恋人について。・中編

一日たち、二日たち・・・そして、約束の土曜日がやってきた。


ルシードは約束通り結婚式に一緒に行くと言った三人を連れて、会場に向かっていた。
その途中、フローネが『大勢で押しかけるのだし、花束ぐらい持っていった方がいいん
じゃないでしょうか?』と提案したので、近くの花屋へ寄ることにしたのだが・・・
「・・・遅い・・・」
店の外で時計を睨つけながら待ち惚けを食らっているルシードが、ぽつりと呟く。
花束なんて選んだこともないし、こういうことはフローネやルーティに任せる方が
良いだろうと思ってそうしたのだが・・・間違いだったかもしれない。
 花屋に入ってから、もうかれこれ三十分は経過している。
あんまり時間がかかるのでヒマを持て余したルシードは、決まったら呼んでくれと
言い残し店外に出たのだが、それでもヒマなのは変わらない。
 ・・・あの、いかにも女の子が好きそうなパステルカラーの色彩の店内で、
落ち着かない気分でいるよりは数倍マシだが。
  ルーティの話では、この店は若い女の子たちの間では評判らしい。雑誌に紹介記事が
掲載されたこともあるらしく、今日も女性客がたくさん訪れている。近くだったとは
いえ、そんな店に入る羽目になったのはルシードにとっては不運だった。
(・・・それにしても、何であいつはあんなに違和感ないんだ・・・?)
ちらりと視線を店内の方に向けながら、ルシードは複雑そうな表情でため息をついた。
視線の先にいるのは、フローネやルーティと一緒に真剣そうに花を選ぶビセットの姿。
・・・やはりというか何というか、ピンク色の小さく可憐な花を推している。
ビセットのピンク好きにはもう慣れているし、彼が男の割には可愛い系のものに目が
ないこともルシードはよく知っている。だから自分ほど居心地悪くは感じないだろうと
思ってはいたが・・・あそこまで違和感なく溶け込めるとは。
あんな可愛らしいピンクの花では例え女の子だとしても持つ人物を選ぶだろうに、
ビセットは持っていても何の違和感もなく、むしろ良く似合っている。
・・・まぁ多少、惚れた欲目というのもあるのかもしれないが。
「ルシード、決まったよ!だから支払いよろしく〜!」
店の中で、ルーティがルシードに向かって早く来いと手招きをする。花の代金は
持つだと言い出したのは自分なので、ルシードはしぶしぶ店内に戻った。
女性というより女の子ばかりの店内は、やはり居心地が悪い。
「・・・で?結局どれにしたんだ?」
「じゃ〜ん!これだよ!」
一応確認するため尋ねると、ビセットが得意気に持っていた花束を差し出してきた。
花束のメインになっているのは明るい黄色の花だったが、
その周りに添えられているのは先程ビセットが持っていたあのピンクの花だ。
 ラッピングも花に合わせてリボンの色などが合わされており、
全体的にとても可愛らしい感じの花束になっている。
・・・人にあげるものなのは分かっていたが、そのままずっとビセットに持たせて
おきたくなるぐらい、彼に似合っていた。
「結構いい感じなったでしょ?でも心配しないでいいよ、ちゃんとルシードのフトコロ
具合を考えて選んであげたからね!」
「ビセット君が安くて可愛いお花を見つけてくれたおかげね」
「へへっ、ま、オレとしてはピンクに関しちゃ譲れないモノがあるからね〜♪」
「あ、ああ、そうか・・・ありがとな」
どうやら、惚けていたのは値段の心配をしているのと勘違いされたらしい。
ルシードは気を取り直して、店員に花束の代金を尋ねた。店員に提示された代金は、
さすがに若い女の子に人気というだけあって良心的で、今月は給料の前借りかと
覚悟を決めていたルシードにとっては大変はありがたかった。
支払いを済ませてそのまま店を出ようとすると、ビセットが慌てて声を上げる。
「ちょっと待ってよルシード!この花束どうすんだよ!?」
