section by.寅さんサマ
知らなかった想い。 教えられた願い。 叶わない祈り。 黄金の刻、と呼ばれる時間。 神々の中では定番になっていたその時刻はおよそ朝方四時頃から、太陽が昇る頃。 同じような色をした、一人の美しい女。 静かにして座っていれば美しさのあまりに皆が溜息を吐くであろう。が。 「もう我慢ならないわ!」 激しく扉を叩きつけると、その美しさを湛えた女は大股に宮殿の回廊を歩いた。 やがて見えてきたのは広い庭。目の前には立派な噴水が静かな音楽を奏で。 その、水に指先を触れさせ共に戯れている一人の男。 「やぁフレイヤ、随分お怒りだね」 にっこりと彼独特の不敵さを兼ね備えた満面の笑みを浮かべる。多分、此処で普通の乙女達はノックアウト されるところだろうが、フレイヤ、と呼ばれた女は違った。 「何よこれ!!オーディンの爺に大目玉喰らっちゃったじゃないのっ」 「ヒトの親切を言葉の暴力で返すなんてフレイヤ、君は酷い女性だ」 「ふざけてんじゃないわよ!こっちの身にもなりなさいってのっっ!!」 暖簾に腕押し。フレイヤの怒りは尽く笑顔の策略者によって砕かれるのである。 息切れをし、ぜぇはぁと肩で息をしているフレイヤに困ったような表情を浮かべる男。 名をロキ。 フレイヤと同じ髪色をしているのであろうが、何処かその髪質は儚い。薄い色の金。 瞳の色は何故か日によって様々。今日は紅い。 気になって質問した所、「毎日の気分だよv」と爽やかに切り返された。 「僕は戒律を破りかけた君によかれと思って」 「あたしに戒律なんてものは存在しないわ」 「へぇ」 「確かに人の感情をちょっと弄って気持ちをかえさせようとはしたけど」 「それは充分イケナイことだよフレイヤ」 「ロキだって似たようなことしてんじゃない。なんでお怒りに触れないわけ?」 「僕はオーディンにとって"特別"だからねー」 だから多少の律破りは目を瞑ってもらえるんだ〜と能天気に話を纏めた。 もう話を続ける気も失せたフレイヤは隣に移動し、その、何を考えているのか分からない瞳を凝視した。 チチチ、と小鳥の鳴き声が頭上でする。穏やかな陽射し。 けれど空の遠くでは暗黒色の雲が広がっていた。 幾ら経っても言葉を発しないフレイヤにロキはさらりと訊く。 「フレイヤ、会議ある筈じゃなかったの?」 「………………あ゛――――――――――! あんたの所為よ、あんたがあたしを引き止めたから!!」 「はいはい、いいからさっさと行きなよ」 後で覚えてなさいよ!とびしりと指を差しつも、その美しいラインを描く脚は素晴らしいスピードを出していた。 金のウェーブを孕む髪が陽に当たって宝物のように輝いた。 「相変わらずだなぁ」 クスクスと。苦笑にも似た柔らかな笑いが辺りにさざめいた。 その背後に伸びる一つの影。先程までは無かった人の気配。 小鳥の囀り。風が揺らす木々の歌声。 「…………随分と唐突に現れてくれるね」 「貴方が気付かなかっただけではないの?僕は貴方がフレイヤ神と話していた時にはもう居たけど?」 「僕がまるで鈍感みたいじゃないか。てゆうか悪趣味だよそれ」 くるりと身体を回転させ、相手の方へ向き直る。 オレンジ色の少し長い髪。深い、思慮深さが見え隠れるサファイア色の瞳。 まだ低い背丈。見た目からは十六、七に見える少年。 オーディン以外ではロキしか知らない、知り得ない極秘の運命の旋を司る神。 「アーリオ」 「悪趣味かどうかなんて僕は関知しない。それより」 一旦、アーリオは言葉を切った。思慮深い瞳が曇りを見せた。けれど、瞬くとそれはすぐに消える。 「オーディンが動き出すよ覚悟しておきな」 その、冷めたセリフに。ロキは瞳の色を凍らせた。ふっと小さく、気付かれないように息を吐く。 それからおどけた形だけのポーズを作る。笑みは微かな引き攣りを起こす。 「なんでそんなこといちいち教えにくるのか僕には理解し難いね。 まるで、僕の行動を狭めるみたいに、さ」 「…………………」 虚勢の所為か、言葉の痛烈さが鈍っていた。アーリオは気付いていて、敢えて言わない。 口許に浮かぶのは嘲笑の仕草。隠すように瞼を閉じた。 端からは多分、何か考えを纏めているように写るだろう。 「どう思っても構わない。僕は見えても行動に起こし、それを制止する事も妨害する事も許されない身だから」 風を身に纏う。