『捨て猫・b』
雨ばっかりのじめじめした毎日が続いてた。
やっと晴れたと喜んだその日もやっぱり午後は雨。マヌケなことに用心してカサを
持ってく・・・なんてことに気が回らなかったオレは、例によってずぶ濡れで帰る
ことになった。
早く帰ってあったかいシャワーでも浴びようと走っている途中、電信柱の影に
濡れてぐしゃぐしゃになったダンボール箱を見つけた。
ゴミかな、と思ったけど・・・なんだか気になって覗いてみる。
・・・箱の中にしかれた毛布には、もう水溜りが出来ていた。そして箱の隅っこで、
その水溜りを避けるようにしてちっちゃな・・・本当にちっちゃな子猫が1匹、雨に
打たれて震えていた。
・・・捨て猫だ。
こんなにちっちゃな猫を、こんな雨の日に捨てるなんて・・・酷いよ。
それに・・・たぶん、最初はコイツだけじゃなくて、コイツの兄弟たちも一緒に
いたんだろうな。コイツ一匹だけを入れるにしては、この箱大きすぎるもん。
きっと他の兄弟たちはみんな貰われてって・・・コイツだけ残っちゃったんだ。
こんな・・・こんな冷たい雨の中、一人ぼっちで。
「・・・お前も一人ぼっちなの・・・?」
オレもだよと心の中で付け足して、オレは猫を抱き上げた。
雨に濡れて、冷たいけど・・・でも、あったかかった。
急に胸が苦しくなって、なんだか泣きたくなった。
・・・どうして誰も連れてってくれないんだろう?
一人っきりで・・・寒くて、心細くて・・・こんなに震えているのに。
「お前、オレんトコくる?そうすれば寂しくないだろ?」
猫の丸い目が、オレの目を見てにゃあと泣いた。まるで返事を貰ったみたいで
嬉しくなって、オレは猫に頬を擦り付けた。
・・・もちろん、寮で猫を飼うのがご法度だって事はわかってる。
でも・・・ほっとけないじゃんか・・・。
猫を抱き締めながら、オレは思わずため息をついていた。
・・・はっ!!いけないいけない!オレがしっかりしなくっちゃ!
自分自身に気合を入れる。・・・うん、何とかなりそうな気がしてきた!
大丈夫!何とかなるなる!!
よしっ!そうとなったらこんな所でずぶ濡れてる場合じゃない!
オレは猫が濡れないように・・・っていっても俺もずぶ濡れだからもうあんま意味
ないけど、とにかく寒くないように制服の下に入れてやって立ち上がった。
ちょうどその時・・・ちょっと離れた場所で何故かぼ〜っと突っ立っていた、
寮の隣に住んでる先輩と、目が合った。
「あ・・・」
・・・ヤバい!見られたっ!?
そう思った時には、もう足が寮に向かって猛ダッシュをかけていた。
先輩は悪い人じゃないけど、あれでも一応生徒会の副会長だし・・・やっぱ知られ
たらまずいよな、たぶん・・・。
・・・ちょっと寂しい気分になったけど、でも感傷に浸ってる場合じゃない。
先輩が寮に着く前にさっさと自分の部屋に帰らないと!
部屋の前でカギを取り出そうと、ポケットに手を突っ込む。
・・・でも・・・何も入ってない。
慌てて反対側のポケットに手を突っ込んだけど・・やっぱり、ない!
冗談だろっ!?じゃあ鞄の中っ・・・!
鞄の中をがさがさあさるたび、体や鞄からボタボタ水滴が落ちた。
でも・・・そんな・・・嘘ぉっ!!!!
一瞬頭の中がパニックになりそうになったけど・・・足音が近づいてきたのを
聞いてはっと我に返る。
ヤバい!!ヤバいよ、先輩帰ってきちゃったよ!!
