『捨て猫・a』

 ・・・最初は、ただのうるさい隣人だった。
 夜中まで人の迷惑考えずにガンガンCDかけるわ、調子外れな声で歌うわ・・・
今まで何度青筋立てて隣へ怒鳴り込んだかわからない。
『ごめんごめん、つい調子に乗っちゃって』
 耐えかねて文句を言いに行くと、隣の住人であるアイツはいつもばつが悪そうに
そう言って、ごまかすように笑う。
『本当にごめん、今度から気をつけるから!』
 怯えた様子もないその顔を見ると、何故かいつも怒る気が失せちまう。
 ついでかける言葉もなくしちまって・・・しょうがねえから念を押すように『本当
に気をつけろよ』とか、あまり気のない言葉を返して踵を返す。
『おやすみ、先輩!また明日ね〜!』
 無邪気な声に振り返れば、屈託のない笑顔で少年が笑っている。
 おう、と返事を返して部屋に戻り、何故か自分も笑っていることに気づいた。
 ・・・無愛想なのは生まれつきだし、言葉遣いが悪いのもわかっているが治す気は
ない。だから初対面の、特に年下の人間に怖がられんのも慣れちまっていた。
 でも今年隣の部屋に入ったアイツ・・・ビセットだけは最初から怯むことなく笑顔
を向けてきた。いつだったか、雨の日に傘に入れてやって以来すっかり懐いちまった
ようで、今じゃ事あるごとに何だかんだと理由をつけて付きまとってくる。
 鬱陶しく思っているはずなのに、それがいつまでたっても我慢の限界にまで
行かないことが不思議でしょうがない。それどころか、何かと危なっかしいこと
ばかりしているビセットから目が離せなくなっている。
 ・・・あの時だってそうだった。
 あれは梅雨時にしては珍しくよく晴れた朝の日のことだ。
 例によって午後から天気は崩れ、下校時間になる頃には朝の晴れ間が嘘のように
大荒れの天気になっていた。
 いくらなんでも梅雨時だし、まさか傘を持っていないなんてことはないとは思った
が・・・そそっかしいアイツのことだ、もしかしたらまたゴミ袋被って帰ろうとして
るんじゃないかと、昇降口でアイツの姿を探したりしながらしばらく待ってみた。
 ・・・が、そのうち全くもってらしくないことをしてる自分がアホらしくなり、
ため息をついて帰路についた・・・そのあとだ。
 ずぶ濡れのビセットが道端にしゃがみ込んでるのを見つけたのは。

