『コンプレックス』

・・・何だかよくわからない、とてつもなく大きなバケモノに襲われていた。
押し倒されて、伸し掛かられて・・・鋭い牙が覗く大きな口が舌舐めずりをしているのがわかる。必死でもがくが、どうしても逃げられない。
・・・まさに、絶体絶命のピンチ。
だが、まだ運に見放されたわけではないようだった。都合よく、こっちに歩いてくる人影が見える。それは、自分がもっとも信頼している人で・・・もう大丈夫だという安心感が広がっていく。
「ルシード、助けて!!」
苦し紛れの必死の叫び。助けを求めて自由にならない手を伸ばした。
しかし、彼は思いっ切り人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべてこう言った。
「ああ、俺一捜行くから。もう関係ねえわ」
・・・一瞬、頭の中が真っ白になる。何だよそれ!?
そのまま彼はすたすたと歩き去ってしまう。バケモノに襲われている自分に目も
くれず・・・助けようという素振りを全く見せず、行ってしまった。
「そんな、待ってよ!・・・ルシードのバカヤロ〜〜〜〜〜っ!!」

「・・・誰がバカだ、このボケ!寝ボケてねえでさっさと起きろ!!」
怒鳴り声とともに、強烈なデコピンが額にクリーンヒットした。
「いてっ!」
その痛みで目が覚めた。視界に最初に飛び込んできたのは、ついさっき自分を
見捨てた人間の、ものすごく不機嫌そうな顔。
・・・事態が飲み込めず、ビセットはむくっと起き上がり辺りを見回した。
自分が寝ていたのはどこぞの荒野ではなく、カーテンや絨毯、小物という小物が
ピンクで統一された自分の部屋で・・・ルシードはいるがバケモノはいない。
ふと時計を見たら、電池が切れたのか妙な時間で止まっていた。
「目、覚めたか?まったく、手間かけさせやがって・・・ほら、とっとと着替えろ!魔法登録行くぞ!・・・他のやつら待たせてるから、早くしろよ」
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ、もうそんな時間なの!?どうしてもっと早く
起こしてくれなかったんだよ〜〜〜っ!」
「・・・悪ぃ、飯食った後に気づいたんだよ、お前いないの」
ベッドから下りながらわめき立てると、ルシードはバツが悪そうに目を逸らす。
「えっ・・・じゃあ朝飯は!?」
「ティセに頼んどいてやったから、帰ってきてから食え。・・・遅れっとまた部長に小言言われるからな」
苦々しげに呟かれたその一言が引っかかった。
部長・・・転属願い・・・一捜・・・簡単な連想ゲーム。
『ああ、俺一捜行くから。もう関係ねえわ』
その言葉は夢の中のものだってわかっていた。でも・・・!
「・・・ルシードはオレのことなんて、どーでもいーんだ・・・」
「あ?」
怪訝そうに顔をしかめる、その表情にすらムカついた。
だから正面から、まっすぐ相手の目を見て叫ぶ。
「ルシードの薄情者!!一捜にでもどこにでも行っちまえ!」
「なっ、何だと!?・・・って、おい待てビセット、おい!」
ルシードの声に耳を貸さず、ビセットはバスルームに逃げるように駆け込んで
ドアに鍵を閉めた。
「何なんだよ朝っぱらから・・・おい、ここ開けろ!ビセット!!」
追いかけてきたルシードがいくらドアを叩いても、ドアを開けようとは思わない。 ・・・例えドアを壊して入ってきたって、口きいてやるもんか。
そう思いながら、ビセットは床にひざを抱えて座り込み、ドアを睨みつけていた。「・・・俺はバーシアたち連れて先行くからな。機嫌直ったら出てこいよ」
しばらくしてドアを叩く音が止み、ため息とともに諦めたようなルシードの声が
聞こえた。そして、足音がだんだん遠ざかる。
ぱたんとドアの閉まる音が聞こえた時・・・急に後悔と罪悪感が湧いてきた。
締めつけられるように胸が痛む。その痛みになす術も知らず・・・ビセットはただ膝を抱えて、声を押し殺して泣くことしかできなかった。


「・・・だいぶ、落ち込んでいるようだな」
部屋から出るなり話しかけられ、ルシードは驚いて思わず後ろに退いた。
「な・・・何だゼファーか、脅かすなよ・・・」
「脅かした覚えはないが・・・その様子だと『薄情者』は相当堪えているようだな、ルシード」
ため息をつくルシードに、ゼファーはいつも通り嫌味なぐらい冷静な口調で答える。 ・・・しかも何げに図星をついてくるところが何とも憎らしい。
「・・・聞いてやがったのか、地獄耳」
「あんな大きな声、地獄耳でなくとも聞こえると思うぞ。・・・それにしてもまた
随分と嫌われたものだな。いったいどんな起こし方をしたんだ?」
怒鳴りたい衝動を抑えながら苦し紛れの嫌味を言っても、ゼファーには全く通じないようで飄々とした笑みを浮かべている。いや、それよりもむしろこの状況を面白がっているように見えるのは気のせいだろうか?