ビセットは当然のように花束を差し出してくる。ルシードは一瞬、それを持って
歩いている自分の姿を想像し・・・頭を押さえた。
「・・・お前が持ってろ」
「え?オレが!?」
「それが嫌ならルーティかフローネに渡せ。・・・俺は絶対持たないぞ」
げんなりして言い返すと、ルシードはさっさと歩き出す。
 ビセットはどうしようかと一瞬迷い、フローネたちの方を見た。
「・・・だってさ。どっちかこれ、持ちたい?」
「はいはいっ!あたしが持ってくっ!」
ルーティが真っ先に手を挙げ、『ちょうだい』と手を広げる。
 ビセットが花束を渡すと、嬉しそうに微笑んだ。
持ち手が決まったところで、三人は先に店を出ていったルシードを追いかける。
・・・といっても、店の外でルシードが待っていてくれていることはわかり切って
いたので、少し早歩きになる程度にしか急いでいないが。
三人が店を出てくると、ルシードはやはり不機嫌そうな顔をしていた。
「・・・だいぶ時間くっちまったな。おら、ちんたらしてねえでさっさと行くぞ!」
ルシードはそう言って、またさっさと大股で歩き出した。言葉にも態度にも不機嫌
さが滲み出ているような感じだったが、花束を持ってご機嫌のルーティと彼女と
お喋りにつき合っているフローネは全く気にしていない様子でゆっくり歩いている。
会場の場所はわかっているし、なんだかんだ言ってもルシードが最終的には
ちゃんと待っていてくれるのは、二人とも良く知っているからだ。
 だからビセットがルシードを追いかけて行ったのは話をしたかったからで、
別に置いてかれるのが心配だった訳ではない。
・・・『置いてかれるのが嫌』というのも理由の一つではあるが。
「ルシード、待ってよ!」
「ん?」
ルシードは顔だけ後ろを振り向いて、少しだけ歩調を緩める。
「どうした?何か用か?」
「そうじゃないけど。二人の話が盛り上がってきたから居づらくなっただけ」
「へえ、お前がついてけなくなるなんて珍しいな。何話してんだ、あいつら?」
ルシードの問いに、ビセットは大げさにため息をついた。
「将来の旦那様について」
「・・・そりゃ居づらくもなるな・・・」
「だろ?」
そう言って、ビセットはもう一度ため息をついて・・・小さな声で呟いた。
「別についてけない訳じゃないんだけどね・・・」
「あ?」
「い、いやいやなんでもないっ!・・・そういえばルシードって、花嫌いなの?」
誤魔化すように笑って、ビセットは強引に話題を擦り替えた。
「花?別に嫌いじゃねえけど、何でだ?」
「だってあんまり店の中に入りたがらなかったし、それにさっきからずっと
不機嫌だしさ。 たまに花の匂いとか花粉とかダメな奴いるじゃん?
だからルシードもそうなのかなって」
「あ〜・・・あれは単に店ん中に居づらかっただけだ。
その上お前らはなかなか出て来ねえし、不機嫌になんのも当たり前だろ」
「え〜っ、だってしょうがないじゃん!普通のプレゼント用ならともかく、
花嫁さんに渡す花束なんだぞ?慎重に選ばなきゃ大変だろ!」
「・・・そういうモンか?」
頬を膨らませて、むきになって反論するビセットに、ルシードは呆れたように呟く。
「何言ってんだよ!花にも縁起とか花言葉とかいろいろあるじゃん!その上、ルシード
の財布に負担がかかんないようにって選んだんだから、時間かかって当たり前だよ!」
「・・・そうなのか?」
ビセットたちが気を使ってくれたのはわかるが、縁起だの花言葉だとの言われても、
あまり花には詳しくないルシードにはいまいち実感の湧かない話だ。
「は〜っ、これだから無知な奴はこまるんだよなぁ!花には一種類ずつに違った意味が
あって、それでどういう時に贈る花なのか決まってくるんだぞ!」
「・・・あっそ」
お前に無知呼ばわりされたくねえよと、心の中でルシードはため息をつく。
「あ、バカにしてるなルシード!花言葉ってのは女の人は特に気にするモンなんだぞ!