「・・・お前も一人ぼっちなの?」
・・・ずぶ濡れのせいでかなりいつもと印象が違うビセットは、驚いたせいで声を
かけそびれた俺の前で寂しげに笑って『何か』を抱き上げた。よく見てみれば、
腕に抱かれているのはまだ生まれてからそんなにたってなさそうな子猫だ。
「お前、オレんトコくる?そうすれば寂しくなくなるだろ?」
 ・・・寂しいのはどっちの方だか。
 猫を見つめるビセットの目が・・・捨てられていた猫と同じ様な目に見えた。
 ビセットの腕の中で、子猫がまるで返事をするようににゃあと小さく鳴く。
 随分人懐っこい猫で、嬉しそうに笑ったビセットが頬を摺り寄せても全然抵抗せず
されるがままになっている。ビセットは子猫を服の中に隠し、きょろきょろと辺りを
見回しながら立ち上がった。
 ・・・目があったのはちょうどその時だ。
「あ・・・」
 そう呟いたビセットの顔には、思いっきり『まずい!』と書いてあった。そして
俺が声をかける前に、猛スピードで寮の中に駆け込んでいく。
 ・・・たぶん猫を取り上げられると思ったんだろう。俺としてはそんなつもりは
全くなかったが、これでも一応生徒会副会長だ。寮で動物を飼う事を知られるのは、
普通に考えれば避けたいところなのかもしれない。
 とりあえず見なかったことにしてやることにして、俺はまた歩き始めた。
 部屋に入る時アイツの部屋の前にやけに水が飛び散っているのが気になったが、
さっきのこともあるしそのまま無視して通り過ぎる。
 ・・・それから1時間ぐらいたってからだろうか。俺は近くのコンビニに買出しに
出かけた。ちょうど小腹もすいてたんで菓子やら何やらいろいろ買い込み、帰る頃に
は雨はますます激しくなっていた。そんな傘を差しててもずぶ濡れになりそうな雨の
中、足早に寮に戻る途中・・・俺は信じられないものを見つけた。
 この道はちょうど学校から寮に戻るのと同じ道・・・その道端で傘も差さずに
しゃがみ込んでいるのは、さっき俺より先に部屋に戻ったはずのビセットだった。
 しかも制服のまま、頭から足の先までずぶ濡れの状態で。
「おまっ・・・こんな所で何やってんだよ!?」
 思わず声をかけると、振り返ったビセットはやはり『まずい!』というような
表情をしていた。・・・ということは・・・!
「え・・・せ、先輩!?なんでこんなトコに・・・」
「そりゃこっちのセリフだ!お前部屋に戻らなかったのかよ!」
「・・・え、え〜っと・・・実は、カギなくしちゃって・・・」
 思い切りばつが悪そうに、ビセットは腹の辺りに手を添えながら立ち上がった。
「アホかお前は!!そんなん寮監に頼んで開けてもらえばいいじゃねえか!カギ探す
にしたって傘借りにくるくらいの・・・!」
 そこまで言って、俺は気づいた。こいつ猫を気にして・・・誰かに見つかったら捨
てて来いと言われると思って、だから自分だけで解決しようと鍵を探しに来たんだ。
 気づいた途端、俺は訳もなく苛立った。
「それはそうなんだけどさ、でもそれってなんかカッコ悪いじゃん?だからバレない
うちにカギ見つけようと思ったんだけど・・・見つかっちゃったか・・・」
 まだごまかす気でいるらしく、ビセットは苦笑いを浮かべながら頭をかく。
 俺はその腕を引っつかんで、黙って早足に歩き出した。
「ちょ、ちょっと先輩!!まだカギ・・・!!」
「うるせえ!・・・いいからさっさとこい!」
 振りほどこうともがくビセットを無理矢理引きずって、俺は来た道を引き返した。
 そしてずぶ濡れのビセットを自分の部屋に放り込み、寮監を勤める同郷の出の
教師の所にアイツの部屋の合鍵を借りに行く。
「お前が後輩を匿うとは珍しいな」
 寮監のゼファーは、思いっきりニヤニヤしながら合鍵を出した。
「・・・その気があるなら、ちゃんと責任を取る気でいるんだろうな?ルシード」
「あ?何のことだよ?」
「聞いた通りの意味だ」
 まったく・・・いつもながら食えねえ奴だ。
 あんまり関わりたくないのでさっさと部屋に戻ると、風呂から上がったらしい
ビセットがタオルで猫を拭いていた。さっき俺が適当に出した着替えは、あいつの
ちっこい体にはだいぶ大きいようだった。
 服から覗く細い首筋やすらりと伸びた足を見た途端、思わず顔がかぁっとなった。
 ・・・おいおい、アイツは男だぞ!?
「あ、先輩・・・」
 俺に気づいて顔を上げたビセットを・・・正確にいえばその首筋やすらりと伸びた
足を見ないようにしながら、俺は黙って合鍵を差し出した。
 ・・・さっきちらっと見た表情や声を見る限り、まだ何か張り詰めたような緊張感
を感じる。多分まだ猫のことを心配しているんだろう。
「・・・おい」
 少し視線を戻して呼びかければ、ビセットはあからさまにびくっとして猫をタオル
ごと胸に抱きかかえた。
「・・・捨ててこいなんて言わねえよ。ちゃんと貰い手探して・・・見つかるまでは
お前がしっかり面倒見ろよ」
 ビセットは弾かれたように顔を上げ、信じられないといった表情で俺を見た。
「・・・黙ってて・・・くれるの?」
 どこか無感情な声で、ビセットは小さくそう呟いた。
「事情が事情だからな。その代わり、途中で投げ出すんじゃねえぞ」
「・・・うん・・・!」
 頷いたまま下を向いたビセットの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
 ぎょっとした俺が大いに慌てて動揺していると、ビセットは涙を手で拭いながら
明るい笑顔を浮かべた。
「へへっ・・・こんなことなら意地張ってないでさっさと助けてもらえばよかったよ」
 俺はため息をついて、ビセットの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「・・・バ〜カ。気づくのが遅せえんだよ」

 ・・・とまぁ、上げ始めたらキリがない。この間の休みだってアイツんとこの猫が
俺の部屋のベランダまで入ってきやがったんで、文句を言おうと思って猫を連れて
部屋に行ったら・・・呼び鈴を押しても返事がねえ。ドアノブを引いてみれば鍵は
開いてて、何事かと思って中に入るとアイツが倒れていた。
 これだから、アイツは目が離せねえんだ。・・・といっても、倒れていた原因は
何のことはないただの風邪だったんだが。

