あの時、おまえに別れを告げておくべきだったのかもしれない。
そうすれば、こんな思いはせずにすんだだろうに・・・・・・。


テッドの一日はライトの家から始まる。
「いっただっきまーす!」
テッドは元気よくそう言って、グレミオの料理をがつがつと食べ始めた。
けれど、ライトは隣で半分眠っている。
そんな彼らをグレミオは、にこにこしながら見ていた。
「坊ちゃんはまだおねむですね、ふふふ」
「まったく、朝からしゃきっとしないやつだよ」
「テッド君はいつも元気ですね」
「ああ、俺はいつも元気なんだ!」
テッドはテオに拾われここに来てから、毎日を本当に楽しく感じていた。
もっとも、そのテオは今、遠征中でしばらく戻ってこれないが。
「それにしても、今日はよく晴れているね、グレミオ」
クレオはテッド達の向かい側に、落ち着いた物腰で座っていた。
「本当に。今日一日、いいお天気になりそうですね。どうでしょう、たまには川の方にでも出かけてみませんか?」
「本当!?行く行く!絶対行く!お昼ご飯はグレミオさんのお弁当で決まりだなっ!」
「まあ、それもいいですけれど、せっかく川に行くのですから、釣りでもなさってそれで捕れたお魚を私が料理する、なんていうのはどうです?」
「いいね!よーし、決めたっ!おい、ライト!ライトってば!」
テッドがライトの肩を掴んでぐらぐら揺らすのだが、ライトはなかなか起きない。
「いいか、今日は俺が釣りの極意を伝授してやる!ついて来い!よーし、なんだか燃えてきたぞ!さっさと食べて支度しようぜ!」
テッドは今日一日が楽しくなりそうだとわかった途端、急いでご飯を食べるのだが、ライトはまだスプーンを持ったままうつらうつらしていた。
グレミオはそんな二人を見てまた微笑むと、指揮をとり始めた。
「それじゃあ、急いで支度にとりかかりましょう。坊ちゃん、ほら、ちゃんと食べて!テッド君、支度が終わり次第ここに来てくださいね。クレオさん、パーンさんはどうしたんです?」
「あいつならまだ寝てるよ、まったく。あとで起こしてくるから」
「しようがないですね、パーンさんは。よろしくお願いしますよ、クレオさん」



川の前までやってくるとテッドはあまりの気持ちよさに伸びをした。
「ふんっ・・・・・・はあーーーーーっっ!いい気持ちだな!晴天、晴天♪まさに釣り日和だな。それじゃあ、ここいらで釣り始めようぜ」
「そうですね。私は向こうの方でご飯の支度をしてますから、お魚が釣れ次第持ってきてくださいね」
「待ってグレミオ。あたしも行くよ」
そうしてグレミオとクレオは行ってしまった。
テッドとライトはというと、まず近くを歩いて木の枝などを探し、釣竿を作り始めることにした。
ライトは、なかなかうまく作ることができずにいた。あくせくしながら作って、しかしできたものは全然違う物で。
あれーっ?っという顔したライトを見て、テッドは笑いをこらえきれずに、ついふきだしてしまった。
なんとかして完成すると、いよいよ餌をつけて、釣り針を川に投げ入れた。
「まあ、釣りは忍耐だからな!そうそうすぐには釣れないから・・・って、おっ、おおっ!来た来た来たー!」
テッドが言い終わらないうちに、彼の糸はぐいぐいと引っ張られていった。
「よーし、ライト!よおっく見てろ!これが、釣りってやつだあーーー!!!」
そうして顔が真っ赤になるくらい、力いっぱい竿を引き上げると見事なかれいが、青空に躍り上がり日の光を浴びた鱗がきらめいた。
「うっひょー!快か〜ん!なかなかイキのいいかれいだな!今度はおまえの番だぜ!ほら、おまえのも引っ張られてるぞ!」
それまで彼を呆然と見ていたライトは、すぐ我にかえると、口を真一文字に結ぶが緊張して小刻みに震えていた。
「落ち着け、落ち着け!いいか、せーので力いっぱい引き上げるんだぞ!せーのっ!」
テッドの掛け声と共に、ライトは力いっぱい竿を振り上げた!!・・・・・・が・・・。
「あっははははっ!長靴かあ。残念だったな、ライト!」
「テッド〜」
笑っているテッドをふてくされた様子でライトが見ているものだから、テッドは余計に笑ってしまう。
すると突然、大きな気合の声がした。
声のする方を見てみると、パーンが浅瀬に仁王立ちになって
ものすごい形相で水を睨みつけながら素手で魚を取っていた。
「おお〜。よっしゃあ!あれくらい気合入れていこうぜ!」
「うん!あっ!あ、きたよ、テッド!」
「おっしゃあ!気合入れろ!今度はそーれで行くぞ!そーれっ!」
二人一緒になって掛け声を入れる。
ライトはさっきのように震えてなどいなかった。
力いっぱい竿を振り上げたその先には・・・・・・!!!
「かれいだー!」
テッドは思わず跳びあがっていた。
「やったよ〜テッド!あはははは!」
「ははは、よくやったじゃねえか、ライト!」
うれしくって、楽しくって。
テッドにはそんな単純な言葉しか思いつかなかったが、素直に心からそう感じていた。
「ねえねえ、テッド!さっきパーンさんがやってたのできる?」
「ああ、もちろんだよ!」
テッドはそう言うと、腕まくりをし始めた。
「見てろよ、ライト。すっごく速いから、目を凝らしてないと・・・」
と、テッドは言葉をつぐんだ。
グローブをはずしたばかりの左手が、右手のグローブを掴んでいた。
その手にだんだんと力がこもっていく。
ライトはそんなテッドを見て、首をかしげた。
「わりぃ、ライト・・・。やっぱりできないや、俺・・・。あ、あはは。ごめんなっ!できるとか言っちゃってさ!俺ってば見栄張っちゃってさあ〜。いざやろうと思ったら、なんか怖くなっちゃって!あはは!」
「テッド?」
「・・・ライト。俺はこっちを片付けていくから、おまえは魚もって先にグレミオさん達の所へ戻っててくれ。待ってるだろうからさ!」
テッドはニカッと笑ってみせた。
「う、うん」
ライトはテッドを不思議そうに見つめていたが、すぐに魚の入ったバケツを持って駆け出していった。
テッドはライトが樹木の方へ入っていくまで、その後ろ姿を見つめていた。