・・・不用意な花を渡すと、それだけでラブラブだった恋人にフラれちゃうことも
あるんだからなっ!」
「あ〜、わかったわかった。・・・で、あの花束の花の意味はなんなんだ?」
ビセットが持っていたあの花の意味が何となく気になって尋ねると、
よくぞ聞いてくれました!とばかりにビセットは得意気に答えた。
「ふっふっふ、聞いて驚け!黄色い花の方が『幸せな結婚』で、ピンクの方が・・・」
「ピンクの方が?」
「『子宝』!」
「・・・・・・・」
あまりの衝撃に、ルシードは何も言えなかった。聞かなければ良かったかもしれない
と、本気で後悔した。・・・あの花がビセットにあんまり良く似合っていたので、
何かの時にでもあの花を買ってやろうかとちらっとでも思った過去の自分が哀れだ。
「ルシード?どうかした?」
「いや・・・なんでもねえ・・・」
「さてはオレたちの気づかいに感動して言葉も出ないんだろ!いいっていいって、
これも人助けだからな!でも感謝しろよ〜!」
沈黙を勝手に解釈したビセットはさも得意気に胸を張っている。何か言ってやろうと
思ったが、その顔に浮かんだ得意気な笑顔が可愛くて反論する気が失せてしまう。
「・・・そういえば、お前って結構花好きだよな」
思い出したように呟くと、ビセットは意外そうな顔をした。
「うん、好きだけど・・・何で?あ!もしかして今日のお礼に花買ってくれる気にでも
なった?それだったらオレ、やっぱりピンクの花がいいな〜っ!」
「・・・誰もんなこといってねえだろうが。まぁ・・・そんなに欲しけりゃ
買ってやらんこともないけどよ」
冗談半分でそう言うと、ビセットは嬉しそうに目を輝かせた。
「えっ!ホント!?やったね!」
半分冗談だったのに儲けたやと喜ぶビセットに、ルシードは思わず呆れて、
「・・・でもお前、男から花貰って嬉しいか?」
と言い、その後で『それじゃ自滅だろうが!』と気づいた。
だが、ビセットから返ってきた答えは想像もしなかったもので・・・
「ルシードから貰うなら嬉しいよ!」
にっこりと満面の笑みを浮かべてそう言われ、ルシードは思わず言葉を失う。
 ビセット本人は嬉しさのあまり、自分がどんな爆弾発言をしたのか
全く気づいていないようだが。
「そ、そうか」
ひたすら平静を装って、ルシードは何とかそれだけ言葉を絞り出した。
目指す結婚式の会場は、もうすぐそこだった。




「ルシード!久しぶりね!」
花嫁の義理の妹という少女に案内されて控室に行くと、椅子に座っていた純白の
ドレスを身に着けた女性が嬉しそうに微笑んで出迎えてくれた。
「・・・ホントに、式場選びに来てた時に会ってから随分たったよな。
話がオシャカになったのかと思って心配したぞ」
「失礼ね!仕事が忙しくてそれどころじゃなかっただけよ!もう、本当にそういう
口の悪いところは全然変わってないわね!って・・・ねえ、後ろの人たちは?」
ルシードが意地悪そうな笑みを浮かべて答えると、女性・・・マリアンヌはむっと
して早口に言い返す。そして、彼女のその言葉を聞いて初めて、ルシードはビセット
たちが自分の後ろから覗き見るようにしてマリアンヌの方を見ていることに気づいた。
「ああ、俺の同僚だ。・・・ほら、ルーティ」
ルシードに背中を押され、かちこちに緊張したルーティが前に進み出る。
「えっ、えっと・・・その・・・おめでとうございますっ!」
「ありがとう。わざわざ来てくれて嬉しいわ」
ルーティがぎこちなく差し出した花束を受け取りマリアンヌはにっこりと微笑んだ。
彼女に聞こえないように、ビセットは背伸びをしてルシードの耳元に小声で囁く。
「・・・ルシード、あの人なんかめっちゃ若くない?ホントにルシードの先輩なの?」
「あのな・・・先輩っつっても二歳年上なだけだぞ?
