『嵐を呼ぶ爆弾発言』

12月13日、日曜日、夕方。ルシードは一人、資料室である本を探していた。
・・・といっても、探しているのは魔法書でも魔物全集でもない。
ここの資料室には名目上魔物や魔法関係の本しかないはずだが、実際はそれ以外の
本もたくさん置いてある。(中にはいったい誰の趣味なのかわからないような妙な本
も置かれているが、それについては誰も何も言わない)今必要なのは、そのほとんど
仕事に関係なさそうな類いの本だ。
本棚に視線を走らせながら、ルシードは深いため息をつく。
『オレ、女に生まれればよかったな』
・・・ため息まじりに告げられたその言葉は、まだ耳の奥に残っている。
一瞬何かの冗談かとも思ったが、表情も口調もそのようには見えなかった。
また何か落ち込むような事があったのかと思って、話を聞いたり励ましたりとそう
いう対応しかしなかったが・・・本当にそれでよかったのだろうか?
よく考えたら今まで相談された中で、一番深刻な悩みだったんじゃないだろうか?
そんなことを思うのは、あとであの話を思い返していて、ふと・・・何の授業だっ
たかは忘れたが、保安学校時代に少し聞きかじったある言葉を思い出したからだ。
トランスジェンダー・・・性同一性障害。確か体は男なのに精神は完全に女という
ような、体と精神の違いのギャップに苦しんでいる人たちのことだったと思う。
あの言葉だけでビセットがそうだと疑うはいささか単純かもしれないが・・・だが、
もしそうだったとしたら気になることがある。
これも授業で聞いた話だが、性同一性障害というものはあまり世間的に知られてい
ない上、その特殊性ゆえに本人もなかなか周りに言い出せずに一人で悩みを抱えてい
ることがほとんどらしい。また仮に打ち明けられたとしても、その相手が悩みを理解
してくれるとも限らないだろう。そのためか・・・統計上の話だが、この障害を抱え
ている人たちの実に3人に1人が自らの命を絶つという道を選んでしまうという。
・・・曖昧な記憶の中の知識が気になったのは、この自殺率の高さのせいだ。
しかも、特に十代の間に死を選ぶ場合が多いと聞いた覚えがあるから余計に。
もし・・・もし仮にビセットがそうなのだとしたら、自分の言ったことは何の慰め
にも励ましにもなっていない。そればかりか、やっぱりわかってくれないと余計気持
ちを追い詰めさせただけだったかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなく
なるが、とにかく曖昧な記憶だけでは判断できない・・・と、いうわけで資料室の
本に目をつけたのだ。
そうでなければ、せっかくの休みだというのにわざわざ普段でもあまり近寄らない
資料室なんかに籠もったりしない。もっとも、ビセットのことだから余計に気になる
というのもあるのだろうが。
おぼろげな記憶を頼りにジャンルも何も関係なく乱雑に押し込まれた本の背表紙を
見、目当ての本を探す。左から右に視線を移動していくと、少し不思議そうな表情の
見慣れた顔が視界に飛び込んできた。
「・・・ルシード、そんな真剣な顔して何探してんの?」
「うわっ!ビ・・・ビセット!?お前いつからそこに!?」
訝しげに細められた、大きな緑色の瞳。悩みの種の張本人の登場に、ルシードは
思いっきり動揺し反射的に身を引いた。
「いつからって・・・ちょっと前からだけど?何そんなにびくびくしてんのさ?
あ・・・もしかして人に見られちゃまずいモンでも探してんの?」
あまりの驚きようを見て何かただならぬ様子を嗅ぎ取ったのだろう、ビセットは
好奇心に目を輝かせた。
「・・・わかった!この部屋にヘソクリ隠してるとか?」
指でわっかを作りながらにたりと笑うビセットを見た瞬間、頭の中をブタの
貯金箱がよぎった。
「お前じゃあるまいし、んなことするか」
ため息をつきながら答えると、馬鹿にされたビセットはむすっとしながら
腕組みし、きっと目を細めた。
「じゃあなんでそんなにコソコソしてんだよ〜?・・・あ!ま、まさか・・・」
何かピンと来るものがあったらしく、ビセットの表情が強張る。
「なっ・・・何だよ・・・?」
まさか・・・気づかれたか?
