執着。
それは、人間にとって一番厄介な感情。
一番コントロールできない・・・押さえ切れない感情。
そう、だから・・・
『こんなハズじゃなかった』なんて、今更後悔したってきっと、もう遅い。
大して厚くもない壁に隔てられた、『向こう側』から聞こえてくる喧騒。
今の自分たちのいる場所は、そのたった一枚の壁に隔てられているだけなのに、
『日常』という世界から遠く離れた場所のように思えてならない。
ついさっきまで自分たちもあちら側にいた・・・本当なら今だってあの中にいた
はずなのに、どうして・・・と、ビセットは思わずため息をついた。
壁に背を預けて座って、胸元に顔を埋めるビセットの髪を梳いていたルシードの
手が、その小さなため息に反応したようにぴたりと止まる。
「・・・まだ拗ねてんのか?」
からかうような音を含んだ声が、そっと耳元で囁いた。それがまた、収まりかけて
いた憤りと体の疼きを刺激する。
「当たり前だろっ!それに、機嫌直してくれるようなコトされた覚え、ないよ・・・!?」
「そんな大声出すと外に聞こえるぞ」
からかうというより、むしろ楽しくて仕方がないといった調子の声でそう言って、
ルシードは憤りを顕わにするビセットの体を抱き締める。
未だ繋がったままの体は、抱き締められただけで異物感を強く感じてしまう。
「っ・・・やぁっ・・・!」
「んなカオして『嫌』って言われても説得力ねえよ。それに・・・」
再び与えられた快感に甘い吐息を漏らすビセットに軽くキスを落とし、ルシードは
意地の悪い顔で微笑んだ。
「・・・元はといえば、お前が悪いんだからな・・・」
夕暮れの空き教室。
学園上げての年に一度のバカ騒ぎはまだ、幕を下ろしてはいない。
『桃色』
別にケンカ自体は珍しいことじゃない。
・・・ただ、今回はちょっと間が悪かっただけ。
そんなことを考えながら、ビセットは学園祭という行事に浮かれきった校内を
一人浮かない顔で歩いていた。
きっかけはほんの些細なことで・・・ルシードが自分に何の相談もなく、学園祭で
ライヴをやると決めてしまったこと、だった。
そのことを友人から聞いたのは、一週間ぐらい前だったろうか?もっと前から
決まっていたことなのに、どういうワケかルシードは自分に隠していたようなのだ。
それがまた腹立たしさに拍車をかけていたのだが・・・それも当日を迎えてしまっ
た今となってはどうしようもない問題だ。
その『諦めるしかない』という状態がまたイライラに拍車をかけていたりもするの
だが、この憤りをぶつけるべき人間は今ごろ体育館で自分の出番を待っている頃だ。
・・・よくよく考えてみれば、それはケンカと呼べるものかどうかも怪しいかもし
れない。そう、厳密にいえばルシードは全然怒っていない(むしろ全然気にしていな
い)し、一人で勝手に腹を立てて拗ねているだけ・・・という方がきっと正しい。
こんなことはそれこそケンカすることより珍しくないが、今回はさっきも言った
通り時期が悪い。こういう時、ルシードはいつも呆れた様な顔をしながらさりげなく
機嫌を直しにくる(もちろんこっちから顔を見に行ったりはしてやらない)が、
今回はライヴの練習のせいもあってここ数日マトモに顔を合わせていない。
それがまた、仕方のないことだというのはわかっているけどやっぱり腹立たして
寂しくて・・・とにかく、今のビセットは非常に煮え切らない、もやもやとした
感情を持て余している不安定な状態だった。
「あ、いた!ビセット君っ!!」
聞き覚えのなさそうな女生徒の声が、また自分の名前を呼ぶのが聞こえた。しかも、
例にもれずものすごく期待にあふれた声で。
ビセットは声のした方も向かず、半ばうんざりした表情で駆け出した。
朝からもう、彼女で何十人目だろう?全員に用件を聞いたわけではないが、全て
同じ用件であろうことは顔を見れば・・・いや、あの声を聞けばわかる。
「ああっ!ちょ、ちょっと待ってよ!何で逃げるの〜っ!!」
声の主は慌てて後を追ってきたようだが、野球部で鍛え抜かれた足とピーク時の
スーパーで身につけた人ゴミの渡り方を持つビセットに追いつけるはずがない。
しばらく走って女生徒を振り切り、追いかけてこないことを確認して、
ビセットは深い息をついた。
(まったく・・・いい加減にしてくんないかなぁ・・・!)
だが安心した途端、またイライラが募ってくる。
彼女たちの用件は、ルシードにどこどこへ来て欲しい・・・という、要するに
呼び出しの伝言だ。その伝言の内容もだいたい予想がつく。
はっきり聞いたわけじゃないのでよくは知らないが・・・どうやらこの学園祭に
まつわる、女の子たちが好きそうなある『伝説』があるらしい。
その内容は後夜祭が終わるまで、自分の好きな人とどこどこで(詳しい場所まで聞
いていないが)ずっと二人きりで過ごすと両想いになれるとかいう、実にありふれた
根拠のない噂話だ。それでも・・・溺れる者は藁をも掴む、というやつだろう。
何しろ相手は口も性格も愛想の悪いルシードだ。正攻法で攻めたってムダなことは
明白で・・・とすれば、あんな不確かな噂に頼りたくなる気持ちもわからなくもない。
ビセットを追いまわす女生徒たちも、彼女たちなりに必死なのだろう。
だが、その伝言を知らないとはいえ恋人であるビセットに頼んでいるのだから、
逃げられるのも当たり前というヤツなのだが。
ビセットにしてみれば、伝言を頼まれること自体不本意極まりないのだ。
・・・こうなることがわかっていたから、学園祭でライヴなんて目立つ事をして
欲しくなかったのに。その辺の微妙な心境をわかってくれないのだ、ルシードは!
(・・・ルシード、自覚なさすぎなんだよ・・・!!)
自分がどんなに人目を引く・・・人を惹きつける存在なのか、ルシードは全然
わかっていない。ついでに、そんなルシードの恋人だと・・・大声で言えない
ビセットの苦悩も、全然まったくこれっぽっちもわかってくれない。
(あーもうっ!すっげーハラ立ってきたっ!!)
