離れることは怖い。一人になるのも怖い。なのに・・・!
・・・どんなに頑張っても少しも追いつけない自分が嫌い。
見捨てられるのではなく自ら足を止めてしまいそうな弱い自分が、何も恐れず自信を持って彼について行けるだけの力のない・・・一人で歩けない自分が嫌い・・・!

「・・・お前、まだ何か隠してるだろ」
何の根拠もなく、そう直感した。
言いながら、ルシードは服の袖で強引に俯いたまま泣き続けるビセットの目許を
拭う。ハンカチがあれば良かったのだが、生憎持ち合わせがない。
「・・・隠してるって・・・?」
顔を上げたビセットは、虚を突かれたような表情をしている。
「お前が閉じこもった原因だ。・・・夢のことだけじゃねえな」
「それは・・・この間の・・・」
「一捜の手伝いの時の失態はわかってる。それ以外にも何かあるんじゃないか?」
ごまかそうとしたところに先手を打たれ、ビセットはまた顔を俯かせる。
表情はわからないが・・・どうやら直感は当たっていたらしい。
動揺を隠し切れず、服の裾を握りしめた手が小刻みに震えていた。
「どうして、そう思うの・・・?」
「ただの直感だ。・・・だから根拠はねえが、図星なんだろ?」
・・・ビセットからの返答はない。自分の方を向いているのもいたたまれないのか、俯いたまま顔を逸らすだけで。顔の角度が変わったせいで、唇を白くなるほど噛み
しめているのが見えた。
そんなに言いたくないのだろうか?
誰にも?・・・それとも、自分にだけ?
頭をもたげる独占欲と苛立ちを必死に押さえながら、ルシードは沈黙に耐える
ビセットをどうしたらいいのかわからないまま見つめていた。
・・・落とした肩が、たまらなく痛々しい。
無意識に肩に触れようとして、慌ててその手を引っ込めた。
結局・・・自分では駄目なのだろうか?救えないのだろうか?
何をやっても悲しませることしか、追い詰めることしかできないのだろうか?
こんなにも言いたくないと、体中でそう言っているのに。それを見て見ぬフリを
して、話すことを強いている自分に嫌悪感を感じる。
落ち込んでいるビセットを救いたいと、そう思う気持ちは嘘じゃない。でも、話を聞き出そうとしている理由は・・・本当にそれだけか?
「・・・もういい、わかった。そんなに言いたくねえんならもう聞かねえよ」
ため息まじりに呟くと、ビセットが弾かれたように顔を上げる。
強張ったその顔を少しでも和らげたくて、ルシードは必死で笑みを作った。
「だからそんな顔すんな。・・・無理矢理聞いて悪かった」
「・・・ルシード・・・」
ビセットの顔に少しだけ安堵が戻る。
・・・その背後の階段から足音が聞こえてきたのは、その時だった。
「ん?」
足音に気づき、ルシードは階段に目を向けた。
こんな時間に自分以外の人間がここを利用するなんて珍しい。だから自分たちのことを心配したメルフィでも降りてくるのかと思ったら・・・
「なっ・・・何でお前らがここにいる!?」
「けっ、それはこっちのセリフだ。しっかし・・・よりによって一番ヤな奴に出くわしたな・・・」
降りてきた人間を見るなり、ルシードは盛大なため息をついた。そして、ビセットが自分の陰に隠れるように身を引いたのに気づく。ビセットを始めメンバーのほとんどはヤツを嫌っているが・・・それにしても少し様子がおかしい。
「四捜なんぞには射撃訓練は必要ないだろうが!誰の許可を取ってここに・・・!」「・・・部長の許可ならもらってるぜ。それに・・・必要ないかどうかは俺が決めることだ。テメエにとやかく言われる筋合いはねえよ、レスター」
「何だと!?部下の統制もロクに取れないヤツが偉そうな口を聞くな!」
うるさそうに答えると、レスターはそれがカンに障ったのかさらに声を荒げた。
「この間、お前らのせいで犯人を捕り逃したこと、忘れてんじゃないだろうな!
