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目の前にはただ一人、女が倒れこんでいる。
まぶたは二度とひらかれることはなく、その奥にたたずむ瞳も、もう覗き込むことは出来ない。
静寂の中を風が恐る恐る通り過ぎていき、女の金髪が空しく揺れた。
それと共に自分の髪が顔に張りつき、視界を遮った。
デュナン湖にそびえ立つニューウィンドウ城は賑わっていた。
新同盟軍のリーダーであるアクアたちが、皇都ルルノイエを攻略し昨日帰還したからだ。
城内は人々の笑顔であふれ、笑い声や軽快な音楽が鳴り止まない。
そんな城の1階にある酒場にクライブはやってきた。
「水と、何か軽い物を」
そう言ってカウンターに座った。
「はい、ちょっとお待ちくださいね」
いつもの女主人の姿はなく、他の店員たちが次々とやってくる客に応対していた。
テーブルは人でうまっていて、みんな飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだった。
ここにはもう平和が訪れる。
ルルノイエを攻略したアクアがこの国を導いていくだろう。
「はい、お待ちどうさま」
声のする方を向くと、店員が水とサンドイッチを置いていった。
水を少し口にし、サンドイッチを食べ始めた。
これを食べたらここを発とう、クライブはそう思っていた。
「おおっ。わが軍のリーダー様じゃねえか!」
「ほんとだ!アクア様だ!」
サンドイッチを食べながら騒ぎのする方を横目にすると、アクアが酒場に入ってきていた。
みんな一斉にアクアを取り囲み、祝福をした。
取り巻きの中、少し困ったような顔をしながらも笑いつづけるアクアが目に移ると、クライブは視線を戻した。
しばらくすると騒ぎも止み、皆それぞれのテーブルへと戻っていった。
クライブは黙々とサンドイッチを食べていた。
するとそこへ、騒ぎから開放されたアクアがやってきた。
「となり・・・いいですか?」
「・・・・・・ああ」
アクアはクライブの隣に座ると、カウンターの奥を見回した。
「あれ?今日はレオナさんいないんだ・・・。どうしちゃったんだろう。・・・最後に会っておきたかったんだけどな」
・・・・・・最後?どういうことだ?
「すいません。僕もクライブさんと同じものください」
「はい、かしこまりました」
アクアの発言が気になりながらも、クライブは一つ目のサンドイッチを食べ終えようとしていた。
「クライブさんはこれからどうするの?」
となりにいたアクアがそう問いかけた。
「・・・俺はギルドへ戻る。刑は執行された。もうこの地に用はない」
「そっか、そうだよね・・・」
さっきのアクアの発言が気になったクライブは、問いかけてみることにした。
「・・・お前はやはりこの地のリーダーとしてこれからもやっていくのだろう?」
クライブはグラスを口にし、アクアの答えを待った。
・・・・・・しかし、アクアの応えはすぐにはこなかった。
どうしたのかとグラスを口にしながら、視線を変えた。
アクアは少し下を向き、苦笑いをしながら言った。
「それはできないんだ」
・・・コト。
クライブはグラスをカウンターに置いた。
「僕は、これから行かなくちゃいけないんだ。ジョウイと約束した、あの場所へ。 ここで再会しようって約束したあの場所へ。 そこへ行ってジョウイと会わなきゃいけないんだ」
「お待たせしました―」
店員が持ってきた水を一口飲むと、アクアは語り始めた。
「お姉ちゃんは・・・ナナミは言った。僕とジョウイが争うのが嫌だったって。僕だってもうジョウイと争いたくはないし、争う必要もない。・・・ルルノイエの王座の間に、ジョウイはいなかった。それなのに、こうして帰ってきてここのリーダーを続ける気持ちは、僕にはない。ジョウイに会って、話をしなくちゃいけないんだ。 いつからか別れてしまった僕らだったけれど、 目指したものは同じだった。僕たちはまた一つになれると思うんだ・・・・・・」
そこまで言うと、アクアはサンドイッチに手をつけた。
クライブはいつしか、サンドイッチを口に運ぶ手を止めていた事に気がついた。
たぶんアクアは、そうとう悩んだのだろう。
新同盟軍のリーダーが、果たしてこのような理由で辞めていいのかと。
アクアが言った。
「さっき会議室に、シユウさんとか各国の長たちが集まって僕に言ったんだ。この地に新たな国を打ち立て、その国を導いてくれって。でも、僕は断ったよ。僕がそれを受け入れたとして、ナナミはそれなりに喜んでくれるかもしれない。でも、ナナミが望んだのはもっと別の事だったから・・・。多くの人たちと、ナナミ。結局僕はナナミを選んだんだ・・・。ナナミが望んだ事を叶えたかったんだ・・・」
クライブは考えていた。
ケリィが、そしてエルザが望んだ事を。
ケリィは片方にしか弾が入っていないことを知り、入っていないほうを取った。
エルザに生きていて欲しかったからか?