思わずぎゅっと拳を握り締めるビセットの目に、お料理研究会主催の喫茶店の
看板が映る。
・・・人は、何か満たされないことがあるとその欲求を別の欲求にすり替え、それ
を満たすことによって満足感を得、心の安定を保とうとする・・・
今のビセットの状態は、まさにそれだった。平たく言えばヤケ食いである。
見えない糸に引かれるように、ビセットは迷うことなく喫茶店のドアをくぐる。
しかし、ビセットは重大なことを忘れていた。
・・・今の自分の懐具合は、凍死するほど極寒状態だと言うことを。
ライヴを終えたルシードは、後片付けもそこそこに(もちろん他のメンバーの了承
を取って、だが)未だ熱気の冷めない体育館を後にした。
・・・気ばかり焦って早足になるが、だが行くあてあるわけではない。向かって
いるのはもちろんビセットの所だが、肝心の居場所がわからないのだ。
こうなったのも、もともとは自分が悪いと言えば悪いのだ・・・そもそもの始まり
は、今日ライヴをやることをビセットに言い忘れていたことなのだから。
別に隠していた訳ではないのだが、何となく言い難くてうやむやにしているうちに
他の誰かから聞いたらしい。それがマズかったらしく、ビセットは完全に拗ねて
しまって、普段ならヒマさえあればくっついてくるのに、このごろは側に来ようとも
しない。いつもならだいたいこっちから折れて機嫌を直しに行くのだが、今回ばかり
はライヴの打ち合わせや練習などが立て込んでいて、それができなかった。
・・・それで結局、マトモに顔を合わせないまま今日がやってきてしまった。
はっきり言って、このお祭り気分の浮かれた校内にビセットを一人で放置しておく
ことは不本意極まりない。本当なら、ちゃんと訳を話して納得させた上でステージの
裾辺りで待っていてもらうつもりだったのだ。
・・・そう、ちゃんと自分の目の届くところで。
思わずちっと舌打ちをしながら、ルシードは歩くペースを上げた。
小さな子どもでもあるまいし、一応高校生であるビセットを一人にしておいて
何が心配なのかといえば・・・もちろん彼自身の起こすトラブルのことも心配だが、
それはルシードにとってはさほど問題じゃない。
一番の心配は『ビセットに悪い虫がつかないか』である。
何しろビセットときたら『無自覚無防備おまけに無邪気』の三拍子そろった
ボケっぷりで・・・周りの人間(特に男)に自分がどう映ってるかなんて、全く
気にしていないのだ。
おまけに今日は学園祭・・・学園中がいつになく高いテンションで浮かれきってい
て・・・普段じゃ出来ない大胆なことでも思わず『やる!』と言ってしまいそうな、
はっきりいって何が起こっても不思議じゃない状態だ。雰囲気に酔ってトチ狂った
行動を起こす奴がいてもおかしくない。
しかも、外部からの来訪者も多い。人目が多いってコトは、それだけビセットに
目をつける輩が出てくる可能性も高くなる。
だからこそ自分の目の届く場所に置いておきたかったのに・・・現実は上手く
いってくれない。何度も練習をすっぽかしてビセットの元へ走ろうと思ったが、
その度に相方に『学園中に恥を晒す気か?(そんなんじゃビセットにも愛想つかされ
るぞ)』と暗に脅され踏み止まらされた。
仕方がないので自分たちの仲を知っている知り合いに『ビセットを見かけたら気を
つけてやって欲しい』と頼んではおいたが・・・相手が相手だけに、あまりアテには
ならはない。さすがに襲われそうになっていたら助けてはくれるだろうが、そういう
ことは大抵人気のない所で発生するものだ。
(・・・クソ、どこに居やがんだ?ビセットの奴・・・)
こういう時ばかりは、このムダに広い学園の敷地が恨めしくなる。
何しろ学園祭は大学の講義棟以外の全ての建物を使って行われている。さっきまで
自分がいた体育館と図書館は絶対に居なさそうだから除外するとしても、その他の場
所は全く見当がつかない。携帯で居場所を確かめようともしたが、寮に忘れてでもい
るのか留守電に繋がるばかりだ。
こうなったらビセットの好きそうな模擬店を片っ端から回るしかないか・・・?
ルシードはため息をつき、手近な模擬店を覗いて回った。
多分ビセットのことだから、十中八九飲食関係の模擬店にいると思うのだが・・・
♪わたしに今すぐ夢中になって この唇すべてあなたにあげるわ・・・
その聞きなれた・・・懐かしい歌声を聞いたのは、階段を登ってすぐのことだった。
(・・・ビセット!?)
その歌は、昔ビセットがやたらと口ずさんでいたお気に入りの歌だった。
あまり女性ボーカルの曲は歌わないビセットにしては珍しいことだったし、歌詞の
内容が内容だったのでよく覚えている。
その頃、既にビセットにある意味『夢中』だったルシードとしては、心中穏やかで
はなかったのだが、それももう今となっては昔の話だ。
・・・と、いいたい所だが、やはりビセットが自分以外の人間(特に男性)の前で
あの歌を歌っているところを想像するとやはり心穏やかではいられない。
それはもう独占欲というより我侭に近い感情だったが、とにかくルシードは
その歌声を頼りに駆け出した。
♪そうやっていつも追い越さないでね 一緒に歩幅あわせて行きたい・・・
ハンディカラオケを片手に、計算外のバニーな制服に袖を通したビセットは
半ばヤケクソでカラオケに興じていた。
カラオケ自体は嫌いじゃないが、この状況はあんまり面白くない。
(ちっくしょー・・・見せモンじゃないっての・・・!)