・・・!しかも後ろにいるのはその元凶のガキじゃねえか!?
一人で夜も出歩けない半人前が来ていい場所じゃないんだよ、ここは!」
レスターの言葉に、ビセットは目を閉じたままらしくもなく反論せずに黙っている。 耐えるようなその態度と、『一人で夜も出歩けない』というレスターの言葉に何か引っかかるものを感じ、眉を潜めた。
こそこそと隠れるようなさっきの態度といい・・・何か、おかしい。
「・・・どういう意味だ?」
「知らないのか?・・・そうだろうな、あんな情けないこと人に言えるわけないな。 保安局員の端くれの癖にチンピラに絡まれてアタフタしてた、なんてなぁ?
俺が助けてやらなきゃ、どうなってたんだか・・・少しは感謝してんだろうな?
反省してるのか?ええ?」
思い出し笑いで噴き出しながら、わざわざビセットの顔を覗き込もうと近寄って
きたレスターの臑に、ルシードは無言でつま先をたたき込んだ。
「いでっ!な、何しやがる!」
「・・・お前が原因か・・・」
思わずこぼれたその呟きは、いつもより低い凄みのある声だった。
・・・本気で怒っているのだから当たり前だが。
「・・・る、ルシード・・・?」
ビセットがルシードの服の裾を引っ張り、心配そうに顔を見上げてくる。
その表情を見て、また怒りがこみ上げてきた。
・・・普段から嫌味なレスターのことだ。思い切り恩着せがましく、たっぷり嫌味を吐いていったに違いない。ビセットの方もこの間の失敗のことがあるから言い返せなかったのだろう・・・それをいいことに、犯人を捕り逃したことのストレスの全てを言葉に変えて彼にぶつけていったはずだ。
傷ついた心をさらにずたずたに引き裂き、プライドを粉々にするような。
・・・ビセットが泣いていた理由が、やっとわかった。
あれは、劣等感からくる自己嫌悪だ。
「俺はそいつを助けてやったんだぞ!?何で貴様に蹴られなきゃならないんだ!」
「うるせえ!自分の胸に聞いてみやがれイヤミ野郎!どーせ『助けた』っつったって手帳見せて追っ払うぐらいしかしてねえくせに、恩着せがましいことほざくな!」
「何だと・・・!!貴様・・・黙って聞いていれば!」
逆上して殴りかかってきたレスターの拳を、ルシードは片手で受け止めた。
「おいおい、こんなとこで暴れていいのか?射撃場で喧嘩騒ぎを起こしたってことがヴァレス室長に知れたら、どうなるんだろうな?」
不敵に笑い、練習場の方に視線を移す。
・・・自分には救えないかもしれない。
だけど今、自分がビセットのためにできることを一つ見つけた。
「・・・どうせなら射撃で勝負するか?一応訓練っつー名目もたつからな。ま、昼休みまで訓練しなくちゃなんねえようなへっぽこが俺に勝てるとは思えねえが」
腕を押し返し、嘲けるように鼻で笑う。
・・・こうすれば、絶対に挑発に乗ってくるはずだ。
「き、貴様・・・面白い、受けてたってやる!俺が勝ったら今までのこと、土下座して謝ってもらうぞ!ついでに二度と一捜の邪魔をしないと誓ってもらう!!」
「そんなもんでいいのか?・・・保安局辞めるぐらいのこと賭けてやってもいいぜ? どうせお前に勝ち目はねえからな」
「ルシード!?」
さらなる挑発に先に声を上げたのはビセットの方だった。
先刻の散々的を外しているのを見てたのだろうか?彼は何も言わないが、目が
『そんなこと言って大丈夫なの!?』と饒舌に語っている。
「なにぃ・・・!?その言葉、後悔させてやるぞ!!」
「それは絶対にねえな。・・・んじゃ、俺が勝ったらビセットに謝れよ。土下座は
勘弁してやるから」
「く・・・そんな口、二度と叩けないようにしてやる・・・!」
捨て台詞のように言い残し、レスターは大股でロッカーの方に行き準備にかかる。呆れたようにため息をつき、ルシードも弾薬を取りに行こうとしたが・・・ビセットに服を引っ張られ立ち止まった。
