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 ドタドタドタドタドタ…………バシッッッ。  一目――いや、聞いてるからこの場合一耳ってゆーのかな――で判る。  廊下が落ちんばかりの勢いで走ってきて、ボクの寝室の襖を思いっきり開ける音。  誰が開けたのかって?  消去法にしたって○×クイズにしたって、簡単に出てくる答え。 「寒いってばぁ、ヨーコちゃん」  そりゃあ確かに寒いのは言葉どおり寒いわけだけど、朝一番にとりあえず彼女の顔を見ておきたくて布団 は目の下あたりまでだけかぶっておく。 「ねぇ、勘ちゃーん」  気付くともう既にボクの枕もとにきて、肩を大きく揺さぶってきた。  うーん、寝起きはどーにも男としては、……ねぇ?な気分になっちゃうんだから、あんまり語尾とか伸ば さないで欲しかったりするわけだけど。  ……と。それよかいつもなら、『朝だよッッ!!さっさと起きなさぁぁぁい!!!』って目覚し時計も面 目丸つぶれな怒鳴り声で布団引っぺがしたりするのに、なんで今日はこんな優しげなんだろう?? 「ねーってばぁ、勘ちゃんっっ」  頭がまだぼーっとしてるからって、ありえない方向に期待膨らむ自分自身が切ない。  大方コップ割っちゃったとかそういうことだろうとは判ってる。 「記念日しよー!!」  ほらほらもぅ、ヨーコちゃんってばそそっかしいんだから……って、アレ? 「ん?何って??」  布団からにょきっと顔を出してみた。 「だから、き・ね・ん・び、しよvv」 white white snow day  とりあえず、わけもわからないまま着替えて洗面所に行って顔を洗って歯磨きして、震えてる自分の様子 を鏡で確認すると余計寒さが躯に染みてくる。 「はぁぁ」  誰も聞きとめてはくれない溜め息は屋内なのに白く残って、今年初めて白い息を見たときは妙に喜んで呼 吸困難になるかと思うほど息吐きまくったりしてたなぁ、とか思い出した。  あったかそうな――ついでに言うと薄そうな――味噌汁の匂いに呼ばれ居間に着いてみると、春華があぐ らをかいてそれをのみ始めている。  見向きもしてくれないのはいつものことだけど、こんな寒い日ぐらいもっとあたたかな目をこっちに向け てよ……なんて目で叫ぼうが口で訴えようが、届かないのは百も承知だ。 「あ、今ゴハンつぐからね〜」  顔は見せないでそう言うヨーコちゃん。  それプラス春華、ボクってくると、なんだか親子三人っぽいんだけど。  あー、なんか無性にあのお茶碗床に投げつけたくなった。 「ねー春華、今日ヨーコちゃんに何って起こされた?」 「オレは自分で起きる」  こともあろうに主人を軽蔑するような視線が痛い。 「はぁぁ、もーちょっとボクに優しくしてくれてもいいと思うんだよね?」 「な、何だ、気持ち悪ぃ……」 「なんかさっきさ、ヨーコちゃんに記念日やろーとか言われたんだけど、何でだろ?」 「記念日?何だソレ」  とかなんとか微妙に不毛な会話の途中、白いゴハンと薄い味噌汁が近づいてくる匂い。  はぁ、そういえば今日は漬け物もないなぁ、なんて今ごろ気付いた。 「はーい、おまたせ☆ヨーコちゃん特製お味噌汁だよ〜v」  朝からあのテンションは真似できない。  いや、まぁ明るいからいいんだけどさ。  と、運ばれてきたお茶碗とお椀を覗けば、今ならボクだって百人一首の一つに選ばれるような切ない和歌 が詠めそうだと思った。 「ヨーコちゃん、コレってさぁ………具、ネギだけ………」 「なーーーぁに?勘ちゃんvvvvv」  最後まで言えぬまま、発言しようとしたことに後悔。  必要以上のハートマークって、状況によってはビックリマークよりずっと怖い。 「え……えっとさぁ。さっき言ってた記念日って、何だったの?」  主人のピンチを尻目に文句も言わず味噌汁すすってるあの天狗を恨めしく思う。  春華の方が明らかにボクより鈍感なはずなのに、やっぱり野生の勘っていう点では負けているらしい。  そういえば、この家って人間はボクだけなんだ……。 「アレ〜?勘ちゃん、気付かなかったの??」  ボクの前にお箸を並べて、ついでに出涸らしのお茶を淹れてくれた。  