 そう・・・だな。年齢で言ったらメルフィと同い年だ」
「ええっ、じゃあバーシアさんより年下じゃないですか!」
フローネもやはり小声で驚きの声を上げる。しかも、なにげに結構キツイ発言だ。
「・・・フローネ。今言ったこと、帰ってから言うんじゃねえぞ」
「?」
あまりわかっていなさそうなフローネを見て、ルシードはため息をついた。
「・・・ルシード、あなたの同僚ってことは、この子たちも・・・?」
「ああ、全員魔法能力者だ」
ルシードが頷きながら答えると、マリアンヌはほっとしたような、嬉しそうな笑みを
浮かべた。ビセットもルーティもフローネも、その笑みの意味が分からずに
不思議そうな顔でマリアンヌを見る。
「ごめんなさい、気を悪くしないで。私もその・・・魔法能力者なんだけど、
あんまり自分以外にそうだっていう人に会ったことなくて・・・」
「な〜んだ、そういうことかぁ!」
「何か事件が絡んでるのかと思っちゃいました」
「だからオレたちのこと呼んだんだね!」
すまなそうにマリアンヌが笑うと、ビセットたちがほっと肩の力を抜く。
「・・・えっ?呼んだ?」
ビセットの言葉に、マリアンヌが不思議そうに首を傾げた。
「へっ?・・・マリアンヌさんが呼んでくれたんじゃないの?」
言った本人のビセットも、不安げに隣のルシードの服を掴み顔を見上げる。
・・・『何かマズいこと言った?』と目で訴えながら。
「・・・・・」
「・・・ルシード?」
マリアンヌが怪訝そうに尋ねると、ルシードは大げさにため息をついた。
「・・・へいへい。話せばいいんだろ?お前のダンナに前に会った時に言われてたん
だよ。 お前が着任先に魔法能力者がいなくて寂しがってるから、式の日に他の連中も
何人か連れてきてやってくれって。・・・俺はもう必要ないと思ったんだがな。
 ま、新郎のリクエストだし・・・お互い、確かに今日ぐらいしか顔を合わせる機会も
ねえし、知り合いは多いに越したことねえだろうと思って連れて来たんだ」
本当は黙ってろって言われたんだがと、ルシードはばつが悪そうに頭をかいた。
夫の、思いも寄らない心づかいが嬉しかったのだろう。
 マリアンヌは首を振り、頬を染めて微笑んだ。
「そうだったの・・・気を使わせて悪いわね。皆さんも、改めてお礼を言わせて?