「・・・何だよビセット」
「何だよじゃないよ!あんなこと言って・・・オレの事はいいから取り消してきなよ!なんでルシードが保安局辞めなくちゃ・・・」
気が気でないといった様子のビセットに、ルシードは無言でデコピンをお見舞した。「いってぇ!何すんだよ!!」
「お前がアホなこと言ってるからだろうが!・・・誰が保安局辞めるって?」
額を押さえながら抗議するビセットに、苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「だ、だって・・・腕の方はよく知らないけどあいつだって仮にも一捜だし、拳銃の扱いには慣れてるんだろ?・・・さっきルシードが訓練してるの見てたけど、撃った弾、ほとんど真ん中に当たってなかったじゃんか・・・」
・・・やはり見ていたらしく、ビセットはとても言い難そうに呟く。
「ああ・・・さっきは荒れてたからな。でも今は負ける気しねえ」
「負ける気って・・・ホントかよ・・・?どうなったって知らないよ?」
なおも心配そうな顔をするビセットに苦笑しながら、ルシードは彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「いいから黙って見てろ。・・・俺は絶対負けねえから」


勝負は、本当にあっけなくついた。
・・・ルシードの言葉通り、勝利の女神は彼に微笑んで。
メチャクチャ悔しそうなレスターに、あまり心のこもっていない謝罪をされても
(ルシードがやり直しを要求したけど逃げられた)何だかまだ、ルシードが勝ったってことが信じられない。・・・本当にさっきの外しまくり男と同一人物?
信じられない気持ちのまま、ルシードに連れられて街に出る。
・・・そういえば、まだお礼を言っていないことに気がついた。


「・・・ルシード」
ビセットが急に立ち止まり、ルシードの袖を引く。
「ん?どうした?」
「・・・ありがとね」
照れ臭そうに頬を染めながら、ビセットは小さく頭を下げた。
「な、何だよ急に・・・」
改まって言われると何だかこちらまで照れ臭くなる。思わず目を逸らすと自分が
照れているのがおかしいらしく、ビセットはくすくすと笑った。
「だってお礼、まだ言ってなかったし。それにしても、ルシードって射撃上手かったんだね。全然知らなかった・・・毎週訓練してんの?」
「まーな。保安学校時代から射撃訓練は好きだったし・・・半分趣味だな」
意外に感じたらしく、それを聞いたビセットの目が丸くなる。
「趣味って・・・それでよく許可が下りたね・・・」
「馬鹿正直に趣味で撃たせろっつって許可取ったわけねえだろ・・・。部長も渋ってたが、まあ粘り勝ちだな」
「ふ〜ん・・・でも」
少しだけ寂しそうに笑って、ビセットは言葉を続ける。
・・・無理をして笑っているのが見え見えだった。
「あれだけ射撃が上手かったら、いつ一捜に配属されても安心だね」
「・・・おいおい」
まだそんなことを言ってるのかと、思わず頭が痛くなる。
自業自得とはいえ・・・本当にこの件に関してはどこまでも信用がないらしい。
正直、まだ一捜に行きたいという気持ちはある。・・・今までずっと目指し続けてきた目標だ、そう簡単には諦められない。だが、だからといって一捜に行くために
四捜を出ていくかということを考えると、そこでためらいが出るのも事実だ。
「言っとくが、俺は仕事も訓練も一捜に行きたくてやってるわけじゃねえぞ。
それとも、まだ俺がいなくなったら次のリーダーは自分だ!・・・なんてバカな
こと考えてるんじゃねえだろうな?」
「そんなこと思ってないよ。ルシード、結構ウチのこと好きでしょ?それくらい
ちゃんとわかってるって」