でも、エルザはケリィを殺したことに罪悪感を感じ、自分が殺される事を望んだ・・・?
俺は何も知らずに、ケリィを殺し、シュテルンとモーントを盗んで逃亡したエルザを殺す事だけを考えていた。
そして俺はエルザを殺した・・・。
「・・・・・・結局皆、自分の望みを果たす為にあがいていただけ、か・・・」
その時ちらりとアクアがクライブの方を不思議そうに見たが、クライブは気づいていなかった。
アクアはサンドイッチを食べ終え、水を飲みほして言った。
「クライブさん。僕はもう行きますね。今までいろいろとありがとうございました。ギルドに戻っても元気でいてくださいね。じゃあ」
そう言うと、カウンターに代金を置き、ごちそうさまーと大きな声で店員に挨拶し
最後はクライブに手を振って、アクアは酒場を後にした。
・・・そろそろ自分も行かなければな・・・。
そう思うと、クライブは最後の一口をほうばり、酒場を後にした。
身を包む黒いマントが風に揺れる。
クライブは皇都ルルノイエの北東の海沿いまでやってきた。
目の前には蒼い海が、どこまでも広がっている。
「それぞれが自分の望みを果たす為にあがき、その結果がこれ・・・か。ふっ、笑わせるな。俺が何年もかけて追いつづけてきたのは、一体なんだったというんだ」
ケリィもエルザもこの世から消え去り、自分だけが取り残され、こうして生きている。
自分だけが。
ならばどうする?
・・・俺もいっそのこと死ぬか?
「こんな事で死んじまう男だったのかい、ぼうや?あまちゃんだねえ」
・・・・・・エルザならそう言うかもしれない。
「あいにくだな、エルザ。俺はこんな事では死なん」
わざわざ一人取り残されてやったんだ。生きてやろうじゃないか。
クライブは一度目を閉じ、ゆっくりと開くと鼻でふんと笑った。
それから、腰に手を回しシュテルンとモーントを取り出した。
・・・・・・もう用はない。
クライブはしばらく見つめた後、その二つのガンを空高く投げた。
そして次の瞬間
ガウンッ!!!!!!!!!!
クライブはシュトルムで二つのガンを撃ち砕いた。
近くの木から鳥が勢いよく飛び立っていく。
太陽の光を浴びながら、それら二つは砕け散った。
星よ、月よ、共に大海に散れ。
そして安らかに眠れ。
お前たちがいなくともよい世界になることを願おう。
クライブはその場に再び静寂が戻ると、今度はシュトルムを見つめた。
これがなければ、何も起きなかった・・・。
しかし・・・。
「ガンがなければ、俺は生きてゆけないからな。俺はそれしか生きるすべを知らない。・・・お前も辛かったのだろう。それにお前はエルザを撃たなかった」
クライブはそう言うと、シュトルムを元に戻した。
さあ、そろそろ行くとするか・・・。
そしてクライブはそこを後にした。
生きて何をする?
・・・とりあえずギルドに戻らなければな。
俺の居場所はあそこしかない。昔からいたあそこしか。
ギルドは全てが黒だった。しかしその中でケリィやエルザと笑っていた日々もあった。
その場所で生きるのも悪くはないか・・・?
アクアはナナミがそして自分が望んだ事を叶えるために旅立った。
ならば俺は、あの場所を守りつづけ、自分たちのような事が再び繰り返されないように生きる。
そんなところでいいだろう、なんてな。
どこまでも続く大地に、いつもと変わらない陽気が戻ってきた。
鳥のさえずりに、木々のざわめき、風のにおいに、海の音。
マントをたなびかせながら、クライブは海を背にした。
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