とにかく、見つかったらヤバい!オレは慌てて周りを見回して、下から足音が
響いてくる階段を駆け上った。
こうすればとりあえず先輩には見つからない。・・・先輩には猫拾ったトコ見られた
かもしれないから、次見つかったら言い逃れできない。
足音がだんだん大きくなるのを聞きながら、俺は思わずごくっと息を飲んだ。
・・・ちょっとだけ間があって、ドアがばたんと閉まる音がした。
ふぅ・・・何とか助かったぁ・・・。
ため息とつきながら階段を下りる。
けど・・・どうしよう、カギがなくちゃ部屋に入れない。もしかしたらと思って
部屋のドアを引いてみるけど・・・やっぱり鍵がかかってるし。
・・・寮監の先生に言ったら、多分合鍵貸してくれるけど・・・でもあの先生
めちゃくちゃ鋭いし、今行ったら絶対猫拾ったこと見抜かれるような気がする。
やっぱし自分で探すしかないか・・・せめてカサでもあれば少しは違うんだろう
けど、こんな状態じゃあってもなくても一緒だよな。
でもやっぱりないよりはマシ・・・なんて思いながら、思わず視線が先輩の部屋に
行ってしまう。
・・・もしかしたら力になってくれるかもしれない。けど・・・。
服の下で、猫が小さくにゃあと鳴いた。
・・・ゴメンね、もう少しだけ我慢してて。
猫をあっためるようにぎゅっと抱き締めて、オレはもう一度寮を出た。
寮から出たあと、オレはひたすら雨の中カギを探し続けた。
どこで落としたのか全然わかんないから、帰り道全部シラミ潰しで探した。
でも学校まで戻ってみてもカギは見つかんなくて・・・もう一度良く探しながら
とぼとぼと寮に戻った。
・・・コンビニに買物に行ってたらしい先輩とばったり出くわしたのは、
その帰り道の途中。
カギを学校に落としていたってことがわかったのは、次の日のことだった。
・・・冷たい雨が降りしきる、6月の雨の日。
オレはずぶ濡れのちっちゃな捨て猫を拾った。
でもその後鍵をなくしたことに気がついて、子猫と一緒に雨の中に逆戻り。
止まない雨に打たれながら、捨て猫みたいに途方にくれていたオレを拾って
くれたのは・・・他でもない、あれだけ逃げて隠れてたルシード先輩だった。
こんなことなら意地張ってないでさっさと助けてもらえばよかったって言ったら、
先輩は『バ〜カ、気づくのが遅えんだよ』って笑って俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
・・・その手は、とってもあったかかった。
最初の最初のホントに最初は、一目ボレだったと思うんだよね。
愛想はないし口は悪いし・・・みんな怖いっていてたのに、オレは全然そんな風に
は思わなかったし。怒りっぽいし言葉も容赦ないけど本当は優しい人だって、何日か
『お隣』やってるうちにすぐわかったよ。
前にも傘に入れてもらったりお菓子奢ってもらったりしたことあるけど・・・
でも、ホントのホントに惚れた決定打はきっとあの雨の日に差し伸べられた手だ。
・・・ずっと一緒にいたいって、初めて思ったよ。
オレとしては、『拾った人の責任』をちゃんととって欲しいけど・・・だけどそんな
こと面と向かって言えない。・・・言ったら何言われるかわかんないし、頭おかしいと
かいわれる前に相手にされないような気がする・・・それに先輩、絶対オレのこと
子ども扱いしてるし。だから今はこのままで我慢しててあげるよ。
でも『大好き』っていうのは嘘じゃないから、それだけは言わせてもらうからな!
先輩の手から体温計をひったくって、目盛りを読む。
「ん〜と、7度3分かぁ・・・わりと下がったね、熱」
・・・ベッドの中から苦情が聞こえるけど、今はとりあえず無視しとく。
時計を見ればちょうどお昼時。・・・どーりでお腹が減るはずだ。
「先輩、お腹減らない?食堂行ってご飯もらってきてやるよ」
「あ・・・?いらねーよ・・・自分で食いに行けるから」
「何言ってんの!!熱があるんだからちゃんと寝てなきゃダメだって!」
むっとしながら言い返すと、熱で赤い顔した先輩はばつが悪そうに寝返りを打った。
「いいから・・・お前、自分の部屋戻れ。風邪移るぞ・・・」
「え〜っ!平気だよ〜!・・・だいたい先輩の風邪、元はといえばオレから移った
風邪じゃん!オレのこと看病してくれて移った風邪なんだから、ちゃんと責任
取んなくちゃ!!」
「・・・どういう責任だ・・・アホ」
こっちから顔見えないから、どんな表情してるのかわかんないけど・・・でも声は
かなり辛そうだ。あんまり熱出したことないんだろうな、きっと。
「・・・お前のせいじゃねえんだから、んなに責任感じることねーんだよ・・・
だから・・・大丈夫だからさっさと戻れ」
なんか、考えてること読まれてる・・・?
・・・でも一番肝心なトコがわかってないね、先輩。
「ど・こ・が、大丈夫なんだよっ!それに責任だけで看病してるわけじゃないからな!
