ほんの時折だけれど、この姿に戻る時、ふと感情が芽生える。 暴力的で、消極的、なんというか、微妙な感情。 普段より穏やかでなくなる、 なのに、普段より落ち着いた心持ち。 あの少女が笑うたび、昇るような感覚と、堕つるような感覚。 ただ不思議なのは、普段吸わない煙草を妙に体が欲したりすることだった。 お花見 「やぁ、久しぶりだねぇ」 「ぁ……ぇっと…………」 微笑みをたたえて声をかける、少女は振り返った。 表情から読んだところ、覚えてないわけではないらしかった。 「行こうか」 まるでデートみたいだ。 少女の手に持つバスケットが昂揚感を煽る。 「あ、あの、レイヤ………」 「あー、たまにはいぃんじゃないかな、知らない人とお花見も」 ロキなら来ないよ、そぅは言いたくなかった。 ここは笑顔で乗り切る、乗り切れたらそれはそれでフクザツなんだけども。 半ば強引に手をとって歩き出す。 少女は少し振り返ってから、僕を見上げた。 僕のほうがその一・五倍は背が高いと思う。 見上げられる感覚は煽情的だった。 玲也がいくら後ろを振り向こうとも、その待ち人来たらず、いや、来てるといえば来てるんだけども。 待ち合わせのはずだった時間は午前十時三十分、 「今何時かわかる?」 知ってるけど聞いてみた。 少女は早足のまま周りをキョロキョロ見回して、やっと見つけた時計を読んだ。 「ぇっと・・十一時四十分、ですぅ」 少し息が切れているらしかった。 「へぇ、よく待っててくれたんだね」 前を向いたままで、呟くように言ったから、聞こえたかどうかはわからない。 とりあえず、歩を緩めた。 この速さで歩いたって、目的地まであと五分。 もうざわめきが聞こえていた。 「わぁぁぁぁ…………」 満開の桜、満面の笑顔。 たぶん僕のことはもう忘れられてると思う。 くるくる回って玲也が喜びに喜んでいるうちに、シートをはることにした。 ほんのちっちゃなシートだけど、二人なら十分だ。 団体とは少し離れたところ、でも桜の美しさは少しも変わらない。 ただ坂だから、団体には合わないで、こんなに人が溢れかえる中、残ったままになっているらしかった。 「ぁ、ごめんなさいです;;」 シートを敷いて、四隅に手ごろな石ころ。 見ると少女は申し訳なさそうな顔で寄ってきた。 「いーよ、どぅ?気に入った??」 「ハイですvv」 やっぱり、どうせ笑うんなら僕の方を向いてくれたほうが十万倍嬉しい。 キラキラした瞳で微笑むから、思わず抱き上げたくなった。 今はそれができる身体なんだ。 「レイヤ、桜もち持ってきたですよ、一緒に食べませんか??」 嬉しそうに、玲也はバスケットを開けた。 サンドウィッチか何かかと思っていたけれど。 ウチに重箱がなかったんだろうなぁと微笑ましく思いながら、僕は頷いた。 ふと、バスケットいっぱいに溢れる桜もちを食べながら。 見たことのある紫色の頭を発見した。 小学生の団体さんだ。 こんな行事にもきっちり参加してるあたり、やっぱり彼はかなり順応能力のある神だったんだと実感した。 それなりの笑顔がまんざらでない様子だったから、というのはついでの理由だけど、玲也が彼を見えない位置に座りなおした。 「これ全部自分で作ったの?」 「ハイです〜vvみなさんたくさんいらっしゃると思ってたですのに、二人じゃ食べきれないですぅ…」 この辺、注釈が必要かと思うから説明しておくと、玲也の言う『みなさん』を呼ぶ気なんて毛頭無かった。 みんな都合が悪いからと言って二人でお花見を楽しむつもりだったんだ。 まぁ多少のアクシデントはあったけども、大まかには作戦通りに進んでいる。 とりあえず、あの紫頭を玲也が見つけなければそれでいい。 紫頭が一方的に玲也を見つける分には一向にかまわないのだが。 若干顔が良くない笑顔に向かった。 「すっごくおいしいよ、余ったらボクが持って帰ってもいい??」 玲也に寂しそうな顔をさせるのは趣味じゃないから、とりあえず好感度高めの笑顔を作って、また一つ桜もちを頬張る。 桜もちはお世辞でなくおいしかった。 多分見野さんが手伝ったんだろうとは思うけど、それにしたってすごい。 ちなみに僕の味を司る脳の半分は、少女の笑顔で麻痺してるのだけれど。 「ぁ、でも持って帰るイレモノさんがなぃですぅ」 「じゃあバスケットごと持って帰るよ、ね」 本当は玲也ごとって言いたいところなんだけど。 と、そこで、案の定あの紫頭が玲也と僕に気付いたらしかった。 片方だけの眼でじーっと睨んでいる。 以前から邪魔で邪魔で仕方なかったし、イイ機会だ。 思いっきりラヴラヴなところを見せ付けてやりたい。 「きゃぁッ」 思索にふける、いや、ふけろうとした時、玲也が小さく叫び声をあげた。 あの陰険小学生にはまだ気付いていないらしい。 「どしたの?レイヤ」 「さくらもちさんに、でんでんむしさんがくっついちゃったですぅ;;」 なんて季節外れな。 そうは思ったけれど、少女が指先で支える桜もちの桜の葉の部分には確かにでんでんむしが乗っかっていた。 「どうしましょう…」 困惑げな少女を尻目に、僕は笑った。 そりゃ、どんな笑顔だったかはしらないけど。 小学生の団体に目を向ける、やはりあいつは睨んだままだった。 「ダイジョブだよ、ほら、見せて」 桜もちを、玲也の手ごと引き寄せる。 でんでんむしをひょいっと取り払って、そのまま一口サイズの桜もちをぱくっと口に含んだ。 もちろん、少女の指先も一緒に。 「ぁ………」 「…………!!!!!」 あの睨みつける眼が怯んだ。 楽しくなってきて、僕は桜もちを食べてしまうついでに口の中でぺろりと小さな指を舐める。 「ひゃぁ……っ」 少女の顔が赤くなる。 あのコスプレ小学生の眼の色が打ちひしがれた色に変わる。 「おいしかったよ、レイヤの桜もちv」 この少女は、恐らく、いや確実に、恣意的なものなど一つも感じ取っていないだろう。 色んな意味でおいしい思いをした僕は、それだけで今日は十分だった。 玲也がその指先をハンカチで拭おうかどうか迷っていたことも、 「ロキのやつ…………ただじゃおかないからなッッ」 とか向こうのほうで聞こえたことも、今日の僕にとってはオマケでしかない。 どこに出かけていらっしゃったんですか、なんて闇野くんに聞かれたけど、イイトコ、としか答えなかった。