あの日を境に、私は祖国と戦うこととなった。
ルカ・ブライトの暴挙を止め、争いを終わらせる為に、裏切り者の汚名を着ようとも戦ってきた。
その最中、父を失い、母は……どうしただろうか、私たちが祖国を離反したことで何か処分を受けたかもしれない。
そして今、戦いは終わりを告げた……。



「…ス。……クラウス?」
ぼーっとしていたクラウスは、シュウの呼びかけではっと我に返った。今は打ち合わせ中だ。
「な、なんでしょう、シュウ殿?」
慌てて聞き返すクラウス。シュウはクラウスが打ち合わせ中にぼーっとするなどらしくないと感じていた。
「…しばらく休んでこい」
そう言うとシュウは手元の資料を揃え、立ち上がった。
「え…あ、はい。失礼します」
クラウスはおずおずとシュウの部屋をあとにした。
それを見送ると、シュウはコップを手に取った。



クラウスは城の外にある、池の側にやってきた。
腰をおろして空を見上げる。
(打ち合わせ中にぼーっとするなんて……何やってんだろう)
はあっと長いため息が出た。
戦いは終わり、新しい国ができた。
リーダーが去り、この地は今新しい国づくりに追われている。
そんな中、既に新しい場所や故郷へ旅立ったものもいる。
また、しばらくは新しい国の建国に力を尽くし、落ち着いたら去る者もいるかもしれない。
見上げた空に流れゆく雲。
ゲオルグやゲンシュウ、ハンナ……何も言わずに去っていった者たち。
この池の側によくいたジークフリードの姿もない。
フリードやヨシノ、ツァイにトモ、タイ・ホー……故郷へと戻った者たち。
戦いの終わった今、クラウスはふと自分はどうすべきなのか考えた。
流浪の旅のようなことは、自分にはできない。
かといって、故郷へは……もう帰れないと思う。
故郷へ戻ったり、旅に出たり……自分の足で行くところがある者たちをクラウスは少し羨ましく思った。
自分はここに残るか、それともどこかでひっそりと暮らすか……。
「何を考えておるのじゃ?」
「ひっ!」
突然妖しい息が首筋にかかったので、クラウスは驚いて身をひいた。
呼びかけたのはシエラだった。
「おんしがそんなに驚くのをわらわは初めてみたぞえ。くっくっく…」
「シ、シエラさん…」
シエラが不適な笑みを浮かべながらじりじりと寄ってくるので 、クラウスは必死であとずさる。
しかし気づくと後ろはもう城の壁…。
(しまった!もう後がない!)
するとシエラは膝をついて、クラウスと同じ目線なる。
「くっくっく…」
シエラの笑いが増す。クラウスは人生最大のピンチだと思った。
近づいてくるシエラの顔。手は押さえつけられ足は固まって動けない。
クラウスは目を瞑った。
「シ、シエラさん!お願いですから……!!」


しかしシエラは襲ってこなかった。
クラウスが恐る恐る眼を開けると、シエラがくっくと笑い出した。
「シエラさん?」
「おんしは面白い奴じゃ。からかうのはこれぐらいにしておくかのう」
そう言ってシエラが離れたので、クラウスはほっとした。
「それにしても、この城も変わったのう」
「え?」
「城内を歩いていても、姿の見えぬ者が多いのじゃ。戦いが終わったから去っていったのじゃろう」
シエラは池の淵にしゃがみ中をのぞいて言う。
その言葉がクラウスにとっては意外だった。同じようなことを自分以外の人が考えていたということが。
「おんしはどうするのじゃ。おんしもどこかへ行くのかえ?」
「私…ですか?」
ちょうど今自分が考えていた、しかもその答えは出ていないことを言われ、クラウスは戸惑った。
「私は…わかりません」
クラウスは城の壁に背を預け、首を垂れた。
戦いが終わり、どこか空虚さを抱いたと思う。
平和を取り戻した。それはいい。
けれどそこで自分がこれからどう歩んでいけばいいのかわからなかった。
ふとシエラがつぶやいた。
「おんしがおらぬと寂しくなるのう…」
「え…?」
クラウスが顔を上げると、シエラはかすかに笑みを浮かべていた。
「それにおんしがいなくなると、シュウの奴も大変になるぞえ。アクアというリーダーがいなくなった今、この国を率いていかねばならないのはあやつじゃからのう。アップルもおるが、あやつは少々うるさくてのう…くっくっく。それからザムザもおる。あやつのあの性格はなんとかならんかのう?本当に魔術指南の役で大丈夫かあ?やはりおんしのような存在がおらぬと駄目なようじゃ」
「私のような存在、ですか?それは一体…」
「そうじゃのう…世話焼き…とまではいかなくとも、見守るというかなんというか…」
「私が…」
シエラの言葉がまたしても意外だった。自分がそんな風に思われていたとは…。ただの目立たない存在ぐらいだと思っていた。
意外そうな顔をしているクラウスを見てシエラは続ける。
「おんし、大酒飲みのキバのことを心配しておったそうじゃな、聞いたぞえ。そういうことを言っておるのじゃ」
そういえばそんなことを心配していた時もあったなとクラウスは思い返した。大きなジョッキにがばがばと酒を注ぎ、豪快に飲む父。その傍らで父の身体を心配しなかったことはなかった。
ふいにシエラが立ち上がった。
「去った者もおるが、残ったものもおる。わらわはこの戦いを通して多くの者に出会った。おんしもそうじゃろ?」
そう言ってクラウスに微笑みかけた。
そうなのかもしれない。王国を離れてから自分には多くの仲間ができた。去っていった者たちだけではない。ハンスはここで防具屋を続けているし、テッサイも鍛冶屋を続けている。バーバラは国庫をとりしきっているし、シロウの賭博場はいつも賑わっている。
例え故郷に帰れなくとも彼らがいる。
自分には軍師の才しかない。ならばもう少しシュウのもとで教えを受けよう。
そしてこの新しい仲間と共にこの国の為に尽くそう。
「そうですね。私も多くの人たちと出会いました」
クラウスもまた微笑み返した。
するとシエラは一瞬にやりと笑ったかと思うと、次の瞬間にはもう膝をついていた。
「え、シエ…」
「わらわもおんしと出会えてよかったぞえ」
そう言うとシエラはクラウスの肩をがしっと掴み、首筋めがけて首を伸ばした。
「はい?」
クラウスが襲われるまであと3秒。