困った時はお互い様っていうだろ?病気のときぐらい黙って人に甘えろよな〜」
どうせ考え読んでくれるなら、建前でなくて本音の方を読んで欲しいんだけど
なぁ・・・思わずため息をつきながら立ち上がる。
「それとも何?俺がいると邪魔?・・・もしかして彼女がお見舞いにくるとか?」
イジワルのつもりで言ったその途端、先輩はやたら激しく咳き込んだ。
「大丈夫?水飲むっ!?」
思わず先輩の顔を覗き込むと、先輩は必死に咳を堪えながら首を振った。
「・・・じゃねえ・・・」
「え?何?何て言ったの?」
「そんなんじゃねえっつったんだよ・・・もういい、わかった。もう好きにしろ・・・」
涙目で呆れたように呟いて、先輩は頭から布団を被ってしまった。
・・・へへん!勝った!
「でも、ホントに先輩、彼女いないの?」
「・・・いねえって前からいってんだろが。なんでそんなに突っかかるんだよ」
「だって先輩モテるじゃん。・・・オレから見たってカッコイイしさ」
「・・・お前、またそういうことを・・・」
布団の上からでもため息をついたのがはっきりわかる。
ちょっと・・・ため息つきたいのはこっちなんだけど?
まったく、少しは気づいてくれたっていいのにな・・・オレの気持ち。
毎日毎日女の子たちに根掘り葉掘り先輩のこと聞かれるたんびに・・・俺の知らな
い先輩のこと聞かされるたんびに締め付けられてる、胸の奥のホントの気持ちにさ。
「・・・なぁ、ビセット」
「ん?何?お昼のこと?」
「いや、そうじゃなくて・・・お前さ、学年が上の奴全員を『先輩』って呼んでる
わけじゃねえよな?なのになんで俺のこと『先輩』って呼んでるんだ?」
「・・・はぁ?」
なんか黙ってると思ったら・・・何今更なこと言ってんだろ。
思わずため息をつくと、先輩はいつの間にかベッドの上で体を起こしていた。
「なんでって言われてもさ・・・だって先輩は先輩じゃん。他にどう呼べって
いうんだよ?・・・それに呼び捨てにしたら怒るじゃん」
肩を竦めながら答えると、先輩は少しだけ顔をしかめた。
そりゃホントは『ルシード』なんて呼べたらすっごい嬉しいけどさ・・・でも
先輩のこと呼び捨てにして『気安く呼ぶな』って睨まれた奴何人もいるらしいし。
それ考えると、怖くて『先輩』以外じゃ呼べないよ。
上目遣いに先輩の顔色を伺うと、先輩はむっとしたような顔でこう言った。
「・・・俺がいつ怒ったんだよ。・・・お前がそうしたいなら呼び捨てでいい」
「えええええっ!!?」
驚きのあまりの大声に、先輩は思いっきり顔をしかめた。
「嘘!?ホントに!!?ホントに呼び捨てで呼んでいいの、『ルシード』って!!?
気安く呼ぶな〜って怒らない!!?」
「・・・怒るぐらいなら言うわけねえだろが・・・って、おい!」
嬉しさ最高潮のノリ手伝って衝動的に抱きついてきたオレに、先輩は見事に押し倒
された。風邪で弱ってる証拠だよな〜なんて思いながら、引き剥がされないことを
いいことに肩におでこを押し付けてぎゅ〜っとしがみつく。
「ビセット!こら、離れろよ!シャレ抜きで風邪移るぞ!」
「別にいいよ〜だ!風邪は人に移すと早く治るって言うじゃん?せ・・・じゃなくて、
ルシード」
うっわ〜・・・なんか自分で言っといてなんだけどすっごい照れる・・・!
「あのな・・・お前が寝込んだら、誰が面倒見ると思ってんだよ・・・?」
一人で照れていると、いきなり先輩の手がオレの後ろ頭に触った。
それだけで心臓が跳ね上がり、顔が爆発しそうなほど熱くなる。
う〜・・・か、顔上げらんないよ・・・!
「だ、誰って・・・誰だよ?」
「・・・困った時はお互い様、なんだろ?」
ぽんぽんと頭を撫でられた時には、それこそ心臓が爆発しそうだった。
「・・・つーわけで、せいぜいこき使ってやるから覚悟しろよ。
とりあえず、腹減ったからメシにしよーぜ?」
「う、うん・・・」
一応は頷いたけど、でも・・・離れたくなかった。
どうしても言いたいことがあったから。
「・・・ビセット?どうした?」
心配げな先輩の声に、オレはなんでもないと首を振った。
そして・・・小さく深呼吸をして、その言葉を呟く。
「・・・ルシード、大好き・・・」
ホントのホントに、先輩が・・・ルシードが大好き。
今言ったって、絶対本気にしてくれないけど。でも、ずっとずっと一緒に
いたいって気持ちだけでも伝わればいいのに。
「さってと!じゃあお昼にしよっか!!ルシード何にする?」
がばっと勢いをつけて立ち上がって、意味もなく腕まくりをしてみたりして・・・
何とか気持ちと表情を切り替えて、オレはルシードにいつも通りの笑いを向ける。
「あ、ああ・・・俺は何でもいい。あんまり味が濃くないやつな」
答えるルシードの声は、なんだか少しぎこちない。
・・・うーん。そんなつもりはなかったけど、やっぱ押し倒しちゃったのはまずか
ったかなぁ・・・。とりあえず汚名挽回しとかないと!