大地を分かつ大河は、ゆっくりと流れていた。
彼らは水が絶える事がない限り、流れつづける。永遠に。
そして自分もまた同じなのだ。テッドはそう思っていた。
グローブで隠された右手に力がこもった。
わかってる。忘れたわけじゃない。いつかはこの地も去らなくちゃいけない。
わかってるよ。けど、なかなかできないんだ。
この場所が、人々が、そしてライトが、いつの間にかこんなにもいとおしい存在になっていたなんて。
大地を分かつ大河は、ゆっくりと流れる。
水が絶える事がない限り。永遠に。
この紋章を背負う者には、時間が孤独に流れつづける。
何かに命を奪われない限り。永遠に。
川はいつしか広き世界に流れ出る。
そこは大海か、池か、湖か。どこに出るか、川は知らない。それでも広き世界に流れ出る。
この紋章を背負った俺は、どこに出れるというのか。広き世界にさえも出れないだろうに。
テッドはしばらく川を見つめていた。
と、突然
「テッド君・・・?」
テッドがはっとなって振り返ると、そこにはクレオの姿があった。
「クレオさん。どうしたんですか?あ、もうグレミオさんの料理ができちゃったとか?
 さすがグレミオさん!速いな〜」
「あ、いや・・・。そうじゃないのだけれど・・・。遅いからどうしたのかと思って」
「あ、今行こうと思ってたんですよ、ははは。じゃ、行きましょっか?」
「・・・そうね・・・・・・」
クレオは何かを心配しているかのように、テッドを見つめていた。
「?クレオさん、どうかしました?」
「・・・テッド君。何かあったら私でよければ話し聞くからね」
「へ?」
「なんだか、テッド君、どこかへ行ってしまいそうな顔をしてたから・・・・・・」
テッドの胸が鳴った。
「え?俺がっすか?な、なんでっすか〜。そんな、また〜!さ、行きましょう」
テッドは笑顔を見せると、駆け出していった。
二つの思いに引き裂かれたテッドの頬に、汗が流れた。



気がつくと、テッドはベッドで仰向けになっていた。
外で雨が降っている音がする。
「夢、か・・・・・・そんなことも、あったな・・・」
いつかは去らなければいけない。そうわかっていながら、いつまでも去る事ができなかった。
わかっている、わかっていると言いつつ、結局わかっていなかった。
そうして俺はさっきおまえに、一族が、そして俺が命をかけて三〇〇年間守りつづけてきた、あの呪われし紋章を継承した。
あの時去っていれば、おまえにこんな事させなくて済んだのに。
けれど、ひとつだけ知っておいてほしいことがある。
その時、玄関の方でなにやら騒いでいる音がした。
それが一体何なのか、テッドにはわかっていた。
テッドはゆっくりと起き上がると、玄関の方へと向かって行った。
突然テッドが姿を見せると、ライトが駆け寄ってきた。
「テッド!」
「ライト・・・」
テッドは一度だけ目をゆっくりと閉じると、自らが囮になることを告げた。
「テッド、そんなっ!」
「しっ!静かに!大丈夫だって。俺のことは心配しなくていいからさ」
「そんなことできるわけないじゃないか!」
「大丈夫だよ、逃げきれるって。さ、ほら、早く!」
そうしてテッドはライトの背中を押した。
テッドの気持ちをくんだグレミオが、ライトを諭す。
だんだんとライトが遠くなっていく。
振り向きざまにライトが言った。
「絶対、絶対逃げ切れよ!」
「ああ、必ず!」
テッドはいつまでもライトを見つめていた。その姿が消えるまで。

ライト、おまえにひとつだけ知っておいてほしいことがある。
俺はおまえにどんなに迷惑をかけたか知れない。
それに対して、おまえが俺を恨もうと、殺そうと、そんなのは構わない。
けれど俺は、おまえに迷惑をかけたくて、いつまでもこの地を去らなかったわけじゃない。そうじゃないんだ。
俺はただ、一生、命をかけて果たさなくちゃいけない使命に抗ってでも
おまえに別れを告げたくなかった。
それだけを知っておいてほしい・・・・・・。

降りしきる雨は、いつの間にか激しさを増していた。
 

久しぶりに、というか一本目以来の『T』ネタです。
テッドは年をとらないことがばれてしまうから
長年一つの場所に留まる事はできない、ということはわかっていたはず。
そうやって、多くの地を転々としてきたのだと思います。
けれども坊ちゃんと出会ってから、なかなかこの地を去ることができなかった。
それほどまでにテッドにとって、坊ちゃんの存在は大きかったのではないでしょうか?
もしテッドが紋章を持っていなかったら、二人は一体どうなっていたんでしょう・・・。

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