緊張しながら次の言葉を待っていると、ビセットは急に顔を近づけ声を潜めて、
「バカだなぁルシード、いくらゼファーが変人だからってこんな所にエロ本は
置かないってば・・・いてっ!」
・・・口よりも手の方が先に反応した。
「バカはお前だ、このドアホ!・・・で、お前は何しにきたんだよ?
マンガでも取りにきたのか?」
打たれ所が悪かったのか、ビセットは涙目になりながら両手で頭をさすって
いたが、言われて用事を思い出したらしくあっと声を上げた。
「・・・忘れてた。オレ、ルシード呼びに来たんだよ。もうすぐ夕御飯できる
から、そろそろ降りてこいってさ」
「そういうことは早く言えよ・・・。んじゃ、行くぞ」
「うん!」
引っ張り出しかけた本を元に戻し、ビセットを促して部屋を出る。
・・・横目でさりげなく表情を伺うと、隣を歩いているビセットは、にこにこと
笑顔を浮かべながら鼻唄を口ずさんでいた。相変わらず食事時は上機嫌だ。
とても数時間前に深刻な顔であんな爆弾発言をした人間には見えない、あまりに
いつも通りな態度を見ていると・・・一人で気にして悩んでいる自分が馬鹿馬鹿し
くさえ感じる。
やはり、考えすぎだったのだろうか?
(・・・そうだよな、あんなモンそうそう近くに居るわけねえし。ピンク好きで
可愛い趣味の男がいたって、おかしかねえよな・・・多分)
何だかどっと疲労感というか・・・脱力感に襲われ、思わずため息をつく。
「・・・あのさ、ルシードって今なんか凝ってることってある?」
階段を降りながら、ビセットがいつもの調子で話しかけてきた。
「あ?・・・特にねえけど、それがどうかしたか?」
その答えに、ビセットは驚いたというより何故か非難に近い声を上げた。
「え〜っ!?なんで〜!?」
「なんでって言われてもな・・・ねえもんはねえんだから仕方ねえだろ」
呆れながら言い返すと、ビセットは頬を膨らませて小さな声でちぇっと呟いた
だけで、彼にしては非常に珍しいことに何も言わずにそのまま口を閉じた。
ビセットのことだから、いつものようにまた何か面白いと思うものを見つけた
のでその話をしたかったんだろうと思ったのだが・・・どうやら違うらしい。
「・・・なんで急にそんなこと聞くんだ?」
「へっ!?い、いやいや別に〜?ちょっと気になっただけだよ!」
訝しげに聞き返すと、ビセットはやけに焦った様子で首と手をぶんぶんと振る。
・・・どう見ても何か隠しているような表情に、嫌な予感を感じた。
「何か怪しいな・・・いったい何企んでんだ?今のうちに白状すりゃあ
怒らねえぞ?」
「だから何でもないってば!・・・オレ、ハラ減ったから先行くよっ!」
「あっこら!待ちやがれ!」
呼び止める言葉に耳も貸さず、ビセットは逃げるように階段を駆け降りていく。
相変わらずの逃げ足に、ルシードは思わずため息をついた。追いかけて追いつけ
ないことはなかったが、追いかける気力がない。
(ま、元気なのはいいことか。アイツがしょげてると、こっちまで調子出ねえし。
・・・あんなこと言うなんて、よっぽど落ち込んでたんだろうな)
そんなことを考えながらゆっくりと階段を降りていたが、その足が不意にぴたっ
と止まった。何か、重要なことを忘れているような気がしたのだ。
(・・・待てよ?アイツ、あの後にも何か言ってなかったか?)
髪や声が綺麗だとか・・・言い訳のような言葉以外に、何かが頭の中で引っか
かっている。確かあの後ふっと泣き笑いのような笑みを浮かべて・・・
『それに・・・それに、もしオレが女だったら・・・彼氏誰にしようとか、
迷わないですぐ決められるのに・・・』
記憶の中から引っ張り出してきた言葉に、頭の中が真っ白になるのを感じる。
どうしてこんな爆弾発言を聞き流していたんだろう・・・女になりたいというよ
りこっちの方がよっほど重大発言だ。・・・特に、自分にとっては。
女だったら恋人にする相手に迷わないということは、既に好きな奴がいるという
こと・・・そうとっても間違いではないだろう。
それが例え『憧れ』からくる錯覚だとしても、ビセットが誰かに対してそういう
感情を持っているということに変わりはない。
・・・だったら、その相手は誰だ!?