普段でがらしでがらしって言ってるわりにボクの舌はその出涸らしに慣れてしまったらしく、実を言うと 今では結構何でもない。  貧乏性ってやつなんだろう。 「今日ってさぁ、すっごく寒いと思わない?ハルカちゃん」  含むような語調で春華に微笑みかける。  微笑みかけてるヨーコちゃんじゃなくて、まんざらでもないような顔をしてる春華の方に憤慨を憶えるボ クは、やっぱり一般的な日本男児であるらしい。 「あぁ……雪か?」 「ぴぃんぽ〜ぉん♪さっすがハルカちゃんだねvv」  言葉の裏に、『カンちゃんとは違って』のニュアンスを隠してないあたりヨーコちゃんっぽい。  ………………。  雪、か。  なんかすっごい微妙な気分。 「そっかそっか、じゃあハルカとヨーコちゃんで雪合戦でもやってきなよ」  言いながら、うっわボク御主人っぽッッ!とか思ったりした。  じぃはウチの中で茶でもすすってますわいって?  あーコレじゃただのおじいちゃんか。 「え……カンちゃん、怒ってる………?」 「へ?なんで??」  ふと見ると、ヨーコちゃんが不安そうにボクを見ていた。 「だって……ねぇ?」 「いや、オレはわからんが」  あぁ、そっか。  ボクがあんまり乗り気じゃないから。 「怒ってなんかないって。ちょっと今日は休みたいなぁって思ってたんだ」  あの障子を開ければ、たぶんもう真っ白な町に変わっているんだろう。  白い絵の具を落としたカンバスみたいに。  おろおろするヨーコちゃんとは別に、余裕でゴハンを口に詰めている春華はこれがウソだっていうことく らい簡単に見抜いているらしかった。 「具合悪いの?じゃあやめとこうカナ、雪合戦はまた明日でいいし」  ふっと、噴出しそうになった。  にょきっと出てきた耳。  尻尾はゆらゆら揺れている。  ちなみに言えば、明日にはもう都会の雪なんて解けてしまっているだろう。  敢えて行きたいと言わないあたりはヨーコちゃんの優しいところなんだけど、それでも実は行きたいって 思っているらしいあたりボクへの愛情不足が覗える。  そこがまたかわいいわけだけど。 「まだ布団もたたんでないし、一人で寝てるよ。ハルカも行きたがってるしね」  そう言うと、顔をしかめた春華がちらっとこっちを見た。 「そーなの?ハルカちゃん。ん…じゃあ………ちょっとだけ、ちょっとだけ遊んでくるね!!」  申し訳なさそうな、それなのにウキウキした、女の子って器用な表情を作るものだ。  とりあえず後悔しないうちにさっさと遊んでしまって早めに帰ってこようということだろう。  まだ食べ終わっていない春華を引っ張るようにして、ヨーコちゃんは行ってしまった。  ここではっきりイヤだと言わない春華の真意を追及しようとするに、ボクの精神状態はあんまりよろしく ないみたいだ。  もし調理者がヨーコちゃんじゃなかったら確実に生ゴミ行きの冷めかけた味噌汁を口に流し込んで、まだ 手もつけてなかったご飯は櫃に返した。  幸い居間と寝室をむすぶ廊下に窓はない。  雪や来ん来、なんて歌った古人は何を思っていたのだろう、なんて思いながら、ボクはそそくさと布団を かぶり直した。  いつもより深く、音も聞こえないように。 「カンちゃん、カンちゃ〜ん」  うーん……多分30分も寝てないと思う。  別に眠いわけじゃないんだけど、気付かなかったことにしたくなるのを全部天気のせいにして、布団から 頭を出した。 「ただいまぁ、体、大丈夫??」  やっぱり遊びに行かなきゃよかった、ともとれる表情から推して、この少女は浅い後悔の多い人生を歩ん できたのだろうと思う。 「ちょっと眠かっただけだよ、楽しかった?」  体を起こして、笑いかけたりする。  あー、なんかすっごい歳を感じるのはどうしてだろう。  明らかにヨーコちゃんの方が年上なはずなのに。 「うんッッ!楽しかったよ〜。雪だるま作っ………」 「そうなんだぁ、よかったね。ボクもうちょっと寝たいから……」  無意識のうちに言ってしまった。  辛うじて怒った顔とかはしてないっていうのが救いだ。  ヨーコちゃんはあまり気付いていないらしい。  鈍感というかなんというか。  上体をまた下げて、布団をかぶろうとした。 