心ではそう叫びつつも顔はしっかり笑っている。この辺りは見上げた芸人根性と言
うべきか、それとも適応能力が高いと言うべきか。
それにして、不運というものは連続してやってくるものらしい。
お料理研究会の喫茶店で、気がすむまで飲み食いして・・・お代を払って店を出よ
うと財布の中を見たら・・・背筋が凍りついた。
財布の中には、ほとんどお金が入っていなかったのだ・・・。
あまりにカッコ悪いので『お金がない』とは言えず、『財布を忘れた』とごまかして
とりあえず体(=労働)で払わせてもらうことにしてもらったものの・・・この制服
を着せられることは、全くの予想外だった。もう知り合いとは何人も顔を合わせたが、
その中にルシードがいないことだけが唯一の救いだ。こんな情けない格好を見られた
ら何を言われるか・・・そのことを考えると、今すぐ逃げ出したくなる。
だが、制服がどんなであろうとやることはやらなければならない。どんなに嫌でも
無い袖は触れないのだから。でもやっぱりできる事なら早くこの制服を脱いでしまい
たいビセットは、何か手っ取り早く稼げる方法はないかとちょうど客として顔を出し
たゼファーに相談したのだ。
ただ、ゼファーからのアドバイスは『店外で呼び込みをする』ことだけだったのだ
が・・・こんな格好をしている時に部活の知り合いに会ってしまったのが運のツキで。
更にそいつのクラスがカラオケ喫茶なんかをやっていたのが不幸の追撃。そいつと
悪ノリした客たちに煽られ、なし崩し的に渡されたハンディカラオケで歌うハメに
なってしまったのである。
ビセットは性別から言えば『ウエイター』なのだが、制服を身につけた外見はどう
見ても『ウエイトレス』にしか見えない。その事実を知ってか知らずか、店内には
彼の可憐な容姿に当てられた(笑)客が黒山の人だかりを作っていた。
しかも自他ともに認める『歌って踊る(のが好きな)高校生』なビセットだけに、
歌うだけでなくその曲の振り付けなども真似しながら歌うので・・・それはもう、
筆舌尽くしがたい可愛さである。
「はいはーい!見てるだけじゃなくてちゃんと注文もしてよね!
・・・ほらセリーヌさん!オーダー取りに行って!」
「は、はい〜!」
あまりの混雑に対応しきれないセリーヌに、ケーキ屋でのバイト経験がある
シェールがゲキを飛ばす。彼女のおかげもあって、喫茶店の営業はかなりスムーズに
運ばれている。
「・・・俺のアドバイスは的確だったな」
混乱する部員たちにあれこれ指示を送るシェールの傍らで、ゼファーが緑茶を啜る。
「的確ってゆ〜か〜・・・これはやり過ぎじゃないですか?ゼファー先生・・・
絶対、止めた方がいいと思いますけど」
「何故だ?」
「何故も何もないでしょ?こんなん見たらメチャクチャ怒る人がでしょーが!!」
とぼけたように言葉を返すゼファーに、シェールは大げさに肩を竦めて見せた。
「ほう・・・知っているのか」
「知ってるのかって・・・見てればわかりますよ、フツー!
・・・あ!ちょっとそこのアンタ!ドリンク一杯で粘るのはやめてよね!!
ちゃんと他のも注文してよ!」
話をしつつも常に客の様子に目を光らせるシェールは、ケーキ屋の店員というより
混雑時のファーストフードの店員のようである。(それもかなりタチの悪い)
「・・・あの娘、ホントにケーキ屋でバイトやってんのかしらね?」
「ホントですよ、バーシア先生。私、見たことありますから」
「ふ〜ん・・・そのバイト先でもやっぱりああなワケ?」
「ええっと・・・まぁ、概ねあんなカンジでしょうか・・・」
「・・・いったいどういうケーキ屋よ・・・」
ゼファーのいるすぐ隣のテーブルでは、バーシアとフローネが仲良くお茶をして
いる。・・・意外な組み合わせだが、実はこの3人、ルシードからビセットのことを
頼まれている3人だったりする。
・・・だが、ルシードの予想通り、あまり役には立っていない。一応善からぬ事を
しようとする不届き者がいないかどうか見張ってはいるが、どちらかというと
3人とも今の状況を楽しんでいた。
「そういえばセンパイ、ビセット君がここにいること知ってるんでしょうか?」
「いや、それはないな。今はケンカ中のようだし・・・それに知っていれば自分の
サイフを奴に渡すぐらいのことはしていそうなものだ」
「そうですね、わざわざ私たちに見張りを頼むぐらい心配してますしね」
普段はほとんど携帯にメールを入れるなんてことしないのに、とフローネは
くすくす笑う。それを聞いたシェールがなるほどとため息をつく。
「・・・でもさぁ、見張りなんてしなくたって誰もビセット君にてなんて出せないと
思うけどねぇ・・・あんな目をして睨まれたら怖くて声もかけらんないわよ。
おまけにルシード君、射撃部だし」
「確かに。・・・今の状態だと俺たちも撃たれかねんな」
「や〜ねぇ、ルシードのヤツここにビセットがいるってコト知らないんでしょ?
まだアイツの出番終わってからそんなに経ってないし、今ごろ学園中探し回ってる
んじゃない?あのコが自分の代金稼ぎ終わるぐらいの時間はかかるわよ!」
時計を見ながら、バーシアはケタケタと意地悪く笑った。
♪わたしを今すぐさらって逃げて この・・・
ちょうど、ビセットが次の言葉を口にしようとしたその時だった。
「ビセット!!」
人ゴミをかき分け、店に入ってきたルシードは、そう言ったきり言葉を失った。
・・・もちろん、ビセットも然りだ。
だが同じ『言葉を失う』でも、その心境は180度違う。
ビセットの格好に、正直なところルシードは一瞬目を奪われていた。
・・・ウエイトレスさんな制服(しかもミニスカート)にウサ耳。
絶対似合うだろうと常々思ってはいたが、まさかここまで似合うとは!
(・・・ってそれどころじゃねえだろうが!!)
自分自身にツッコミを入れて、何秒か遅れて怒りがこみ上げてくる。
こんな人の多いところで、なんて格好でなんつーコトを!!
しかも、よりによってこの俺がいないところで!!
・・・わなわなと震える拳が、その怒りの大きさを物語っている。
しかし・・・その怒りが独占欲丸出しの、いつもの自分がひた隠しにしている嫉妬
心からのものであるという自覚は、全くないようだ。
一方・・・ビセットは思い切り狼狽していた。
ただでさえつまらないことでケンカしてたのに、その上こんな情けない格好まで
見られてしまうなんて・・・この上更にお金がなくて体で返しているなんてコトが
バレたら、何を言われるかわかったものじゃない!!
かといって、言い訳をするにしても・・・この状況を一体どうごまかせばいいのか?
言い訳の言葉が、何でここにルシードがくるんだよ!?という混乱とともに頭の中
をぐ〜るぐ〜ると回りだす。
まさに『絶体絶命の大ピンチ』!