リーゼやフローネの例から推測すると、相手は多分身近な・・・自分も知ってい
る人物と見て間違いないだろう。だとしたら保安局関係者の誰かが有力か・・・?
「お〜い、ルシード!そんな所で何ぼ〜っとつっ立ってんだよ〜っ?
さっさと降りてこないと、ルシードの分まで食べちゃうぞ〜っ!」
思考の迷宮をさまよっていた意識を現実に引き戻したのは、さっきと同じく悩み
の元凶の人物の声だった。はっとして下に目を向ければ、ビセットがふて腐れた顔
をしながらこちらを見上げている。
「あ、ああ、悪ぃ!」
慌てて階段を降りるが、気持ちは再び出口のない迷路の入口をくぐっている。
ビセットが思いを寄せている人物がいったい誰なのか・・・同性でそういう人物
が居るとなると、気になるどころか嫉妬心が湧き出てきてどうしようもなくなりそ
うだ。 ・・・とてもじゃないが、夕食を取るような気分にはなれなかった。

夕食後、談話室でTVを見ていたビセットは、ルシードが思い詰めたような
表情で資料室に入ったのを見かけた。
そういえば食事の前にも、資料室で何か探していたことを思い出す。
(なんかさっきよりスゴイ顔してんなぁ・・・どうしたんだろ?)
考えてみたら、食事中も何だか様子がおかしいように見えた。
食は全然進まないし、やたらとため息は多かったし・・・声をかければはっとし
て表情を取り繕うが、すぐにまた難しい顔をする。TVで見た『ドレッシングを遠
くからテーブルの上を滑らせて渡す』技(実は休憩中密かに練習していた)を試して
メルフィに怒られた時も、あれだけ派手に怒られたのに全く気づかずに上の空だった。
(昼間会った時は全然普通だったのに、なんで急に・・・何か気になることがあった
のかな?探し物があるなら言ってくれれば手伝ってあげるのにさ)
両膝を抱え、心の中で愚痴をこぼしながら思わずため息をついてしまう。
・・・そりゃあ、頼りにならないのはわかっている。それに何か悩み毎があって
誰かに相談するとしたら、まず自分より先にゼファーの所に行きそうだ。元リーダー
だけあって頼りになるし、幼なじみだし、年上だし・・・信頼されているし、何より
付き合いが長いぶんルシードのことをよく知っている。
だいたいいつもと変わらない風に見えた昼間だって、隠していただけで本当は何か
悩みを抱えていたのかもしれないのだ。ただ、それに気づかなかっただけで。
ルシードは悩みのことなんて全く話してくれないから、原因が何なのか見当もつか
ないけれど・・・でも、心配は人一倍している自信がある。
(あ〜あ、こういうのを『恋煩い』っていうのかなぁ・・・)
やりきれなさにため息をつくと、胸の奥がずきんと痛む。
初めてこの言葉を聞いた時はなんで恋をして病気にかかるのかと不思議に思った
けれど、いざその立場になってみると確かにこれは『病気』だった。根本的に惚れた
相手が問題なのだろうけど、まさか『女になりたい』と思うなんて・・・自分で言う
のも何だが、どうかしてたとしか思えない。女の子になったってルシードが自分のを
好きになってくれるとは限らないし、それに女の子だから好きになってもらえると
いうのも何だか違う気がする。
だって好きになってほしいのは、性別も何も関係ないありのままの自分。
仮に自分が最初から女だったとしたって、『女の子だから』好きになれたなんて
(誰も言わないだろうけど)言われたら嫌に決まってる。それこそ『朝起きて見てみ
たら性別が変わっていた』なんて事があっても変わらずに『好きだ』って言ってくれ
るような・・・自分が欲しいのは、そういう『好き』の気持ち。
もちろん胸の奥に抱えているこの気持ちも、きっと同じ『好き』だ。(ちょっと
極端かもしれないけど)もしルシードに『実は俺、人間じゃないんだ』とか言われ
ても、それでもこの想いはきっと変わらないだろう。
それほど大好きな、大切な人だから・・・好きだとか何だという前に、まずちゃん
と自分を『見て』ほしい。庇ってもらったりするのは嬉しいことではあるのだけど、
本当は足を引っ張るんじゃなくて自分も彼の力になりたい・・・ちゃんと対等に見ら
れたい。・・・今はそのために頑張ろうって決めたのだ。
そうすれば想いが受け入れられることはなくても、側に居ることはできるから。
今はダメでも、いつかきっと。
でも・・・あれだけ『悩んでいます』という顔をされて目の前を通りすぎられるの
はやっぱり歯がゆいし、力になれない自分が悔しい。
(・・・ゼファーなら何か知ってるかな?)