わかってないと思っていたのに、ビセットは意外にもそう言って苦笑した。
「・・・ただ、ルシードってホントに何でもできるから、そのうちマジで一捜から
お呼びがかかるんじゃないかな〜って、ちょっと思っただけ」
「あのな・・・」
そこで思わずため息をつき、ルシードは言葉を続ける。
「一捜だろうが四捜だろうが保安局の仕事にゃ変わりねえんだし・・・それぞれ役割ってモンがある。・・・全部が万能なとこなんてねえんだ。
あいつに何言われたのかは聞かねえが・・・そんなに意識すんなよ」
「・・・それはわかってるけど・・・でも」
顔を俯かせながら、小さな声でビセットが呟く。
「・・・でもオレが半人前っていうのはホントのことだし・・・」
「一人前になりたいっつー気持ちは悪くはねえが、あんまり劣等感感じまくるのはどうかと思うぞ。自分の弱さを認められるのも一つの強さだし、それがわかってるからもっと強くなろうって気持ちになるんだろ?
・・・自分は一人前だって胸張って言ってるヤツほど、半人前以下だったりするしな。自分の実力わきまえてねえヤツなんて、結構多いモンだ。そういうヤツらに比べたら、お前の方がよっぽど強いと思うぞ」
苦笑しながらそっと肩に手を置くと、ビセットは弾かれたように顔を上げた。
不安に悩み疲れたような目と視線がぶつかる。
「・・・そうかな・・・?でも、もっとがんばらないと・・・」
ビセットはそう言って目を伏せた。・・・辛そうな表情が痛ましい。
そんなに自分を卑下しなくてもいいのに。こんなにボロボロになるほど悩まなくてもいいのに。もうこれ以上頑張らなくてもいいのに。
・・・それが素直に言葉に出来ないのがもどかしい。どう言えば伝わるだろう?
慎重に言葉を選びながら、ルシードはゆっくりと言葉を紡いだ。
「お前がちゃんと頑張ってるのを俺は知ってる。・・・だから、あんまり無理すんな。 特に最近は魂詰めすぎだ。いつかぶっ倒れるんじゃねえかって心配してたけど、
まさかこういう形で爆発するとは思ってなかったぜ。
頑張るのもいいけど、あんま一人で思い詰めるな。・・・俺でよけりゃ話ぐらい
いつでも聞いてやるからよ」
「・・・・・・・」
ビセットは黙って頷いた・・・と、思ったら彼は突然ルシードの手を振り払い背を向けて走り出す。だがその足もルシードから少し離れた場所ですぐに止まった。
「なっ・・・何だよ急に!」
「だ、ダメ・・・こっち見ないでよっ!」
何が何だかわからないまま駆け寄ると、ビセットはまたルシードから背を向ける。 ちらりと見えた横顔には、涙の伝った跡があった。
「・・・今すっごく情けない顔してるから・・・ルシード見たら絶対笑うから・・・」 思わず抱きしめたい衝動にかられるのを、何とか理性で押さえる。だがせめて、そっと腕だけビセットの顔の前に差し出した。
・・・一人じゃない。いつだって側にいるから。
「バーカ、笑わねえよ。・・・今日ぐらい許してやる。ただし、鼻かむなよ」
「・・・んなことしないよっ!」
憎まれ口を叩きながらも、ビセットは差し出された腕に顔を押しつけた。
「でも・・・ありがと・・・ルシード」
肩を上下させ必死に嗚咽をこらえながら、ビセットは小さく呟く。ルシードは答えの代わりに彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
・・・ここがオフィスエリアでよかったと、内心ほっとしながら。人がいたって同じことをしてそうだが、人の目を気にしなくてすむならそれに越したことはない。
・・・いや、むしろ人の目がないからこそ自分に歯止めをかけるのが大変な気がする。無意識のうちに頼りなげに震える肩や細い首筋を見ていた自分に気づき、
ルシードは大いに動揺した。
・・・今、いったい何を考えてた?