・・・絶体絶命には変わりないだろうが、彼の心配のだいたいは涙が出るほど
的外れであった。
「・・・ビセット」
地獄のそこから響いてくるような声・・・ではなく、ルシードの声も表情も至って
冷静そのものだった。だが怒っているということは、気迫と言うか雰囲気で十分すぎ
るほどわかるので・・・かえってその冷静さが怖い。
近寄ってきたルシードの手に、ビセットは思わずびくっと肩を竦めて反射的に
目を閉じた。叩かれでもするのかと思ったのだが、ありがたいことにその予想は
外れてくれた(もっとも、叩かれる覚えはないのだが)。
体がふわっと浮く感触に、ビセットはびっくりして目を開ける。
「えっ・・・?」
呆然としながら、ビセットは大きな目を更に見開いてルシードの静かな怒りに彩ら
れた横顔を見つめるが、ルシードからの返答はなかった。
混乱した頭が現実を受け止めるのを拒否していることに、ビセットはたぶん気が
ついていないだろう。でなければ、怒ったルシードに気迫負けしてるとはいえ、
あんな風に抱き上げられて大人しくしているはずがない。
「・・・待て、ルシード。ビセットを身受けするのなら、ちゃんと代金を置いていけ」
まさに一触即発の緊張感に包まれた教室内に響く、静かな声。
どこか人を食ったような、全くいつもと変わらない調子で言いながら、ゼファーは
先刻ビセットがヤケ食いした分の伝票を差し出した。こんな状態のルシードに声をか
けられるのは、おそらく彼しかいないだろう。
ルシードは無言でそれを奪い取り、書かれている代金分の金をゼファーに渡す。
「・・・確かに。これでビセットは自由だ。行って良いぞ」
代金を確認するゼファーの様子は、悪徳商人以外の何者でもない。
・・・いや、この場合『身受け』だけに女郎屋の主という方がいいのだろうか?
「あ、そうそう、忘れ物よ。ビセットの制服とカバン」
思い出したように呟いたバーシアが投げてよこした制服とカバンを、ルシードはま
た無言のまま器用に受け止める。片腕だけでビセットを抱き上げられているのは、
もしかしたら火事場のクソ力というヤツかもしれない。
そして、そのまま・・・水を打ったように静まり返る店内を堂々と横切り、
ルシードとビセットの姿は扉の向こうに消えた。その途端、室内を支配していた緊張
の糸がぷつんと切れ、安堵のため息があちこちで聞こえる。
しかし、中には例外もいた。
「・・・『お姫様だっこ』だなんて、センパイってば情熱的・・・」
頬を染めて感動(?)しているフローネとは対照的に、シェールの表情は険しい。
・・・あれだけ見せ付けられれば当然の反応とも言えるだろうが。
「てゆ〜かさぁ・・・ホントに『さらって逃げ』たよね、ルシード君。
ホントにこのまま、歌詞の通りになっちゃったりするのかな・・・」
「ふむ。歌詞の続きはどういうものなんだ?」
ゼファーのもっともな疑問に、シェールはため息をつくだけで答えない。
代わりにフローネが、何故か嬉々として答える。
「・・・『私を今すぐさらって逃げて このカラダすべてあなたにあげるわ』・・・
です、ゼファー先生♪」
「絶妙のタイミングで来たわね・・・」
感心したのか呆れているのか、どちらとも取れるような表情でバーシアが呟く。
「でも、ルシードがああじゃ・・・絶対歌詞通りになるわね、間違いなく」
「じゃなきゃ『身受け』の意味ありませんものね♪」
「・・・あの〜・・・ゼファー先生・・・?」
おろおろと事の成り行きを見守っていたセリーヌが、困った顔でゼファーの
肩を叩く。
「どうした?」
「いえ〜・・・実は、ビセットさんにもだいぶ働いていただいたので〜・・・こんな
に頂いては申し訳ないかと・・・」
「・・・そうか。ならあの制服の代金と言うことで貰っておけ。
あれはレンタルではないのだろう?」
「はい〜・・・ビセットさんに着ていただいたのは予備の分ですし、構いませんが〜・・・
あんなものでいいんでしょうか〜?」
「ああ。随分と気に入っていたようだからな」
ビセットではなくルシードが。
もちろんゼファーはそういう意味で言ったのだが、それがセリーヌに伝わるわけが
なく、彼女は完全に誤解してまぁ!と驚いた。
「ビセットさん、随分嫌がってらしていたように見えましてけど〜・・・気に入って
いただけたんですね〜!」
「・・・違うって」
「ふふふ・・・制服・・・こういうのもイイですよね♪」
「・・・あたしに同意を求めないでくれる・・・?」
がくっと肩を落とし、シェールは深いため息をついた。
・・・哀れ、ビセット君。きっとキミの身に降りかかる災難の半分ぐらいは、絶対
周りの人間のセイだよ・・・
密かに呟いたシェールの声は、誰にも聞かれることがなかった。
ルシードに連れて来られたのは、模擬店などに使われていない空き教室だった。
半ば物置と化している教室内は机や椅子等がかなり乱雑に積み上げられ、かなり埃
っぽかった。ルシードはビセットを抱いたままそれらの間を器用にすり抜け、入り口
部分よりはいくらか開けたスペースが残っている窓際の方に移動した。
「ル、ルシード・・・いい加減降ろしてよ・・・」
不意に足を止めたルシードに、どこか控えめな調子でビセットが囁く。何らかの
返答を期待しての言葉だったが、ルシードは何も言わずに言葉通りにビセットを下に
降ろした。
ルシードに黙ったままじっと見つめられ、ビセットはいたたまれずに視線を伏せた。
ケンカするのはしょっちゅうだが、大体いつも怒るのは自分の方ばかりでルシード
が怒ることは滅多にない。だから、口の悪いルシードも機嫌の悪いルシードにも慣れ
ているけれど・・・怒ったルシードには、どう接していいのかわからない。
怒るにしても、怒っている理由を言ってくれれば謝ることも出来るのに、ルシード
は怒れば怒るほど何も言わずに黙ってしまうタイプで、余計にどうすればいいのか
わからない。その理由に心当たりもない状態では尚更だ。
「・・・ビセット」
名前を呼ばれ、反射的に顔を上げる。その途端目に映ったのは、至近距離まで近づ
いたルシードの顔。
「な・・・んっ・・・!」
押し返す暇もなくそのまま口づけられて、ビセットは大いに慌てた。
ケンカしていたせいで、ただでさえ久しぶりのキス。
唇を割って入ってきた舌に乱暴に口内を蹂躙され、あっという間に体の力が抜ける。
この調子じゃ、何も考えられなくなるのも時間の問題だ。
ルシードが怒っている理由もわからないのに。
・・・そもそも、怒っていたのは自分の方なのに。
このまま抱かれたら、全てがうやむやのまま無かったことにされそうで・・・
ビセットは理性を総動員して、与えられる快感に必死に耐えた。
「・・・に・・・すんだよっ!いきなりっ・・・!」
精一杯の虚勢をはって、潤んだ目でルシードを睨む。もう一人で立っているのも辛
く、ルシードの服に掴まってやっとたっているような状態ではあったけれど、それで
もこのまま流されはしないと目で訴える。
「なんで怒ってんだか知らないけど・・・オレだってまだ怒ってるんだぞっ!」
「・・じゃあその格好は俺へのあてつけか?」
この格好・・・喫茶店の店員の制服が、あてつけ??