「・・・知るか」
考えの読めないゼファーの笑みを睨つけながら、ルシードは心の中でため息をつく。 最近ビセットの様子が少しおかしいのは気づいていたし、気にかけてもいた。
いつもなら訓練も適当に隙あらばサボるビセットが一日中、それこそ体力の限界
まで訓練をしていたり、陽気に鼻唄を歌っていたと思ったら急にため息をついたり。 例の一捜の手伝いの時に起こした失態をまだ引きずっているのかと思えば、それだけではないようにだった。さっきのだって、朝食を食べ損ねたからあんなに怒ったのではないだろう。きっと何か他に原因があって、その悩みが溜まりに溜まって爆発
したのだろうということは何となく予想がついた。
そして、爆発したきっかけおそらく自分であろうということも。
・・・だから余計に、苛立つ。
「・・・で、ビセットはどうしているんだ?いつものお前なら引きずってでも連れて行くだろうに」
ゼファーはなぜか呆れたようにため息をつき、ビセットの部屋のドアを見た。
「風呂場に鍵かけて閉じ籠もりやがったんだよ、あのバカ。・・・ったく、朝っぱらから面倒かけやがって」
ため息まじりに答えると、ゼファーは険しい表情で目を細めた。
「・・・お前は冷たいな、ルシード」
その言葉が先程のビセットの言葉と重なり、ルシードの憤りに火をつけた。
「はっ、じゃあどうしろってんだ?ドアぶっ壊して引きずり出せってのか!?」
吐き捨てるように言い返し、ルシードは殺気のこもった目でゼファーを睨む。
「そういうことではない。ドアごしにでも話は聞けるだろう、何故話を聞いてやらん」「なんで俺がそこまで面倒見てやらなきゃならないんだよ!!リーダーってのはガキのヒステリーに付き合うのも仕事のうちなのか!?これだから・・・」
「そんなに大声を出していいのか?ルシード」
自分の言葉を遮る声ではっとして、ルシードは続く言葉を飲み込んだ。
ゼファーの視線はビセットの部屋の方に向けられている。彼が何を言いたいのか、言葉はなくとも一目瞭然だった。
「・・・畜生・・・」
行き場のない怒りが拳を固め、力任せに壁を殴る。
何をつまらない意地を張っているのだろう。本当はドアを破ってでも連れて行こうと思ったのに。何が何でも話がしたかった・・・すべてを話してくれなくてもいいから、せめて怒った理由が聞きたかったのに。
閉ざされたドアを叩きながら、ずっと葛藤していたのだ。
・・・そして、とうとうドアを越えることはできなかった。
「・・・どうしろってんだよ・・・」
俯いたまま力なく呟かれた言葉に、ゼファーは何も答えてくれない。
・・・責めるような眼差しと、突き刺さるように鋭利な言葉。
あの時のビセットの言葉も表情も、頭から離れない。本人は気づいていなかったかもしれないが、まっすぐに自分を見つめながら『薄情者』と叫んだ時、ビセットの目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
・・・ドアを壊すとか面倒だとか、そんなことは問題じゃない。
本当は逃げたのだ・・・もう一度あんな目で見られることが嫌で。
「・・・それにしても風呂場か・・・危険だな」