「・・・あのさ・・・」
「なっ・・・何だ?」
ぽつりと呟かれた言葉に、心臓が飛び出すほど驚いた。
後ろめたさを隠しながら問い返すと、腕から顔を離したビセットはどうかしたのかと少し不思議そうな顔でルシードを見上げた。
目は赤くなっているが、もう涙は落ち着いたらしい。
「何でもねえ、気にすんな。・・・何か言いたいことあるんだろ?」
笑ってごまかし話題を変えると、さほど気にしていなかったのかビセットは素直にこくりと頷いた。
「うん。ホントはさっき言おうと思ったんだけどさ・・・何か話が違う方向に
いっちゃったし、ちゃんと言っておきたいことだから今言うね。
ルシードがレスターにケンカ売った時さ、あんまりムチャクチャなことばっか言うから心配だってことしか言えなかったけど・・・本当はオレすっごく嬉しかったんだ。 それにさ〜・・・なんていうか・・・その、カッコよかったよ、射撃やってる時のルシード。いつもと違ってなんか真剣な感じで」
・・・ルシードは思わず目眩を感じた。
人の気も知らないで、全くとんでもないことを言ってくれる。もっとも、知って
いたらこんなこと言えないだろうが・・・どちらにしろ頭が痛い。
言ってる本人はそういうつもりで言ったんじゃないだろうから、余計に。
「・・・何か、いつも真剣じゃねえみたいに聞こえるんだが・・・」
適当な言葉で眉を潜めた表情をごまかすと、ビセットは笑って首を振る。
「そんなことないけどさ。・・・ね、また見に行っちゃダメかな?」
「見にって、射撃場にか?あそこは一応許可なしじゃ入れねえ場所になってるし、
どうだろな・・・。見学くらい許可なしでいいと思うが、ま、あの守衛のオッサンに聞いてみな」
多分無理だろうと思いつつ適当に答えると、ビセットは神妙な面持ちでうんうんと何度も頷いた。どうやら本気で見にくるつもりらしい。
「そっかぁ・・・うん、わかった。聞いてみるね。ま、とりあえずそれはおいといて。 ルシード、ハラ減らない?昼メシまだなんだろ?」
「・・・そういや腹減ったな・・・じゃあミッシュでも行くか。このくらいの時間
ならちょうどピークも過ぎてんだろ」
時計を見ながら答えると、ビセットはにまっと笑い、ルシードの背を急かすように押しながら歩き始める。
「うんうん、行こ行こ♪オレ、ランチでいいからさ♪」
「・・・俺に奢らせる気かよ」
歩きながら睨むように後ろを見ると、ビセットは縋るような目で、
「え〜、いいじゃんたまにはさ〜!サイフ持ってこなかったし、バーシアみたくツケにするっていうのもカッコ悪いじゃん。だからここはいっちょ男らしく奢ってよ!」 ・・・と、わけのわからないムチャクチャな理屈をごねた。
まだ完全に立ち直ったわけではないのだろうが、久しぶりにビセットらしい言葉が聞けて何だか妙に安心してしまう。
「奢ることに男らしさは関係ねえだろが・・・まぁ、いいけどよ。貸しにしたって
返ってくるアテがねえしな」
苦笑しながらからかうと、ビセットは不満げに頬を膨らませる。
「失礼な、オレは借りた物はちゃんと返すぞ!返すのが嫌だから奢ってって言ってるだけで!」
そう返す表情も、すっかりいつものビセットの顔だった。
「あーあーわかったわかった。・・・どうでもいいけどお前、その顔でミッシュ行けるのか?・・・更紗、絶対気にするぞ」