見られたら間違いなくバカにされてからかわれると、そう思っていたビセットには
予想もしていなかった言葉だった。
ただ、ぽかんとした表情でルシードは何も言わなくてもビセットの心中を察したら
しい。不機嫌そのままに歪んだ表情で、見せ付けるように深いため息をつく。
「・・・やっぱり天然か・・・」
わけのわからないことを言って、ルシードの腕がビセットの腰を抱き寄せる。
「・・・ホントにお前、何もわかってねえな」
「オレがわかってないって・・・何の話だよ!わかってないのはルシードの方だろ!」
抱き寄せる腕から逃れようと、ビセットは力の入らない体で必死にもがく。
逃げられないことはわかっているはずなのに、それでも逃げようとするビセットの
態度がルシードの不機嫌な神経を逆撫でする。
「・・・俺が何をわかってないって?」
「オレの気持ちをだよっ!・・・人の気も知らないで勝手ばっかり・・・オレがどん
な気持ちでいるかなんて考えてないクセに!」
「じゃあお前は俺の気持ちがわかってるんだな?」
間髪いれずに切り返され、ビセットは更に言い返そうとして・・・言葉に詰まった。
ルシードの気持ち。
『考えたこと』なら胸を張って『ある』と言える。でも、『わかっている』かと
聞かれると、自信を持って頷くことが出来るだろうか?実際、何故ルシードが怒って
いるのか・・・いくら考えてもその理由がわからない自分に。
「わかんねーなら教えてやるよ」
低い声で呟き、ルシードがまた唇を合わせてくる。
呼吸さえも奪い尽くすかのようないつになく激しいキスに翻弄される頭の片隅
で・・・ビセットは上手く言葉には出来ないけれど、でも少しだけルシードの怒りの
『理由』がわかったような気がした。
だからといって、このまま大人しくしている気にはならない。その『理由』が
お互い様なら尚更・・・いや、何よりここは寮の自分たちの部屋じゃないのだから。
長い口付けから解放されれば、上がった息を整えるまもなくルシードの唇が首筋を
這う。明らかに人目につくような場所にも赤い所有の印を刻みながら、はだけさせた
胸元まで降りていく。人前で着替えられなくなるからと、ビセットが跡をつけられる
のを嫌がっていることを知っていて、わざとやっているのだ。
「ちょっ・・・ルシード・・・やめっ・・・!」
執拗に跡をつけるルシードから逃れようと、ビセットが上ずった声を上げ体を捻っ
た。だがルシードはその声を無視するかのように、また白い肌に赤い鬱血の跡を残す。
そして、その顔がすっと胸元から離れたと思うと・・・同時に足を払われた。一応
頭だけはルシードの腕が庇ってくれたが、体は突然で受身も取れずに床に倒れ込む。
「痛っ!なにす・・・あっ・・・」
わき腹を撫で上げられ、抗議の言葉が嬌声に変わる。久しぶりに触れられる感触に
体はすっかり敏感になってしまっているようで、声を押さえることが出来ない。
ビセットは赤い顔を更に熱くしたが、ルシードの方はその声に気をよくしたようで
笑いながら胸の突起に舌を絡めてくる。びくりと体が跳ね、また甘い声が洩れそうに
なるのをビセットは必死に耐えた。
こんな風に、こんな所で抱かれるのは嫌なのに、唇が肌の上を滑る度たび体は泣き
たいほどに敏感に反応を返してしまう。抵抗しようと振り上げた手はルシードに届く
前に床に押さえつけられ、ビセットに出来るのはもうただひたすら快感に耐え声を押
さえることだけだった。
いや、それももう時間の問題かもしれない。意地になって声を押さえていても息は
とっくに上がってしまっているし、呼吸にさえも甘い吐息が混じり始めている。何よ
りもう思考能力も体をめぐる熱に焼かれてちゃんと働いてくれなくなってきていた。
「や、やだぁっ・・・やめてよぉ・・・!」
消えかけた理性が掠れた声で最後の抵抗を試みる。嫌だと言いながらすっかり快楽
の混じる声を出している自分に、ビセットは泣きたくなった。
ルシードもそれがわかっているのだろう、表情が楽しげに歪む。
「嫌だ。・・・教えてやるっていっただろ?」
・・・お前は俺のモノだってことを。
耳朶を噛むように囁かれた声は、低く甘く体に響いた。
「なに・・・いって・・・っあ!」
意地悪く笑いながら、ルシードはビセットの首筋にまた新しい赤い跡を刻む。震え
の止まらない体をなぞるように撫でていた手が、不意に投げ出されていた足に触れた。
「っ・・・!!」
先の行為を察して真っ赤になったビセットを見て満足そうに微笑しながら、ルシー
ドはゆっくりと肌の上に指を滑らせる。足首から腿へ、そして・・・スカートの内側
へ。いつもと違う展開に改めて自分がどんな格好をしていたのか思い知らされて、
ビセットはたまらずぎゅっと目を瞑る。
だが、それでルシードが止まってくれるはずもなく・・・下着の中に差し入れられ
た手が、既に濡れそぼった中心に触れた。
「・・・あっ・・・!」
押し殺していた甘い声が洩れ、ルシードがまた意地悪く笑う。
そして下着を取られ、膝を立てた足の間にルシードの体が入り込んでくる。
中心を指で弄んだまま、ルシードは震える足の内腿の柔らかい部分に唇を這わせ、
時折強く吸い上げここにも赤い跡を残した。そのまま足の付け根に向かって殊更ゆっ
くりと、焦らすように攻め立て・・・ビセットの押し殺した嬌声を楽しむ。
だが、本当に聞きたいのは押し殺されていないビセットの声。
ルシードは中心から手を離し、最奥まで舌を這わせた。
「・・・っあ・・・やぁっ・・・!」
その生暖かい不確かな感触に、ビセットはむずがるように首を振り、身を捩る。
その度に、頭につけたウサギの耳が動きに合わせてぴょこぴょこ揺れる。
そのもどかしい快感にビセットが耐え切れなくなり、もっと強い刺激を自分から求