「わーシエラさん!やめ…!!!」



クラウスがシエラに襲われようとしたその時。空から黒い影が舞い降りたかと思うとシエラの頭に蹴りを入れ、ピンクのマント翻して一匹のむささびが飛びすさっていった。
蹴りを入れられたシエラはよろめくと頭を手でおさえ、もう少しのところを邪魔されたことに怒りを爆発させた。
「おのれミクミク…許さんぞ!こらあ、待てーーーーーー!!」
危機一髪。。。
クラウスはふうっと安堵のため息をついた。
遠くでシエラの怒りの叫びとミクミクの鳴き声が聞こえてくるのにかすかに笑うと、クラウスは立ち上がった。



コンコン
「失礼します」
クラウスがシュウの部屋を開けると、いきなりアップルの声が飛び込んできた。
「だーかーら!もう!何度言ったらわかるのよ!ここはこうじゃなくてこうって言ってるでしょ!?」
「す、すいません!」
「すいません!!」
アップルが2人の部下を目の前に何やら怒っている。
そしてその側で、シュウは眉間にしわを寄せ軽くつまんでいる。
「シュウ軍師、お疲れですか?」
クラウスが近づいていくと、シュウは明らかに先ほどとは違う、生気を帯びた明るい様子を見てとった。
(ようやく、元気がでたようだな)
シュウはふっと笑って言った。
「全く副軍師殿がいないとね」
「え…」
驚いて戸惑うクラウス。
「ちょっとシュウ兄さん。それどういうこと?私だって副軍師よ!」
聞き捨てならぬとばかりにアップルが割って入った。
「だいたい兄さんは…」
「ああ、もう、アップル。もう少し静かに話せないのか?」
「そうやって話をすりかえようとしても無駄よ!私は」
「クラウス、さっきの続きだが」
「ちょっと兄さん!」
「お前は早くそっちの2人と話をつけろ」
「あのねえ!私は…」
いつもの調子にクラウスは小さく笑った。
そしてこんな場所に自分がいられることを幸福に思った。


私は思いもよらずこの地に流れ着いた。
またどこかへ流れゆくのだろうか。それはわからない。
けれど今少し、この空の下にいたい。
そしてこの大地の恵みとなる雨を生みだし、また涼やかな安らぎを与える、そんな雲になりたいと思う。

 

グリンヒルでのクラウスの台詞に
自分はもうハイランドには戻れないだろうから
こんな所で暮らすのもいいかもしれない、というのがあります。
戻っても裏切り者呼ばわりされて、落ち着いて暮らせないかもしれません。
今回はクラウスのその後「シュウのもとで教えをうける」にあわせましたが
いつかは彼もどこかでひっそりと暮らしたり
マッシュのように子供たちに勉強を教えたり
こっそりと故郷を訪ねる日がくるかもしれません。
また彼は軍師ですからどこかの戦乱に翻弄されるかもしれませんね。
冒頭でクラウスの母親について
「何か処分を受けたかもしれない」と書きましたが
彼女は名家の出だったので、処分は免れたそうです。
それからシエラですが、彼女のその後については
どこへ行ったとも残ったとも書いてありません。
故郷へ戻っても誰もいませんが
彼女もいずれどこかへ行くのかもしれませんね。

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