「あ?・・・なんでだよ?」
やけに深刻そうなゼファーの呟きに引っかかるものを感じ、訝しげに聞き返す。
「・・・わからないか?風呂場というのは自殺するのによく使われる場所だろう。
今、ビセットの精神状態は普通ではない・・・思いあまって手首をざくりと・・・」「・・・・・・・・・・」
思わず想像し、体中から血の気が引いていくのを感じた。どうしようなどと考える前に、ほとんど反射的に身体が動く。
「待て、ルシード!」
ドアノブを握ったルシードの肩を掴み、ゼファーはあくまで冷静な口調を変えずに言う。・・・信じられない一言を。
「冗談だ」
目が点になる、というのはこういう時のことを言うのだろう。
一瞬、時間が凍りついたような錯覚に陥った。
あまりのことに頭が真っ白になってしまい、言葉の意味を・・・冗談だということを理解するのにもしばらく時間がかかってしまうほどに。
「・・・とにかく、心配なのはわかるがお前は早く魔法登録に行ってこい。ビセットには俺から話を聞いておこう」
凍った時間が元に戻っても怒りのあまり言葉が出てこないルシードの、わなわなと震える肩にぽんと手を置き、ゼファーは少しも態度を変えず諭すように言った。
「いらねえよ!だいたいテメエには関係ねえだろ!」
言いたいことはわかるが・・・かといって、この状況ですんなりはいそうですかと言えるはずがない。
それに今日のこの件に関しては、明らかに自分とビセットの問題だ。どうやって
解決すればいいのかなんて全くわからないが、他の人間に横槍を突っ込まれたくない。 ゼファーは苦笑して、呆れたようにため息をついた。
「・・・仲間が悩み苦しんでいるのを見過ごせるわけがないだろう。だいたいお前はビセットが何故落ち込んでいるのか見当もついていないのではないか?」
「う・・・」
痛いところを突かれ、ルシードは言葉に詰まる。
「・・・俺には大体の見当がついているし、だからこそ相談にも乗ってやれる。
どんな悩みでも、誰かに話を聞いてもらうだけで少しは気持ちが軽くなるものだ。 あとでお前が何かすることで問題が解決するとしても、わざわざ長い間一人で悩ませておく必要があるのか?
自分の手で全てカタをつけたいをいうお前の気持ちもわからんでもないが・・・
ビセットにこのままずっと、お前が帰ってくるまで辛い思いをさせておくつもりか? 冷たい風呂場に一人で籠もらせておいて・・・風邪でもひいたらどうする」
「・・・・・・・」
いくら考えても、返す言葉は見つからなかった。
『・・・ルシードはオレのことなんて、どーでもいーんだ・・・』
『ルシードの薄情者!一捜にでもどこにでも行っちまえ!』
再びビセットの泣き顔が蘇ってきて、胸が痛む。
頭では正論だということはわかっている。だが・・・この悔しさは何だろう?
「ビセットのことは任せて、お前はお前のやるべきことをしてこい。
・・・わかったな、ルシード」
繰り返し念を押すように言われ、ルシードは頷くしかなかった。
「・・・わかった・・・頼む」
自分では駄目なのだろうか・・・救えないのだろうか?
悲しませることしか、追い詰めることしかできないのだろうか?