めてくるようになるまで・・・ルシードは舌だけで執拗に追い立てた。
「・・・や・・・も・・・ダメっ・・・!」
「何がダメだって?・・・どうして欲しいか言いながらみろよ」
言いながら、刺激を求めて切なげに震える中心の根元を塞き止めるように握る。
「い・・やぁっ!やめ・・・おねが・・・い・・・」
一際高い嬌声を上げ、震える唇がルシードの望んだとおりの言葉を紡ぐ。
ルシードは笑みを浮かべながら、答えの代わりに緑の瞳の端から止め処なく流れる
涙を拭ってやった。
そして戒めていた手を緩め、解放に導いてやる。。
「ひっ・・・あ・・・ああっ・・・!」
追い詰められていた体は呆気なく昇りつめ、ルシードの手の中に白濁の液を放つ。
力の抜けた膝がかくんと下がり、ビセットは浅い呼吸を繰り返した。
だが休む暇も与えずに、ルシードはその膝の裏に手を当て再び立たせ、弛緩した体
に自身をゆっくりと埋め込んでいく。
「・・・っ・・・は・・・あぁ・・・ん・・・!」
舌で丹念に鳴らされていたとはいえ、久しぶりの刺激に思わず体が強張る。必死に
息を吐き力を抜こうとするが、上手くいかない。
呼吸が整うまでの間、ルシードは目元や額に何度も啄ばむようなキスをくれた。
体の緊張が解けるのを待ち・・・ゆっくりと動きを再開する。
「あっ・・・ルシード・・・ルシードぉっ・・・!」
目も眩むような快感に襲われて、ビセットはうわ言のようにルシードの名を呼ぶ。
そして・・・体の奥に熱いモノが吐き出されたのを感じ、ビセットもまた己の欲望
を吐き出していた。
「・・・んっ・・・」
荒い呼吸を繰り返す体の中からルシードが去っていく。その瞬間、体が名残惜しそ
うに疼いたのを・・・ビセットは信じられない気持ちで感じていた。
まだ・・・足りない?
「・・・どうやら、まだ足りねえみたいだな」
からかうようなルシードの声に、ビセットは真っ赤になって顔を伏せる。
首筋からは抱けた胸元にかけて、色白の肌の其処彼処に散る赤い跡。視線を下に移
せば、裾の乱れたスカートからやはり赤い跡の散るすらりと伸びた足が覗いていた。
それだけでも十分すぎるほどそそられるというのに、その上恥じ入るように赤くな
り、何かを耐えるようにして顔を伏せて・・・しかし見られているという感覚はある
らしく、それだけでも感じてしまうのか体が小刻みに震えている。所在なげに床を彷
徨っていた手がはだけた胸元を掻き合わすが・・・本人の自覚はないだろうが、物凄
く扇情的だ。
「・・・ビセット」
名前を呼ばれ、びくりと肩を震わすビセットの顔を無理矢理自分の方に向けさせ、
ルシードは再び深く口づけ・・・そのまま、体を繋げた。
「・・・っ!」
ビセットの目が大きく見開かれ、体が仰け反った。声はルシードに呼吸ごと奪われ、
息苦しさと強い刺激に頭がおかしくなりそうになる。
そしてやっと息苦しさから解放されたと思ったら、今度は背中に手を回されぐいっ
と体を起こされた。自重で更に奥までルシードを感じ、声にならない悲鳴が洩れる。
「・・・お前が誘ったんだから、とことん付き合えよ」
「オレっ・・・誘ってなんか・・・」
「お前にその気がなくても十分誘ってんだよ。・・・ったく、少しは自覚しろ」
「そんなのしらな・・・ひぁっ!」
耳の裏を舐められて、思わず目の前のルシードの首にしがみつく。そのまま耳の中
に舌を入れられ、逃れようとする頭を押さえられたビセットはなす術もなく直接響く
濡れた音に体を震わせる。
その度に体の奥深くまで穿たれたルシードを感じてしまい・・・頭の芯まで襲って
くる快感に、ビセットは完全に理性を手放した。
もう、どうしてこんなことになったのか・・・それすらもわからない。
何度目かの絶頂を迎え、薄れゆく意識の中でビセットは思う。
・・・何だかんだいって、結局イヤではなかったんだろう。ケンカのおかげで顔を
合わせてなかったから・・・こうやって触れ合うコトもなかったし。
でも、寂しいのはココロだけだと思ってたから・・・カラダの方もだなんて思って
なかったから・・・だからビックリした。認めたくなかった。
だけど、もういいや。
ココロが寂しいのは、他の人にも感じる(一番寂しいって思うのはルシードだけど)。
でも、ココロのカラダも・・・なんていうのは絶対ルシードだけだから。
それだけルシードのことスキって証拠だよね、きっと。
ココロもカラダも全部、オレの全部がルシードをスキだって、そういうコト。
あ〜あ、オレはこんなにルシードのコト、スキなのに。
誰にも渡したくないって、知らない女の子たちにまで嫉妬しちゃうぐらい大好きな
のに、どうしてわかってくれないのかな、ルシードは・・・!
それとも・・・こんな風に思ってるのはオレだけ?
目が覚めたら、仲直りする時にでも聞いてみようか?『オレのコト好き?』って。
・・・でも、『好きだ』ぐらいじゃ許してあげるつもりはないけどね。
「・・・あれ・・・?」
気がつけば、目の前の風景が変わっている。
あれからどれだけの時間がたったのか辺りはすっかり暗くなっていた。明かりの落
とされた室内は薄暗くてよく見えないが・・・今自分が寝ていたのは間違いなく寮の
自室のベッドだから、この部屋が自分の部屋だということは間違いない。その証拠に、
ペットの猫もちゃんと側で丸くなっている。
・・・でも・・・さっきまで、自分は学校にいなかったか?
しかもそこで・・・ルシードと・・・?
「・・・痛っ!」
体を起こそうとして、下半身に激痛が走る。そのままベッドに埋没して・・・今ま
でのことが夢ではなかったことを嫌々ながら実感する。
気だるさは残るが体はさっぱりしているので、多分後始末はちゃんとしてくれたの
だろうが・・・一体どうやってここまで帰ってきたのか?