「今冷凍庫に入れてるんだよvv持ってきたげるねっ」 「いらない」  掛け布団を持ち上げていた腕が止まる。  はっきりとヨーコちゃんを見た。  びっくりしたように目をぱちくりさせている。 「ど、どしたの……?カンちゃん、なんかヘンだよ??」  やっと気付いた。  ボクの異変。  そう思う自分に、今度はボクが驚いた。  まるで気付いてくれるのを待ってたみたいだ。 「雪は、あんまり好きじゃない………」  呟いて、切なくなった。  子どもみたいだ。 「消してくんだ、消しゴムみたいに、全部」  顔が上げられない。  ヨーコちゃんはどんな顔をしてるんだろう。  腐っても鯛よろしく腐っても主人なわけだから、こういうことを言うのはなにげに恥ずかしい。  いや、家族なんだしそれもありだとは思うけど。  微妙な間。  故意的にといえばそうだし、自然発生といえばたしかにそうでもある。  それをボクは納得したんだととって、また掛け布団をあるべき位置にかぶせようとした。 「じゃあ、やっぱ雪ってステキじゃないv」  あの間は、普段酷使することのあまり多くない頭でボクの言葉を処理するためのもんだったらしい。  少しでもいい方向に考えようと必死だったのかもしれない。  今からヨーコちゃんの口をついて出る言葉がこじつけだとかでないことを祈る。 「だって、雪が解けたらソコは……………」  ガラガラガラっっっ  思いっきり勢いよく、雨戸を開ける。  白い光が溢れる。  ヨーコちゃんがこっちを向いた。 「新しい場所なんでしょ?」 「へ………?」  今度はボクが目をびっくりする番だ。  油断していたボクの前には、何かしら後悔の色を憶えるくらいの笑顔。  自分に向けられたピストルの引き金引かれるのを見ちゃった人って、こんな気持ちになるんじゃないかと 思う。  言葉にするんだったら……やられた、しくじった、みたいな。。。  早くも雪は解け始め、垣間見えた土が何故か始めてみる景色の一欠片だった。  そのままヨーコちゃんは雪の庭を楽しそうに眺めているから、ボクも何も言わないで土を見ていた。  たとえばあの土から一輪の野花が咲いていたりしたらもっとドラマティックなんだろうけど、そんなもの 望む余裕も無いぐらい満たされた気分。  そうやって10分ぐらい経った頃、ふと思い出して呟いた。 「今日ってさ、結局何の記念日だったの?」  雪が降り積もるのは別に初めてのことじゃないし。  因みに以前積もった時は春華もまだいなかったから上手に誤魔化すこともできたんだっけ。 「あ、そぉだそぉだッッ!!」  ヨーコちゃんは何を思ったのか突然立ち上がって走っていってしまった。 「ヨ、ヨーコちゃん……??」  また一人になって、ぼーっと庭を眺めなおしてみる。  つやつや光る雪解けの雫に触れたくなった。  白だけじゃない、雪と雫にもっと引き立てられたいろんな色。  本当に、本当に初めて見る場所……………かもしれない。 「見て見てッッッ!!ヨーコちゃんお手製よぉvvv」  そう叫ぶように再び入ってきたヨーコちゃんの手には、お盆、と、その上に載っている…… 「ゆきだるま………?」  顔的にはブサイクなのに、大きさのせいかヨーコちゃんのせいか、えらく可愛らしい。  ヨーコちゃんはウインクして見せた。 「そ☆あたしが初めて、雪だるま作る記念日v」  本日二回目、ボクは撃たれた。  引き金を引くのも見えた。  なのにどうして逃げなかったんだろう。  まぁよけられるような代物でもないけれど。  満足そうに微笑むヨーコちゃんの横でふと思った。 「それって記念日って言わないんじゃ……」 「いーの!あたしが決めたんだから」  あぁ、無敵だなぁ……なんて。  しがない男でしかないボクの隣には妖狐。  幾度男を騙したぶらかしてきたか知れない妖怪。  なんだかなぁ。  撃たれても本望だなんてボクの趣味じゃないんだけど、ホントは。 fin. 「そーいえばさぁ、ハルカどこいっちゃったの??」 「そぉだァ、さっきレイコさんに会ってね〜、二人でどっか行っちゃったの」 「へ〜ぇ」  その頃帰ってきていた春華が、 「今日だけだからな……」  と呟いていたのをボクらは知らなかった。







†いながき かおり†