苦しげに呟き、ルシードは俯いたまま踵を返す。
そのいつになく沈んだ後ろ姿を見て、ゼファーは思わず苦笑いを浮かべる。
「一つ、ヒントをやろう。最近ビセットの前で『一捜に行きたい』とか『転属願いが受理されない』とか言わなかったか?」
その言葉にルシードは思わず足を止め、驚いたように顔を上げる。
ゼファーは笑って、やれやれとでも言うように肩をすくめた。
「・・・そういうことだ。わかったら少し頭を冷やして・・・それからビセットの話を聞いてやれ」
「・・・ああ」
苦々しく頷いて、ルシードは廊下と食堂を隔てるドアに消えた。途端にわぁわぁという歓声があがり・・・その声がだんだん遠ざかっていく。
しばらくたって静寂が戻り、ルシードたちが出かけていったのがわかった。
一人廊下に残されたゼファーは、それを確認してからビセットの部屋の中に入った。 そして先刻ルシードが叩き続けたドアの前に立ち、静かに言う。
「ビセット、俺だ。・・・ルシードのことで少し話がある。もうしばらくしたら顔を洗って、食堂に来てくれ。その頃にはお前の分の朝食も出来上がるだろう」
・・・ドアの向こうからの返答はない。
「何があってこうなったのかは分からないが、お前が落ち込んでいる理由はわかる。 ・・・ルシードに謝りたいと思っているのだろう?俺でよければ相談に乗ろう。
悩むなとは言わないが・・・あまり一人で思い詰めるな」
それだけ言って、ゼファーは食堂に戻っていった。


開かずのドアが開いたのは、それからしばらくしてのことだった。

「・・・じゃ、今日はこれで解散」
「お疲れさまでした〜!」
魔法登録を終え、バーシアたちはいつものように街へと繰り出して行く。
何事もなかったようなその姿を見送りながら、ルシードは複雑そうな表情でため息をついた。正確に言えばバーシアたちを見送ったというより、ビセットが走って来ないかと見ていただけなのだが、残念ながらその姿は見当たらない。
「・・・ルシードさんは行かないの?」
一人残ったルシードを、登録用紙をまとめていたメルフィが怪訝そうに見た。
「いや、俺は・・・」
「ビセットさんなら私が待っているわ。・・・射撃場、使うんでしょう?」
「・・・あ、ああ・・・それは、そうなんだが・・・」
苦虫を噛み潰したような顔で、ルシードは落ち着きなく目を泳がせる。
保安学校で射撃の腕を磨いてきたルシードは、毎週魔法登録の後に本部の射撃場で訓練をするのが習慣となっている。四捜の事務所にはそのための施設がないせいで、こんな機会にしか訓練が出来ないのだ。
もっとも、四捜では拳銃を使う任務などほとんど扱わないので、やっている意味はほとんどない。もともとは転属願いが受理された時に備えて自主的に始めた訓練だが、別にそれだけが理由じではないし、半分趣味でやっているようなものなのだが・・・ビセットのことを考えるとあまり気分が乗らなかった。
「私はまだ本部に用事があるし、ついでだから気にしなくていいわ。・・・それに
あなたに待っていられると、ビセットさんもきっと余計に気を使うだろうし」
苦笑しながら、メルフィは空欄のままの魔法登録用紙を見つめる。
言われてみればそうかもしれないと思い直して、ルシードも苦笑しながら頷いた。「わかった。・・・悪いな、メルフィ」
「いいえ、どういたしまして。・・・訓練、しっかりね」
笑いながら手を振るメルフィに片手を挙げて答え、ルシードの足は通い慣れた射撃場に向かう。
射撃場は保安局の地下にあり、もしもの事故や事件防止の為に出入りは厳重にチェックされ、許可がなければ入れない。ルシードは既に顔なじみになっている守衛に訓練することを告げ、ドアのロックを外してもらい射撃場へと続く階段を降りた。
いつものことだが、昼食前のこんな中途半端な時間に訓練をする者はさすがにおらず、訓練場は貸切り状態だ。まずゴーグルや予備の弾薬などを用意し、愛用の拳銃に異常がないか一通りチェックする。肩に吊ったホルスターが服の下に隠れているのであまり知られていないが、ルシードは着任した時に支給された拳銃を外出時にはいつも持ち歩いているのだ。