 とりあえずベッドに寝かせて、冷たいタオルでも当ててやろうと思って側を離れ
ようとしたら、熱にうなされたビセットに手を掴まれた。
 振り解こうと思えば簡単に振り解けるぐらい、その力は弱々しかった。だから余計
に払いのけられず、俺はしかたなくもう一度その場に座り込んだ。
「・・・いかな・・・で・・・」
 閉じたままの目に涙を浮かべながら、うわ言のようにビセットは言う。
「やだよ・・・一人にしないで・・・そばにいてよ・・・」
 掴まれた手に、心なしか力がこもったように感じた。
 ・・・いつもの明るく能天気な表情は、今のビセットにはない。
 痛々しいほど心細げな寝顔を見ていられず、気を紛らわすように部屋の中を見回す。
 自他ともに認めるピンク好きなだけに、部屋の小物は圧倒的にピンクが多い。
 ・・・いや、ピンクの物に限らず全体的に見てものすごく物が多い。そのわりには
うまく片付けてあるが・・・なんでまたこんなに買い込んだんだか。
『広い部屋に一人でいるとさぁ、なんだか寂しくならない?』
 この間俺の部屋に押しかけてきたビセットが言っていた言葉が、ふいに蘇ってきた。
 もしかして、部屋の隙間を埋めるために・・・?
 夜中までうるさいくらいに音楽を聞いているのも、捨てられた猫を拾ったのも、
俺の部屋にやたらと上がりこみたがるのも、そのせいなんだろうか?
 ・・・一人だということを自覚したくなくて・・・?
「・・・やだよぉ・・・」
 呟かれた声は、ほとんど涙声になっていて・・・俺の胸を締め付けた。
 そう言えばこいつの両親・・・測量の仕事してるってゼファーの奴が言っていた。
親の仕事の関係で、ここにくる前から一人暮らしをしてたとか・・・。
 きっと昔から、こんな風に倒れても誰も看病してくれる人がいなかったんだろう。
 コイツはいままでどんな気持ちで・・・この何もない天井を見上げていたんだろう?
「・・・ビセット」
 呟きながらそっと髪を撫でてやると、辛そうな表情が少しだけやわらいだ。
 ・・・なんでそんなことをしちまったのか・・・あえて理由をつけるなら、
『衝動的に』っていうのが一番近いんじゃないかと思う。
 俺は、熱でうなされるビセットの唇にそっと自分のそれを重ねてしまった。

 しばらくたって、ビセットが薄っすらと目を開けた。
「あれ・・・先輩・・・?」
 潤んだ目で不思議そうに俺を見上げるビセットのは、心なしかいつものそれに
近い表情だった。ぐっすり眠って少し熱が引いたようで、苦しげな表情も消えている。
 俺の手を握り締めていたことに気がついて、恥ずかしそうにぱっと手を離した。
「・・・勝手に上がらせてもらってるぞ。具合はどうだ?」
「え・・・うん、だいぶいいみたい。でも先輩、なんでオレの部屋に・・・?」
「お前の猫が知らせに来たんだよ。・・・どれ?」
 すっかりぬるくなっているタオルを取って、額に手を当ててみる。
「・・・結構引いたみたいだな。薬はちゃんと飲んでるのか?」
「うん。・・・あ、そうだ、アイツにエサ・・・!」
「さっき俺がやっといた。今はお前の足元で昼寝してるぞ」
 言われて初めて気づいたらしく、ビセットは布団の上で寝ている猫を見て安心した
ようにため息をついた。
「よかったぁ・・・」
「お前な、猫より自分の心配しろよ。・・・まったく、どーせまた傘忘れてずぶ濡れで
帰ってきたんだろ?進歩ねえ奴だな」
 聞いた途端、ビセットの顔が熱のせいじゃなくかあっと赤くなった。
 ・・・こりゃ図星だな。ほんと、わかりやすい奴だ。
「そんなんじゃないよ!!・・・そ、それよりも先輩どうやってこの部屋入ったの?
まさかベランダから・・・?」
「んなわけあるか!ドアの鍵が開いてたんだよ」
「えっ・・・じゃあさっき閉め忘れたんだ・・・!」
 ・・・何?『さっき閉め忘れた』だと?なんか妙だとは思ってたが、さっき部屋の
真ん中に倒れてたのはそのせいか!?
「お前まさか・・・その状態でどっか出かけたのか!?」
「うん、お腹減ったし薬も切れちゃったから・・・結局コンビニまでしかいけなかっ
たけど。熱下がったし、今度こそ薬局まで行かなくちゃ・・・」
 ・・・この期に及んでまだ言うか!怒りと呆れに、俺は思わず言葉を失った。
 いつかの、あの訳のわからない苛立ちがまた蘇ってくる。
 どうしてコイツはいつも図々しい位に甘えてくるのに、こういうどうしようもない
時に限って頼ってこないんだ!
「アホ!病人は大人しく寝てろ!」
 上体を起こしかけたビセットを無理矢理布団の中に押し戻し、立ち上がる。
「・・・しょうがねえから今日一日お前に付き合ってやるよ。・・・薬は俺が買ってき
てやるから、猫と一緒に寝てろ。いいな?」
 有無を言わぬ口調でそう言い聞かせると、ビセットは迫力負けしたようにこくこく
と頷いた。
「よし。・・・他になんか欲しいもんあるか?」
「え・・・えっと・・・アイス食べたい、かな・・・」
「わかった、ついでに買ってきてやるから・・・安心して大人しくしてろよ」
 ビセットの頭をぐしゃぐしゃと撫で、テーブル代わりのコタツの上に転がっていた
薬の空き箱を持って、俺は玄関に向かった。
「・・・先輩・・・ありがとね」
 後ろから響いてきた声に、思わず顔が緩んだ。
「これくらい気にすんな。困った時はお互い様だ」
 そう言い残して、俺はビセットの部屋を出た。