・・・ルシードはいつも、シャワー室と持ち込んだ私物の完備された射撃部の部室
の鍵を持っている。だからあの後彼がどうしたか・・・想像しようと思えばいくらで
も想像がつくが、考えたくない。
「・・・ルシード?」
呼んでみるが、返事はない。
・・・ああいうコトをした後は、大抵目が覚めるまで側についていてくれるのに。
もしかしてケンカしてたから?怒ってたから・・・だからいなくなった?
直感的にそう思い、感情よりも先にぽろぽろと無自覚な涙がこぼれてくる。
「・・・ルシード・・・」
「・・・ん?起きてんのか、ビセット?」
返ってくるはずのない返事に、ビセットははっとして顔を上げる。
「・・・ルシード・・・?」
「何だ?起きてんなら電気ぐらいつけろよな・・・っ!」
明かりのスイッチをオンにした途端、ルシードの表情が凍りつく。
・・・何しろ、彼の最大の弱点の一つがじ〜っと自分を見つめていたのだから。
「・・・どこ・・・行ってたの・・・?」
「食料の買出しにだ。・・・お前、今日ここから出らんねーだろ?」
持っていたコンビニの袋をコタツに降ろし、ルシードは小さくため息をついた。
ビセットは相変わらずじ〜っと・・・いや、じと〜っと険悪な視線でルシードの動
きを追っている。さっきまでのしおらしい泣き顔は消え、完全に目が据わっていた。
出られないのは誰のせいだよ!?・・・と、緑の瞳は雄弁に語っている。
これはもしかして、またいつものケンカのパターンか?
前よりも更に拗ねられる原因を作ってしまっただけに、ルシードは大いに焦った。
「・・・あ〜・・・なんつーか・・・その・・・」
「・・・ルシード、自分がモテてるって自覚ある?」
「・・・は?」
謝ろうとした矢先に突拍子もないことを言われ、ルシードの目が点になる。
「ルシードに告白したいって女の子が、オレの所に伝言頼みに来てるの知ってる?
・・・オレ、言っとくけどすっごくヤキモチやきなんだからな!」
ごしごしごし!
勢いよく涙を拭きながら、ビセットはがばっと頭から布団を被った。
「・・・ルシードはどーだか知らないけど、オレは・・・オレの全部でルシードが
スキだから。だから・・・」
「ちょっと待て。・・・聞き捨てならねーぞ、それは!」
間髪いれず、ルシードが顔をしかめながらがばっと布団を引き剥がす。
「それじゃまるで、俺がお前のこと好きじゃねえみたいに聞こえるじゃねーか!」
「・・・違うの?」
「当たり前だ!!・・・お前本気で言ってんのか!?」
答えの代わりに、ビセットはじと〜っとした視線を返す。
ルシードは何かを言いかけて・・・はたと自分の今日の行いを振り返りでもしたの
か・・・がくっとうなだれた。
「・・・確かに今日は俺が悪かった。だけどな・・・好きな奴にあんな格好されたら、
抑えきかなくなるってのもわかれよな、お前・・・」
思い切り恨めしそうに呟くルシードに、ビセットが憮然として言い返す。
「・・・それじゃ、何でライヴのコト、オレに黙ってたんだよ?」
ホントにオレのコト好きなら隠し事するなよなと、ビセットも恨めしそうに呟く。
もっとも枕に顔を押し付けていったので、ルシードにはほとんど聞こえていないが。
「別に黙ってたワケじゃねえけど・・・お前だって知ってんだろ?俺が歌うのあんま
り得意じゃねえコトは」
苦虫を噛み潰したような顔で、これ以上ないくらい言いにくそうにルシードは語る。
だが、ビセットの視線の鋭さは一向に和らがない。
「知ってるよ?・・・なのに練習してまであんなに目立つことやりたがるから、そん
なにしてまでモテたいのかって・・・オレは思ったぞ」
「冗談じゃねえ!!誰が好きであんなことやるか!!」
びっくりして目を見開いたビセットを見て思わず大声を出してしまった自分にはっ
となり、ルシードはバツが悪そうに頭をかいた。
「・・・悪い、思わず・・・。とにかく、アレに出たのは俺の意思じゃねえ。
ぶっちゃけた話、バツゲームみたいなモンなんだよ」
「バツゲーム!?」
「ああ。・・・去年、ルーとアレフと賭けしてな・・・」
負けたら一緒にバンド組んでライヴやるって押し切られたと、ルシードはため息
混じりに語る。
「そんなアホな理由で出るハメになったから・・・何となく言いにくくてな・・・」
そう言って、ルシードは深いため息をついた。
「・・・そんなバカな理由でケンカしたんだから、もっとバカみたいだよね・・・」
呆れたように呟き、ビセットもまた深いため息をつく。・・・が、そこでルシードが
顔を上げた。
「ちょっと待て!俺が悪いのか!?元はと言えばお前が話す前にヘソまげて部屋に閉
じこもったんだろーが!」
「何それ!誤解ときたいならベランダからでもオレの部屋くればよかったじゃん!」
「ベランダだとぉ!?お前、俺に死ねってのか!?」
「何言ってんの!ルシードだったらここから落ちたぐらいじゃ死なないでしょ!?」
「アホ!死ぬに決まってんだろが!!」
「何だよ、落ちなきゃいいんじゃん!」
「あのなぁっ・・・って、待て。話の本題はコレじゃねえだろが」
またアホなケンカをする所だったと、ルシードは思わずため息をつく。
そして、相変わらず眉間に皺を寄せているビセットの前髪をかきあげ、その目を真
っ直ぐ見つめながら真剣な口調で呟いた。
「とにかく、お前が怒ってた理由はわかった。・・・だけどな、これだけは言っとくぞ。
・・・これから何人俺に告白するヤツが出てきても、俺が好きなのはお前だけだ。
・・・ったく、ちったぁ信用しろ」
最後の一言だけは不機嫌そうだったが・・・それは多分、照れ隠し。顔を逸らした
のがその証拠だ。たぶん顔を見たら真っ赤になっているだろう。
「・・・それから、ついでに言わせて貰うが・・・もう2度と俺のいない所で今日み
たいなカッコすんじゃねえぞ。お前のそういうカッコを見るのは俺だけで十分だ。
わかったな?」
「・・・わかった。ルシードがヤキモチ焼いて銃乱射したら困るもんね」
からかうように答えたビセットの顔もこれ以上ないぐらいに赤い。
・・・やっぱり『お互い様』だったんだ。
お互いがお互いに腹を立てている理由・・・それは単なるヤキモチ。
そんなことでケンカしていたなんてバカみたいだ。・・・バカみたいだけど・・・
でも、そのおかげでルシードから思いがけない告白が聞けた。
それだけでも、さっき泣いた分の価値はあった気がする。
「なっ!俺がいつヤキモチ焼いたって!?」
「だってそういうことじゃん?・・・違うんならまたセリーヌさんに制服借りちゃお
っかなー?もちろん、ルシードがいない時に」
「だから、それはやめろっつってんだろが!」
「・・・じゃ、オレのコト好きって言ってくれたら許してあげる〜♪」
ね?とかわいらしく小首を傾げながらにっこり微笑むビセットに・・・ルシードが
勝てるわけがない。泣いたビセットと、無邪気な笑顔のビセット。それがルシードの
唯一にして最大の弱点なのだから。
だから、ルシードは・・・小悪魔のような恋人の耳元に、こう囁くしかない。
「・・・愛してる」
・・・その言葉を聞いたビセットが、どういう反応を返したか・・・それはもう、
言うまでもない。
おまけ(笑)
数日後。ある業間の休み時間。
中庭でぼ〜っとひなたぼっこを楽しんでいたビセットに駆け寄ってきたのは、
子分(ビセット談)であるピートだった。
「なぁなぁビセット!ウチの学校の後夜祭にスゴイ伝説があるの知ってるか!?」
「伝説ぅ?・・・ああ、あの噂ね〜・・・」
学園祭の日何度となく聞かされて・・・一度も最後まで聞かなかった『伝説』。
そういえば、あれはどこで何をすれば永遠に結ばれるのだろう?