そんなことを考えていると、噂をすれば影とばかりにゼファーが階段を上ってきた。
「あ、ゼファー!ちょうどいいトコに!」
「ああ、ビセットか。どうした?何か面白い番組でもやっていたか?」
軽く笑みを作りながら、ゼファーはTVの真正面のいつもの指定席に腰を下ろす。
「違う違う、そういうことじゃなくて・・・ちょっと深刻な話、かな?」
その近くまで移動しながら、ビセットは資料室の方を伺いつつ幾分か声のトーンを
落として囁くように言った。
「深刻な話・・・?珍しいな、何かあったのか?」
眉を寄せ手聞き返してくるゼファーに、ビセットは慌てて首を振る。
「いや、オレじゃないんだけど。・・・何かさぁ、今日のルシード変じゃない?
夕飯の時とかず〜っと何か考え事してたみたいだしさ」
「そういえばそういう風にも見えたな。俺としてはむしろやたらと睨まれたことの
方が気になったが・・・」
「え?睨んでたって、ルシードが?」
意外な言葉に、ビセットは思わず目を見張った。
「ああ。・・・睨むとまではいかないかもしれないが、何やらやたらと敵意の
こもった視線を向けられたな。お前は気づかなかったか?」
ビセットは少し気落ちした様子でこくりと頷く。
「うん、全然。・・・オレが見た時は、ため息ついてるかぼ〜っとしてるかの
どっちかだったよ」
「ふむ、そうか・・・やはりな・・・」
ビセットが首を傾げると、ゼファーは何故か手を顎に添え得意気に頷いた。
「やはりって・・・ゼファー、何か心当たりあるの?」
含みのある言い方に、ビセットの目が期待に輝く。だが、ゼファーはふっと
笑ってゆっくりと首を横に振った。
「いや、残念だが。・・・それよりも、あの調子では明日が何の日なのかすっかり
忘れていそうだな」
『明日』と聞いて、ビセットは無意識に資料室の方に目をやった。・・・本当に
何も知らないのかという、ゼファーの言葉に対する疑問も忘れて。
「・・・うん、そだね。でもルシードってあんまりそういうの気にする方じゃ
なさそうだし、悩みごとなくても忘れてそうかも」
少しつまらなそうな表情のビセットに、ゼファーが意味ありげな笑みを浮かべる。
「ほう・・・よくわかっているじゃないか、ビセット」
感心したように言われて、ビセットは頬がかぁっと熱くなるのを感じた。
「へ?い、いや、何ていうか・・・ほら!半年も一緒に暮らしてればこれくらい
誰だってわかるって!」
「・・・では、そういうことにしておこう」
焦りながら言い訳すると、ゼファーは呆れたように笑った。
ビセットは何となく居心地が悪くて、顔を上げていられず少し俯いた。
別に言い訳するようなことではないのだろうが、何だかゼファーには全部見透か
されてそうな気がして落ち着かない。とにかくなんとか話題を変えてごまかそうと
思い、混乱気味の頭をフル回転させる。
「そういえば何を贈るか悩んでいたようだったが・・・それはもう決めたのか?」
あまりに難しい顔で黙り込むビセットに、ゼファーが笑って助け船を出す。
「う、うん!プレゼントでしょ?」
そうとは知らずに助かったとばかりにぱっと顔を上げるビセットに、ゼファーは
気づかれないように密かに苦笑した。
しかし、ビセットは何かに気づいたらしく『あ』と呟き、肩を落とした。
「プレゼント・・・実は、まだ決めてないんだ。何か欲しいものあるかなって
思ってそれとな〜く聞いてみたりしたんだけど、全然ダメ。せっかくだから
やっぱり喜んでもらいたいし・・・何あげればいいのかなぁ・・・?」
相当悩んでいるらしく、ビセットはまた難しい顔をしてため息をつく。
「うむ、それは・・・」
「えっ!?ゼファー、ルシードの欲しいもの知ってるの!?」
自分で考えなければ意味がないと言おうとした瞬間に言葉を遮られ、ゼファーは