今日はわざわざ、本当にありがとう」
「そんな・・・行きたいって言ったの、あたしからだし。気にしないでください、
マリアンヌさん」
頭を下げるマリアンヌに、ルーティが慌てて首を振る。
「ふふ、ありがとう。それから、私のことはマリィって呼んでくれていいわ。
・・・あ、そうそう!忘れてたわ!ルシード、あの人も貴方と話したがってたの。
ここの反対側の部屋なんだけど、行ってきてくれる?それから、その間この子たち
借りてていいかしら?いろいろお話したいわ」
「ああ、かまわねえよ。・・・いいよな、お前ら?」
ルシードの問いに、三人は一斉に頷いた。
「もっちろん!」
「私も、いろいろお話聞きたいです」
「そうそう!昔のルシードのこととか、いろいろとね!」
そろそろ緊張も解けてきたらしくいつもの調子が戻りつつある三人に、ルシードは
一抹の不安を覚えた。
「・・・あんま余計なこと喋るなよ。特にルーティとビセット!」
「ひっでえ!ルシード、オレたちのこと信用してないのかよっ!?」
「そうよそうよ!」
「へっ、勝手にわめいてろ」
ビセットたちが頬を膨らませて反論するのを、ルシードは涼しい顔で聞き逃した。
「あら、じゃあ私はいいんですか、センパイ?」
そこにフローネがにっこりと邪気のない笑みを浮かべてとんでもないことを言う。
フローネに触発されてマリアンヌまで、
「私も口止めされてないし、いろいろ喋っちゃっていいのかしら?」
と、悪戯っぽく微笑んだ。
「お前らな・・・!」
「やぁだ、冗談よ冗談。ほら、さっさと行ってきなさいよ。
 もう開場まであんまり時間ないんだから」
ひらひらを手を振ってマリアンヌが微笑み、ルシードはがっくりと肩を落とした。
「・・・もう、勝手にしやがれ・・・」
情けなくそう呟き、ルシードはくるりと踵を返してドアのノブに手をかける。
「あ・・・ちょっと待って、ルシード」
・・・外に出ようとしたルシードの足を、マリアンヌの声が止めた。
「ルシード・・・ありがとね、本当に。正直言って、来てくれないかと思ってたから、
本当に嬉しかった。・・・私、貴方に『今までありがとう』って、どうしても言いた
かったの。私は、もう大丈夫だからって・・・」
「・・・ああ、わかってる。おめでとう、マリィ」
ルシードは振り返らずにそう言った。
だから彼がどんな表情をしていたのかは、誰にもわからない。
「うん、ありがと。じゃあ、またあとでね」
ルシードの姿が、ドアの向こうに消える。
それを見送るマリアンヌの表情は、泣きそうな・・・でも何か胸のつかえが取れて、
ふっきれたような晴れ晴れとした表情だった。




結婚式はごく内輪な者だけを集めた小さなもので、教会での式の後近くのレストラン
の二階を貸し切って略式の披露宴を兼ねた2次会が開かれるだけのものだった。
ルシードたち四人も事務所からの連絡がなかったことをいいことに、ちゃっかり
2次会にまで参加している。マリアンヌとすっかり仲良くなったルーティと
フローネは、彼女といまだ終わることのないお喋りに花を咲かせていた。ルシードも
ルシードで、久々に会う保安学校時代の友人たちとの会話が弾んでいた。
・・・そんな中、ビセットは壁際に一人でぽつんと立っていた。
さっき控室でマリアンヌに聞いた話を引きずってしまっていて、料理を食べる気にも
ならない。本当は今すぐ帰ってしまいたいぐらいだったけれど、さすがにそれは彼女に
失礼なのでこうして目立たないように隅でぼ〜っと会場の風景を眺めているのだ。
そうしていると、自然に先刻の会話を思い出してしまう。
・・・最初は、たわいもない会話だったのだ。自分たちが今まで扱ってきた事件の
こととか、今日来ていない残りのメンバーのこととか。
そのうち、話は共通の友人であるルシードのことになって・・・ルシードと
マリアンヌが出会った、学生時代の話題に移っていった。
『マリィさんとルシードって、どういう関係だったんですか?』
・・・そうずばりと聞いたのは、確かルーティだったはずだ。
そして、マリアンヌは困ったようにこう答えた・・・。




「あなたたちがルシードから聞いてないのなら、それは言えないわね。話しちゃうと、
恋人になる子の特権が減っちゃうわ」
「恋人になる人の特権・・・ですか?」
フローネが聞き返すと、マリアンヌはそうそうと頷いた。
「誰にでも、人にはあまり知られたくない過去っていうものがあるでしょ?でもその
過去を、敢えて他人に話そうとする時、その相手は誰だと思う?」
「・・・それが恋人?」
「そういうこと。でも・・・そうね、私にとってルシードが兄か弟みたいな存在だって
事は、今でも変わらないかな。あっちがどう思ってるかはわからないけどね」
「弟じゃなくて兄もなの?ルシードの方が年下じゃん」
ビセットが聞くと、マリアンヌは苦笑いを浮かべながら答えた。
その笑いが何だか・・・何もわかってないのねと言っているみたいに嫌な感じを
覚えたのは、気のせいなのか嫉妬心のせいなのか。
ずきん、と胸が痛むのを感じながらビセットは必死に平静を装う。
・・・ここで表情を変えたら負けると思った。
彼女は自分の知らないルシードの過去を知っている。・・・それだけで嫉妬を覚える
ほど自分はルシードのことを何も知らないのだと、思い知らされている気がして。
「そうなんだけどね・・・あの頃の私は、誰か甘えられる人に側にいて欲しかったの。
それにルシードって、口も悪いし無愛想だけど結構面倒見が良くて優しいでしょ?
