全てを欲したり出来るほど、俺は強くもなければ、デカくもない 『結局お前はその程度のモンだったんだ』なんて言われたって、大した反論できる自信もない 所詮俺は俺で、あいつはあいつで、そーでなくともあいつはあいつだから 気持ちの大小なんかのものさしにされちゃ堪らねぇ 多分諦め、それがマイナス要因になるってのか 掌
「こーすけくん」 「あ?何だ?」 にこっと笑いながら、片手を出して『頂戴』のサイン。 今日は何をせびられるのかと多少警戒して、財布の中身を頭で計算した。 ヤベー、札もねぇよ。 とりあえずプラス思考に頭を持っていって、自分の周りを見回してみる。 せびるモノが売ってなければせびられることもない。 ………クレープ屋、あるじゃねぇか………。 無駄に脳を働かせて、無駄に悩んで、無駄に言い訳を作る作業始めること2秒。 「手ぇ見せて」 「……?いーけどよ」 安堵した。 と同時に、一瞬前の自分を思い出す。 理緒が聞いたらまた『マヌケ』とか『おバカさん』とか言われんだろーな。 今のことは、喩えテポドンやらノドンやらがいっぺんに俺の頭に落ちて来ようとも口から出さぬと心に深く決め、右手を差し出した。 こっちは減るもんでもない。 「やっぱおっきいね〜」 「そりゃお前よりはな」 掌―――俺の掌と、ちっちゃい掌。 見れば見るほど汚れて見える。 こいつは、そうじゃないのだろうか。 ヒトの手を開いてみたり閉じてみたり、チョキにしたりそらせてみたり。 暇つぶしにもならないような悪戯に手を弄ぶ。 そんなにヒマならクレープぐらい買ってやってもいーのによ。 簡単な引き算で、残金287円になっても。 「………あ」 「どしたの」 いや、大したことでもないが。 改めて見たクレープ屋、背広着てヘンなヤツだとは思ったが。 ………弘司(仮名・42歳)じゃねーか。 何でもねぇ、そう顔で示しながら、できるだけあの背広から理緒が見えないように立ち位置を変えた。 それにしても、背広にクレープ屋のエプロンとは人生の下り坂を思わせる。 「キレイな手だね」 「……どこ見て言ってんだ?」 「指と指の間」 「はぁ?」 あんまり唐突に、しかも俺の考えてたことと、測ったかと思うほど正反対。 確かにいつだって俺に理解できるようなことを言うヤツではないが。 また弘司(仮名・42歳)に気をとられてる間に展開でもあったということか。 俺は改めて自分の手を見た。 生命線が手首まで伸びてる。 なんつー皮肉な手相だよ。 「ホラ、水掻きのトコ、真っ白だよ」 「……手フェチか?」 水掻き、白い。 ……いや、黒人だって掌はピンクなんだぞ。 それで俺の水掻きンとこが白くなかったら、この俺という設定だけでなくブレードチルドレン自体を根底から引っ繰り返す大事件だろーが。 ってゆーか、それより理緒の言いたいことの120分の1さえ見えてこない。 ちっちゃすぎて見えないのか、デカすぎてピントが合わないのか。 なんとなく、トランプ手品でもやってやろうかと思った。 「違うもん、ってゆーかこーすけくんはもっとヒドイじゃない」 「どこが」 「ロリコン」 「……違うし、おめーが言うな」 最近最も心臓を突き刺す言葉の一つ。 相手がコレだと怒鳴る気にもならない。 力いっぱい否定することに疲れた、とも言うが。 正しく答える月並みな言葉は吐きそうなほど甘ったるすぎて、どうにも俺の口には合わないらしい。 言えるぐらい俺がデカかったら手品なんてする必要もねぇのに。 「あははっ、けどね、キレイなのはホントだよ」 「きれーなわけねぇだろが」 何も考えてないようにケラケラ笑って、大笑いに慣れてないのか免疫の足りてない目から流れようとする涙を右手の人差し指で塞き止めた。 笑ったネタには憤慨、なのに笑った顔には満足。 複雑な乙女心ってヤツはこんな感じなんだろうか。 世の不条理を嘆いて詠った歴代の才女たちに代わって、これから世の不条理を諦めて不貞腐れるのは歴史にも名を残せぬ莫迦男たちかもしれない。 「ヘンなモノでも触ったの」 「そーじゃねぇだろッッ」 今度はきょとんとして首を傾げた。 こうしてる間にもあのチンチクリンな頭の中で俺のついて行けないような情報が飛び交ってるのかと思うとぞっとしない。 実際口に出してることとか行動は全く見た目どおりだが。 黒いリボンがふわっと揺れた。 「じゃあ何」 「……赤いからな、この手は」 「水掻き白いよ」 「んなもん誰でもだろぉが」 あ、弘司(仮名・42歳)が心配そうな顔してこっち見てやがる。 客に出すクレープが左手の中でぐしゃぐしゃだ。 芋色の髪はやっぱり俺をチンピラにするらしい。 十年程前のある歌の歌詞を思い出した。……確か芸人二人組みだったか。 弘司(仮名・42歳)にぴったりだった。 もちろん同志である俺にも然り。 「みんなよりキレイじゃないとイヤって言うの」 「そーじゃねぇけど」 そういえば比べたことがない。 いや、比べるに足りないだけだ。 もし世の中のほとんどが掌を赤く染めてるなら、日本の人口は六千万で十分になっちまうじゃねーか。 それだけに俺の掌は特別で、特別に赤い。 水掻きの部分が白かろうと、黒かろうと。 「みんなキレイだよ、神聖」 「へいへい、仰せの通りで」 「けど、みんな小さいよ」 「おめーのが小さいだろ」 ふわりと理緒のちっちゃい手が俺から離れて、手は行き場を無くした。 神聖だと思うんならずっと触ってればいいのに。 俺は見放された右手をヒラヒラさせた。 見放そうにも見放せねえ、俺とこいつは同罪なんだ。 汚れたモン同士、デカくなれないモン同士。 「こーすけくんの手に納まるモノって、何があるだろ」 「そーだな、チロルチョコぐらいじゃねーか」 「うわぁ、スケール小さすぎっ」 「けどよ、手に納まる程度のモンしか俺のモンにはならねーからな」 本当にそうだ。 俺の掌一つにつき、10円のチロルチョコ四個か20円のチロルチョコ三個。 それがチロルチョコの相場で、俺の相場。 理緒には少し及ばない。 あいつの笑顔を包み込むには、俺の掌じゃぁ及ばない。 「あ、それってさぁ、爆弾発言だよ」 「何が」 「ホラ、見て見て」 「……………」 俺の掌に重なった、理緒の拳。 ちっちゃくて、小学生並。 白くて華奢で、すぐにでも壊れてしまいそうな。 「こーすけくんの手にすっぽり納まっちゃうもん、あたしの手」 「……あぁ、そーだな」 掌を軽く握る、と、掌全体に広がる理緒の拳。 納まった、理緒の拳。 俺は呆気にとられて、理緒はケラケラ笑った。 「ってことは、あたしの手はこーすけくんのってことになっちゃうね」 別に必要十分条件として言ったわけでもねーけど。 本当にそうだったらいいのにな、とか思ってみたり、 「理緒がもっと小さかったらな」 もっと貪欲になってみたり。