出かかった言葉を飲み込んだ。
・・・藁にも縋る勢いのビセットを見て、悪戯心が刺激されたのだ。
「まぁ、知っていると言えば知っていることになるな」
「ホント!?」
予想通り、ビセットは疑いもせず期待に目を輝かせる。
「ああ、勿論だ。・・・知りたいか?」
「うん!教えて!!」
「その前にお茶を一杯もらえるか?」
そう言ってテーブルの上のお茶のセットを指さすと、ビセットは嫌な顔もせずに
湯飲みと急須を手に取った。
「オッケー!えと・・・緑茶って葉っぱどれくらい入れればいいの?」
「そうだな、その茶筒の蓋に3分の1くらい・・・そう、それくらいだ。それから
お湯が熱いようなら急須に入れる前に湯飲みに入れて少し冷ましたほうがいい。
60℃ぐらいのぬるいお湯の方が、葉の甘みを引き出してくれるんだぞ」
「ふ〜ん、結構めんどくさいんだね」
話を聞きながら、ビセットは言われた通りに手を動かす。割とこういうことは
嫌いではないのか、面倒と言いつつも手際はいい。
「・・・あ、ポットのお湯結構冷めてる。このまま急須にお湯入れても平気かな?」
差し出されたお湯の入った湯飲みを取り、温度を確かめる。
「ああ、これくらいが丁度いい。お湯を入れたら蓋をして、しばらく待て」
そういって湯飲みを返すと、ビセットはうんと頷いてそのお湯を急須に注いだ。
そして、各自の談話室用のコップが伏せてあるカゴを見てぽつりと呟く。
「これ、もうちょっとお湯足しても平気かな?」
「ああ、全然平気だが・・・ルシードに持っていくのか?」
お湯を足していたビセットが、ぎょっとして手を止める。
「ちっ、違うよ!!オレも飲んでみようかなって思っただけ!!」
真っ赤になりながら急須の蓋を閉め、ビセットはカゴから自分用のマグカップを
取り出した。飲み物でも甘いものを好む彼が緑茶など飲みたがるわけはないから、
おそらく図星だったのだろう。
子供っぽい態度にゼファーが思わず苦笑すると、ビセットはぷいっと視線を逸ら
した。・・・こんなのをルシードが見たらいったいどういう顔をするやら。そう思う
とまた新たな笑いがこみ上げてくる。
「・・・そろそろいいかな?」
ゼファーが頷くと、ビセットは湯飲みとマグカップにお茶を注ぎ始めた。半分ずつ
交替に注ぐ、というのは言わなくてもわかっていたようだ。
「で、ゼファー・・・ルシードの欲しいものって?」
声を潜め少し上目使い気味に尋ねてくるビセットに、ゼファーは嫌味なぐらい
にっこりと微笑んで言葉を返す。
「ビセット・・・まさか、お茶一杯で教えてもらえるとは思ってないだろうな?後で
ちょっと倉庫で探し物をしてもらおうと思っているんだが・・・」
「う・・・やっぱり」
がっくりを肩を落とすビセットを尻目に、ゼファーはお茶を啜った。
「ふむ、初めてにしてはなかなか美味い。見所があるな、ビセット」
「え?・・・そうかな?」
褒められて悪い気はしないようで、ビセットは微かに頬を染めながら照れ臭そうに
頭をかいた。
「ああ、なかなか筋がいいぞ。・・・お前も一杯どうだ?ルシード」
驚いたビセットが後ろを振り返ると、さっき見かけた時よりもさらに難しい顔を
したルシードが廊下に立っていた。
「・・・えっ!ルシードいたの!?」
紅潮した顔を隠しながら、信じられないというようにまばたきを繰り返す。
いったい、いつからそこにいたんだろう?ゼファーから話を聞くのに必死になって
いて全然気づかなかったけど・・・プレゼントの話を聞かれていたらどうしようと、
ビセットは激しく動揺した。
「・・・話は聞いちゃいねえから安心しろ。・・・邪魔して悪かったな」
まるで心の中を読んだかのようにそう言い残し、ルシードは無言で階段を下りて
いく。何だかとても疲れているように見えたのは気のせいだろうか?