 そのビセットの風邪は結局その日一日で全快し、次の日には元のうるさいビセット
に戻っていた。
 ・・・だが、俺はあの時の代償を今になって受けている。
 あんなことをすれば当たり前といったらミもフタもないが・・・どうやら完全に
やられちまったようだ。やたら寒気がすんのに、頭だけやけに熱くてぼ〜っとする。
 考えるまでもなく・・・典型的な風邪の症状だ。
 これくらいの風邪ならちょうど明日が休みだし、一日ゆっくり寝てりゃあ治りそう
だが・・・ビセットの奴に知られるとまずいな。あいつ、『今度先輩が風邪で寝込んだ
ら、絶対看病しに行くからね!』って意気込んでたからな・・・。
 アイツに付きっきりで看病されるのだけは避けたい。ただでさえ熱があるってのに、
その上理性の限界に挑戦させられるのなんてまっぴらだ。
 そう・・・本当にやられたのは、風邪になんかじゃなくビセットにだ。
 どうやら俺は、あのお子様にすっかり惚れちまったらしい。
 教室の窓から灰色の空を見上げて、俺はため息をついた。
 どうやら、またひと雨きそうだ。
 ・・・どーせアイツ、また傘持って来てねえんだろうな。
 雨が降ったら野球部は自主トレ。生徒会は・・・こんだけ体調悪けりゃサボっても
言い訳はたつな。
 ・・・しゃーない、また拾ってってやるか。
 もう雨に濡れた捨て猫は見つけたくねえからな。
 予想通り、ビセットは傘を持っていなかった。俺が『一緒に帰るか?』と誘うと、
アイツは嬉しそうに笑って俺のとこまで駆け寄ってきた。
 ・・・その様子は猫というより犬だ。
 そして、俺の顔を怪訝そうに見上げて言った。
『・・・先輩、風邪引いたんじゃない?玉子酒でも作ったげよっか?』
 人の気も知らずに、ビセットは無邪気な笑顔を浮かべた。

 ・・・どうやら、休日は地獄が待っていそうだ。

さざえのたわごと
・・・ここまで来たら遅いとは思いますけど一応書いておきます。
この小説は『捨て猫・b』とリンクした内容になっております。そちらから読んでも
特に問題ないし、aとbが並んでたらアルファベット順に読みたくなるのが人情って
モノですが(・・・そうか?)できたらbの方から先に読んでくださいね。
本文ダメでも、せめてたわごとだけでも・・・ね?(苦笑)
おーけーな人のみ続きをお読みくださいませ。
・・・で、いかがでしたでしょうか?
元にした小説の構成は『内容倒置法』(なにそれ)って感じだったんですけど、
これは時間ひっくり返しただけですね。一部同じとこの話ですが・・・わかりました?
風邪引き話辺りの話は、こっちの方が先でbの方はこれの跡の話になってます。
・・・わかりにくかったらすいません。
一回こういう内容が微妙に(?)リンクした話が書いてみたかったんですが・・・
念願かなってよかったよかった(笑)ちょっと感情表現押さえ気味になってる所とか
もあるんで、いろいろ想像して呼んで頂ければ幸いです。
・・・それにしてもルシード甘いなぁ・・・(苦笑)原因は私が乗り移ってるせい
かしら、やっぱり・・・(死)

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