・・・だからついつ、甘えちゃってた。ずっと、寄りかかってばっかりだったの」
「そういう関係って、他から見たらほとんど恋人同士に見えると思いますけど・・・」
まるで自分の心の内を代弁されたかのようで、ビセットは少しどきりとした。
勘ぐるようなルーティの言葉に、マリアンヌはそうじゃないのと慌てて首を振る。
「そうじゃなくてね・・・なんて言えばいいのかな?これはあくまで私が感じていた、
そうなんだって思い込んでいただけのことなのよ。私がそうやってルシードの甘えて
いた時、あいつがどう思っていたのかなんてわからない。
・・・あいつは、一度も自分が何をどう思ってるか、どう考えているかなんてこと
話してくれなかったし、それに私もそれを気にしなかった」
そこで一端言葉を切り、マリアンヌはため息をついた。昔を懐かしむ、どこか遠くを
見るようなその瞳にはどこか苦々しげな色があった。
「・・・結局、私は自分のことしか考えてなかったのよね。そんな人間に、他人の心に
踏み込む資格なんてない・・・過去の傷を話してもらうことなんて、できないのよ。
だって本当に好きになったら、その人が何を考えてるのか、私のことをどう思って
いるのか気になって仕方ないでしょう?それが知りたくて、話して欲しくて、だから
自分が他の人に話さないような事まで喋っちゃうんだと思うのよね。それこそ、形振り
なんか構っていられない。寄りかかってばかりいるんじゃなくて、自分から支えて
あげたいって・・・好きな人が私を必要としてくれるように、何かしてあげたいって
思う・・・それができない恋は、きっとただの自己満足で、いつかほんの些細なことで
あっけなく壊れてしまうわ。
そんな大切なことに気付けたんだから、あの恋も無駄じゃなかったんだって思える。
あの恋があったから、私は今こうやって好きな人と一緒になれたんだと思うの」
話しているうちに、マリアンヌの顔に本当に幸せそうな微笑みが浮かぶ。
この人は今本当に幸せなんだと、見ていればわかった。
彼女の中で、昔の恋はもう終わっている。・・・でも、ルシードの方は?
甘えたり寄りかかられたりするのを許してたって事は・・・やっぱりルシードの方も
マリアンヌに少なからず好意を持っていたんじゃないだろうか?
しかも自分たちを連れてきたり、あのルシードにしてみればいろいろ気を使ってい
る。 ・・・マリアンヌもさっき『正直言って、来てくれないと思っていた』言って
いたし・・・本当は別れた彼女の結婚式なんて、呼ばれたって行きたくないはずだ。
それなのに・・・ルシードは何でわざわざここに来たんだろう?
胸のもやもや・・・不安と嫉妬は、まだ少しも消えてくれない。
「で、でもマリィさんは知ってるんでしょう?