後ろのベルトを引っ張って抗議していたビセットが急に手を放し、ルシードは前につんのめった。苦情を言おうと振り返ると、口を開く前に、
「そ、そんなに泣いたの目立つ!?」
自分の顔を覆いながら、ビセットは今更ながら顔を赤く染めた。
「まーな。ま、顔洗えば少しはマシになんじゃねえの?一旦事務所戻るか?」
「いいよ、めんどくさいし。行きがけにその辺で水道みっけて洗うから」
「・・・それはそれでいいとして、何で顔拭く気だ?ずぶ濡れのままで行ったら余計怪しいぞ」
呆れながら言うと、ビセットはしれっとしてポケットに手を突っ込む。
「やだなぁ、ちゃんとハンカチ持ってるから平気だよ」
「あ!?お前ハンカチ持ってたのか!?」
思わず大声をあげると、ビセットは悪びれる風もなくうんと頷いた。
「持ってないなんて一言も言ってないじゃん。・・・ていうかこれくらい普通だろ?」「だったら人の服で涙拭く前にそれ使えよ!・・・ったく、汚れ損じゃねえか」
何だか自分のやっていることが急に馬鹿馬鹿しくなって、苦々しくため息をつく。同時にいたたまれなさにも襲われ、歩く速さも自然と早足に近くなっていった。
「いや、なんて言うかさ〜・・・目の前に使えとばかりに腕出されるとつい、ね・・・ってルシード!?待ってよっ!」
たたたっと、ビセットが小走りに追いかけてくる。
怒っているわけではないし、あまり距離を離すとまた置いてかれたと落ち込むような気もしたので、ルシードは足を止めて振り返った。
その瞬間、走ってきたビセットの足が地を蹴ったのを、ルシードは見逃さなかった。「!」
お互いに『あ』と思った時にはもう既に受け止めていて、受け止められていた。
しかも反動か無意識にか、ルシードの手はしっかりとビセットの体を抱き締めている。 ・・・これは俗に言う『胸に飛び込んでくる』ってヤツじゃないか?
驚きのあまりうまく働かない頭で最初に思ったのはそんなことだった。
「ごっ、ごめん!」
ばっと体を離したビセットの顔は耳まで真っ赤だ。・・・おそらく自分も似たようなものだろう。ルシードは改めて、ここがオフィスエリアでよかったとほっとした。「・・・アホ、気をつけろ。俺が避けてたら顔面擦りむいてたぞ」
幾分か冷静さを取り戻した頭でそう答えるが、まともにビセットの顔が見られなかった。呆れたふりを装って目許を覆いごまかしたが・・・両腕に残る感触に、また心がざわめいた。
・・・全く、さっきっから何考えてんだよ、俺は・・・!
「ほら、いいから行くぞ!・・・本格的に腹減り始めた」
「あっ、うん!」
平静を装いながらそう言って再び並んで歩き出したが、何となく気まずい。いつもはうるさいぐらいにお喋りなビセットも何も言わずに黙っている。
「・・・そういえばお前、朝飯遅かったはずなのによく昼飯食う気になるな」
苦し紛れに話しかけるとビセットは一瞬目を丸くしたが、すぐに苦虫を噛み潰したような顔をしてため息をついた。
「それがさぁ・・・あんまし食べれなかったんだよね」
「食べれなかった?」
「うん・・・だってさ・・・」
そこで、ビセットはまた深いため息をついた。
「目の前で難しい顔したゼファーが一人でず〜っと喋ってるんだぜ?落ち込んでたっていうのもあるけどさ、あんなんじゃ余計に食欲なくすって!