銃に異常がないことを確認すると、両手で保持し狙いを定め・・・トリガーを引く。 弾が無くなるまで連続して6発・・・銃声とともに的に6つの黒い穴が開いた。
それも、中心からだいぶ離れた場所にばらばらと散らばって。
やはり迷いがそのまま弾筋に出てしまっている。舌打ちしながらもう一度弾を込め直し、的に向かう。まっすぐに的を見て、狙いを定めるのに集中し・・・
『ルシードの薄情者!!一捜にでもどこにでも行っちまえ!』
耳の奥で蘇る叫びに気を取られ・・・発射された弾丸は、的の端すら霞めずに壁を抉る。ため息をつきながら、ルシードは銃を下ろした。
訓練をする以上、集中しなくてはと思うのだが・・・思えば思うほどビセットの
ことが頭から離れない。・・・そういえば、今まで『行くのなんて無理』と言われたことはあっても、『行っちまえ』と言われたことはなかったような気がする。
・・・だから、余計にショックだったのだが。
冗談にしろ本気にしろ、無理と言われるのは癪に障る。でも、憎まれ口を叩きつつも、本当は自分に四捜にいて欲しいからそんなことを言うんじゃないか?・・・なんて思って少し得意になっている自分もいるのも確かだった。
だが今日は・・・冗談ではなく本気で『行っちまえ』と言われた。
それは要するに、もう顔も見たくないというのと同じことではないか?
「・・・っ!」
かっとなって反射的に的に銃を向け、トリガーを引く。
・・・弾は一応的を撃ち抜いたが、まるっきり見当はずれな所に当たっていた。
再びため息をつきながら、銃口から白い煙の立ち上る拳銃を置く。少し落ち着いてから撃たないと、撃つだけ弾の無駄になりそうだ。
じっと目を閉じ黙想し、深呼吸をしてみるが・・・頭の中に浮かぶのは、事務所に残してきたビセットのことばかりだった。
『一つ、ヒントをやろう。最近ビセットの前で『一捜に行きたい』とか『転属願いが受理されない』とか言わなかったか?』
行きがけにゼファーが言ったあの言葉が本当なら、心当たりは山ほどある。・・・ ・・・とはいっても、本気で言ったわけじゃない。いや、初めのうちは本気だったかもしれないが、今となってはもう、あれは半分口癖のようなものだった。
そんなことは当然知っていると思っていたのだが・・・でも言われてみれば、失態を犯して『一捜』という言葉に過敏になっているビセットに対して、あの言葉は些か無神経だったかもしれない。
一つ、というからには他の理由もあるのかもしれないが、自分の不用意な一言が
ビセットを傷つけていたのは事実だ。・・・気を使っていたつもりだったのに、
そんな簡単なことにも気づかなかったとは自分はなんて間抜けなのだろう。
舌打ちし、ルシードは乱暴に銃を握った。
・・・もう、無駄だとか何だとか考えてられるか!
ロクに狙いをつけずに的に向かい、感情の赴くままにトリガーを引く。弾がどこを射抜こうが的を外れようが気にしない。だが腕に返ってくる反動も耳に残る銃声も、もやもやした気持ちを晴らしてはくれなかった。
それでも、ルシードは撃ち尽くした弾を再装填しひたすら撃ち続ける。少しでも冷静になる為に、何かに感情をぶつけていないと苛立ちと焦燥感で気が変になりそうだ。 ・・・ビセットはいつだって陽気で明るくて、何の悩みもなさそうな顔をしているくせに、意外と細かな気を使う性質で落ち込みやすいことは知っていた。それがわかったのは、彼が落ち込んだ時に相談にくるのは大抵自分の所だったからだ。
頼られている、という自覚はあった。それが悪い気もしなかったのも事実で、自分にしては面倒見よく話を聞いていたと思う。
だから・・・そう、だからあの明るい表情の下で、強い孤独感と劣等感を抱いて
不安に怯えていることも、知っていたはずなのに・・・!