「・・・やっぱりルシード、何か変だよ。ホントに何も知らないの?ゼファー・・・
って、ゼファー!?」
再びゼファーの方に振り向いて、ビセットは言葉を失った。
なぜなら・・・冷静沈着なあのゼファーが、こみ上げてくる笑いを押さえきれずに
体を震わせ、声を押し殺して苦しそうに笑っていたのだから。
「・・・よりによってゼファーかよ・・・」
部屋に戻ったルシードは、思わずそう呟いていた。
ゼファーと話しながら嬉しそうに頬を染め、照れた表情をするビセット。
それを遠くから眺めていた自分。
先程の談話室の光景が蘇り、ルシードはそれを追い出そうとするかのように頭を
かきむしった。
身近な人間ということで、もしかしたら・・・とは予想していたが、でも一番
ありえないだろうとも思っていたのがゼファーだった。確かに頼りにはなるが、
年が離れてるしジジむさいし・・・それに何よりあの性格だ。ビセットもゼファー
に酷い目に合わされたことは1度や2度ではないし、だからまずヤツが相手だって
ことはないだろう。・・・そうタカをくくっていたのだ。
だが、今にして思えば。いつだったか『告白の練習』につき合った時、ビセットは
好きな相手が『好きだ』と言ったら『それで?』と返しそうな人物だと話していた。
あの時はどんな女だそれはと疑問に思ったものだが、それがゼファーだとすれば
(不本意ながら)納得はできる。ゼファーならいかにも言いそう・・・というより、
彼以外そんなことを言いそうな人物に心当たりはない。
(だが・・・ゼファーか・・・マズイぞこれは・・・)
ベッドの上に横になりながら、ルシードは頭を押さえた。
・・・嫉妬心を抜きにしてもあいつだけはやめておいた方がいいと断言できる。
でも、自分がそう言ったところでビセットがそれを聞くかどうか。
深い息をつき、ルシードは目を閉じた。
・・・すべてを忘れて眠ってしまいたい気分だった。
(そんなうまい話があるわきゃねえとは思っていたが・・・)
もし・・・もしもビセットの想い人が自分だったら、すべて丸く収まるのに。
自分なら絶対悲しませたりしない。ずっとずっと大切に・・・そう思いかけて、
ルシードは自嘲的な笑みを浮かべた。
そんな都合のいい想像をするほどショックを受けている自分が情けない。
さっさと寝てしまおうと思い、思考を中断し寝ることに集中しようとしたが・
・・だが、眠気はいっこうに訪れてこなかった。
・・・12月14日、月曜日、夕方。いつもよりも数段綺麗に掃除された食堂に、
ルシードを除くメンバー全員が集まっていた。
ちなみに、ルシードはいつもやれと言われなくてもやっている、無駄に時間のか
かる『見回り』もせずに朝から訓練室に籠もりっぱなしだ。おそらくダミーを
殴っている音だと思うが、彼が暴れている音は食堂にまで響いてきている。
「それにしても・・・なに熱血してんのかしらね、あのバカ」
タマネギの皮を剥きながら、バーシアが呆れたように呟く。
「さぁ・・・ビセット、何か知ってる?」
その隣でニンジンの皮むきをしているルーティが、そのまた隣でジャガイモの
皮むきに勤しむビセットに話しかける。
「ううん、知らない・・・って今話しかけないでくれよっ!手ぇ切っちゃうだろ!?」
「大丈夫です〜!ちゃんとバンソウコウは用意してありますぅ〜!」
「そういう問題じゃないって・・・いてっ!」
間の抜けたティセの言葉に返事をしたとたん、手が滑った。
血をたらしたらまずいと思い、ジャガイモを放り出して指をくわえる。
・・・口の中に広がる血の味と、じんじんと熱を帯びた痛みに、ビセットは思わず
顔をしかめた。
「あ〜あ、言ってる側から・・・慣れないことするからだよ」
「うるさいなっ!大体最初に話しかけてきたのルーティだろ!?」
「へへ〜ん、あたしは喋ってたって平気だも〜ん!」
二人が口論を始めると、そこにちょうどよくろうそくやら何やらの用意をしていた
メルフィが戻ってきた。
「二人とも喧嘩するなら包丁置いてからやってちょうだい!・・・あら?
