託された絆
最終決戦前夜
決戦の地となったロマリア空中城侵入を目前に勇者と炎使いをはじめとする
15人の勇敢なる者たちはトウヴィルの地で一夜を共にしていた
皆それぞれの想いを内に秘めながらも いつもと変わりなく過ごす
いつもと同じ 夜遅くまで話し込んで笑い合ったり 恋人と共に過ごしたり
夜空を見上げたり…
ただ違っていたのは闇の中に眩しいくらいに輝く満月がいつもとは違うものに見えた…
「エルク 起きてるかの」
神殿の奥へと続く廊下の手前から数えて3つ目の部屋
夜も更けてだいぶ経った頃 その部屋の扉が2回音を立てて外から聞き慣れた老人の声が薄く響く
「ああ…」
返ってきた声に反応して扉がゆっくり開かれた
と同時に白く流れる長い髭をさすりながら物音1つたてずに入ってきたゴーゲン
扉がカチャリと小さな音をたてて閉まった
ゴーゲンが目だけを動かしてその小さな部屋を見渡す
左の隅に小さな机
その上には光のないランプ
あとは目の前にある決して大きいとは言えないベッド
そこにエルクが寝転んで窓から外を眺めているようであった
よく見れば床にはエルクのいつも身につけている上着やバンダナが
脱ぎ捨ててある
ただそれだけ
灯り1つ点いていない薄暗い殺風景な部屋
唯一この場を照らしていたのは窓から差し込む月光だけであった
「…めずらしいな
あんたがオレんとこに来るなんて」
ピクリとも動かず声だけをこちらに向けてくる
ゴーゲンも扉を閉めたきりその場から動こうとはしなかった
動くのは言葉だけ
「お前さんに伝えねばならんことがある」
「オレに?」
「…リーザのことなんじゃが…」
リーザ
この言葉で初めてエルクが反応した
少し身じろいで足を組み直す
無言のままゴーゲンの言葉を待つ
「リーザと初めてフォーレスで会って ホルンの村人を救ったときじゃ
救った村人の中にはリーザのじいさんがいた
…お前さんも会ったことはあるな?」
「…ああ」
忘れもしないあの瞬間
突然の出会い
突然の別れ
溢れ出る涙を拭おうともせずに戦っていたリーザが本当に痛々しかった
あの悲惨な光景がエルクの頭の中を横切る
「あの時じいさんに言われたんじゃ
リーザは変わった
こんなにいい笑顔を見せてくれたのは何年ぶりだろうか とな」
「…」
無言の返答
ホルンに居た頃のリーザの様子なんてまだ会ったことのなかった自分は知らないから
エルクとしては昔との区別なんてつかない
でも確かに出会った時と比べて最近のリーザはよく笑うようになった
「恐らく…リーザが変われたのはお前さんのおかげなんじゃろうな」
「…!」
急にエルクはがばっと身を起こしてゴーゲンを見やった
逆光でエルクの表情はうまく読み取れない
「な…んで…」
「最近のリーザを見てるとお前さんといる時が一番輝いて見えるんじゃ…
ついでにお前さんもな」
「!!」
「シュウも言っておったぞ
リーザが来てからエルクも随分変わったらしいの」
エルクが顔を赤くさせたのはこの暗闇の中でも十分伝わった
ゴーゲンがまた髭をさすって高らかに笑い声を上げる
「じいさんはわしにリーザを任せたが…どうやら本当に任せられるのはお前さんのようじゃな」
再びゴーゲンの後ろ手にある扉が開かれ
「リーザを頼んだぞい エルク」
そしてまた静かに閉じられた
「…月が…きれい…」
神殿入り口
トウヴィルの村へと続く石の階段の上にリーザが腰掛けて上に存在する月を仰いだ
「決戦前の夜とは思えないくらい…」
―――そう
今宵の月はやっぱりいつも見上げているものとは違っていた
きれいすぎて 眩しすぎて 壮大すぎて…
泣けてくるかと思うぐらいの光がそこにはあった
手を伸ばせば届きそうで でも決して届かない
切なくて儚い月の色
「ロマリア…か」
その淡い光は 明日の戦いに何をもたらすのか
「なーにやってんだよ
早く寝ねーと明日置いてかれちまうぞ?」
いきなり現れた声の主のほうに振り返れば そこには神殿の壁に背をもたれかけているエルクがいた
「エルク…」
彼女に自分の存在を確認させると エルクはさっきまでの彼女の視線の先にあったものを見つめる
異常なまでに深い月の色にエルクが目を細めた
「なんなんだろうな 今日の月は
決戦なんていうもんを忘れさせられるような でも悲しくなるような暖かみがあって…
不思議な 感じ」
オレが言うのもなんか変だけどな、と言うエルクの話に聞き入りながら
リーザの視線はまた月に向けられる
「…ねえ エルク…私たち…勝てるよね?」
無意識に出た言葉が一瞬吹いた風に乗って流された
自分も皆も死にに行くつもりなんて微塵もない
世界に平和を取り戻すこと
世界を守ること
その前に立ちふさがる大きな壁を壊すのは容易ではないはず
「…勝てるよね…あれだけがんばったもん!…ね」
生き残らなければ意味がない
勝って自分たちが守り抜いた世界で 世界の一部として生きていくために
しかし 裏では皆 何かを感じ取っているようだ
明日 何かが起こる
こんな月を見せられたらそんな不安は波のように押し寄せてきた
「…どうしよう…どうしようっエルク…っ!」
リーザの視線はいつの間にか月よりも遥か下に下がっていた
どうしようもない感情が徐々に溢れ出ている
「私 余計なこといっぱい考えちゃうの…!考えちゃいけないことなのに悪いことばっかり…」
その小さい肩は小刻みに震えていた
三つ編みのほどかれた薄茶の髪が流れて影を作る
エルクは静かにリーザに歩み寄って 後ろからそっと彼女を抱きしめた
リーザも リーザの想いも全てを包み込んで強く 強く…
「すごく怖いの…こうやってる間にもどんどん時間が経っていって…
時間が経つごとに不安が大きくなってく…!もう…誰かが死んじゃうのはやだっ…!!」
エルクが膝に顔を埋めて泣きながら声を押し殺して叫ぶリーザの
頭を撫でて自分の胸のほうに顔を寄せる
「…一人で泣かないでくれよ」
かすかに2人の視線が交わってどちらからともなく唇を重ねあった
月に魅せられながらした少し長いキスの後 エルクはリーザをきつく抱きしめる
「もう…誰も死なせねえよ
おめえは絶対にオレが守るから…!」
エルクの言葉と包み込まれる体温に一気に不安が中和されて
リーザの目から涙が次々と溢れ出ていた
(ホントに…オレが変われたのはお前のおかげだよ…)
リーザが落ち着くまでエルクはずっとリーザを抱きしめていた
二度とこの時間が消えないように
二度と彼女の笑顔が消えないように
今はただただこの月に想いを馳せるばかりであった