぶら歩いているだろう鳴神でもなく、 『ふぅ』とため息をつきやっとのことで父親を寝かしつけたところだろう繭良でもなく、 里のおっかぁとの再会を果たし大宴会に巻き込まれているかもしれない和実やフレイでもなく、 主人の喜ぶ顔だけを想像して未だに伊勢エビと格闘を続けているということも有り得る闇野でもなくて、 きっとこの自分に宛てられたモノだと思った。 窓から差し込む月明かりだけを頼りにその手紙をなんとか探り当てる。 思ったとおり表には『レイヤへ』と記されており、玲也は封を切った。 レイヤへ 僕としては、キミがこの手紙を読んだりするなんてことはないことを祈りたい。 けれどどうしても書かなければならない理由があったから、仕方なくってね。 まずキミがこれを読んでるってことは、僕があまり良い状態じゃない――最悪の場合 死んでるってとこかな――んだろうと思う。 だからそれを想定してこれを書いてるんだけど、僕がこんなことを書いてるっていうのは、 別に暇つぶしとかでもなんでもないんだ。 もしかするとこうなることも有り得ると思ってたから。 キミは――こんな言い方すると少し誤解を招くかもしれないけど――昔からすごくやきもちやき だったし、早とちりしやすいよね。 僕は今そういう状態なわけで自分自身の口からは言えないから、ここで書くよ。 キミのことを二番や三番だなんて思ったことは一度だってない。 いつもどこでも、キミは僕の中で一番の存在だった。 それだけはわかって欲しい。 僕ってうぬぼれやすいところがあるみたいで、キミはきっと解ってると思いこんでたけど、 これを読んでくれてるかぎりじゃそうでもなかったみたいだね。 僕はキミを疑うコトなんてあるわけないけど、キミは僕をよく疑ってた。 そのあどけない目がいつも不安にゆれていたから。 でもそれは、僕のはっきりしない態度のせいなんだ。 だから、今回のことも決してキミのせいじゃない。 もう忘れて。 僕のことも、このことも、全て。 キミは昔から、そんなに強くなかったはずだよね。 無理なことはしないで。 背負ったりはしないで。 あ、だけどね、どうしてもの願いがある。 何か落ち込んだりしたときは、僕を思いだして。 キミを守るのは、永遠に僕でありたい。 最後に。 僕は、キミのことが大好きだ。 「……ロキ…さま…………」 ロキは予感していたのだ。 「…ロキ…さまぁ……っ」 玲也がそんなことをするかもしれないということを。 「ロキさま………っっ」 そして思い詰めてしまうだろうことを。 「ロキさまぁ…っ」 だからこそ、手紙でもって守ろうとしたのだ。 「ロキさまぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 この時はじめて、玲也の瞳が濡れた。 崩れ落ち、泣き叫んだ。 月の光は、二人を冷たく照らしている。 fin.
†いながき かおり†
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