ふと思い浮かべてみる、あの少女のいない世界。 サ ィ コ ト リ ッ プ 燕雀探偵社にて。 時刻の程は午後二時三十分。 春一番の第一報がニュースで放送されてから数日経った頃。 穏やかな時間、玲也は僕の隣にいる。 広めのソファに並んで、ぽかぽかの差し込む日の光を浴びながら。 言い出したのは説明するまでもなくこの少女。 闇野くんが買い物に出かけた後、にこりと微笑んで提案した。 思いつきなのか、もともとそのつもりだったのかはわからない。 ただ確かに光は柔らかで気持ちよさそうだったから、僕もにこっと笑って承諾した。 「…ん…………」 寝息の合間に零れる声、ほのかに染まった頬、僕は不意に、手をその白い首元へ向けてみた。 それはそれは儚く、簡単に折れてしまいそうな首だった。 この首を、この指で、きつくきつく締め付けたならどうなるのだろうか。 キケンな好奇心。 ………触れる、玲也は少し目を開いて、僕を不思議そうに見つめる。 僕は応えるように微笑んで、徐々に、徐々に力を加える。 瞳がその度に不思議から恐怖の色に染まってゆく。 『……ロキ…サ…マぁ………??』 僕の支配をはがそうと必死の白い指、昂揚感を覚え、指の力はまた心持ち強くなる。 切れ切れに叫ぶ掠れ声、蒼白になりゆく頬、憎悪が生まれるには純粋すぎた心の扉。 見開かれた黒い光は一筋の涙を零し、芸術的にさえ見ゆる。 そして雫が僕の指に伝った瞬間、僕はもう一度微笑みなおして、十本の指に渾身の力を込めるのだ。 『…………………』 事切れる。 開かれたままの目玉。 蒼白く、半開きになった唇は、だらしなく涎を垂らす。 だんだんと、小さなその身体は冷たくなってゆく。 最早言葉は紡がない。 最早微笑みは宿さない。 最早、最早鼓動を打たぬ心臓に触れて、最早色を失った僕の世界、……… 目の前が白黒する。 少女は目を閉じたまま、陽の光は明るいまま。 長い睫毛は乾いて、頬もやはりほのかに染まっている。 寝息が薄ら聞こえて、僕の息が非常に荒いと気付いた。 玲也の首へ向けられていた僕の手は所在無くし、見えるほどに震えている。 震えを止めようと、ぐっと掌を握りしめた、ひどく汗ばんでいる。 「……ロ…キさ…ま………」 「…………」 手を開いた。 そのままで頬に触れてみる。 白く、柔らかな感触をたたえた肌。 案の定、玲也は少し目を開きそうになった、だから僕は即座に膝を折って、少女が戸惑うより早く、 耳をその胸に押し当てた。 「………ロキさまぁ…?」 寝ぼけた声。 トクン、トクン、トクン、………… リズムをとるように規則正しく、音は声に重なった。 「………ッ、何してるですかぁ…ッ;;」 そう少女が言ったのかどうかもはっきりしないくらいすぐに、僕は素早く離れた。 掌を見る、と、震えが止まっている、僕の心臓の音が聞こえる。 「たとえ玲也が消えてしまったとしても、僕は玲也を愛するよ」 ………それも、否応無しに。 なんて付け加えた声が少女に伝わったのかどうかは疑わしいけれど。 僕がにこっと微笑むと、玲也はまたほんのり頬を染めて、応えるように、またにこりと微笑んだ。 そんな、日常生活には不必要な、サイコトリップ。