・・・かちんという撃鉄が下りる音と手ごたえがなくなったことで、装填した弾を撃ち尽くしたことに気づく。再び弾倉に弾を込めようとするが、妙に焦ってしまっていつもより手間どってしまい、余計に苛立った。
今頃、ビセットはどうしているのだろう?まだ一人で風呂場に籠もっているのか、それとも・・・?そんなことを考えただけで、苛立ちが一気に膨れ上がる。
いや、苛立ちというよりこれは嫉妬かもしれない。今まで自分だけを頼ってくれていたビセットが、自分以外の誰かに相談を持ちかけるということに対しての。
自分だけに向けられていた信頼が、取られてしまうような気がして・・・だから、こんなにも焦りを感じているのだろうか?
でも・・・それじゃあまるで・・・!?
頭の中に浮かんだその答えを振り切るようにトリガーを引く。
だけど・・・この気持ちが何であろうと、嫌なものは嫌だ。誰にも渡したくない。 ・・・2発、3発と、続けてトリガーに手をかける。
考えられない・・・考えたくない。独占欲がどんどん膨らんでいく。
あいつが誰か他の人間を頼るなんて・・・絶対に嫌だ!
4、5、6発・・・それから7発目。銃声の残響の中に乾いた音が混じった。
再び弾を撃ち尽くし、ルシードは替えの弾を掴・・・もうとしたが、その手は虚しく空を切った。出しておいた分はもう撃ち尽くしてしまったらしい。
まだ全然気が納まらない。・・・こんな状態でビセットに会ったら何を口走るかわかったものじゃない・・・が、いつまでも彼を放っておく訳にもいかないのも確かだ。 新しい弾薬を取りに行こうか、それとももう止めようか・・・一瞬迷い、ルシードはゴーグルを外しながら後ろを振り向いた。
「・・・あ」
ふいに階段口で、聞き覚えのある声がした。それはあまりに唐突な、予想だにしていないことだったので、ルシードは思わず耳を疑った。
だが、声のした方に目を向ければ・・・確かにそこには彼の姿があった。
「・・・ビセット!?おまっ・・・何でこんな所に・・・!?」
駆け寄りながら尋ねるとビセットは微かに後ろに引いたが・・・意を決したように、「ごめんっ!」
と、勢い良く頭を下げた。
「く・・・訓練のジャマするつもりじゃなかったんだ!その・・・オレ、今朝のこと謝りたくて・・・それで・・・」
「あ、ああ・・・別に邪魔にはなってねえよ。弾が無くなったから取りに行こうと
思っただけだ」
いきなり謝られて、頭が混乱している。・・・何を言えばいいのかわからない。
「でもお前・・・どうやってここに?入口にゃ見張りがいるし、ドアもロックされてたろ?あのオッサンが拳銃携帯してねえヤツを通すとは・・・」
「うん・・・メルフィが事情話して入れてくれるように説得してくれたんだ。大事な用があるって言ったら、特別に許してくれるって・・・」
「そうか、メルフィが・・・」
ついでとか何とか言って、彼女もいろいろ気を使ってくれているらしい。一人で
納得していると、ビセットは顔を俯かせながら呟くように、
「・・・今朝は・・・ルシードには関係ないのに八つ当たりして・・・ごめん」
声は、語尾に行くほど消え入りそうなほど小さくなる。『関係ない』という言葉に少しばかり眉を寄せながら、ルシードは続く言葉を待った。
「ちょっと夢見悪くってイライラしてて・・・だから忘れられてたってことだけで
すっごい腹立って・・・でも、本気で言ったワケじゃないんだ!・・・だから・・・」「だから?」
「・・・だから・・・ごめんなさい・・・」
ぎゅっと拳を握りしめ、ビセットは改めて頭を下げた。・・・肩が震えているのは怒られることに怯えてか、それとも涙をこらえているせいか。
苦笑しながら頭に手を置くと、ビセットがびくりと震える。
「・・・その夢。それってどんな夢だ?」
「え・・・そ、それは・・・」
「・・・別に言いたくねえなら無理には聞かねえけどよ」
少しだけ顔を上げ顔色を伺いながら言葉を濁すビセットに、ルシードは思わず
ため息をつく。
・・・やっぱり、自分には話せない?