「ちぇ〜、ビセットもう知ってたのかよ〜!?つっまんねーなー!」
「へへん、まーね!・・・でも、どこで何するって詳しい話は知らないけどさ」
「そっか・・・でもオレも知らないんだよな〜。誰かしてそうなヤツいないかな?」
う〜ん・・・と考え込む二人の前を、留年生徒会長が横切った。
「あ!」
二人同時に声を上げ、アレフを指差した。
「な、何だよお前ら・・・!お前らの厄介事なんかゴメンだぞ」
「そんなんじゃないって!アレフなら後夜祭の伝説のこと、詳しく知ってんだろ?」
「あん?・・・なるほどね、オコサマたちにゃちょっと早い話だが・・・ま、偉大な
るセンパイが教えてやろうじゃないか!」
「・・・留年したくせに?」
「うるせーな、黙って聞きやがれ!・・・ま、オコサマなお前らにはカンケーない話
だろうけどな!いいか、伝説ってのは・・・後夜祭が終わるまで、好きな相手と誰に
も見つからずにずっと抱き合っていられたら、その二人は永遠に結ばれる・・・って
ヤツだ。どこにでもあるよーな根も葉もない噂だけど、試したいって女の子がいるな
ら男としては断れないよなぁ♪」
言いながら、アレフの顔がしまりなくまさに「でへへ〜」と溶ける。
・・・どうやら試したらしい。
「ふ〜ん、何だ、そんだけかぁ・・・あれ?ビセット、なに赤くなってんだ?」
「い!?いや何でもない、何でもないんだ!あははははは・・・」
ぶんぶんと大げさなまでに首を振り、乾いた笑いを顔に張り付かせながら何故か
逃げるようにそろそろと歩き始めたビセットを、ピートは不思議そうな目で追った。
「そーいえばビセット。・・・首、なんでバンソーコーなんて貼ってるんだ?」
ぎくぅっ!
まるで油の抜けた機械人形のようにぎこちなく、ビセットが振り返る。
振り返った先には、不思議そうに首を傾げるピートと、信じられないものを見るよ
うなアレフの顔。
・・・逃げるが勝ち。
先ほどとは打って変わった反応の速さで逃げ出したビセットが、そんな言葉を思い
浮かべたかどうかはわからない。
「・・・なんで逃げるんだ?」
ますますわけがわからないといった風なピートに、アレフが苦笑する。
「バか。ああいうのはフツー見て見ぬフリをしてやるのが人情ってやつなの。
・・・しっかし、まさかあそこまで手ぇ出してたとはねぇ・・・」
負けの原因はあいつかと、アレフは意地の悪い笑みを浮かべた。
「負け?」
「ん?・・・ああ、去年ルシードのヤツと賭けをしたんだよ。あいつがあんまり
カノジョなんていらねぇっていうから、じゃあ来年までに自分がアホに思えるぐらい
惚れこんだ相手が出来たら一緒にバンド組めってな。・・・ルーに負けを宣告された時
のあいつの顔はミモノだったぞ〜!!」
ゲラゲラと笑うアレフの横で、ピートはやはり首を捻る。
「・・・なんでなんで?ビセットは『カノジョ』じゃないだろ〜?」
「いーんだよ、相手は女の子って限定したわけじゃねーんだから。
それよりお前、首のバンソーコーの件・・・詳しく知りたかったらカイの奴にでも
聞いてみな。・・・しっかり教えてくれるぜ?」
何か企んでそうな人の悪い笑みを浮かべながら、アレフはわしわしとピートの頭を
撫でた。・・・ちなみにカイというのは去年までアレフたちと同級生で、現在は食堂の
おばさんであるアリサの所に下宿しながらフリーターをやっている青年である。
「へー!そっか〜・・・じゃ、帰りにバイト先寄ってみよ」
何か奢ってくれるかもしれないし!と、何も知らないピートは上機嫌だ。
そこで、休み時間を終えるチャイムが鳴った。
さざえのザンゲ 〜これはもう、打ち首獄門の刑だね〜
ごめんないさいすいません許しておくれひさのん!!
散々待たせておいてこんなデキで・・・マジでいっぺん死んで来い自分!
あんまりお題クリアしてない不完全燃焼でゴメンナサイ・・・いつかリベンジさせ
ていただきます・・・はぅ。つーか、よくよく見てみりゃバニービセット・・・
スカートちゃうやん(爆死)ダメだ、あれじゃー脱がさなきゃ・・・(殺)
・・・どうでもいいけど、ルシードって音痴っぽいな〜と思うのは私だけかね?
なんか直感的にそう思ったんだけど。何でだろう・・・?
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