 ルシードの『隠しておきたい過去』っていうのを・・・」
ルーティはどうしても二人を恋人同士だったことにしたいらしく、
さらに質問を続けたが、マリアンヌは笑って、少し意地の悪い口調で答えた。
「そりゃそうよ!学校内では結構噂になってし、知ってるだけなら私だけじゃなくて
保安学校の同期は大体知ってると思うわよ?」
「・・・な〜んだ、そうなのかぁ・・・」
「ふふふ、期待にそえなくでごめんね」
あからさまにがっかりするルーティを見て、マリアンヌはころころと笑う。だが、
不意に真剣な表情になって、静かに言った。
「・・・でも、ルシード本人から詳しいことを聞いたっていう人にはまだ会ったこと
ないわね。同じ話を聞くのでも、本人の口から聞くのと他人の口から聞くのとじゃ、
全然意味が違うでしょ?あれからもう随分たつのに・・・私はもう見つけられたのに、
ルシードったらまだ見つけらんないのかしら?・・・それとも」
その時、マリアンヌはじっと・・・自分の方を見ていたように、ビセットは思えた。
「それとも、なんですか?」
「それとも・・・ただタイミングがつかめてないだけなのかなって」
マリアンヌはため息をつき、喋りすぎたかなと苦笑する。
「いろいろ偉そうなこと言ってごめんね。でも、少しだけ人生の先輩になれた私からの
アドバイスだと思って覚えておいて?
 いつかきっと、あなたたちも見つけると思うから。
・・・一番大切な人を、ね」
悪戯っぽく笑った彼女はやはり自分の方を見ていた
・・・ように、ビセットは感じた。




「・・・ット、おい!ビセット!」
はっと気付いて顔を上げれば、目の前に眉を潜めたルシードの顔があった。
 ビセットは驚きのあまり後ろに壁があるのも忘れて後退りしようとし、そして
・・・壁に頭を思い切りぶつけるハメになった。
「う、うわっ!っ・・・い、いってぇ!」
「・・・ったく、何度呼んでも反応ねえと思ったら、目え開けながら寝てやがった
のか? こんなうるせー所で、しかも立ったまま」
思わず涙目になるビセットに、ルシードの呆れた声が追い討ちをかける。
「う、うるさいな!そんな器用なことできるわけないだろっ・・・」
いつものようにくってかかれば、絶対意地の悪い呆れた顔をしていると思っていた
ルシードの表情は、呆れてはいるけれど『しょうがないな』と苦笑いしているような
・・・思ったより優しい表情だった。
思わずどきっとしたが、それはすぐに痛みに変わった。
・・・頭をぶつけたせいで一度緩んだ涙腺は、もう止められそうになかった。
「・・・っ!」
「ど、どうした?打ち所でも悪かったか!?」
「なんでもないっ!ルシードには関係ないだろっ!」
涙を見られたくなくて、ビセットは反射的にルシードの手を振り払う。
・・・ルシードの顔色が変わるのがわかる。
もう、目茶苦茶だった。何をそんなに意地を張ってるんだか。本当は聞きたいこと
も、聞いて欲しい事もたくさんあるのに。こんなことを言いたいんじゃないのに。
「・・・そーかよ、なら勝手にしろ」
「・・・!」
そう言って踵を返したルシードの背中を見た瞬間、衝動的に体が動いた。
・・・置いて行かないで!
「・・・おい、ビセット・・・」
呆れたような声が降ってきても、ビセットはルシードの背中に抱きついたまま離れ
なかった。ルシードの手がビセットを引きはがそうと前に回った腕を掴んでも、
それに反抗するかのように顔を背中に押しつける。
ルシードがため息をつくのが聞こえた。呆れられてるのはわかったが、でも離れられ
なかった。
 泣き顔を見られたくないとかそういうのじゃなくて・・・離れたくなかった。
「・・・ちっと、外でも行くか?」
掴んだ腕を手持ち無沙汰にぶらぶらとさせながら、ルシードが呟くように言った。

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