最初のうちは結構まともな話してたし、オレもちゃんと聞いてたんだけど・・・
だんだん話が妙な方向に進んでって、最後には精神鍛練には盆栽が一番とかいう話になってさ〜・・・思わず箸置いて逃げてきちゃったよ」
「・・・・・・」
聞いていて、さっきとは別の意味で頭が痛くなってきた。ゼファーとは長い付き
合いになるが・・・いつまでたっても彼という人物が理解できない。
確か、話を聞いてやるとか大見栄切っていたような気がするのだが・・・
「・・・お前は、あいつに何を話したんだ?」
「オレ?オレは何にも・・・『俺でよければ相談に乗るぞ』とか言ってたのに、結局ゼファーばっかり喋ってたような気がするなぁ。ルシードにどう謝ればいいかって
相談したかったんだけど・・・まぁ、話はためになったからいいけどね。
・・・盆栽の話以外は」
「・・・・・・・・・・」
ゼファーは本当に、何も話す隙も与えず喋りまくっていたらしい。少しうんざりとした様子で語るビセットは、どうみても嘘をついているようには見えなかった。
・・・と、いうことは・・・あの心配は、あの苛立ちは・・・すべて杞憂に終わったということか?
「ルシード?どうかした?」
ビセットが俯いていた顔を怪訝そうに覗き込んでくる。はっと我に返り、ルシードは何でもねえと慌てて首を振った。
彼の顔を見ると、どうしてもまた先程の思いがけないアクシデントを思い出してしまって、落ち着かない気持ちになる。
あの、鍛えてる割に妙に細っこい腰や体つきとか・・・って、また何考えてんだ俺! 自分自身にツッコミを入れるのも、だんだん情けなくなってきた。
いたたまれずにため息をつくと、ビセットがまた怪訝そうな顔をした。
「ルシード、ハラ減りすぎで気持ち悪くなったんじゃない?」
「あ?」
「だってさっきっから何か変だしさ。ハラ減ると力でないもんね。
・・・よし!ダッシュで行こう!ダッシュで!」
ビセットはそう言うなりがしっとルシードの腕を掴んだ。
「お、おい!待てよビセット!走ったら余計に腹減るだろうが!」
狼狽するルシードに、ビセットはいたずらっ子のような屈託のない顔で笑う。
「いいからいいから!しゅっぱーっつ!」
あまりに楽しそうなその顔に、抵抗する気も失せてしまう。
・・・これが惚れた弱みというモノなのか?
引っ張れるままに走りながら、ルシードは思わず苦笑した。
自分の中のこの気持ちはもう認めたくなくても弁解のしようもないが・・・さて、どうしたものか?


簡単に諦められるモノではないのはわかっている。
これが、あまり勝ち目がない勝負だということも。
いつか別れる日がくるのなら、ギリギリまで見守っていてやりたい。
最上の選択かどうかはわからないが・・・でも、今は。
・・・今は『兄』でいい。



さざえのぼやき 〜だからちったぁまとめて書けと言うに!〜(自分で言うな)
どうしても切りたくなくて、暇にまかせて捨てた部分も再利用した結果見事に長いしまとまりないしわビセ子は泣くしの黄金パターンにハマってました。どうやら私の中では先にホレたのはルシードの方らしいです。わかりにくい(つーかわからん)とは思いますが、作中のビセ子の中ではまだ『恋』じゃないんです(苦笑)大切な人ってのは変わらないんだけど、微妙なんです(笑)他にもビセ子のコンプレックスについてとか、一捜のヤツ(今更だけど彼そんなに嫌いじゃないっス、ホントは)のこととか、いろいろと自分でもツッコミ所満載の不出来なモノですが、書きたい事はめいいっぱい詰めこんだので、断片的にでもわかってやってください(汗)
ちなみに一応(あくまで一応)メインイベント4B(だっけ?)あたりがベースになってます。やってない人には何が失態なのかわかんないじゃんと今気づいた(死) 陛下も知らないかもだけど・・・ま、いっか(アバウトな)
とにかく、書き終わって幸せ・・・射撃訓練の辺りなんか特に(それが本音かい!

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