・・・あれ?『汚名』は『返上』だったっけ?まぁいいや。
「何でもいいの?・・・じゃあオレがなんか作ってあげよっか?」
「は?・・・お前、料理できんのか?」
「ふっふ〜ん・・・自慢じゃないけど、だてに一人暮らし歴長いわけじゃないからね」
「・・・人間の食べモンだろうな?」
「どーゆー意味だよっ!!・・・よし、こうなったらルシードに俺の実力見せて
やろーじゃん!!」
ホントのこというと半分冗談だったけど、俄然やる気が出てきた。あそこまで言う
んなら、絶対にルシードに『おいしい』っていわせてやるっ!!
「じゃ、オレ部屋に材料取り行くから!ルシードはちゃんと寝てなきゃダメだよ!!」
「・・・わかったわかった、さっさと行ってこい」
後ろからやる気のないルシードの声が届く。
・・・くっそー!見てろよルシード!!絶対さっきの言葉をテッカイさせてやる!!
ひそかにガッツポーズをしながら、オレはピンクのマイエプロン(もちろんお気に
入り)と材料を取りに部屋に戻った。
部屋に帰れば、すっかりオレの部屋にいついた子猫がわざわざオレを出迎えにきて
くれる。もちろん、あの雨の日に拾った猫だ。
唯一ここに猫がいることを知っているルシードは、一応『ちゃんと貰い手見つけろ
よ』と真面目なことを言ってたけど、でも何だかんだいってオレが飼う事を黙認して
くれている。名前は、猫の女の子だから『にゃんこ』って名前をつけた。
・・・ルシードには思いっきり却下されたけど(ちなみに当のルシードは『猫』と
しか呼んでない)、オレはなんと言われようとそう呼んでる。
コイツがいなかったら、きっと今ほどルシードと仲良くないだろな。オレが寝込ん
だってことをルシードに知らせてくれたのもコイツだったし・・・。
思わず思い出し笑いをしていたら、足元でにゃんこがにゃあにゃあ泣きながら足に
体を擦り付けてきた。
・・・あ、そういえばコイツもお昼ご飯まだだっけ。
大急ぎでキャットフードとミルクを用意してやって、オレは冷蔵庫を開けた。
・・・隣にもお腹すかせたのがいるもんね。
あれやこれやと材料を見繕って玄関へ向かうと、さっさとご飯を食べ終わった
にゃんこが長いしっぽをゆらゆら揺らしながら後をついて来た。
「なぁ・・・寂しくなくなったよな?オレたち」
足元から、すぐににゃあという返事が返ってきた。
そうだね、捨て猫は・・・もう、いない。
さざえのたわごと
今回はふと思い立っていろんなことにチャレンジしてみました。
まずタイトルの「・b」はある小説のまねっこです(死)最初は「・a」の方から
書き始めてたんですけど、「・b」のが先にくることに気づいて急遽こっちを書き
始め・・・そして終わる頃にゃータイトルに「・b」とつけた意味がなくなって
ました(自爆)自分の暴走具合を把握してなかったようです・・・今となっては
「いいやビセ子のbで」と自分を納得させてます。
・・・じゃあaはなんなんだ?アトレーのa??(また自爆)
そして初めて一人称に挑戦してみれば某ピンクの表紙の少女小説のようなノリになっ
てしまいました。・・・ああもう踏んだり蹴ったり。でもまだ続きありますんでよかっ
たら見捨てないでくださいね〜・・・次はルシードで一人称だから今回よりはマシな
状態かと・・・今回は途中途中でビセ子が乙女化して大変だった・・・(遠い目)
・・・それからあの猫は組曲のエンディングでビセットと一緒に寝てた猫ってことに
してます(苦笑)名前は・・・ごめんなさい、思いつかなかったんで近所のお嬢ちゃ
んの口癖から拝借しました。彼女は犬でもなんでもにゃんこと呼びます・・・
・・・かわいいなぁ、子ども・・・(おい)
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