失望と、悔しさと・・・胸のあたりに鈍い痛みを感じる。
頭に置いていた手をそっと放し、ルシードはやりきれない思いで拳を固めた。
「あ、あのさ・・・笑わない?」
「聞いてもいないのに言える訳ねえだろ。でもま・・・善処はしてやる」
ビセットはまた俯いて・・・しばらく迷っていたようだが、決心したように大きく息を吐いた。
「・・・すっげえでっかい魔物に襲われててさ、オレ、絶体絶命の大ピンチだったんだ。そこにルシードが歩いてきたから助けてって頼んだんだけど・・・でも・・・」「でも、俺はお前を見捨てて逃げた・・・ってとこか?」
ルシードの言葉に、ビセットは迷いながらも小さくこくりと頷いた。
「あのな・・・それのどこが『全然関係ない』んだよ!!夢に出てきた時点で俺にも十分関係あるじゃねえか!」
そんなに信用ないのか俺は!?・・・と言いはしないが、思わず語調が強くなる。 ビセットを見捨てるなんて、そんなこと絶対にあるわけがないのに!
たとえ夢の中のことだとしても許せない・・・ビセットを見捨てた夢の中の自分も、『見捨てられる』と、そう彼に思わせた現実の自分も。
「・・・ゆ、夢と現実は別問題だよ・・・オレ、ルシードのコトそんな冷たいヤツだなんて思ってない・・・」
急に大声を出してしまったせいかビセットが肩をすくませる。また怒らせたと思ったのだろう、声も小さく震えていた。
何度目かのため息をつきながら、ルシードはそっとビセットの頭を撫でた。
本当にそっと、いたわるように。
「別問題ってのには基本的にゃ同感だが・・・でも、まるっきりそうとも言えねえだろ。・・・不安な事ってのは良く夢に出るらしいからな」
「べっ、別に不安なんかじゃないよ!あんな夢偶然だって!」
ビセットが必死になって否定するのを見て、思わず苦笑が浮かぶ。こうやって、
彼はいつも気を使う。・・・例え自分が傷ついていても。
「・・・お前がそう言うならそれでもいいけどよ。どっちにしろ夢の中で俺はお前を見捨てて、お前はそれに腹立てたんだろ?
夢の中だろうと何だろうと俺は俺だ・・・だから謝る。
・・・悪かったな、助けてやれなくて」
真剣そのもののルシードの言葉に、ビセットはしきりに首を横に振る。
その瞳に、涙さえ浮かべて・・・それでも彼はちゃんと言葉を紡いでいた。
「何でだよ!謝ったりなんかしないでよ!ちゃんとわかってる・・・ルシードは一捜に行ったってオレのこと見捨てたりしないって・・・ちゃんとわかってるんだから! ルシードが悪いんじゃないんだ・・・オレが・・・・・・から・・・」
冷たい床に、とうとう溢れ出した涙がぽたぽたと落ちる。

・・・そう、ちゃんと知っている。
『一捜に行きたい』っていうあの言葉が本気じゃないことぐらい知っている。
例えどこに行ったって困った人間を捨てておける性格の人間じゃないって事も、
イヤミな一捜の連中に囲まれたって、染まるわけがないのも。
どこに行ったって、きっとルシードは変わらない。
もしも道が分かれることがあっても、自分が困っていたらきっと助けてくれる。
きっと・・・他の人たちを助けるのと、同じように。
嫌なのは・・・気にしているのは、いつか置いていかれると怯えている自分自身。 ルシードのことを誰よりも信頼しているのに、あの言葉が冗談に受取れず不安を
感じてしまう弱い自分が嫌い。

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