耳には風の音しか聞こえない。 その一瞬後。噴水前にはロキ以外誰も居なかった。 そして、彼の見た未来通りに。ラグナロクは始まる。 ヘイムダルは命令の一つに加わった「見回り」を実行していた。泉の辺に足が向く。そして、洞窟を見つけた。 興味本意に覗いてみる、と、一つの華奢な人影が見えた。 「シギュン!?」 甘栗色の髪が頼り無く肩や背中、胸元に流れていた。俯いて座り込んでいる彼女の目の前には瓶桶が一つ、 どす黒い液体に満たされてあった。その姿に大体を察したヘイムダルはシギュンの肩を包むように手を置く。 ピクリ、と反応を見せた後、シギュンはゆるゆると顔を上げた。 何をしたら此処までなるのかと言うほどに腫れ上がった目。普段は綺麗な水色をしている瞳は何処か虚ろ。 肢体を包み込む白いローブ。 「ロキが」 小さく愛らしい唇は色を失っていた。肩に置いた手には体温が伝わらず、冷えた肉体が其処にあるだけ。 足元には引き千切れた鎖。 「ロキが巨人達を引き連れて……神界に」 「…………シギュン」 「止めてお願い止めて。このままじゃ駄目になってしまうこのままじゃ全て狂ってしまうだから」 「シギュン!」 「ヘイムダル、お願い貴方しか頼めない」 その言葉に無意識の内にヘイムダルは失った片目に手をやった。其処にあるのは憎悪と深い怨み。 「シギュン、それは難しい。私はただの門番兵だ。ロキのように魔法に長けていない」 「それでもいいのフレイヤ様には頼めない。あの人にはロキを止めることは出来ないから」 残っているもう片方の目を閉じる。彼女の言う、止める、という意味の深層が理解出来た。だからこそ、答 えられない。 思案を張り巡らせていると、突然シギュンはヘイムダルに寄りかかってきた。 あまりに突然の出来事に対応が遅れるヘイムダル。焦って背に回した手に感じたぬるりとしたモノ。 驚き、思わず確認したその手には。 「……………シ、ギュン……?」 手には深紅の液体がべっとりと付いていた。慌てて華奢な背を確認する、と。 「ね、ヘイムダル、お願い……」 華奢なその背には深く抉られた傷跡。其処から溢れる血が彼女の背を、ローブを、地を一色に染め上げ続けていた。 霞んだ視界。息をする度痛む全身。目の前には紫色の髪が散らばっていた。 「……アーリオ、君が見せていたのかい?」 見えない筈の姿を、心眼で見つけた。オレンジ色の髪が、生まれ変わった太陽に照らされ輝いている。 思慮深い瞳は静かだ。静かにロキを見下ろしていた。 ロキは使えない目を閉じた。いっそのこと、心眼で見た方が楽だ。先程、と言っても時間の感覚は麻痺して いるのではっきりとは分からないが、ヘイムダルの魂がふらふらと何処かへと歩き去ったのを見ていた。 行き場はなんとなく分かる気がした。 金の髪を持つ女神の元。 色々と纏まらない考えを思いつくまま思っていると、やっとアーリオが口を開いた。 「続きを」 「いらないって。僕に見せても意味無いじゃん」 「あるよ。シギュンがどうなったのか、貴方は知らなくてはならない」 ロキがどんなに咎めを受けて、罰を受けようとも微笑んでそれを迎え入れていた少女。 大罪として毒蛇の毒に苦しめられていた時、その苦痛を少しでも和らげようと努力していた少女。 ロキが見向きもしなかった日々があっても何も言わなかった。 気紛れに帰ってきても笑って迎え入れてくれた少女。 最後まで自分を信じていた少女。 気丈で強引な、でも何処か不器用なあの女神とは違う。 本当に、ロキをただ静かに見つめていた女神。 ああ、と。胸が疼いた。痛む心は、軋む体とは違う痛みを感じていた。微かに目の奥が熱くなる。 けれど、その眼差しに自分は答えられない。その意識の外で、アーリオは外套の中で何かを抱いたまま光を灯した。 光が、ロキの脳裏で弾けた。 白過ぎて透明にすら見えてしまう儚すぎる指先が、ヘイムダルの頬に触れた。 微笑みすら儚い。ヘイムダルは悲痛な表情になった。辛い想いが胸を占める。甘栗色の髪がヘイムダルの背 中に流れる。 「私の屍は、海に沈めて誰にも見せないで誰の目にも触れさせないでヘイムダル」 「どう言う意味だ?」 「私の死骸は、ロキの目にすら触れさせないで欲しいのこれは貴方に頼むわ」 「…………どうして私に頼む?」 