ビセットさん、指・・・」
「あ、これ・・・ちょっと失敗しちゃった」
「大丈夫?これ、よかったら使って」
メルフィがポケットから取り出したのはもちろんバンソウコウだ。
「ここはいいから、お皿の用意してくれるかしら?・・・全員分無事に揃ってるのが
なかったら、倉庫から出してきて欲しいんだけど・・・」
「あ、うん。わかった。これありがとね、メルフィ」
バンソウコウを巻きながら答えると、メルフィはどういたしましてと笑った。
「ケーキ、焼けましたよ〜!」
オーブンの前でフローネが嬉しそうな声を上げ、焼きたての甘い香りが辺りに漂う。
「よ〜し!あと一息!ルシードが出てこないうちにガンバロ〜!」
パーティの準備は、着々と進んでいた。

そして。
散々暴れて昨日一日で溜まったストレスを吐き出し、いったんシャワーを浴びに
自室に戻ったルシードは、いつもの夕食に行くつもりで食堂へ向かった。
だがドアの向こう側は、『いつも』の食堂ではなかった。
テーブルの真ん中に鎮座する大きなケーキに、いつもより手の込んだ料理。
そして何故かにやにやと笑っている仲間たち。
「な、なんだなんだ?今日、誰かの誕生日だっけ・・・?」
「・・・やっぱり忘れてるね」
そう言ってため息をついたのはビセットだ。
「ホント。当事者が何ボケかましてんだか」
既に酒瓶を抱えているバーシアが呆れたように言う。
「さて問題です!今日は12月何日でしょう?」
何故か得意気なルーティの言葉に、ルシードは必死に記憶の糸を探った。
「今日は・・・確か12月14日だろ?何かあったっけ・・・?」
「・・・ルシード。お前、誕生日はいつだ?」
「あ?12月の14日だけど・・・って、おい、今日か!?」
「そうだよ!やっと思い出した?」
そう言って、ビセットは半ば茫然として立ちつくしているルシードの腕を掴み、
席の方へ引っ張っていく。
びっくりして顔を見ると、にっこり笑ったビセットと目があった。
「お誕生日おめでとう、ルシード!」

誕生日のお祝いの後は、だいたいもう寝るだけだ。
こういうお祝いの時だけはメルフィもあまりうるさく言わないので、余計に
タガが外れるせいだろう・・・騒ぎ疲れて片付ける気力など残っていないため、
後片付けはいつも次の日に回される。
まだ騒ぎ足りないバーシアやルーティなどを残し、ルシードは適当なところ
で自室に引き上げた。暴れすぎて疲れたというのもあるし、無礼講のどさくさ
まぎれにちゃっかり酒にまで手を出したので、それなりに眠気は感じられる。
ベッドに寝転がっていると、こんこんとドアをノックする音が聞こえた。
「・・・ルシード?まだ起きてる?」
「ビセット?」
がばっと跳ね起きて急いでドアを開けると、俯いたビセットが立っていた。
「どうした?何か用か?」
「うん・・・これ」
俯いたまま、ビセットは後ろに持っていたものを差し出してくる。
それは、どう見ても・・・・
「これ・・・もしかして誕生日のプレゼント・・・か?」
問いかけると、ビセットはやはり俯いたままこくんと頷いた。
・・・さっき全員からという名目のプレゼントは貰ったから、これは
ビセット個人からということだろうか?
「そ、そうか・・・わざわざ悪いな」
「ううん、全然大した物じゃないから・・・開けてがっかりしないでね」
「・・・バーカ、がっかりなんてしねえよ。ありがとな、ビセット」
小声で呟きながら包みを受け取ると、ビセットはやっと顔を上げた。
「うん。じゃ・・・おやすみ、ルシード」
「・・・ああ、おやすみ」
ビセットが部屋に入るのを見届けてから、ルシードも部屋に戻る。
・・・本当は引き止めたかったが、引き止める理由が見つからなかった。
ベッドに腰を下ろし、プレゼントの包みを開ける。
中に入っていたのは、ビセットの好きそうなピンク色のハンドタオルと
カラフルな大粒の飴玉の詰まった瓶だった。
・・・いったいどういう基準で選んだのだろう?