「信用しているからに決まってるじゃない」 ヘイムダルは泣き出しそうな顔を作った。けして泣くことは無いけれど。それでも、辛くなる。 彼女は。シギュンは。 金の波を持つ、美しく気丈な女神のように自分を主張し、自分の大切な物を守る為に戦場に向かうわけでもなく。 兵士として育てられ、神々達を援護する為に戦場に赴く訳でもなく。 ただ、此処で耐えていた。 壊れそうなガラスを手の中に収めているようで。ヘイムダルは何度も抱え直した。 そうして。やっと重い口を開けて、掠れ声で呟いた。 「……この、戦いが終わったら。カタがついたら、シギュン、ちゃんと叶えるから」 その言葉を聞き、うっすらと微笑んだ。儚く、美しく。 音が消える。もう、全てが彼女の中で止まったのをヘイムダルは感じた。 甘栗色の髪が静かに一房、地にするりと滑り落ちた。 ふっとロキは溜息を吐いた。彼女のあの抉れた傷跡。あれは――。 「地獄の犬にやられた」 「僕の鎖を引き千切って行った犬だね……あの時……シギュン、僕を庇おうとしていたからなぁ」 意識が段々と霞んでいく。朦朧とした意識の中、記憶が次から次へと引き出されては消えていく。 「ふうんこれが走馬灯ってやつ、か」 全て手放して逝くのか。忘れたくないものも全て。 そう思うと、虚しくなった。けれど。 「――――」 たった一つの願いと祈りを呟いて、それだけをアーリオに伝えて、そして。 全てが終わる。 アーリオは外套の下から一つの骸を地に寝かせた。 ロキの呟いた祈りがまだ、耳元を支配していた。ロキらしくない願い。ロキらしくない祈り。 それは死に臥した神達全ての思いと同じ。 もう追われる心配の無くなった娘の太陽と月。 トールの意思を継いだ息子達。 オーディンに代わって神界を統一する子供達。 これは始まりの終わり。 これからは終わりの始まり。 「願いを叶えるよ」 何も出来ない自分の、彼らに対する最後の餞。 小さくアーリオは笑った。 今見える全てが新しく、美しい。それらをまた、見守り続ける。それが自分の仕事であり宿命。 永遠に、いつか消滅が訪れるまで。 水の雫が芽吹いたばかりの葉に落ちた。 "生まれ変わったら皆とまた。また―――――" ***************************************************** 終わりました。ラグナロク。アーリオは私の完全オリジナルです。念の為。 ついでに。北欧神話とは中身が違いますので注意。私のいいように変えていますので。 かおりサマの「HP復活」記念に贈呈します。……駄作ですみません。長々しいったらないですな。 ええとこれはこっそり裏話(笑)。かおりサマの書いたヘムの魂の行き場所へと続きます。(勝手に繋げるな) 題名の通り、「断片」が主なのでどれが「本編」と決まってはいません。好きな所を本編にして下さい。 ロキフレに挑戦。そして挫折。丸分かりですもっと精進します。 それでは、期待して下さって見てくれた方もそうでない方も、此処までお付き合いいただき有り難う御座いました。 ********************************************************************************** す、スゴイです・・・・・・。 なんか、ストーリーの性質がものすごいです。 欠片欠片を集めて、そして描かれるお話は読者によって全て変わってくるんですよね。 尊敬します、ホントに。 その断片のうちの1つが枝分かれしてかおりの小説に繋がっていったりvv(密かにものすんごい悦び) そして、アーリオくん好きです。 勝手に想像してますけど、かなりかなりかわいすぎ。(妄想決定) かおりも『ラグナロク』を書くにあたっては結構勉強したんですけど、 なんか基本がなってないらしくてダメダメでした・・・。 その点寅さんサマは違いますなっ。 基本があるからオリジナルにもできる、みたいな。 羨ましいです・・・。精進しなければ・・。 始めのほうの、ちょっとロキフレちっくなところがかおりは大好きですvv あの二人のテンポって感じするんですよねー☆ さすがですv しかも神界のハナシっていうのが既にツボですしぃv でわでわ、本当に素敵小説ありがとうございました〜vvvvv