よくよく見ると、タオルの間にピンク色の封筒が挟まっていた。
(手紙・・・?)
封筒から中身を取り出し広げてみると、それはやはりビセットからの手紙だった。

ルシード、お誕生日おめでとう。
何あげたら喜んでくれるのかオレなりにいろいろ考えたんだけど、これくらいしか
思いつかなかったんだ。疲れた時は甘いものがいいっていうから、これ食べてたまに
はのんびりしてね。
・・・ホントはゼファーからちゃんと『ルシードが今一番欲しいもの』聞き出して
プレゼントしようって思ったんだけど・・・人のこと散々こき使っといて肝心なこと
教えてくれないだよ!?お茶くみしたり探し物したり盆栽の世話手伝ったり、
いろいろがんばったのに・・・ひどいよな〜。
・・・お茶入れるのは筋がいいって褒められたけどさ。
それから・・・何を悩んでるのか、全然わからないけど、オレよかったらいつでも
話聞くからね。それくらいしかできないけど、オレだって心配してるんだから。
・・・たまには頼ってよ?
ビセット
読み終えて、ルシードは思わず頭を押さえた。
・・・痛いのは、むしろ頭より胸の方が締めつけられるように痛かったが。
こんなに嬉しいプレゼントを貰ったのは何年ぶりだろう?
(何だ、昨日のはこのために・・・)
自分のためにあれこれ頑張ってくれたんだと思うと、知らず知らずのうちに顔が
緩む。・・・それと同時に、誤解していて落ちこんでいた自分が馬鹿馬鹿しく感じる。
それにしてもこの手紙・・・いったいどこまで本気と受け取っていいのだろう?
・・・これを本人の口から言葉で聞いたら、間違いなく理性がすっ飛びそうだ。
(全く・・・期待させんのもいい加減にしとけよな・・・)
ビセットの部屋との間を遮る壁に寄りかかりながら、ルシードは深い息をついた。
・・・その裏側で、ビセットが全く同じ行動をしていたのも知らずに。

さざえのたわごと
「なんとか今日中に陛下にコレわたさなきゃ・・・」と血の滲むような思いで(笑)
久しぶりに4時頃まで起きて足りなんかしたもんで、全然誤字チェックとかしてない
んですけど、もうタイムアップ・・・(死)・・・後悔は残りますがとりあえず
『お誕生日にお誕生日ネタ載っけてもらう』の野望は果たせそう・・・かな?
参考までにルシードの誕生日イベントも一度見とくかと思って、攻略本片手にデータ
あさってたら、ちょうどビセットの日曜イベントの最後と1日違いだったんで「こりゃ
ええわ、ネタにしたれ!」と思った次第にございます(死)
なんか予想以上にルシードが「考える人」になってしまったので、なんか違うなぁと
思いつつ、たまにはこんなんもいいかとそのままほっときましたが・・・どんなもん
でしょ?口には出さなくても頭じゃ結構いろいろ考えてそうだとは思うんですけど。
・・・でも最終的には実力行使(苦笑)
それにしても、結構前から書き始めて他のに、こんなに苦しむハメになるとは・・・
某永遠の物語(和訳)やら『コレで終わりかゼ●!!』とか、いろいろ騒いでいた
せいでしょうね・・・ああ、1日が二日分あれば・・・!!
さざえがよくわかる用語解説
『ゼ●』
 ●に入るのは『ル』じゃなくてよハンス(名指しかい)某アクションゲームの
主人公のお兄ちゃん的存在な頼りになるお方(笑)知ってる人がいたらすごい。
・・・金髪の髪をなびかせながらビームサーバーで敵をすぱすぱ斬りまくる様は
圧巻(笑)ちなみに声優はアルベルトと同じ・・・でも、人間じゃなくて
ロボットなんだよねぇ(死)我ながらストライクゾーン広すぎだよ自分(爆死)

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